4-収録師
異世界語録
「龍神」→唯一神
「龍神石」→龍神の血を継承するものが干渉することで天福を引き起こすことができる
「龍石」→龍神石の略称
「神格者」→(現在では)龍神石に干渉できるもの
「龍造人形」→神格者の手によって造られた人工物
「収録」→龍造人形に人が意図した指示を出す行為
第4部
今朝のルークはいつもとは違い、目が覚めるとすぐにベットから飛び上がり、意気揚々と玄関ホールまで駆け降りていった。
昨夜”サルウィン”には友人のロックとフリージアさんが家に遊びにくることを伝えてあるので、もう既に玄関ホールにてサルウィンが待機しており「おはようございます」と、固い表情筋をできるだけ緩めながら挨拶をした。
「ルーク様、こちらの台に洗顔用の水、お召し物を。そして、女中に軽食を持たせております」
ルークは「ありがとう」とサルウィンと女中に伝え、落ち着きのない様子で身支度をし、軽食のおにぎりを口に放り込みながらいそいそと外に出ていった。
「屈託なく、快活としたあのお姿・・・幼少の頃のルーク様と重なって見えますわ」
女中はサルウィンに声をひそめて心情を吐露し、懐かしそうに少し顔を上げて微笑んでいる。
「ええ、大変喜ばしいことです。しかし、こういう時こそルーク様から目を離さず油断しないように気をつけてください」
「はい、承知しております」
女中は頷き、短剣を忍ばせてある箇所を無意識に触れると、ルークに気づかれないように後を追った。
♦︎♢♦︎
ルーク・S・バロバロッサの住まう<辺境伯バロバロッサ家>の屋敷は、喧騒とした都市(サラマンド地方の都市)から離れた”西・田園地帯”にある唯一の豪邸であり、ここ”西・田園地帯”はバロバロッサ家の私有地となるため立ち入るには事前に許可の申請が必要になる。
バロバロッサ家の庭園は、龍神石の”土の天福”を受けて、果樹園に適した水捌けの良い土俵に調整されており、田園広がる粘土質の大地であっても、果実が収穫できるように管理されている。
ルークは赤々と熟した果実を使用人に許可を得て3人分もぎとり、プライベートルームと呼ばれている庭園内にあるガラス屋根のあるデッキに向かった、ここでふたりと待ち合わせすることになっている。
プライベートルームと言われるだけあって、常時流れる滝の柵に四方囲まれており、外から盗聴及び盗視することは困難だろう。もちろんこんな芸当ができるのは、龍神石の天福による恩寵のおかげだ。
ルークは滝の柵の前に立つと、右腕を前に出して手のひらを伸ばしながら右へスライドする。
(開け)
そうすると、滝の柵は人がひとり通れるほどの空間が開け、中に入れるようになる。
ルークはデッキにある犬小屋へ駆け足で向かい「ルキ」と、声をかけた。ルキは気持ちよさそうに寝息を立てていたが、垂れ下がっていた耳がピーンと前に跳ね上がるとルークめがけて飛んできた。
「ルキごめん、待たせたな! うわぁっ! ははっ、くすぐったいからやめてくれよ」
ルキは尻尾をはち切れんばかりに振りながらルークの頬を舐めることをやめようとしない。
ルキは<龍造犬、通称:シェパード>と呼ばれておりルキという名はルークがつけた名前だ。
いつも疑問に思うのだが、なぜ皆んなシェパードと呼ぶのだろうか?シェパードとはあくまで通称であって名前ではない。あるひとりの男を指して、この人の名前は人間です、と言っているようなものである。
「でも、もしかしたら・・・」(僕が幼稚なだけ、なのだろうか?)
