勇者フー子!
フー子は巨大な剣を、恐ろしげな黒いドラゴンの頭に振り下ろした。剣はやかましい音を立ててはじかれ、フー子は二、三歩よたよたと後退する。さすがドラゴン。頭の骨も頑丈だ。しかし、まったくダメージがなかったようでもなく、ドラゴンは恐ろしい声で吠えながら、頭をめちゃくちゃに振り回した。
「あぶない!」
盾をかまえた鎧の戦士が飛び出し、フー子とドラゴンの間に割って入った。次の瞬間、ドラゴンは紫色の目で二人をにらみつけると、大きな口を開け彼らに真っ赤な炎を吐きかけた。
炎の攻撃は数秒続いた。戦士が壁になってくれたおかげで直撃はまぬがれたが、それでも髪の毛が焼けるにおいがして、肌の衣服におおわれていなかった部分は、やけどでぴりぴりと痛んだ。
「戦士、大丈夫?」
炎が止むと、フー子は戦士に呼び掛けた。鎧の戦士は肩越しにフー子を見て、にやりと白い歯を見せた。イケメンだった。
ちょっと見とれていると、フー子の体が金色の光に包まれた。戦士も同様だった。やけどの痛みがすっと引き、へとへとで上がっていた息も落ち着く。
「しっかりしろ、お前ら!」
背後から声が飛ぶ。振り返ると、白いローブを着た金髪の男が、黄金のメイスを高々と宙にかかげていた。これまたイケメンである。
「ありがとう、神官!」
さっきの光は、彼がかけてくれた神聖魔法だ。傷をいやし、活力をよみがえらせてくれる。
ドラゴンが吠え声をあげた。怪物はくわっと口を開き、再び炎のブレスを吐こうとしている。しかし、巨大なつららが地面から突然現れ、ドラゴンの下顎をしたたかに打った。ドラゴンのブレスは口の中ではじけ、ぼふんと間抜けな音を立てた。
「まだ終わってないわよ。気を抜かないで」
フー子たちから少し離れた場所に、大小色彩さまざまな宝石で全身を飾るきらびやかな男がいた。衣服や腰まで伸びる長髪は真っ黒だが、すさまじく派手だったし、やはりイケメンだ。
「魔術師!」
「こっちもボロボロだけど、トカゲちゃんも限界みたいよ。フー子ちゃん、これで決めなさい」
オネエ言葉のイケメン魔術師は、ウインクを一つくれると呪文を唱え始めた。
聞き覚えのある呪文を耳にして、フー子は彼が考える作戦を、すぐに察した。
他の仲間たちも同じだった。戦士は雄たけびを上げてドラゴンの注意を引き、神官は魔法で戦士を援護する。
魔術師の呪文が終わるなり、フー子は高々と宙に投げ出された。真下にドラゴンの背中が見える。フー子は切っ先を真下に向け、そのまま落下した。
フー子の体重と落下のエネルギーを受けた剣は、ドラゴンの固い皮膚をやすやすと切り裂き、そうして心臓をも貫いた。その途端、ピシッと音を立ててドラゴンはひび割れ、体じゅう裂け目から紫の光を放ちながら、ゆっくりと霧散した。こうして、フー子たちの戦いは終わったのだった。
邪悪なドラゴンを倒し、国へと帰ったフー子たちは盛大な歓迎を受けた。誰もがフー子を勇者と呼び、一緒に戦った仲間たちも、すべてフー子の手柄であるかのように、彼女をほめそやした。
すぐに王宮から使いがやってきて、フー子たちは王の前に連れて行かれた。玉座の王は笑顔で英雄たちを迎えた。彼のかたわらには、真珠色のドレスを着た幼い王女の姿もあった。巻き毛の金髪で、くりくりした大きな青い目をしている。フー子は「お人形さんみたい。抱っこしてなでなでしたいなあ」などと、不敬なことを考えていた。
「勇者フー子よ、こたびは大儀であった」
王は言った。
「もったいないお言葉、ありがとうございます」
フー子は素直にお礼を言った。しかし、勇者呼ばわりされるのは、ちょっとばかり居心地が悪い。なんと言っても、これは仲間たちの助けがあったからこそなのだ。
「そなたの働きで、我が国のみならず世界は救われたのだ。改めて礼を言おう。そして、そなたの功績にふさわしい褒美を授けようと思う」
「かたじけなく思います」
正直、ご褒美はうれしい。
「うむ。では我が宝である、王女との結婚を認めよう」
ん?
広間は拍手と歓声にあふれた。仲間のイケメンたちも同じ反応だった。
「勇者さま、かねてからおしたいしておりました」
王女は頬を染めながら、熱っぽい視線をフー子に送ってくる。
「あの、殿下。おそれながら、私は女です」
「はい、存じております」
「それに、子供です。まだ十一歳です」
「私は九歳ですから、勇者さまのほうがお姉さんですね」
そう言うことではない。
「陛下?」
フー子は王に助けを求めた。
「そうか、そなたはまだ十一であったか。その幼さにして、これほどの偉業をなしとげるとは、将来が楽しみである。どうか、我が娘の夫として、これからも我が国を支えてくれまいか」
どうなってるんだ、この国は。
フー子は天井をにらみつけ、このバカげた世界を作った犯人に呼び掛けた。
「ちょっと、ハル。止めて!」
世界は真っ暗になり、ぽつんと立ち尽くすハルが現れた。
「こう言うのって、ふつうはイケメンたちの誰か一人と結ばれるものじゃないの?」
明らかに、姫は攻略キャラではない。それとも、全員の好感度をMAXまで上げてしまったせいで、裏ルートにでも入り込んでしまったのだろうか。
「君はイケメンの明くんの彼女にはシンカしたくなったんだよね。だったら、可愛いお姫様の旦那様にシンカする方がいいのかと思って」
「私はロリコンじゃない!」
「でも、ちょっとは可愛いと思ったよね?」
それは否定しない。
「とにかく!」
フー子はぴしゃりと言った。
「よく覚えてないけど、私はこんなファンタジー世界の人間じゃないと思うの。次はふつうの世界にして!」
「これはこれで面白いと思ったんだけどなあ。まあ、いいや。次行ってみよう」
そして、世界はまた虹色に渦を巻いた。