第21話 エルフの王国
コロッセオの街を出て、西に移動すること3週間。
遠くに巨大な樹が見えてきた。
あれがこの世界の創成期から存在し続ける世界樹だという。
小高い丘の上までやって来て馬から降り、世界樹の全貌を確認する。
「……でかいな」
「ウチも実物見るのは初めてにゃ」
世界樹の下の方には無数の建物が見えた。あれがヒトの住めるサイズなのだとしたら、世界樹がとてつもなく巨大だということになる。
「馬で結構走ったけど、ガレアスを出てから2週間もかかったニャ」
ガレアスというのはコロッセオのあった街が所属する人族の国家。その国を出るのに1週間ほどかかり、国境をまたいで別の人族の国を通りここまでやって来た。
この辺りの国々は比較的良好な関係性のようで、国境を分ける壁や検問所のようなものはなくスムーズにここまで来ることができた。各国の王都や主要都市に入る際は入国税がとられたり、中に入るための検査があるらしい。
「無理な移動はしないようにしたからな。休憩多めにとったおかげで日中はかなりの速度で移動できたし、その割に疲れもたまってない。俺としてはこのくらいのペースで良かったと思ってるよ」
「トールが良いならそれで問題ないニャ」
ミーナが俺に身体を寄せてきた。
手を繋いでほしそうにしているので、その望みを叶えてあげる。
当初、俺は元の世界に戻りたいと思っていた。でも高校生たちを無事に元の世界に還せれば、俺はこちらの世界に置き去りにされても良いと考えるようになった。
獣人の寿命は人族と同じらしいので、このままミーナとふたりで暮らすのも幸せそうだ。
俺は両親が事故で他界していて、兄弟もいない。元の世界に戻っても孤独な身。一方こちらには命を懸けても守りたいと思える仲間ができたので、可能ならばこちらの世界に残りたい。
『こほん』
わざとやられた咳払いの音で、俺の目の前に誰かいることに気付いた。
視線の先には翡翠色の短髪から尖がった耳が生えた少女がいた。彼女は顔を赤らめ、俺たちからは視線を外していた。
「あっ、エルフだニャ」
うん、俺もわかる。
ザ、エルフって感じ。
「まずいニャ。ウチらまだ“翻訳水晶”を買ってないから、彼女が何を言いたいか理解できないニャ」
獣人族やドワーフ族は人族と同じ言葉を話すが、エルフ族は違う言語を扱うらしい。人族がエルフ族と意思疎通するにはエルフの王国の王都で翻訳水晶という魔具を購入して身に着ける必要がある。
翻訳水晶は1個100ギルもするが、それを購入することが入国の条件にもなるので絶対に買わなければならない。まだ王都から離れた場所にいる俺たちが翻訳水晶を持っているはずがなかった。
「攻撃してくるわけじゃないっぽいけど」
「ウチらにどうしてほしいのか分からんにゃ」
どうしようかと悩んでいると、エルフの少女が意を決したようにこちらを向き、口を開いた。
「あ、アンタたち、こんな場所で何してんのよ!」
「えっ」
「言葉、通じるのかニャ?」
「ここ魔物が通るのよ!? そんな場所で武器も持たずにい、いちゃついてるなんて破廉恥よ! 危険すぎるわ!!」
すっごい純情そうな子だな。
たぶん良い子なんだろうけど。
「忠告ありがとうございます。でもちゃんと警戒してるので、大丈夫ですよ」
「トールの水魔法は凄いニャ」
「水魔法? あなた、水魔法使いなの?」
「えぇ」
俺が頷くと、エルフの少女は腹を抱えて笑い出した。
「あははははっ。み、水魔法で、何を守れるって言うのよ」
そんなに笑わなくても良いだろ。
ちょっと傷付いた。
「トール。この女、軽めに拘束しちゃってニャ」
ミーナがとんでもないことを言い出す。
「敵じゃない子にそんなことできないよ」
「ウチのトールは凄いってとこ、証明するニャ!」
なんか俺以上にミーナが怒ってた。
ウチのトール、か。
そう言われると力を示さなくては。