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第66話 ミーナ・ギャレット(2/3)


 トールとミーナの出会いは、この世の地獄とも言える最悪の場所だった。


「おら、獣人。コイツの傷口に薬を塗っとけ」


 コロッセオで働く興行師の部下の男が、ミーナが入れられている牢屋にひとりの男を放り込んだ。


「薬を塗れって……。こ、こんなの、明日まで生きていられるかどうかすらわかんないニャ」


 背中は鞭で何度も打たれて皮膚が破れて出血し、身体のいたるところに熱した棒状のものを押し付けられたような火傷があった。


 死なないための、本当に最低限の止血だけが施された状態。


 放置すれは一晩持たないことも明らか。


 当時のトールはそんな状況だった。



「おっと、言い忘れてた。そいつが明後日開催される集団戦で、お前のパートナーになる。もし死んだら、そのまま死体と繋がれて出ることになるぞ。だからその男を死なせるなよ。ちなみにそいつは能無しの異世界人だから、例え目を覚ましてもお前との意思疎通なんてできないけどな」


 そう言って興行師の部下は笑いながら去って行った。


「……異世界人。あんた、異世界人なのかニャ? だったら、絶対に死なせるわけにはいかないニャ」


 ミーナはかつて魔物に襲われて死にかけたことがある。その時に彼女を助けてくれたひとりの異世界人がいた。それはトールと同郷の中年女性で、彼女もスキルが無い状態でこちらの世界に来ていた。


 その中年女性は雷魔法に適性があり、スキルがなく言葉も通じないという状況でも上手くこちらの世界に適用していた。そんな彼女が旅をしている途中、たまたま怪我をしているミーナに遭遇したのだ。


 異世界人の中年女性はミーナを助け、恩返しがしたいという彼女にこう言った。


 もし貴女がこれから先、言葉の話せない異世界人に会うことがあれば、力になってあげてほしい──と。


 今こそ、その恩に報いる時。


 ミーナは親指を軽く噛み、わざと出血させた。


 その血液をトールの傷口に塗るよう言われた薬に混ぜ込む。


 獣人は一般的な人族の何倍もの筋力を持ち、傷の治りも早い。


 高性能な治療薬が発明された現在はほとんど知られていないが、獣人の血液には人族の怪我の治りを助ける効果があった。ミーナはその効果でトールを助けようとしていたのだ。


 昔は獣人の血液が治療に使えるということで、人族による大々的な獣人狩りが行われていた。多くの獣人が回復薬として冒険者の旅に連行され、ピンチになれば失血死するほど血を奪われることもあった。


 獣人の中に強者が産まれて狩りが困難になるのとほぼ同時期に治療薬の性能が向上していったので、獣人の血液を回復用に利用する習慣は廃れて行った。


 ただし獣人族は、その悪夢を忘れなかった。


 そして今でも人族に血を与えることを“掟”で厳しく禁止している。


 同族を守るため、彼らは決して掟を破らない。


 表面上は人族と友好を気付いている現在においても、掟を破る者が出ないように幼少期から人族の非道を聞かされて育つのだ。


 当然ミーナもそうだった。


 相手が気を失った異世界人でなければ、彼女は自らの血を使おうとはしなかった。



「がんばってニャ。死なないでニャ」


 今晩生き残っても、2日後には集団戦で戦わされる。どう見てもこの状態のトールが戦えないのは明らかだった。


 それでもミーナはできる限り彼を看病する。


 自らの手の届く範囲にいる異世界人を死なせるわけにはいかないと必死だった。


 

 ──***──


 翌日、トールが目を覚ました。


 そして運のよいことに、彼は水魔法の適性を持っていた。


「トールは奴隷から解放されて国の研究機関に移されるニャ」


 ミーナは心から喜んだ。

 

 これでかつての恩に報いることができると。


 あとは明日、興行師が来た時にトールが水魔法を披露すれば良い。自分の役目は終わったのだと考えた。


 最期に良いことをできた。

 これで死んでも悔いはない。

 そう思った。


 しかし──



「なんでニャ!! なんで魔法使えるって言わないのかニャ!!?」


 トールが集団戦に出ると言い出したのだ。


 魔法が使えるとアピールするだけで命が助かるというのに、彼はそれをしないと言い張った。


「俺がここを出れても、ミーナは残らなきゃいけないんだろ?」


「だから、ウチはそれで良いって言ってるニャ!!」


「ダメだよ。俺は君と一緒に助かりたい。ミーナと一緒にここから出たいんだ」


「う、ウチはトールみたいな動けない奴と組まされるより、他の奴隷と組んだ方が生き残れる可能性があるニャ!」


「敵に水魔法が通じないって分かれば、俺の手首を引きちぎってくれていい。そうすればミーナの行動を制限する枷は無くなるだろ。それなら俺と出たっていいはずだ」


 何を言ってもトールは引き下がらなかった。足手まといになると判断すれば、鎖で繋がれている手首を引き裂けとまで言ったのだ。


 それでミーナは彼が絶対に意志を曲げないと理解した。


「……もう、勝手にしろニャ」


 それまではこの世界のことについてふたりでたくさん話してきたが、この後は闘技場に出されるまでミーナはトールと会話しようとしなかった。


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