第40話 お別れ、またね
「そう言えばトール様、私の言葉をご理解なさっていますね。もう言葉を覚えられたのですか? それとも、エルフの翻訳水晶でしょうか?」
「あー、うん。翻訳水晶使ってる」
だいぶ話せるようになってきたが、まだ文字が読めないので俺は常に翻訳水晶を身に着けている。ただしこれがいつか壊れても困らないよう、ミーナと言葉の勉強は続けていた。
「なるほど。それをお持ちということはこの短期間でミスティナスまで行き、無傷でここまでお帰りになられたと……。それもたったおふたりで。さすがです」
「ミスティナスまで行って戻ってくるって、難しいことなの?」
「サハルからミスティナスに向かう途中の森に強い魔物が出ますからな。普通の人族では、金級以上の強い冒険者を雇わない限りそこで命を落とすでしょう」
コイツ、それを知っててあの時は言わなかったのか?
確かに何度か大型で強い魔物に襲われた。
俺とミーナは問題なく倒せたが……。
まぁ、俺たちのせいでこの街での支配力を落としてたみたいだから仕方ないか。それにミスティナスへの道中に危険が無いか俺が聞かなかったから、彼としては言わなかっただけ。嘘を吐いたりしたわけじゃない。
でも少しイラっとしたので、本来の目的以外にも少し“おねだり”しておこうかな。
「俺さ、強い杖を作りたいんだよね」
「おぉ。左様でございますか」
「それで杖に使えそうなアイテムとか探してるんだけど、なにか良さそうなものを持ってない?」
「かしこまりました! 少々お待ちください!!」
そう言ってグレイグは凄い勢いで客間から出ていった。
「なんか彼、態度変わったニャ」
「みたいだね。前は嫌々対応してくれてるって感じだったけど」
どういう心境の変化なんだ?
「トール様。お待たせしましたぁぁ!!」
部屋に戻ってきた彼は両腕いっぱいのアイテムを抱えていた。
「まずこちら、“百年翡翠”です。魔力変換効率と風魔法への耐性が強化されます。続いてこちらは“ドラグニルユニコーンの角”。これ自体が魔法を使う力を持ち、杖に仕込んでおくことで緊急時に魔法の自動発動が可能になります。そしてこっちが──」
持ってきた品物を次々に紹介してくれる。
どれも貴重そうなモノばかりだった。
「──最後にこれです。魔法使いにとっては世界樹の枝に並ぶ至高の一品。“竜の瞳”です。見た目でそう呼ばれていますが、本物のドラゴンの目ではありません。魔力が豊富な龍脈上にある火山で採れる岩石を、旧時代のドワーフが加工したモノとされています。魔力を無尽蔵に貯え、必要な際に取り出すことが可能です」
「それはすごい」
めっちゃ欲しい。
「いかがでしょう? どれかひとつでも、トール様のご希望に添えるモノはありますでしょうか?」
「えっと、いくつか気になるのがあるんだけど、何個までもらえる?」
「トール様がお望みであれば、全て差し上げます」
「……えっ?」
す、全て? こんな貴重そうなものを、全部もらっても良いんですか!?
「私はこれらを見た目の良さと、貴重だからという点で収集しておりました。しかし偉大な魔法使いであるトール様に使っていただいた方が、これら本来の価値を発揮できることでしょう」
ちょっとコイツ、好きになれそうだ。
「ありがと。それじゃあ全部もらってくね。それから前に約束したことだけど……」
「奴隷商人から購入した奴隷をコロッセオで戦わせない、というお約束ですね。もちろん今でも守っていますよ。私も死にたくはありませんから。ただし犯罪者や、賭け事で自ら奴隷になったような奴は例外とさせていただいております」
奴隷商人から奴隷を買い、俺たちのようにコロッセオで戦わせたら殺すと脅していた。犯罪者など、事情があればOKってことにもしている。ちなみにこの街を離れた俺がどう彼を殺すのかは言わなかったが、ずっと従ってくれていたみたいだ。
「メインは金を稼ぎたい冒険者崩れの傭兵を雇って戦わせています。あとは魔物を捕獲してきてプロ剣闘士と戦わせる件数を増やしました。それで従来通りの収益を得られています。奴隷を使っていた時より安定しているくらいですね」
全ての奴隷を救ってあげようとは思わない。俺の力ではどうしようもないからからだ。それでも観衆を楽しませるために弱者の命が使い捨てにされるのだけは止めさせたいと思った。金を稼ぎたい奴が自らの意志で殺し合うのは止めないから、自分らで好きにやってくれ。
