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第32話 世界樹の願い


「ミーナ、お待たせ」

「おかえりニャ」


 エルフの王国(ミスティナス)王都の防壁のそばにミーナとララノアがいた。彼女らのそばには防壁守備部隊の隊員らしきエルフたちもいる。


「トールさん! お、お姉ちゃんは!? 無事なんですか!?」


 ララノアがすごい勢いで俺に詰め寄ってきた。俺についてきたいとごねる彼女をここに残し、俺はひとりでラエルノアたちの加勢に向かったんだ。


「大丈夫、無事だよ」


「そう、ですか……。良かった」


 安心して力が抜けたようで、ララノアはその場にペタンと座り込む。俺が間に合わず、何人かのエルフたちを救えなかったのは黙っておこう。優しい彼女のことだから、傷付いてしまうんじゃないだろうか。


 俺からは良いことだけ報告しておいて、あとはラエルノアに任せよう。


「何人か女性と子どもたちが捕まっていたけど、みんな無事に助け出した。あと敵は全員捕まえたから、安心して」


 俺は動けなくしただけだが、拘束したりその場で処理したりはラエルノアたちがしていると思う。問題はないはずだ。


「ミーナ、ちょっと良いかな」


「何かにゃ?」


「あ、ララノアはここにいてね」


「はい、わかりました」


 荷物を積んだ馬を引いたミーナを呼び寄せ、移動を開始した。ララノアは俺たちがちょっと離れた場所で内輪の話をするだけだと思ったのだろう。素直にその場で待機し、特に何も言わなかった。



 ──***──


「トール、どこまで行くニャ?」


 馬に乗ってしばらく走ったところでミーナが聞いてくる。


「このままミスティナスを離れるよ」


「えっ!? も、もしかして逃げるのかニャ?」


 察しが良いな。


「ちなみに俺はエルフを傷つけるような悪いことはしてない。でもこの国が襲われた原因は俺にもあるみたいなんだ」


「それって、どういう意味ニャ」


 少し馬の足を緩め、奴隷商人がミスティナスを襲撃するに至った経緯を説明した。


 話していて気分が悪くなる。


 俺は自分なりに精一杯生き延びただけなのに、それが何人もエルフ族を殺してしまう原因になったんだ。じゃあ、俺はどうすれば良かったんだよ……。


 最初の戦いで、大人しく剣闘士に殺されておけば良かったのか?


 そうすればララノアの知り合いが殺されることもなく、今もミスティナスは平和だったはず。そう考えると、俺が今生きているのは間違っている気がしてきた。


 思い出される奴隷商人の言葉。


 “全て貴様のおかげだ”

 “本当に感謝してる”


 あぁ、そうか。


 俺のせいだ。

 俺が生き延びたから、エルフたちは──



「…ール、トール。ねぇ、トール!」


 いつの間にか馬が足を止めていた。ミーナが俺のそばまで馬を寄せていて、俺の顔を上げさせる。彼女がそばに来たのにも気づかなかった。


 その時、強い眩暈がして、馬から落ちそうになった。身体に力が入らない。心が壊れそうだった。このまま落馬して死んだら、少しは罪を清算できるかな。


「トール! しっかりするニャ!!」


 ミーナが俺を支えてくれた。

 ゆっくり馬から降ろしてくれる。

 

「ごめん、急に力が抜けて」


 自分のせいでたくさんのヒトが死んだのだと実感した。集落で見たあの惨状の原因が俺にあったのだと改めて考えてしまった。死んだ方が良い。俺は死ぬべきなんだと、死神が俺に囁いている気がした。



「トールのせいじゃないニャ。トールは何も悪くないニャ」


「……うん。俺もそう思いたい。だけど、俺は」


「自分の命を守って何が悪いニャ! ヒトを売り買いするクズの言葉なんて、気にする必要はないニャ」


 力強く俺を抱きしめてくれた。

 とても暖かい。


 少し身体に力が戻ってきた。


「クズたちがエルフを襲って、トールはクズからエルフを守った。今日起きたのはそれだけニャ。エルフたちがトールに感謝することはあっても、恨むなんて筋違いだニャ。もしそれでもトールのせいだって言うなら、そんな恩知らずな奴らウチが全員ぶっとばしてやるニャ!」


 ……すごいな。

 ミーナの言葉は。


 心が軽くなっていく。


「ありがとう、ミーナ」


「はいニャ。そもそもトールが初戦で死んでたら、ウチは今ここにいないニャ。だからどんなことが起きても、誰がなんと言おうとウチはトールの味方ニャ。絶対にトールを裏切らないし、トールに死んでほしいなんて考えないニャ」


 その言葉が嬉しすぎて、ミーナの背中に手を回して全力で抱きしめた。


 生きていていいんだって思えた。


 


(私からも御礼をさせてください)


