4話
番組は着々と進行していた。
「次のコーナーはおもしろ変顔対決〜!」
楽屋での態度が嘘かのように海麗は可愛らしい女性タレントとしてMCを務めている。
「ではではルールの説明です―――」
私は全く収録に集中できていなかった。
原因は本番前に加奈という中学生アイドルからの忠告と体験談だった。
――――――
「……コマネチを」
その子は真っ赤な顔をしながら言った。
「コマネチ?どういうことよ」
「番組の罰ゲームでやらされたんだ……海麗さんに」
「さっきの女?」
「しっ!聞こえたら大変だよ!鈴音ちゃんも恥ずかしい目に合わされちゃう!」
罰ゲーム。
その単語に私は以前に見たアイドルの汚れ仕事を思い出した。
私とは無縁の単語と仕事だ。
でも、この子の真っ赤な顔と慌て様に少し興味が湧いた。
「私はモデルの鈴音よ。恥ずかしい目ってどういう事?」
相手は恐らく年下の女子。
私は髪を耳にかけながら殊更クールに見えるように訪ねた。
「あ、加奈って言います。ジュニアアイドルです。」
慌てて加奈は私に挨拶をした。
「先月くらいだったかな。海麗さんの番組に出たんだ。加奈すごい緊張しててね。本番中のゲームとかも全然うまくできなくて、あたふたしてたら海麗さんの足を踏んじゃったんだ」
「気の強そうな女だったわよね」
「……それが原因だと思うんだけど。その後のゲームから加奈だけムチャぶりされたり、スタッフの人からも当たりが強くなったんだ。それで無理やり対決で負けたことにされて罰ゲームを受ける事になって」
「それでコマネチをやらされたって訳ね。私なら絶対にやらないわね。ありえないわ」
「何度もやらされたんだ。しかも街中で」
「え?」
「インカムだけ付けさせられて、人がたくさんいる街中で思いっきり大声でコマネチをやれって海麗さんが。もっと腰を落とせ、ガニ股が足りない。声が小さい。顔を上げて覚えてもらえって何度も何度もコマネチをやらされて。本当に恥ずかしかったなぁ。」
加奈は顔を伏せてぶつぶつと呟いている。
かわいそうに。
私は素直にそう思った。
恐らくまだ中学生くらいだろう。中学生女子が受けるにはあまりにもな恥辱だったと思う。
でも。
断る強さと自分を持ててなかったこの子も悪いわね。
芸能界で輝こうとしているのだから純粋だけでは生きていけないだろう。
したたかなずる賢さも必要なはずだわ。
わざわざ不要な忠告と思い出したくもない恥ずかしい体験談を語るなんてお人良しね。
私は目の前の少女をたちまち見下した。
「それは災難だったわね。今日も目を付けられているんじゃない?」
「そうなんです!それが不安で不安で」
加奈か勢い良く顔を上げて興奮気味に言った。
「でも安心しました!鈴音さんありがとうございます!」
「ありがとう?」
なぜお礼を言われるのか意味が分からない。
「はい!だって今日。恥ずかしい目に合わされるのは鈴音さんですからね!本当にありがとうございます!」
2度目のお礼を言った加奈の目は、したたかさもずる賢さも持ち得ている目だった。
――――――
「鈴音ちゃーん?聞いてる?」
「――っ!」
海麗の声が届き、はっと周りを見渡す。
「早くランダムで決まった物を使って変顔をして下さいよぉ。1番面白くない子が負けですよ。あはは2番の子は鼻メガネで変顔です!おもしろーい。おっと5番の女の子はシールを顔に貼っています。可愛いお顔が台無しですねぇ。6番はヘンテコなマスクをしています。恥ずかしそうだぞー」
どうやら変顔対決が始まった模様だった。
海麗が盛り上げている。
変顔か
普段だったら絶対にしない行為だけど。私の頭には加奈の言葉が逡巡していた。
私は負けることに危機感を覚えた。
最下位は避けよう。
そう決めて私は目の前にある変顔アイテムを手に取る。
「なによこれ…」
他の出演者はいかにもアイドルの変顔という緩いアイテムなのに。
私はまた加奈の言葉を思い出した
「―加奈だけムチャぶりされて―」
「鈴音ちゃーーん。早く変顔してくださーい。後は鈴音ちゃんだけですよぉ。早くそれを――」
やはり私は目を付けられた様だった。
「かぶってくださーーい!。あはははは」
私の変顔アイテムは「パンスト」だった。