違う、そうじゃない
「はい!ちょっと火みたいなのが見えてチクッとするけど、大丈夫ですからね?いきますよ?」
案内係の若い神官さんが、集まった人達に向けて声を張る。
――お医者さんや看護師さんが言う「チクッ」って、全然「チクッ」じゃないよねー。
特にお医者さんが自らやるようなヤツは「グサッ」とか「ズブッ」と言うべき……。
一瞬思考が前世の思い出に飛んでしまった。。。
私は西洋風ファンタジー世界に転生した元日本人で、今は神殿で日陰者の聖女「ユリア」をやっている。
前世の私は、生まれつきの病気で、子供の頃から何度も入院した。
中学生の時に受けた手術で元気になり、大学を出て就職し、結婚して子供を産み育てた。
元気といっても、健康な人から見れば体力が劣り、通院は必須だった。
それでも夫と子供達との生活は幸せで、ママ友や職場の同僚と遊ぶのも楽しかった。
私は子供達の大学卒業まで見届けて、持病の悪化で平均寿命よりだいぶ早く世を去った。
ああ、死んだなあと思ったら、次の瞬間には江戸時代のお役人さんのような人の前に正座していて、次はどんな風に生まれたいか希望を聞かれた。
心の準備もできていなかったから、
その時思ったまま
「お世話になった医療関係の方々には本当に感謝していますが、もう病院のお世話になるのは嫌です。」と答えた。
――最期の時、色々医療行為を受けて痛い思いをした印象が残っちゃってたんだよね……。
すると、お役人さんが帳面を見ながら
「今回は、逆境の中、前向きに生きて、生き物全体の徳を底上げして下さったので、次は分かりやすく人々を救済する人生はいかがでしょう?」と提案してきた。
病気持ちなのに働いたり出産に挑んだりして、お医者さんの仕事を増やして申し訳なかったけど、死後の世界的には「前向き」と評価してもらえたらしい。
家族や周りの人に支えてもらって幸せだったから、逆境とは思わなかったけど。
お役人さんの提案を受け入れると、額に「済」のハンコを押されて目の前が暗転し、正気を取り戻した時には、私は剣と魔法のファンタジー世界に居た。
――違う、違う!そうじゃない!
病院のお世話になりたくないって、現代医療の無い世界に来たかった訳じゃない!
ここがどんな世界か認識すると、私は盛大に突っ込んだ。
この世界の人間として出生から生きてきたみたいだけど、2歳までの記憶はない。
3歳くらいで
「スマホとウォシュ〇ットの無い世界なんて嫌だ!
健康な身体で現代日本に生まれたかったのに!」と突然覚醒した。
私は前世並に衛生的な環境を求め、齢3歳にして清浄魔法「クリーン」を極めた。
自分の身体とその周囲を清潔にする魔法は、前世のシャワーをイメージすることで簡単に使えた。
自分にかけて問題なさそうだったから、庭にいたトカゲでこっそり安全確認した後、家族にも家にも家畜にも「クリーン」をかけまくった。
しかし、平凡な生活魔法のつもりで使っていたそれは、「神聖魔法」に分類される「浄化」というものだったらしく、私はこちらの両親から引き離されて、神殿で育てられることになった。
「クリーン」をかけた鶏の卵が銀色に発光して噂になっていたんだそうだ。
こちらの両親は人の良い農民夫婦で、この世界なりに可愛がってくれたと思う。わずか4年ほどの付き合いだったけど、大神官様が迎えに来て家を出た時は寂しくて泣いた。
神殿では、魔法について初歩から教わって、水魔法と火魔法も覚えた。
「クリーン」では物足りなかったウォシュ〇ットの模倣を水魔法でより忠実に再現してみたけど、全く需要は無く、教育担当の神官さんに「普通に柄杓で水掛けて洗うんじゃいかんのか?」と呆れられた。
そんなこんなで大神官様に命じられるまま「浄化」の訓練を重ねているうち、火魔法のイメージから、熱くない白い炎が出せるようになった。
大神官様は「清炎」と呼んでいた。
病気の人にこの炎を当てると病原菌や癌細胞が死ぬらしく、病気が治ることもわかった。
回復力がある人なら浄化をすれば2~3日で元気になる。
長患いや怪我で回復力が無い人には治癒魔法「ヒール」も合わせて使えば、かなり重症の人も完治させられる。
「ヒール」は、傷口を縫合するイメージで使えるようになり、何度もやっているうちにコツを掴んで、内臓機能の改善もできるようになった。
この国には使える人がいないが、他国の聖職者に使い手がいるらしく、名前だけ知られている魔法だ。
なぜか、私の世話を焼いてくれていた巫女さんも小さな怪我の治癒ができるようになって神殿が騒然としたが、結婚のため還俗したらできなくなってしまったそうだ。
私は浄化と治癒ができるようになってから、騎士団の魔獣討伐に同行したり、貴族の病気を治したりして働いた。
