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死刑すらも愛おしい

作者: カケル

日本では死刑が執行される。

だが、今どき先進国では珍しい。

死刑方法は絞首。

出房、教誨室、前室、執行室の順で進み、マジックミラーの向こう側で複数の刑務官によって執行される。

僕は今、その踏板の上にいる。

今日は僕の晴れ舞台だ。

僕はにやりと笑う。

人を多く殺してきた。

美しく、狂気的に、芸術的に殺人を楽しんできた。

巷ではそういう人間を、猟奇殺人者、快楽殺人者と言う。

だが言われてみると、確かに僕は人を殺すことに快感を得ている。人の死を間近で、それも自分の手で下した時の相手の表情。生殺与奪を握っているその感覚、そしてまさに命を摘み取ろうとする感覚が愛おしい。

絶望に伏した表情、死に抵抗する生存本能。

それらすべてを見て、人間は如何にただの動物であるかを理解することができる。そのものの苦しみを、怒りを、憎しみを、殺意を、すべてをさらけ出して死に絶えていくその姿を見るのが悍ましいほどに狂おしく楽しいのだ。

家庭に問題があったわけでもない。貧乏であったわけでもない。

父と母にも問題はなかった。僕を愛情深く育ててくれたことには感謝している。何不自由ない生活に、僕は溺れることなく努力し結果を残してきた。勉学もスポーツも芸能も、そのすべてを。

けれど満たされなかった。満足できなかった。

退屈だったんだ。

何をしてもできてしまう自分に辟易していた。聖人君子である自分が誇らしくもつまらなかった。何でも手に入るし何でも叶えることができた。

けれどきっかけは公園の蝉だった。

死にかけの蝉。

鳴くことも羽ばたくこともせず、今にも息絶えようとしているその蝉を見て。

潰してしまおうと強く関心を持ってしまった。

蝉を転がし、突き、投げて、蹴飛ばし、そうしてさらに弱々しくなっていく蝉を、僕はおそらくニヤニヤしながら相手していただろう。

何の抵抗もできず、何の希望も持てずに弄ばれるそんな存在を見て、僕は心底興奮した。最後は踏み潰す。

一気に潰すのではない。

ゆっくりじっくりとその死にかけの蝉を靴裏で踏み潰していくのだ。

メリメリ、パリパリ、バキバキと。

蝉の断末魔が聞えた。

ジイイイイイイイイッと。

死にたくないと叫んでいるであろうその声。

けれど僕はその足を止めずに蝉を踏みつぶす。

ぺしゃんこになった蝉。足をどかすとグシャグシャに潰れた蝉の死体があるだけ。

その時からだ。

初めはいじめっ子を懲らしめる程度だった。殺人は罪だから。

世直し、と言えば聞こえはいいかもしれないけれど、やっていることは犯罪だ。

けれど愉しかった。楽しかった。これほどに、他者を追い詰め、その権利を踏みにじり、絶望へと叩きつけている感覚が愉しくて仕方なかった。

彼等といじめる側に立ってみたことがある。けれど詰まらなかった。ただの弱者を痛めつけても何の快感もなかった。僕は蝉が嫌いだったのだろう。

なら嫌いな何かを壊すことが、僕にとっての快感だ。いじめっ子が嫌いなら、そいつらを害してやればいい。

僕のカラダには他者を害したいという遺伝子が組み込まれている。両親が、血筋が、ではない。もっと奥底にある、根本的な何かによってだ。

いじめっ子を殺すとはいかなくても、その心を殺すことくらい簡単だった。

初めは威勢よく吼えていたのに、それが徐々に忠犬みたく、しまいには尻尾を巻いてビクビク怯えて震える子犬だ。強者を気取る弱者ほど脆い。簡単に謝罪し、泣き叫び、許しを乞うてくる。ただの弱者をいたぶるよりも猶更気持ちよかった。強者を語る弱者を堕とす快感がたまらなかった。

初めての殺人相手は痴漢犯だった。常習的に痴漢する男を見つけ出し、同じようにしてやった。

密室で天井から吊り下げ、身体をまさぐった。

怒号を上げる男に、ピーラーを見せて、その脂ののった腹の皮を切ってやった。その腹に指を撫でると、男は絶叫した。皮膚の下は神経と血管が集まっている。刺されるよりも痛い。

全ての皮を削いでやった。血だるまになった男の身体を触りに触り尽くしてやった。

絶叫に絶叫。至高の叫びだった。

お湯をかけるともっと面白い。

身体を縮こまらせて呼吸困難に陥るのだ。何度も何度もやっていると、いつの間にか死んでいた。たかが痛みでだ。出血死ではない。

殺しに殺した。

殺人犯、強姦犯、反社、半グレ、汚職警官や政治家――自らを強者と語るそんな奴らをいたぶり殺してきた。強者の立場から弱者の立場へと堕ちるその瞬間の表情がたまらなく好きだった。楽しくて楽しくて楽しくて仕方がなかった。

「ははっ」

首にロープを掛けられる。

マジックミラーの向こうではどんな人間が僕を絞首刑に成そうとしているのか、想像するだけでも面白かった。苦痛な表情か、爽快か、愉悦か、憎悪か。

「どうだ? 僕に勝った気分は」

マジックミラーの向こうには、僕を追い詰めた探偵がいるのだろう。

何となくそう感じた。

どうせなら彼に殺されたいと、夢を抱いてしまう。

犯行時の証拠は一切残していない。

長く殺しを楽しむためには、捕まることは許されない。愉しみが無くなってしまうからだ。捕まってみたいとは微塵も思わなかった。

称賛されることには酔いしれていた。

「嗚呼、良い人生だった」

時間が来た。

アナウンスが流れる。

「生まれ変わったら、また遊びたいな。探偵くん」

踏板が開けられる。

首が吊られ、首の骨の折れる音が聞こえる。

バタバタと動くことも許されず、意識が一瞬にして奪われた。

死を悟る。

死を受け入れる。

死を感じ取る。

死をかみしめる。

遂に自分の番だと。

僕はにやりと笑いながら。

死んでいった。


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【集】我が家の隣には神様が居る


こちらから短編集に飛ぶことができます。

お好みのお話があれば幸いです。


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