幼い子供が遊んでいる人形に名前をつけて可愛がることと同じように、ルキも龍神石で造られた岩石に過ぎない。ルークの足元でこちらに腹を見せながら仰向けになって寛いでいるルキを眺めていると、心の奥が締め付けられる。
(生きてはいない、、か・・・)
♦︎♢♦︎
ガシャーン 外から大きな金属音がなった、ルキは金属音に反応すると耳を前の出して音源の方向を見つめる。
ふたりがやってきた合図だろう、ルークは読みかけの本にしおりを挟むと椅子から立ち上がった。
滝の柵が少しずつ開いていく中で、ロックとフリージアさんの声が聞こえてくる・・・。
「ラインハートっていうのはやめてくれないか、鳥肌が立つんだ」
「まぁ!素敵なお名前ではありませんか?初代王の唯一無二の友の名と同じなのですよ、とてもロマンがありますわ」
「初代王の親友のお名前なんて、自分には恐れ多いもんでね」
「いいえ、そんなことありませんわ・・・・あら!ルーク様!」
ルークはふたりが自分に気がついたのを確認すると「おはようございます」と、挨拶をしてふたりを中へ迎入れた。
「お招きありがとうございます」
フリージアは慇懃にお辞儀をした。彼女の後ろにいる真新しいシェパードは、耳を垂直に立たせ辺りを警戒している。ロックも「お招きありがとうございます」と、フリージアの後に続いてわざとらしく大袈裟に頭を下げてお辞儀をする。
ふたりをここまで案内したサルウィンは、先ほどの合図に使用したシンバルを脇に抱えながら
「お時間になりましたらお呼びいたします」
と、ルークに報告し、滝の柵が完全に閉じるまでその場で待機していた。
「どうぞ、さっきもぎ取ったばかりの新鮮なマールです」
ルークは赤々と熟した果物をふたりに手渡し、ついでに下でよだれを垂らしながらルークの手にあるマールを見つめていたルキに自分の分を分けてやった。
フリージアはもらったマールを服で軽く拭うと勢いよく齧りつき、感嘆の声を漏す。
「まあ!とっても美味しいですわ。この果物はもぎたてが最高に美味だとか、流石バロバロッサ辺境伯!バブリーですわ!ラインハート様もそう思うでしょう?」
「だから・・・、俺は姓のロックベルで呼んでくれと頼んでるんだけどなぁ? あーでも、こいつは確かにいつものと比べて美味いな」
ロックはマールを齧りながら、デッキに山積みにされた蔵書を手に取って開いてみると呆れた顔つきになった。
「これ全部”収録”に関わる書物なのですか、流石ルークお坊ちゃん、勤勉でいらっしゃる」
ルークはロックの皮肉を無視して、不思議そうにあたりを見渡しているフリージアさんにこの部屋について説明した。
「このプライベートルームは僕以外誰も使わなくなったので、ここを自分の趣味の部屋として利用してるんですよ」
フリージアは感心するように「なるほど」と、二度頷いた。
フリージアの後ろで座っているシェパードに関心があるルキは、自分の宝物のぬいぐるみを持ってきてこれで遊ぼうと「クーンクーン」と、鼻を鳴らして催促している。
フリージアさんが羨ましそうにルキを眺めている姿がいじらしく、自分のできる限りを尽くして最高の収録をしようとルークは腹を決めた。
「さっそく、収録を始めましょうか。フリージアさん、設計図を持ってきてますか?」
フリージアは眉を落として心配そうに、袖の内側にある隠しポケットから大切に折り畳まれた用紙を取り出してルークに手渡した。
「はいこちらに」
ルークの手にした設計図を横から覗いても意味がわからない記号やらと数値やらが載っているだけなので、ロックは困惑して尋ねる。
「設計図ってなんだ?」
ルークは意地悪く笑うと意味ありげに説明した。
「要するに、シェパードがどのような理論体系で造られたのかがわかる資料みたいなものだよ。これを読めばこのシェパードの心臓を握ったようなものなんだよ」
「心臓?」
「とりあえず見ててくれ、 どれどれ・・・うーんやっぱり帝国刊行物の丸写しか・・・フリージアさん、シェパードを停止させてもいいかな?」
「はい、全てお任せしますわ」
ルークはポケットに入れてあった龍石の指輪をはめると、お座りをしているシェパードに指輪をはめている方の手をかざす、瞬間スクリーンが浮き上がる。すでに頭の中にあった帝国が編纂した理論体系コードを逆入力することで、シェパードの眼の琥珀色の鋭い光は消えて、全ての機能が停止した。
「これでわかったかロック、心臓を握るって意味を」
「なるほど、設計図を見られたら無力化されちまうってわけだな」
