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第33話 逃走


「ひ、ひ、ひぃぃぃぃぃっ!!」


 奴隷商人が情けない声を上げて、地面を這いながら俺から逃げていく。恐怖を感じすぎて立てなくなったようだ。その姿を見ても、見逃してやる気にはならない。


「なぁ、どこ行くんだよ。エルフを攫いに来たんだろ? 逃げるのか? 雇った冒険者たちに払った金の分、エルフを捕まえて稼がなくて良いのか?」


「そ、そうだ! 金、金をやる!! お前が望むだけ、いくらでも」


「……ほう」


「だから私の仲間になれ。い、いや、仲間になってください」


 ここで俺の心の中の悪魔が俺に囁いた。人身売買で私腹を肥やすこのクズを絶望させる最高の方法を思いついてしまったんだ。


「いいですよ。仲間になってあげましょう」


「ああ、ありがとう!」


「それでまず私にくれるというお金ですが、貴方が現在保有する資産の半額を要求します。それ以下は認めません」


「は、半分だと?」


「嫌ならいいです。今すぐ貴方を殺すだけなので」


「くっ! お前ら、エルフを盾にしろ!!」


 あらら、交渉は決裂したみたい。


 奴隷商人の部下たちは10人ほどいて、そいつらが馬車に乗せられていたエルフの少女たちを盾にしようと動き始めた。


「俺にとって他人のエルフが人質になるとでも?」


「貴様はそこの女エルフを守っていた。異世界人様はみんなお優しいからな。さぁ、エルフたちを殺されたくなければ、私たちを見逃せ!」


 良く分かってるじゃん。

 エルフを盾にされると俺は困る。


 俺と同じ種族だとしても、お前らみたいなクズより可憐なエルフの少女たちの方がこの世界にとって何倍も生きている価値がある。


 だから人質にするために剣を向けるなど、絶対に許さない。


「お、おい! お前たち、なんで動かないんだ!!」


「動けないよ。彼らの身体は今、俺の魔法で拘束されてるから」


 冒険者だけじゃなく、とりあえずこの場にいる人族全員に水魔法で小さな怪我を負わせていた。誰かひとりくらいはまともな奴がいるんじゃないかと思ったが、望みはなさそうだ。今すぐ全員殺せるが、あまり俺がやりすぎるのは良くないかも。


 エルフたちだって、こいつらに復讐したいはず。だから動けないようにだけしておく。逃げられないように後で足の腱だけ斬っておこう。



「貴方の指示に従って動ける部下はいないみたいですね」


「わ、わかった! 私の資産の半分をお前に渡す! だから私だけでも助けてくれ」


「良いでしょう。それでは、貴方が隠してる金の場所を教えてください。あるんでしょ? 貴方しか知らない秘密の隠し場所が」


 こういう金に汚い奴は腹心の部下にも本当に大切な金庫の場所は教えないって漫画で読んだ。コイツもそうだろうと思ったから鎌をかけてみる。


「そ、それは……」


 この反応、ほんとにあるみたいだ。


「別にそこの金を全部もらおうってんじゃないです。貴方が俺を裏切らない保証が欲しいだけですよ。金を稼ぐ才能がある貴方とは、これからも仲良くしたいですから」


 奴隷商人を絶望させるための嘘でも、こんなクズと仲良くしたいなど言っていて反吐が出る。しかし、もう少しの我慢だ。


「わ、私の屋敷の地下に、隠し金庫がある」


「どうやってそこに入るんですか?」


「屋敷の入口に飾ってある甲冑を操作するんだ。右に回せば隠し扉が開く仕掛けになっている。なぁ、ここまで話したんだ。ほんとに見逃してくれるんだよな!?」


「えぇ。貴方の言葉が嘘じゃなければね」


「私は取引では嘘をつかない。信じてくれ」


 誰がそんな言葉信じるか、バーカ。


 霧による索敵魔法の応用で、俺は奴隷商人の心音が良く聞こえるようにしている。その鼓動は最初激しく、俺と会話するごとに徐々に落ち着いていった。


 はじめてやってみたが、こんなにもわかりやすく“典型的な噓つきの心音”を聞かせてくれるなんて。漫画で見た通り過ぎて、ある意味感動する。


「……いいでしょう。交渉成立です」


 どうせ甲冑操作したら毒針とか出てくるんだろ。もしくは落とし穴が動作するトリガーになってるとか。でも金がコイツの屋敷のどこかに隠されている可能性は高いと思う。上手い嘘つきは真実の中に嘘を混ぜることで自分の言葉が全て真実だと自分自身を騙す。そうして他人にもその嘘を信じさせるらしい。


