もやもやした何か
ほら、最初は右足だ!
その、もやもやした何かは、何もない真っ暗などこかで、足を一歩ふみ出した。
次は左足!
さらに一歩進むと、真っ暗の中に、ぽつりと光るものが現れた。ホタルだろうか。豆電球だろうか。それとも、ツキヨタケ?
それ、右手を伸ばして!
もやもやした何かは光るものを捕まえた。でも、それは指の間をするりと抜けていく。
左手も使うんだ!
もやもやした何かは、今度こそと両手で光を捕まえる。
絶対に逃がすな、ぎゅっと抱きしめて!
もやもやした何かは、両手に掴んだ光を自分の胸に押し付けた。そうして気が付くと、もやもやした何かはもうもやもやした何かではなく、一人の女の子になっていた。
真っ暗の中で、ぼうっと光る女の子がぽつんと一人。まったく、おかしなことである。
どうして自分は、ホタルみたいに光っているのだろう。いやいや、それよりも、ここはどこ?
「おめでとう、君はもやもやした何かから女の子にシンカしました!」
後ろから子供の声。
女の子はぎょっとして飛び上がる。
この真っ暗の中には自分しかいないと思い込んでいたから、女の子は本当に驚いた。振り返ると、そこには何やら変なものがいる。それは大小色々なボールを人間の形にくっつけたような格好で、女の子と同じように、ぼんやり光っていた。
「あなたは誰?」
女の子がたずねると、それは答えた。
「はじめまして。ぼくはハル、ナビゲーション・ロボットだよ。よろしくね!」
「えっと、はじめまして。私は……」
言いかけて、女の子は自分の名前を知らないことに気付いた。
「私は、誰?」
「そもそも、それの起源はコマツマサオと言う日本のコメディアンが……」
ハルは何やら講釈をたれ始めるが、はっと我に返って言う。
「残念ながら、ぼくも君が誰なのか、まだわからないんだ。でも、君が本当の自分になるための手助けはできるよ」
「ありがとう」
何が何だかわからないが、今の状況は間違いなく誰かの助けが必要だった。
「とりあえず、君はフー子ってことにしよう。それでいいかな?」
風子、楓子、ふう子……どれだろう。いや、どれだろうと関係ない。それは仮の名前。本当の自分ではないのだから。
「わかった」
もやもやした何かだった女の子、フー子は言った。
「それじゃあ、さっそく行ってみよう」
「どこに?」
「君が本当の君になるための冒険に」
ハルがそう言った途端、真っ暗だった世界は色とりどりが入り混じるマーブル模様に染まり、それは渦を巻いてフー子を呑み込んだ。