第92話 癒しの力
待ち望んでいた高校生たちとの再会は、最悪な形で迎えることになった。
「……間に合わなくて、ごめんなさい」
柳 健悟 という子が、ひとりの青年の骸を抱いて泣いている。たしかこっちの子は橘蓮という名前だった。
「せ、関谷さん?」
「はい。お久しぶりです」
この世界に来て数か月経っている。
まだ俺のことを覚えていてくれたんだ。
「その恰好、柳君が勇者になったんですね」
「……はい。でも俺は、勇者なのに俺は、友達を、守れませんでした」
そういって泣き崩れてしまった。
「まだ諦めないでください。ほら、ここに世界樹から貰ったエリクサーがあります。これで身体の欠損は治るでしょう」
ここからは希望に縋るしかない。
「君の仲間に聖女はいませんか? 聖女のみが使える蘇生魔法なら、まだ橘君を助けられるかもしれません」
「エリクサー、ですか。関谷さん、凄いですね。でも、無理なんです」
「聖女、いないんですか?」
「います。でも魔王の攻撃から王都を守るのに必死で、限界まで耐えてもらったから、多分起きられても蘇生魔法はしばらく使えないだろうって」
絶望が彼を押しつぶしそうになっている。改めて現状を整理させ、彼に友達が助からないと思わせてしまったことを申し訳なく思う。
でも大丈夫。
そのためにこの子を連れてきたのだから。
「蘇生魔法が使える聖女がいるなら何とかなります。その子の所まで、俺たちを案内出来ますか?」
──***──
「け、ケンゴ! 無事だったのね!? 良かった!!」
ファーラム王城の玉座の間に入ると、九条 朱里さんが健悟君に抱き着いてきた。
「魔物は? 魔族はどうなったの?」
「ほとんど倒しました。残った魔物も、そろそろ倒し終えるはずです。だからもう安心してください」
「関谷さん? えっ、関谷さんですよね!?」
「はい。九条さんも無事で良かったです。ところで、貴方が聖女ですか?」
「い、いえ。それはシオリが……」
「松本 詩織さんが聖女なんですね。彼女は、今どこに?」
「今はまだ眠っています。この国を守るために、頑張りすぎちゃって」
寝ている所悪いけど、橘君の蘇生のためには彼女の力が必要だ。
「アレン、いける?」
「はい、頑張ります!!」
よしっ。後は目を覚ましてくれることに期待するしかない。
「詩織さんのところまで、連れて行ってもらえますか?」
「えっと、それは」
「そなたは、勇者たちと知り合いか?」
高校生たちと話していたら、身分の高そうな格好の男性から声をかけられた。
この国の王様かな?
いきなり彼らを無視して勇者一行と話し始めたのはマズかったかもしれない。
「この子たちと一緒にこちらの世界にやって来た関谷 徹です。トールと名乗っています。私は彼らと別の土地に送り込まれてしまったので、こうして会話するのも久しぶりでした。そのため非礼を、申し訳ありません」
「そうであったか。勇者の知人であるならこの場への来訪は許そう。しかし聖女は力を使い果たして眠っている。今しばらく休ませてやってほしい」
良い王様っぽいな。
柳君たちが無理やり戦線に駆り出されていたという感じではなさそうだ。
「私も彼女に無理をさせたくはありません。しかし今、聖女の力を使ってもらわなければ、彼を助けられないんです」
衛兵さんたちが橘君の遺体を運んできてくれた。
「レン? う、うそ。嘘だよね? ねぇ、レン!!」
無残な姿になった同級生の姿を見て、九条さんが取り乱す。
「アカリ、落ち着いて。関谷さんが何とかできるかもしれないって。だからここまで来てもらったんだ」
「えぇ。私も何とか彼を蘇生したい。ご協力をお願いします」
「儂らにもできることはないか? この子らのおかげでまだこの国がある。望みはなんでも言ってくれ」
「では、なるべく清潔な部屋を用意してください。エリクサーがありますので、それで彼の手足の欠損を治します。身体が修復される際に周りが汚染されていると、その後なんらかの悪影響があるかもしれません」