 とりあえずコイツの屋敷は全部破壊して、金を探してみよう。


 今回は俺のせいでこの国が襲われたと言っても良い。だから俺は、ミスティナスには入れない。例えララノアやラエルノが問題ないと言ってくれてもダメだ。


 ミーナの身体の傷を消してあげたくて、過去の傷も治る薬を求めてここまで来たけど諦める。代わりに奴隷商人から金を貰って、それで何とかできないかってことを思い始めていた。


 あとは〆だな。


「交渉が無事に成立した印として、少し手をお借りしていいですか?」


「こ、こうか?」


 奴隷商人に手を差し出させる。ラエルノアを守るために使った防壁から少し水を回収し、奴隷商人の手のひらに乗せた。


「私が元居た世界では、相手との親交、信頼を深めるために酒を酌み交わす風習があります。でも生憎ここには酒が無いので、代わりにこの水を飲んで欲しいのです。あぁ、心配はいりませんよ。ただの水ですから」


 拒否はさせない。

 

 俺の絶対に譲歩しない意志を感じ取ったのか、奴隷商人は恐る恐るといった感じで手のひらの水を飲みほした。


「飲んだ、飲んだぞ! これで良いか?」


「ありがとう。あっ、ごめん。ただの水って言ったけど、俺の勘違いだった」


「…………は?」


 意味が分からないという顔の奴隷商人に、わかりやすく見せてあげよう。


「お前が飲んだ水、これと同じなんだ」


 彼が飲んだのと同じ量の水を呼び寄せ、目の前で鋭い棘を何本も発生させた。


「こんな風にお前の体内でも、俺の意志で自由に動かせる。だからもしお前が逃げようとしたり、俺に言ったことに嘘がひとつでもあるって分かればこれを発動させる」


 奴隷商人の顔が真っ青になり、彼はその場で嘔吐した。でも無駄だ。俺の魔力をふんだんに含んだ水は奴隷商人の胃に留まり、3時間は効力を発揮する。


 とはいえたった3時間耐えれば彼は俺から解放される。その間、俺に嘘がバレなければ生き延びられるんだ。俺としても、ここから遠く離れたコイツの屋敷の地下に隠し金庫が本当にあるのかなんて3時間以内では調べようがない。


 大事なのは嘘がバレるかどうかじゃない。



「トール。お前、その男と取引を?」


 ラエルノアが弓を向けてきた。

 別にそれは良い。

 

 俺はエルフに怨まれるべき存在だ。


「あぁ、この男から金を貰う約束をした」


「わ、私を助けてくれたじゃないか。エルフの、私たちの味方ではないのか?」


「……違う。俺は俺の都合で君を助けた。金が得られるとなった今、君たちを助ける理由はない」


「信じたのに。大切な妹を任せるくらい、私はお前を信じたのに!」


「希望に応えられなくてすまない。俺はもうここを去るよ」


 ラエルノアに背を向け、この場を離れようとする。そうしたら奴隷商人も俺の後をついてきた。


「何してんの? お前はここにいなきゃ」

「えっ!? だ、だ、だって、ここにいたら」


 ここにいたら、護衛のいないお前はエルフに八つ裂きにされるだろうな。でもそれだけの悪事を働いたんだから仕方ない。罪は償わなきゃな。それにほら、動けなくなってるお前の部下たちだっているじゃないか。


「俺との約束、もう忘れたの? 俺はお前を見逃す。代わりにお前は俺に資産の半分をくれる。そういう約束だっただろ」


 この場から奴隷商人を安全な場所まで連れて行ってやるなんて、ひとことも言ってない。もし逃げるなら自力でどうぞ。


 といってもコイツは俺を、弓で狙っているラエルノアから身を守るための盾にしようと動くだろう。俺なら彼女の矢も止められるが、奴隷商人を守るのも交渉時の条件になかった。勝手に盾にされても困るので、しばらく止まっておいてもらおう。


「しばらくここで立ってろ」


「なっ、か、身体が!」


「これはひとりごとなんだけど、ここにいる人族たちは全員今から3時間は絶対に動かないから。捕まえるのも、放置するのも、お好きにどーぞ」


 ラエルノアの殺意が奴隷商人に向いた。

 よし、逃げるなら今のうちかな。


 俺はミスティナス王都の防壁付近で待機しているミーナの元へと向かった。


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