ルキは停止したシェパードに歩みよると不思議そうに首を傾げている。
(まぁ、でもこのシェパードは帝国が発行した有名な本を丸写しして造られたものだから、並の収録師であれば龍造人形を停止させる方法として、とりあえず丸暗記した帝国刊行物用のアンチコードの入力から試みようとするからあまり意味はないんだけど・・・)
「フリージアさん、1時間ほど収録するのにかかりそうなのでこちらのデッキでゆっくり休んでください」
「お気遣い感謝します。でも、その・・・収録を遠くでは見た事があるのですが・・・お邪魔はしませんから、拝見してもよろしいでしょうか?」
ルークは少し驚いたが、自分が好きな収録に興味を抱いてくれるのは嬉しく、笑顔で答えた。
「ええ、もちろん構いませんよ」
ルークはあの埋もれる蔵書の知識から、独自の解釈を加えた複雑な理論体系によって心臓を完成させた。
(これで収録師に設計図を覗かれないかぎりすぐに停止されることは難しいだろう)
次に甘えるといった感情機微の動作法の理論の組み立てに移った。
ここの収録作業で大切なことは龍神石の性格を見極めることにある。なぜか龍神石には選り好みが存在するのだ。好ましいコードを入力してやれば、入力途中でも龍神石自身で勝手に続きのコードを組み立て行き、最後には収録師が完成のコードを入力してやれば問題なく作動する。逆にその龍神石が毛嫌いするコードを入力するとバグが発生し、最悪身動き一つしなくなる。
我々収録師にとって1番大切なことはこの龍神石の性格を汲み取ってやることにある。こればかりは系統だった理論では限界があり、今までの経験と勘が頼りになるのだ。
ルークは自身で開発した独自の性格診断コードを入力して龍神石の反応を伺った。
わずかに龍神石が温かくなると思えば瞬く間に冷めていく感覚・・・
この龍神石は自信過剰で寂しがり屋じゃないかと検討をつけて、慎重にその性格が好ましいとされるコードを入力していく。
すると、カチカチと勝手に龍神石の方で理論を組み立てていく、どうやらこの龍神石が好きなコードを選択できたようだ。完成コードを入力する前に間違いがないか注意深く確認し、修正の必要がないことがわかると最後のコードを入力し完成させた。
(後は警備法をぱぱっと収録するだけだな)
「収録できました」
ルークの額から小さな汗の粒が頬に伝うのを感じ腕で汗を拭った(すごい汗だな、全く気づかなかった)
フリージアは今までルークの収録を目を皿のようにして注意深く観察していたのにも関わらず、何が何だかわからないといった様子でルークに尋ねる。
「え・・・もうですか?30分も経っていませんよ・・・」
驚愕だった。
以前依頼した収録師は心臓を収録するだけでも半日という時間を費やしたというのに、、、
彼は心臓、警備法、感情の機微の収録をたったの半時間で終わらしてしまうとは、フリージアは胸の奥が熱くなっていくのを感じた。
(私が命をかけて守る価値のある人なんだわ)
「今回は運が良かったんです、さあ起動しますよ」
その口調には奢り高ぶった傲慢なものは一切なく、ただ純粋な喜びと達成感で満たされている、とフリージアは感じ取った。
ルークは手をかざし浮かび上がったスクリーンの上で心臓のコードを入力すると、シェパードの眼には琥珀色の光を宿し、主人であるフリージアを見つめた。彼女の言葉を待っているかのように耳を前に向かせ少し首を傾けている。
フリージアは少し照れくさそうにはにかんだ笑顔でシェパードに挨拶をする。
「おはよう、シェパード」
シェパードはフリージアにいそいそと歩み寄ると彼女の足元から一歩も動こうとしなかった。
「・・・・」
フリージアは言葉を失い、ただ、しばらくの間シェパードを愛おしく見つめて言った。
「これからもよろしくね」
♦︎♢♦︎
「ルーク様!貴方は絶対に!帝都で拝見したことがある凄腕の収録師並の実力が絶対に!絶対にありますよ」
ルークはフリージアの賞賛に頬を赤くしながら頬をかいた。
「そうかな・・・喜んで頂けたのなら僕としても嬉しいことです。シェパードに色々と教えてあげてくださいね、あくまでも器は収録で造り上げましたけど注ぐのはフリージアさんですから」
ルキとフリージアのシェパードはルキの宝物のぬいぐるみをめぐって戯れている。
「もちろんですわ」
3人はサルウィンが用意したきなこ団子と緑茶で一服すると、フリージアは思い出したかのように「あっ」と手を打ちふたりに尋ねた。
「そういえばご存知ですか?」