そのあたりもエリクサーの効果で何とかなるとは思うが、出来るだけ成功確率は高めておきたい。
「わかった。案内させよう」
「ありがとうございます。それからこの子を、聖女が眠っている部屋まで連れて行ってください」
「君は?」
「アレンと言います。トール先生の弟子です!」
奴隷市から助け出し、水魔法の才能があったから俺が魔法を教えた少年。彼には俺と同じような攻撃魔法を使う力はなかったが、逆に俺には無い力を覚醒させていた。
その後、俺たちは橘君を治療するための部屋へ。アレンは聖女が寝ているという部屋にそれぞれ移動した。
まず第一の賭け。
エリクサーが死体でも手足の欠損を治す効果があるかどうか。
綺麗なベッドに寝かせられた橘君の口に、エリクサーを流し込む。
飲み込む必要はない。
口に入れば効果があるらしい。
少し待つ。
「あっ! ケンゴ、みて!!」
「おぉぉぉおおお!」
切断面から光る繊維のようなモノが伸び、それが欠損した手足を復元していく。
「おっと。ここから先は、見ちゃダメ」
慌てて九条さんの目を塞いだ。
橘君は腰から下を切断されているので、そこを治せば半裸となる。もちろん股間部分を隠す衣類などない状態で再生するんだ。
同級生の女の子に見られたと知ったら、後でショックを受けかねない。
九条さんも事情を察知したようで、大人しくしてくれた。
その後、数十秒で橘君は元の身体に。
しかしまだ蘇生はできていない。
ここからが第二の賭け。
俺の弟子がやってくれるかどうか。
柳君に協力してもらいながら橘君に服を着せていると、扉を勢いよく開いた。
「レンが死んじゃったって本当!?」
この世界で聖女となった松本さんが飛び込んでくる。
彼女の後ろに俺の弟子アレンがいた。
笑顔で俺にピースサインを見せてくる。
良くやってくれた。
本当にありがとう。
アレンには他人の疲労を取り除き、魔力を回復させるという力があった。彼は水魔法を治癒に使えるようになったんだ。俺もミーナの怪我を塞ぐなどしたことはあるが、他人の疲労を取り除くことはできなかった。
さて、ここからが最後の賭け。
本当に蘇生魔法が使えるかどうか。
「松本さん、お久しぶりです」
「えっ、関谷さん!?」
「色々とお話ししたいことがあります。でも今はまず。橘君に蘇生魔法を使ってあげられますか? お願いします」
「わ、わかりました……。ふぅー」
松本さんが息を吐いて集中を高める。
「蘇生魔法!」
周囲が温かい光に包まれた。
詠唱がこっちの世界の言葉じゃないってことは、これは魔法ではなく彼女固有のスキルなんだな。でも今はそんなことどうでも良い。さぁ、目覚めてくれ。
「……んっ。あ、あれ?」
橘君が目を開けた。
「俺は、たしか魔族にやられて」
もう自ら身体を起こせるようだ。
すごいな、蘇生魔法。
「レン!」
「良かったぁ。よかったよぉ」
九条さんが橘君に抱き着いて涙を流している。
「あ、アカリ?」
「レンをもう助けられないかと思って私、すごく怖かった」
勘の良い俺はハッとした。
きっとふたりは、そーゆー関係なんだ。
てことは、残りの柳君と松本さんは……。
チラッと横目で確認したら、柳君たちはふたりが抱き合って橘君の蘇生成功を喜びあっていた。
いいなぁ。
めっちゃ青春だなぁ。
無事ではなかった。だけど何とか一緒に異世界へ召喚された全員でこうして再び集まることができた。
でも俺には、まだやるべきことがある。
魔王を倒して彼らを元の世界に還す。
それが大人である俺の役割。
もう彼らに危険なことなんてやらせない。
高校生の彼らが傷付く必要なんてないんだ。
後は全部、俺がやってあげる。
「ミーナ、魔王を倒しに行くよ」
「はいニャ」
俺はミーナだけに声をかけ、賢者の蘇生成功に王や貴族たちが歓喜する治療室から静かに出て行った。