15-微笑む従者
異世界語録
「龍神」→唯一神
「龍神石」→龍神の血を継承するものが干渉することで天福を引き起こすことができる
「龍石」→龍神石の略称
「神格者」→(現在では)龍神石に干渉できるもの
「龍造人形」→神格者の手によって造られた人工物
「収録」→龍造人形に人が意図した指示を出す行為
15-微笑む従者
*サルウィン・・・ルークの世話役兼教育係
サルウィンは全てを見通すような目で呆気に取られぽかーんとした表情のルークに手を差し出した。ルークはサルウィンの手を借りて立ち上がりながらどうしてここがわかったのか・・・急に心臓が締め付けられるようなドクドクとした痛みと不安が押し寄せてきた。
(もしかして父上に全てバレてしまったのだろうか?コロシアムのルールに反して龍神の力を行使したことでお怒りに・・・この失態は兄様たちにも知られてしまうのだろうか?)
ルークはサルウィンに考えていることを尋ねてみたかったが恐ろしくてどうしても声に出せなかった。
苦虫を噛み潰したような絶望的な顔をするルークの思考を察し、サルウィンは穏やかに話した。
「旦那様はご存知ではありませんし、私どもがお伝えすることもありません」
目を丸くして驚くルークの顔をサルウィンはイタズラっぽく微笑む。
「ルーク様がなぜここにおられるのか動機も私は理解しているつもりです。ずっとあなたにお仕えしているのですから」
ルークはなぜここにサルウィンがいるのか知りたくて話を切り出そうとした時に、すぐさまサルウィンに口を手で塞がれた。
「理由は馬車に乗った後ご説明します。今は急ぎコロシアムから離れる必要があるのです」
中央でいまだ喧嘩しているロックとフリージアの方向を指し、「ご友人をここまで連れてきてください」と、立ちすくむルークの背中を軽く押した。
「こんだけ頭が堅かったら斧なんて使わずとも頭突きで龍造岩なんか打ち砕けたんじゃねぇか?」
「あらあなたもアン(フリージアの従者)にしたような振る舞いで龍造竜を落下せしめたのでは?ええ!あなたならできましたわよ。私もあなたの笑みに撃ち落とされないように気をつけなければいけませんわ!」
ルークは喧嘩するふたりの友人たちに湧き立つような怒りの感情がじんじんと音を立てて跳ね上がるのを感じながらも冷静であろうと努めた。
「ふたりとも!サルウィンが・・・僕の従者が迎えに来てる。ここからすぐに抜け出す必要があるそうだ」
ロックとフリージアは理由が知りたそうに口を開きかけたがルークはその言葉を制するようにふたりより大きな声で言った。
「ここではもう一言も話すな。理由は後で説明するし・・・」
キッと睨み合うふたりのほっぺをつねりながら、
「一方を絶対悪だと決めつけるような愚かな喧嘩もだ」
ふたりそれぞれに一瞥を投げた。
♦︎♢♦︎
ルークはふたりを引き連れてサルウィンの元へやってくると、仮面を外そうとするフリージアにサルウィンは失礼のならないような落ち着いた調子で注意した。
「仮面はそのまま付けておいてください」
ルークは腕を癒した戦士に感謝のお礼を少しばかり期待しながら歩み寄ると、小さな声で言った。
「このことは誰にも言わないでくれると助かるのですが」
しかし、戦士の顔を覗くと期待に潤んだ目でルークの足に自身の腕を絡ませ懇願するように声を張り上げた。
「あなた様はもしかすると・・・龍神の使者様であられるのですか?」
周囲の目が集まることを意識しながら神格者であることがバレてしまうことを恐れたルークは「違います!」と、頭を振った。だが、戦士の目の色は変わらず必死な形相であり、また彼の声色からして自分よりも幼いことがわかってしまった。
「お願いします!そのお力で私の帰りを待つ祖父の病も治していただけませんか」
ルークはすがりつく戦士にどう対応すればいいのかチラリとサルウィンを見て目配せしたが、彼は何も語らず微笑むだけだった。
(すぐにコロシアムから出る必要があるって言ったばかりなのに・・・なんで微笑むだけでいつも助けてくれないだ)
沸々と湧く怒りの感情を抑制しながらも思考巡らせ、ルークは教会にて無料で診療する祭司医の存在を思い出した。
「祭司医には診てもらったのですか?私には彼ら以上の知識を持ち合わせておりません」
「嘘をつかないで下さい!あなたならどんな病も癒すことが出来るはずだ!だってあなた様は龍神さ・・・」
ドスという鈍い音と同時に戦士の懇願する嘆きの声は止み、ルークの足に巻き付く腕の力が弱まった。フリージアが手刀で頸部を叩き戦士の気を失わせたのだ。
「ルーク様出過ぎた真似を許してください。私が申し上げるまでもなく、今はサルウィンの指示に素早く従うことが大切なはず・・・ですわ」
そう言いつつフリージは自分の言葉を恥じらうような薄笑いを浮かばせ気を失っている戦士を眺めていた。
「皆さん、それでは私の後について来てください」
サルウィンは何事もなかったかのように淡々と歩み始めた。3人が借りた武具の置かれた場所を通り、その先にある暖簾をくぐる。そこは刃こぼれや柄のない刃など到底使いものにならない武具がそこかしこに散乱している・・・どうやら破損した武具をこの小部屋に集めているらしい。サルウィンは奥にある壊れた武具の置き場となっている木製のかけ台に歩み寄り、息を吐きながら手前に引っ張った。そのかけ台があった壁面には大人ひとり腹這いになれば通れるほどの小さな穴がぽっかりと空いており、そこへ入るようにルークを促した。
ルークは戦士の様子が気がかりだったし、どこへ通ずる道なのか聞きたいことはあったが、何も口にせず鎧を脱ぎ捨て仮面はつけたまま腹這いとなって真っ暗な道をほふく移動した。後ろから地面を這う仲間の物音を一挙手一投足聞き漏らさずに不安に押し潰れそうになる心を勇め、遠方に見える松明の光を頼りに前進した。
(大丈夫だ)
あれは7歳の誕生日・・・自分が次代の辺境伯となることが公表された日。誰が犯人かわからないし知りたくもないが突然目隠しされて古井戸に放り込まれた。入り口には蓋をされ、真っ暗闇の中ひたすら助けを呼び泣き叫んだあのトラウマが蘇ってくる。
「助けて!助けて!僕はなりたくない」
(大丈夫だ)
ルークは気がつけば大道まで這い出ており、落差によって頭から落っこちた。地面に頭から着地した時に電気が流れてくるようなピリピリとした痛みを感じびっくりして立ち上がると、くるぶしの高さまである水に浸かっていることがわかった。
「最悪全身びしょびしょだ。ここはどこなんだ?」
不平を漏らしながら、ルークは辺りを見回し松明を掲げる3人の男女に目が止まった。一体誰だろうか?
「ここは地下水路です、ルーク様」
にっこり微笑む彼らには見覚えがあった。そうだ金髪の男はマールの栽培人、赤髪の女性はメイド、黒髪の老人は門番・・・我が家バロバロッサ家の使用人たちだ。
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