第33話 治癒
人族の王国サハルまでやって来た。ここはエルフの王国ミスティナスと、人族の王国ガレアスに隣接する国だ。ミスティナスへ向かう時、この国には必要最低限しか滞在しなかった。
結局俺たちはミスティナスの王都に戻ることなく、この国まで来ている。ララノアに別れの挨拶もせず、ちょっとミーナと会話してくるだけという雰囲気で離れて、そのまま帰らなかったのが少し気まずかった。
いつか世界樹に召喚された時、ばったり会ってしまったらその時に謝ろう。
「ララノアにお別れ言わずにここまで来ちゃったことを気にしてる顔ニャ」
「わ、わかるの?」
「トールは何かを後悔してる時、すっごく思いつめた顔するから分かりやすいニャ」
ミーナが俺の頭を優しく撫でてくれる。
「世界樹に呼ばれたら、その時はちゃんと謝りに行こうニャ。なかなか呼ばれなければ、またウチらがミスティナスまで行っても良いニャ」
「……うん、そうしよう」
世界樹もエルフたちが俺を憎まないって言ってくれた。俺の気持ちが落ち着いたら、また遊びに行こうかな。
「よし。俺はもう大丈夫。本題に入ろうか」
俺たちは今、ミスティナスの国境から一番近いサハル国内の街にいる。この街には大きな港があり、貿易業が盛んなようだ。そんな街にある宿の一室で、俺は世界樹から貰ったエリクサーを鞄から取り出した。
「改めて見ると、すっごく綺麗ニャ」
「そうだな。ちなみにこれって、飲めばいいのかな?」
それとも身体に塗るべきか? また、漫画によってはエリクサーが死者蘇生すら可能にする秘薬とされているのもあった。一瓶丸ごと飲んでしまうのはちょっともったいない気もする。
強い薬なら、飲みすぎも良くないだろう。
しまった……。用法容量も世界樹に聞いてこなきゃいけなかった。
(必要になれば数本差し上げますから、それはミーナさんが飲み切ってしまって大丈夫ですよ)
「えっ」
世界樹の声が聞こえた。俺の左手の甲には世界樹と契約を結んだときに魔法陣のような紋章が刻まれた。その紋章から世界樹の声が聞こえてきた。
「こんだけ離れてても会話できるんだ」
「世界樹、凄いニャ」
(創成期からこの世界を見守ってきたんです。これくらいの力はありますよ。それから私はエルフ族のピンチにトールさんをお呼びしますが、召喚前に状況を伝えられなければ、貴方たちに状況把握からしていただくことになる。そんな非効率なことはしません)
「なるほど、確かに」
(話を戻しましょう。上級治療薬でも治癒できない過去の傷を治すのは、手足の欠損を治すことの次に困難です。エリクサーであっても、小瓶1本は飲み切らないといけません)
「そっか。じゃあミーナ、全部飲んじゃって」
「……これ、死んじゃったエルフに使ってあげたらどうかニャ? 噂では、エリクサーって死者の蘇生もできるって」
ミーナは自分の傷を治すより、エルフたちをひとりでも救いたいと言い出した。世界樹は必要なら何本でもエリクサーをくれるって言っていた。
「もしそれが可能なら、俺は今後タダ働きで良い。報酬がなくてもエルフたちを守るよ。だからできるだけ沢山エリクサーをエルフたちにあげてほしい」
(残念ですが、それはただの噂です。死者蘇生が可能な薬は存在しません。エリクサーは身体の傷を完全回復してくれますが、死者の魂を肉体に戻すことができないのです。死んだ者を蘇らせるにはリザレクションという究極の蘇生魔法が必要になります。そしてその使い手は現在、この世界のヒトには存在しません)
死んでしまったエルフたちを生き返らせる手段はないらしい。
(瀕死の怪我を負っても、なんとか生きていたエルフたちには私の力を多めに付与しました。今は全員が回復しています。彼らが生き残れたのはトールさんのおかげなのです。ですからそれは、貴方たちが得るべき正当な報酬です)
「そう言うことなら」
ミーナに飲んで、と促す。
「でも、トールも傷だらけにゃ」
「俺はまだ良いよ。次にエルフたちを助けた報酬でもらったエリクサーで治すから。傷だらけの俺の身体を見たくないってミーナが言うなら考えるけど」
「ウチは気にしないニャ! でも、トールはたまに傷に触れて怖い顔してるニャ」
それは俺に消えない傷をつけた興行師への怒りを冷めさせないためにやってることだ。誰かにずっと殺意を抱き続けるのって難しい。ミーナと旅できることが幸せで、たまに傷に触れていないと復讐とかどうでもよくなってしまう。
あのゴミだけは、絶対に俺がこの手で殺さなきゃ。
「もう一本もらってくれば良かったニャ」
(そうですね。一本しか渡さなかった私が狭量でした。申し訳ありません)
「あっ。ち、違うニャ! そういう意味じゃないニャ」
「うん。ミーナは世界樹を責めてるわけじゃないよ」
(そう言っていただけると幸いです。エリクサーは遠方への転送ができませんので、次回トールさんが私の近くまで来たときにお渡ししますね)
強要したみたいでちょっと申し訳ないな。でもこの世界最高の薬をくれるって言うなら、断る理由もない。
「それで! よろしくお願いします」
(はい、お待ちしてます)
「じゃあ、ほんとにウチが飲んじゃうニャ」
俺が頷くのを確認したミーナは小瓶のふたを開け、中身を一気に飲み干した。
「味は、特にしないニャ」
「お、おお! おおぉぉぉ!!」
本人は気付いていないみたいだが、ミーナの顔にあった傷が消えていった。首などに見えていた大きめの傷跡もきれいさっぱりなくなっている。
「世界樹、ありがとう!」
(いえ。では私はこれで。また何かあれば紋章に触れながら私を呼んでください)
その言葉を最後に、世界樹の声は聞こえなくなった。
「ねぇ、トール」
ミーナが服を脱ぎ出した。
綺麗な肌が露わになる。
「身体の方も傷がなくなってるか、確認してほしいニャ」
「う、うん。確認します」
これはアレですね!?
身体の隅々までチェックしてあげなきゃいけませんね!
お任せください!!
【お知らせ】
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
これにて第1章完結です。
「面白い!」、「続きが気になる!」って思っていただけたら
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明日から引き続き第2章の投稿していきます。
基本的には毎日19時頃に投稿します。
第2章はトールが魔法の杖を手に入れたり、魔族と戦うお話を書いていきます。
引き続きご愛読、よろしくお願いしまーす!