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フー子はシンカしました

それからフー子は、ハルに色々な世界へ連れて行かれ、色々なフー子になった。宇宙海賊、名探偵、陰陽師、悪役令嬢……しかし、どれもしっくりこない。そうして、たどり着いたのは、またもや小学六年生の女の子だった。ところが、


「バカ、ブス、でこでこ女!」

 フー子はいきなりののしり声を浴びせかけられた。

「もうお前なんか知らん、勝手にしろ!」

 言うだけ言って、その男子はフー子の前から走り去った。彼は国見(くにみ)健太(けんた)。保育園時代から付き合いのある幼なじみである。とは言えそれも、たぶん春までだ。

 健太は私立中学校への入学が決まっており、フー子はふつうの市立に通う予定だった。悪口の語彙は少ないが、健太は意外に頭が良いのである。それにしても、でこでこ女はひどい。


 それは二学期の終業式を終え、帰宅する途中のことだった。クリスマスイブに予定はあるかと聞いてきた健太に、フー子は「ある」と即答した。

「へえ、なにするんだ?」

「児童科学館で特別展示が始まるの。ぜったい見に行きたくて」

「なんの展示?」

「冬の昆虫展。神代(こうじろ)くんが入場券二枚持ってて、一緒に行くなら一枚くれるって言うから」

 すると健太は、ひきつった笑みを浮かべて言う。

「おまえ、(あきら)のことフったんじゃなかったか?」

「あー、うん。そうだね」

 つい先日、フー子は明に「好きだから付き合ってほしい」と告白されたのだ。しかし、フー子はそれを断った。確かに明は、美少年なうえに頭も運動神経もよかったから、女子からの人気は高い。フー子も彼をカッコイイ男子であると認識はしている。しかしながら付き合うと言われても、一体何をすればよいのやらさっぱりだ。そんなわけで、明が望むことに応えられる自信がフー子にはまったくなかったから、丁重にお断りしたと言うわけである。

「じゃあ、なんでデートするんだよ」

「デート?」

 これは、デートなのか?

 デートは一緒にお買い物をしたり、映画を見たり、遊園地で観覧車に乗ったりすることのはずだ。児童科学館で虫を見るのがデートになるとは思えない。そもそもフー子は、自分が行きたいから行くわけで、明は入場券のおまけなのだ。

 フー子が首を傾げていると、健太は突然、彼女をののしり始めた。

「バカ、ブス、でこでこ女!」

 そうして、いきなり悪口を浴びせかけられびっくりしているフー子をよそに、

「もうお前なんか知らん、勝手にしろ!」

 と捨てぜりふを置いて走り去った。

 フー子の頭の中はクエスチョンマークでいっぱいだった。フー子が覚えている限り、幼なじみがこれほど怒るのは初めてのことだ。フー子の趣味である生物観察に付き合わされ、山の中で迷子になった時も、ヒルやマダニにかまれて半泣きになった時も、健太は一度だってフー子を責めたりしなかった。

 彼は一体、どうしてしまったのだろう。

 とぼとぼと一人家路につきながら、フー子は考えた。家に帰って冬休みの宿題を片付けながらも、健太が怒り出した理由について考え続けた。晩ごはんを食べながら、お風呂に入りながら、ずっと健太のことを考えた。そうしてベッドに入り、天井を見つめてフー子は言った。

「ねえ、ハル」

 フー子はまた、あの真っ暗な世界にやってきた。

「なあに、フー子ちゃん?」

 いつものように、ナビゲーションロボットのハルが迎えてくれる。

「なんで健太は怒ったんだろう」

 ハルは何も答えなかった。

「シンカしたら、わかるかな?」

「シンカの方向にもよるね」

 つまり、やみくもにシンカしても、健太のことはわからないままになるかも知れないのだ。

「シンカしますか?」

 ハルが聞いてくる。

 フー子は首を振る。

「もうちょっと考えてみる」

「わかった。がんばってね」


 フー子はベッドの上に戻ってきた。しかし、外はすでに朝。どうやらハルは、戻す時間を間違えたらしい。

 冬休みなので、このまま二度寝を決めたいところだが、そうも言っていられない。フー子は冷たい空気にひるみながら布団を抜け出し、洗面所へ行って顔を洗う。さっぱりすると、健太のことについて結論が出ていることに気付いた。

 朝ごはんをやっつけ、宿題をしながら時間をつぶし、十時きっかりに電話をかける。

「あ、おはようございます。私、明くんのともだちのフー子です。明くんはいますか?」

 受話器の向こうで「あきらー、フー子ちゃんって子から電話」と言う声が遠くに聞こえてきた。少し間があって、バタバタと足音がしてから、明の声が出る。

「おはよう、神代くん。うん、あのね、冬の虫展行けなくなっちゃったから、その連絡。あー、そう言うのじゃなくって、誘ってくれてうれしかったよ。冬の虫展行きたかったし。でも、その日に用事ができちゃったの。うん、すごく大事な用事。だから、ごめんね。うん、ありがとう。またね」

 受話器を置き、大きなため息を一つ。

 よし、次だ。

 フー子は自分の部屋に駆け戻り、パジャマを脱いで服を引っ張り出した。そうして、無意識にトレーナーとジーンズを手に取ったことに気付いて、それらを床へ叩きつける。虫を捕りに行くわけではないのだ。もっとましな格好をしなくては。せめてスカートにしよう。でも生足は抵抗がある。確かお母さんがタイツを買ってくれていたはず。あった。けど、パッケージを開封すらしていない。デニールってなんだっけ?

 タンスをひっかきまわし、どうにかこうにか身なりを整えると、フー子はコートのポケットに財布を突っ込んで家の外に出た。

 健太の家は、すぐ隣だ。玄関の前に立ち、えいやとチャイムを押す。ピンポーン、バタバタバタと足音、そして扉がガチャリと開き、パジャマ姿の健太が現れる。彼はフー子を見て、ぎょっとする。

「なんだ、その格好?」

「おめかしした!」

 フー子は胸を張る。

「ああ……そう、珍しいな」

「がんばったのに、それはひどくない?」

「ええと、ごめん。似合ってる。可愛いと思う。ちょっとびっくりした」

 健太は本当に驚いている様子だった。

「うん、ありがとう」

 フー子はニンマリした。それでこそ苦労したかいがあったと言うものだ。

「けど、なんで?」

「フー子はシンカしました」

「意味が分からん」

「そう言う夢を見たの。ハルって言う変なロボットが、私を勇者とか宇宙海賊とか、いろんな私にシンカさせようとするの。それで――まあ、それは後で聞いて。それより、お買い物に付き合ってよ」

「いいけど、着替えるから上がって待ってて」

「うん、おじゃましまーす」

 勝手知ったる幼なじみの家だ。フー子は靴を脱いで上がり込み、自室へ向かう健太を見送ってから、リビングへ向かって廊下を歩きだした。さて、買い物の後はどうしよう。映画でも見に行く? 今、なにか面白いのやってたっけ。遊園地はちょっと遠いなあ。

 なんとなく、「シンカしますか?」と言う声が聞こえたような気がした。だからフー子は、こっそり胸の内で答えた。

「フー子は、もうシンカしたよ」

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