「わかった。これからもよろしくね。それから別のお願いがあるんだ」
「トール様のお望みとあらば、なんなりと」
「ちょっとついてきて」
グレイグを連れて彼の屋敷から外に出た。彼を屋敷から連れ出す際、護衛が俺に剣を向けようとしたけど、グレイグが止めてくれた。
屋敷から少し離れた森の中に、俺が奴隷市から連れてきた47人の少年少女と、ミーナを含めた大人たちが待っていた。
「彼らの面倒をみてほしい。あ、ミーナは別ね」
「これは……。た、たくさんおりますなぁ。全て奴隷ですか?」
「元奴隷だよ。俺をアンタに売った奴隷商人にミスティナスで会ったんだ。そこで彼を殺さないであげる代わりに、資産の半分を貰うって約束したんだ。だから奴隷を全部もらって、全員解放した」
「近頃姿を見せないと思っていたら、そんなところに……。ということは、まだ彼は生きているのですか?」
「さぁ、どうだろう? 俺は見逃してあげたけど、その後エルフに捕まったんじゃないかな。アイツ、雇った冒険者にエルフを殺させてたから」
「そ、そうですか」
「うん。俺のお願いの話しに戻るね。この子たちお面倒をみてほしい。もちろん奴隷扱いはダメ。衣食住を用意して、しっかり教育も受けられるようにして」
「かしこまりました。孤児院を新たに建設し、そこで彼らの面倒をみさせます。大人たちはどうしましょう? 働きたい者がいれば、仕事を紹介しますが」
元奴隷でここまでついてきてくれた大人たちに聞いてみると、子どもたちの面倒を引き続き見てくれるという人と、働きたいという人がいた。働きたい人はグレイグから仕事を紹介してもらうことになった。
「それから最後のお願い、というか指示。この水を飲んで」
「はい」
なんのためらいもなく、俺が手渡した水筒の水を飲み干すグレイグ。ほんとコイツの身に何があったんだ? まだ脅してないのに、なんでこんな従順になったの?
……まぁ、良いか。
計画通りに進めよう。
「今飲んだのはコレね」
そう言って、空中に出現させた拳サイズの水の塊からトゲトゲを出す。
「もし俺を裏切って彼らに危害を加えたりしたら、さっき飲んだ水がこうなる」
「さ、左様ですか……。でもご安心ください! このグレイグ、トール様を裏切ることは絶対にございません!!」
なんか調子くるうな。脅されてるはずなのに目が輝いてるし、彼が嘘を言っているようには思えない。
「そう言ってくれると助かる。でも俺は不安だから、保険をかけたいんだ。アレン」
アレンをそばに呼んだ。
「さっき飲んでもらった水は、1か月経つと自動でトゲトゲが出る。だから必ず1か月以内に、俺と同じ水魔法が使えるこの子が準備した水を追加で飲んでね。そうすればまた1か月は平気になるから」
そんな時限式の便利な魔法は存在せず、俺もまだ開発に至っていない。それでも俺が水魔法で色んな事が出来るとグレイグは知っているし、水魔法の知識がある人がこの世界にほとんどいないので何とか誤魔化せると思った。
「なるほど。では彼は私の生命線になるというわけですな。少年、名前は?」
「あ、アレンといいます」
「アレン。私は君に死なれては困るのだ。君が死ねば私も死ぬ。死んだらトール様のお役になてなくなってしまうからな。だからこの街で一番安全な私の屋敷で暮らしてほしい。最高の衣食住、そして教育が受けられるようにする。いかがかな?」
どうしようと悩んだ顔でアレンが俺を見てくる。
「アレンの好きにして良いよ」
「えっと……。たまにで良いので、みんなの所に遊びにいかせてもらえるなら」
「それくらいは良かろう。少年少女たちの孤児院は私の屋敷の隣に建てる。いつでも遊びに行けるぞ」
「わかりました。では、よろしくお願いします」
グレイグが出した条件をアレンは了承した。
その後、俺とミーナは魔導都市ラケイルに向けてこの街を出ることにした。
「それじゃ、俺たちは行くね」
「みんな元気でニャ」
「師匠、お気をつけて」
「ミーナさん。また遊んでね」
「本当にありがとうございました」
アレンをはじめ、元奴隷だった少年少女や大人たちが見送りに来てくれた。
「トール様。何かあればいつでもお呼びください。この世界のどこであっても駆けつけますぞ」
結局、なんでグレイグがこんな俺に対して従順になったのかは聞かなかった。国を離れれば彼の力が及ばないこともあるだろうが……。いざという時は一縷の望みをかけて助けを求めてみようかな。