 どこからか綺麗な声がした。


 脳内に直接話しかけられるような、そんな声。俺と高校生たちを召喚した女神とは別の、とても心が落ち着く声だった。


(初めまして、世界樹と言います)


「せ、世界樹って。あの世界樹?」


 見上げれば、その枝が空を覆っている。ミスティナス中央にそびえるこの巨木が俺たちに話しかけてきているのか? 信じられないが、俺たちに話しかけてきている存在からは声だけにもかかわらず、ものすごいオーラを感じる。


(私の眷族であるエルフ族を守ってくれて、本当にありがとう。お礼をしたかったのに、貴方たちが離れて行ってしまいそうだったから、ちょっと強引に出てきました)


「凄いニャ。ウチら、木とお話ししてるニャ」


(言葉を話す魔物や精霊がいるのです。植物が話したっていいでしょう。それはさておき、トールさんに差し上げたいものがあります)


 目の前の空間が光はじめた。

 その光が小さくなっていく。


(さ、手を前に)


 世界樹から言われた通りに手を差し出すと、光が小瓶になって俺の手に落ちてきた。小瓶の中には神々しく光る液体が入っている。


「これは?」


(トールさんが望んだもの。過去の傷でも治る万能薬。エリクサーです)


「な、なんで俺が、これを欲しいって分かったんです?」


(私の眷族に、ミーナさんの傷を治してあげたいと言っていたじゃないですか。私の枝の下か、周辺の森にいるエルフの近くで起きたことはほとんど把握できます。ただ──)


 風が冷たい。悲しみにつつまれている。そんなように感じた。その冷たい風は、世界樹の方から流れてきている。


(私には眷族たちを守る力はありません。そばにいる彼らに力を与えたり、ちょっとした魔具を渡すことぐらいしかできないのです。だから彼らが人族に殺されているのを把握していても、私にはどうすることもできなかった)


 全てが分かっているのに、手を出せないのはとても辛いと思う。


(私の力で眷族を強くするのも限界があるのです。もしまた強大な力を持った人族が侵攻してきたら、貴方に救いを求めても良いでしょうか? もちろん、相応の御礼はします。エリクサーや、強力な魔法が使える杖の素材となる私の枝など。トールさんの要望に応じてご提供します)


「それはありがたい。でも俺たちはこれから旅をしようと思っているので、いつまでもこの国にはいられません」


(その点はご安心ください。私と契約を結んでいただければ、非常時に私がトールさんとミーナさんをここに召喚できるようになります。危機を救ってくださった後は、元居た場所に送り還すことも可能です)


 す、すごいな。

 さすが世界樹。


「ちなみに契約とはどんなものですか?」


 隷属させられちゃうのは困る。精神的に依存させられて、世界樹の元から離れられなくなるとか。


(私から魔力の供給を受ける代わりに、求められたとき私の(つるぎ)となって戦っていただく契約になります。危惧されているような精神に干渉するものではありませんのでご安心ください)


「頭で考えてることも分かるのですね」


 脳以内に直接語りかけてきているので、そのくらいできちゃうんだろうな。


(その通りです。いかがでしょう? 契約を結べば、魔力量も今の数倍になります)


 マジか、それは良い! 


 エリクサーがもらえるだけでも十分ありがたいが、大人数に囲まれた時などに必要となるのは戦うための力。俺は魔法使いなので、それは魔力量に依存する。魔力量が増えるというのは非常にありがたい。


「ちなみに俺たちがどこか他の国でピンチになった時、ここに召喚で逃がしてもらうってことは可能ですか?」


(んー。あまりにも頻度が高いと困りますが、月に3回までなら対応します)


 魔力量が増えるだけでなく、緊急脱出の手段までオプションで付けてもらえる。世界樹と契約をしない理由が見つからなかった。


 懸念があるとすれば……。


「今回、人族がこの国を襲ったのは俺が生き延びたからでした。俺のせいで何人ものエルフが殺されたんです。それでも、エルフたちは俺を受け入れてくれますか?」


(先ほどミーナさんがおっしゃっていたでしょう。貴方は悪くないと。私も彼女の意見に賛同します。それからトールさんが救った女性や子どもたちはみんな、貴方にお礼がしたいと言っています。ララノアやラエルノアたちだってそう。この国でトールさんを責めるエルフはいません)


「良かったニャ、トール」


「うん、うん。ありがとうございます」


 エルフを守る世界樹からもそう言ってもらえて、涙があふれて止まらなかった。



「俺と、契約をお願いします」


 人族全ての敵になるつもりはない。でも俺は奴隷商人を絶対に許さない。奴隷商人に加担する者も俺の敵とみなす。そいつらと戦うための更なる力を得て、ついでにエルフたちも守ってみせる!


(ありがとうございます。では、いきますね。──汝、トールを我が守護者とし、ここに契約を結ぶ)


 周辺が温かい光に包まれていった。


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