第7話 勝者への褒美は拷問でした
異世界ではじめて人を殺した日の夜。
『オレイドを殺しやがって、この馬鹿が!』
「ま、待ってくれ! もう、やめ──っがぁぁぁあああ!!」
四肢を拘束された俺の背中を、興行師が鞭で何度も打ち付ける。
これまで経験したことのない激痛が絶え間なく襲ってきた。痛みで何も考えられない。俺はただひたすらこの仕打ちが終わることだけを願い、息も絶え絶えに止めてほしいと何度も懇願する。
「いだい、痛い! お、お願いします、止めてください。もう、ほんとに、限界なんです。これ以上はもう、や、やめてください」
『無様だな。その顔を闘技場で見たかった』
懇願など気にも留められず、興行師は鞭を振り上げる。
「お、俺は今日、勝ったじゃないか! なのになんで、なんでこんなことされなきゃいけないんだ!!」
俺は壁に手足を拘束されている。そして鞭で叩かれ敗れた背中の皮は背後を振り向くために身体を捻ると激痛が走る。それでも俺は後ろにいる興行師の目を見て必死に訴えた。
剣闘士として戦い、俺は敵に勝った。観客たちも盛り上がっていた。生き残って帰還した俺に対して与えられた褒美。それがコレだなんて納得できるわけがない。
『お前は今日、死ぬはずだった』
振り返って見た興行師の顔は怒りで真っ赤だった。そして俺が理解できない怒りの矛先を俺へ向ける。
『俺がいくら賠償させられたか!』
これまで以上に激しく鞭が俺の背中に叩きつけられる。
『1000ギルだぞ!?』
「う゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛!!」
ヤバい、痛すぎる。
でも、ギルって単語は聞き取れた。
興行師が俺と斧の剣闘士の勝敗に賭けをしていて、いくらか損したとかそんな感じなのか? もしくは敵剣闘士の主や家族などに支払う補償金か?
確かにアイツを殺したのは俺だが、そうしなきゃ俺が殺されていたのは明白だ。観客たちの指示を無視することもできなかった。あそこで俺が止めを刺さなければ、観客からの投石で俺が死ぬことになる。コロッセオはそんな感じだったはず。
痛くて、痛すぎて意味が分からない。なんで俺がこんな目に合わなきゃならないんだという怒りで、わずかながら思考する余裕が生まれた。
「お、俺は悪くないだろ!」
『黙れ、奴隷風情が!!』
興行師は鞭を投げ捨て、近くに置いてあった木の棒を手にした。それを振り上げ、俺の左足目掛けてフルスイングする。
『何言ってんのか分かんねーんだよ!』
「うぐっ! う、ぅぅ……」
骨は折れていないと思う。それでも鞭打たれた背中とは別の、鈍く重い痛みが俺を襲った。ただ、木の棒のそばには鉄の棒も置いてあった。そちらを使われなかったのは不幸中の幸いだ。
……いや、鉄の棒でフルスイングされたら、さすがに歩けないほどの大怪我になる。近いうちにまた俺を剣闘士として戦わせるため、あえてそちらを使わなかったんじゃないだろうか。
また戦わなきゃいけないかもしれない。
また人を殺さなければならないかも。
そう考えると絶望で目の前が暗くなる。
『こっちが気になるか?』
興行師が鉄の棒を手にした。
「そ、それはダメだ! 俺を動けなくしていいのか!? そんなので殴られたら、流石に戦えなくなるぞ!!」
『安心しろ。これでは殴らない』
気味の悪い笑みを浮かべた彼は、松明の火に鉄棒の先端を押し当てた。
『これは、こうやって使うんだ』
その様子を見て、俺は頭から血の気が引いた。興行師がこれからやろうとしていることを理解してしまったんだ。
「いやだいやだいやだ! やめろ! こっちに来るな!!」
必死に身体を捩るが、鉄製の拘束具はビクともしない。手首の皮が擦れて血が出たが、そんなこと構っていられない。
『死なせない。俺は慣れてるからな』
興行師は先端が赤熱した鉄の棒を俺の身体に押し付けた。
「いぎゃぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
信じられない痛みだった。
どう痛いのか、言い表すこともできない。
鞭で叩かれた痛みの方がマシとさえ思える。
熱くて痛くて、この痛みから逃れられるなら、なんだってやらせて欲しいと思うほどだった。
永遠とも思える時間が経過したのち、興行師が俺から離れた。
やっとこの拷問が終わったのかと思った。
そして横を見た俺の目は、こちらを見て笑みを浮かべた興行師が鉄棒の先端を再び松明の火に差し込んでいる姿を捉えてしまった。
最悪の拷問は──
俺の地獄は、まだ終わっていなかったんだ。
「あ、あっ……」
『ひどい顔だ。それに小便が漏れてるぞ』
おどけた仕草で俺を笑う興行師。
その顔を見た瞬間──
俺の中で何かがキレた。
この上なく楽しんでいる様子の興行師を見て、いつかコイツだけは。この男だけは俺自身の意志で、絶対に殺してやると心に誓う。
「お、俺は、お前を殺す。絶対に殺す! 今日俺が受けた痛みを、倍にしてお前に与えてやる!! お前が命乞いしようが、どこかに逃げようが俺は! 絶対にお前を殺してやるからな!!」
『ふむ、闘志が折れないのは凄い』
「ぐっ、いぎゃぁ゛あ゛あ゛!!」
興行師が俺の体中に赤熱した鉄の棒を執拗に何度も押し付ける。
『俺は火を直接当てない』
松明で鉄の棒を加熱しては俺に当て、俺の反応を嗤った。
『全身の約1割までは火傷で死なないから』
気を失っても、痛みで強制的に覚醒させられる。
『コレの方が長く遊べるんだ』
それの繰り返し。
『だからもう少し俺を愉しませろ』
何度も。
『ほら、叫べよ』
何度も何度も何度も何度も。
『さっきの威勢どうした?』
「あ゛がっ、う゛ぅ」
叫びすぎて、まともに声が出ない。
息を吸うのですら痛い。
あまりに苦しくて、辛すぎて。
もう耐えられないって思った。
舌を噛み切って自殺することも考えた。
でも俺は思い留まった。
舌を噛み切る自殺は成功率がかなり低いこと。
死ねたとしても、かなりの時間苦しむこと。
そしてなにより──
『最高だよ、お前。実に愉快だ』
俺にこんな仕打ちをしておいて、恍惚とした表情をする男を許せなかった。
こいつだけは絶対に俺の手で殺してやりたいという強い想いが、俺に自殺という選択をさせなかった。
殺さなければ自分が殺られるから仕方なく、とかじゃない。
俺は人生ではじめて、他人に対して明確な殺意を抱いた。