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だれかのカノジョ

 フー子は小学生だった。今は、彼女が通う小学校の体育館の裏にいる。人目の少ないここは、男子が相いれない相手と決着を付けるための闘技場であったり、あるいは異性へ思いを告げるロマンティックなステージとしても使用される。

 フー子がここにいる理由は、おそらく後者だった。彼女の下駄箱に放り込まれていた手紙は、その文面からして果たし状の類ではないのが明らかだったからだ。

「手紙、読んでくれたんだね」

 きらびやかなハレーションをともなって、美少年が現れた。それはもう現実離れしすぎていて、マンガやアニメのキャラクターのようだ。

神代(こうじろ)くん」

 と、フー子は少年の名を口にする。確か、下の名前は(あきら)だった。

「来てくれてありがとう、■■さん」

 明の言葉は一部がよく聞き取れなかった。しかし、フー子にはそれが自分の苗字であることがわかったから、こくりと一つうなずいて見せた。

「それで、返事は聞かせてもらえる?」

 返事?

 フー子は手紙の内容を頭の中から引っ張り出した。そう言えば、あなたが好きだから、お付き合いしてほしいと言うようなことが書いてあったような気がする。もちろんフー子としても、それはやぶさかでないが、ただ一つ気になることがあった。明の手紙の中に書かれていたフー子が、あまりにも現実からかけ離れていることだ。

 明が考えるフー子は、どうやら可愛く、頭が良く、優しくて元気な女の子らしい。

 まあ、元気であることは否定しない。フー子は生物観察を趣味にしていたから、しょっちゅう山野を駆け回っている。おかげで、そこらの男子よりも体力があった。もちろん、それは汗まみれ泥まみれになる趣味なので、おしゃれとは無縁である。六年生になってからは、多少なりとも外見に気を配ってはいるが、同学年の女子に比べれば周回遅れの感は否めなかった。つまり、可愛いと言う明の評価は的外れと言うことになる。

 では、頭が良いと言う点ではどうだろう。理科と保健体育に関して言うと、通知表の上では「よくできる」とされている。しかし、他の科目については、すべてそこそこの成績だった。したがってフー子自身は、自分の頭の出来をさほど良いとは考えていない。

 ただし、フー子はおでこが広かった。おでこが広いのは脳が大きいせいだと考えられてきた時代もあったようだから、明はそれをもって「フー子は頭が良い」と判断したのかも知れない。ついでに言えば眼鏡も掛けている。ものにもよるが、眼鏡は人を賢そうに見せる効果があるのだ。

 または単純に、明がおでこ好きな男の子である可能性もある。つまり知性があると言う意味ではなく、そのものズバリの頭が好いと言う意味だが、さすがにその解釈は都合が良すぎるか。

 優しいについては、無視しても良いだろう。これは誰かを持ち上げるときに、必ずくっつけなければならない添え物ワードなのだ。

 さて。以上を総合して考えれば、明はフー子を彼女以外の誰かと勘違いしているの可能性が高い。しかし、これまでの彼の様子は、フー子がまさしく手紙の中のパーフェクトな女の子と同一人物であると確信しているように見える。

「ダメかな?」

 考え込むフー子を見て、パーフェクトな美少年は雨に打たれた子犬のようにしょんぼりした。

「いや、ダメじゃないけど」

 あまりにも可哀想に思えて、フー子はあわてて言った。

「それじゃあ……!」

 芸をしてほめられた子犬のように、明は笑顔になった。

「待て待て」

 フー子は片手を突き出して明を制した。明は子犬のように従った。ともかく、彼の誤解を解かねばならない。フー子は明が考えるような可愛くも賢くもない、普通の女の子なのだ。いや、普通以下かも知れない。

「よく見て、私だよ。他の誰かと間違えてない?」

「間違えてない」

 明は即答した。

 フー子は観念した。

 勘違いかも知れないが、明はフー子を素晴らしい女の子だと思ってくれている。だったらフー子も、かんぺきとまでは行かないにせよ、手紙の中のフー子のようになれるよう、ちょっとくらいがんばってみても良いのではないだろうか。

 心を決めたフー子は、明に返事をしようと口を開いた。しかし、その途端に世界はまた真っ暗にもどり、背後から声がした。

「シンカしますか?」

 ぎょっとして振り向くと、大小のボールを人間の形につなぎ合わせたような格好のナビゲーションロボット、ハルがいた。

「シンカって?」

 フー子は聞いた。

「君は今、もやもやした何かからシンカした女の子だけど、さらに『明くんの彼女』にシンカしようとしているんだ」

「シンカしたら、どうなるの?」

「そうだね。君がどうなるか、ちょっと見てみよう」

 ハルが指さした先に、ぽんと丸い窓が開いた。そこから見えるのは教室の中。そして、フー子の机の周りには、たくさんの女子たちが集まっていた。


 フー子ちゃん、神代くんの彼女になったんだってね。

 すごい。

 おめでとう。

 うらやましいなあ。

 

 女子たちは、わいわいとフー子をほめそやす。正直、フー子も悪い気はしない。なにせ、明はとびきりの美少年だ。成績も良くて運動神経も抜群。フー子にはよく分からないが、服のセンスも飛びぬけているらしい。とにかく、フー子はみんなが憧れる男子とお付き合いすることになったのだから、こうなるのも当然だろう。


 でも、そうなるともう、フー子ちゃんって呼んだらダメだよね。

 あー、そうだね。フー子ちゃんじゃなくて、神代くんの彼女だもの。

 うんうん、カノジョ。コウジロクンノカノジョ。


 何か、様子がおかしかった。フー子を取り囲んでいた女子たちは、みんな張り付いたような笑顔で「カノジョ、カノジョ、コウジロクンノカノジョ」と口々に言う。

「私はフー子よ?」

 フー子は言うが、誰も耳を貸さない。

「どうして?」

「どうしてもこうしても、シンカしたんだもの」

 ハルが言った。

 フー子はいつの間にか、真っ暗な世界に戻っていた。丸い窓の向こうのフー子は、フー子では無くなったというのに、女子たちにほめそやされて嬉しそうに笑っている。

「こんなの、私じゃない」

 フー子はきっぱりと言った。

「そう。じゃあシンカはやめて、次行ってみよう」

 ハルはあっさり言って、世界はまた虹色に渦巻いた。

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