生まれ変わる時に言われた「人々の救済」って、魔獣退治のことだったのねと納得し、やりがいを感じていた。
こちらの世界では、人間が生活しているうちに発生する負のエネルギーが溜まると「瘴気」というものになって、瘴気が澱んで凝り固まると魔獣が生まれ、人を襲う。
私は瘴気溜まりの浄化や、魔獣との闘いで傷ついた騎士の治療に当たっていた。
16歳になると、神殿が私を300年振りの「聖女」に任命した。強い神聖魔法で国に貢献することが認定基準で、王族と同等の身分になるそうだ。
任命と同時に2歳年上の第二王子殿下との婚約が取り決められて、こちらのロイヤルファミリーの皆様にご挨拶することになった。
事前に神殿で教えてもらったところによると、この国の王族は一夫多妻制で、王室のメンバーは年齢順に、国王陛下・王妃殿下・王后陛下・王女殿下・王太子殿下・第二王子殿下の6人だが、王女殿下は降嫁して伯爵夫人になっている。
国王陛下は元第二王子で、子爵令嬢だった王妃殿下と結婚していたけれど、急遽王位を継ぐことになって、他国の王女様を正室に迎えた。
私と婚約する第二王子殿下は王妃様の息子なので、王太子殿下とは腹違いの兄弟になる。
元々夫婦だった国王陛下と王妃殿下の間に王女殿下が生まれていて、国王陛下が即位したことにより王后陛下が輿入れし、王太子殿下が生まれ、さらにその後王妃殿下が第二王子殿下を産んだ、という経緯のようだ。
いかにも揉めそうな状況ね。
いきなり正式な謁見では緊張するだろうからと、王后陛下がお茶会をセッティングしてくれて、王族の皆様と同じテーブルでお茶を飲んだ。
王女殿下は降嫁したのでおらず、代わりに王太子殿下の美しいお妃様とリアル天使のご子息が来ていた。
お茶会の前にこの世界の礼法を教えて欲しかったけど、神殿の人達は「聖女には礼拝の作法以外必要無い」の一点張りで教えてくれなかったから、親戚の結婚式に留袖を着て来たようなつもりでお茶とお菓子をいただいた。
こんなことになるなら、日本舞踊か茶道でも習っておけば良かったなあ。
爪の先まで美意識が溢れてて、その場の礼法に合ってなくたって、きっと優雅に見えるはずだもの。
最初に挨拶したきり会話もなく茶菓を完食してしまったので、いたたまれなくなって
「お茶もお菓子もとても美味しかったです。特にお茶は華やかな香りがして素晴らしかったです。」と主催者である王后陛下に声をかけた。
すると陛下は美しい微笑みを浮かべ、お茶の産地や菓子の由来、卓上のフラワーアレンジメントについて滔々と語り始めた。
国王陛下と王太子御一家はにこやかに聞いていて、時々相槌を打っている。
王妃殿下はぐぬぬという顔をしていて、第二王子殿下は私を睨みつけている。
よくわからないけど、清少納言と紫式部の争いみたいなのに触れてしまったんだろうか。
王后陛下のターンが終わると、王妃殿下が神聖魔法を見てみたいと言うので、人のいない方に清炎でも放とうかと思ったら、妃殿下はそばにいたメイドを呼び、その手を力いっぱいフォークでぶっ刺した。
・・・どん引きである。
涙を堪え声を抑えて痛みに耐えるメイドさんが可哀想で、すぐに「ヒール」を使った。
本当は順番が逆だけど、後から浄化をして、更に祝福の祭文も唱えてあげた。
回復したメイドさんは全身ピカピカつやつやになっていた。なんなら天寿を全うするまで一生病気しなそう。
「あら、こんなに綺麗になるならわたくしにも魔法を掛けて欲しいわ」
白けきった空気をものともせず妃殿下が言うので、浄化だけかけると、やっぱりこの人腹黒なんじゃなかろうか、ありえないほど痛がっていた。
王妃殿下の暴力に脅えてご子息が泣いてしまった為、王太子御一家が退出し、
微妙な空気のままお茶会はお開きになった。
複雑な関係を反映して王族の皆様はギスギスしていた。
第二王子と結婚したらこれに巻き込まれるかと思うと胃が痛い。
しかも、元子爵令嬢の王妃殿下は愛らしいピンク髪で全く空気を読まない人だったから、「真実の愛」の末路の可能性も視野に入れて警戒しなくてはならないだろう。
私は第二王子との縁談が流れてくれることを願ったけれど、残念ながら婚約は無事整って王宮に呼ばれ、聖女として、また第二王子の婚約者として、国王陛下に正式に謁見し、貴族院で紹介された。
第二王子殿下とは何度か交流のためのお茶会で顔を合わせたけど、挨拶をしても話しかけても視界にすら入れてもらえなかった。
たくさんの作品の中から見つけて読んで下さってありがとうございます。
短編で投稿するつもりが、長くなったので連載形式にした作品です。
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