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短編

シンデレラのいじわるな義姉に転生したけど義妹がかわいすぎるからめちゃくちゃかわいがることにした。

思いつきのお話です。

女の子が大切にされるお話です。


 ――あ、これシンデレラだ。

 そう思ったのは、結構後になってからだった。


 幼い時から前世の記憶はあった。自分で言うのもなんだけど、前の人生はかなり可哀想。両親の顔は知らないで養護施設で育ったし、頑張って大手企業に入ったはいいものの過労死寸前まで働いて、ふらっと階段を踏み外してしまった。それで昇天。


 死の間際、願った気もする。

 次の人生は、苦労知らずになりますように。

 さらに叶うなら、温かい家族を持てますように。


 それは、見事に叶えられた。

 昔の西洋風の暮らしと魔法に溢れた世界は夢のようで、わたし自身も、貴族令嬢として生まれた。

 お父さまは亡くなってしまったけれど、お母さまとお姉さまのシャルロッテがいる。あれほど夢見た血の繋がった家族を得られたのだ。


 うれしいことはさらに続いた。

 お母さまが王都の貴族と再婚するというのだ。再婚相手の方には、なんと娘がいて、妹ができる。仲良くなれるとうれしいな。


 そうして、顔合わせの日、彼女に会って驚いた。想像していたより、一億倍は美少女。

 こんなに綺麗な女の子は、前世でも今世でも会ったことがない。彼女の周りだけ、輝いているみたいだった。


 新しい妹の名前は「エラ」という。


 かちんこちんに緊張して固まる様子が、なんとも微笑ましい。


「エラちゃん、よろしくね。わたしの名前はリーゼロッテよ。これから、なかよくしてね」


「わ、わたしはエラ……! よろしく、リーゼロッテおねえさま」


 ――お、お姉さまですって! きゃあああ! うれしい!


 抱きしめたい衝動を必死に押さえ込んだ。

 エラちゃんは、顔を真っ赤にして何度も頷き微笑んだ。胸がぎゅっとなる。なんて可愛らしいんだろう。


 実はわたし、ずっと妹が欲しかったんだ。

 シャルロッテお姉さまはわたしと遊ぶより外で男の人たちと交流を深める方が楽しいみたいだから、エラとは、一緒に買い物に行ったり、本を読めるといいな――なんて、夢は広がる一方だった。




 不穏は、徐々に、起こった。

 新しいお父さまとエラと一緒に暮らし始めたある日のことだ。

 

 珍しくシャルロッテお姉さまに誘われて街で遊び、そうして夕方に帰ったときだ。


 一生懸命に窓を掃除しているエラがいた。


 掃除していることは、かまわない。だってここは彼女の家で、綺麗にしたいと思うのは当然だろう。

 だけどエラの表情は必死で、目には涙さえにじみ、とても進んで掃除している人間には思えない。


 側にはお母さまが仁王立ちして、エラを睨んでいる。

 あわててエラに駆け寄り、手を握った。

 ぞうきんを握る水に濡れたその手は、凍り付きそうなくらいに冷たい。一体いつから掃除をしていたんだろう。


「どうしたの? なにが起きたのよ!」


 たまらず叫ぶと、エラの体がびくりと震える。あなたに言ったわけじゃないのよ、そう伝えるために、手をさらに強く握った。

 お母さまは言う。


「明日は旦那様がお帰りですからね。一日で家を掃除するように、言いつけているのですよ。遅いから見張っているだけだわ」


「ご自分でされたらいいじゃない!」


 びっくりして反論してしまった。


「こんな小さい子に家中一日で掃除させるなんて気が狂っているわ!」


 くすくすと、忍び笑いは背後から聞こえた。

 振り返るとシャルロッテお姉さまが可笑しそうに笑っている。


「あーらら、ばれちゃった。いい子ぶるリーゼロッテが知ると、正義感を出すから隠していたのに」


 その言葉で、これが今日に限った話ではないことを、やっと悟る。


「いつからなの」


「暮らし始めた初日からよ」悪びれる風でもなくシャルロッテお姉さまは言った。「なにを怒ってるのよ馬鹿みたい。別に構わないでしょう? だってその子は、わたしたちの家族じゃないんだもの」


「何を言うの! 家族だわ」


 わたしはエラをぎゅっと抱きしめた。冷たい体が、腕の中で震えている。

 ずっと昔のことを思い出した。

 学校で、家族がいないからと、ひどいいじめにあったこと。

 あの時は、誰も抱きしめてはくれなかった。だけどエラにはわたしがいる。


「これから先、この子をいじめたら承知しないわ! 家事なら代わりにわたしがやるもの、エラには手を出さないで!」


 啖呵を切って、お母さまとシャルロッテお姉さまを置き去りに、硬直するエラを抱え上げ、わたしは自分の部屋に駆け戻った。

 今まで気づかなかったことが情けない。

 大事にするって決めたのに。


「ごめんね、ごめんね、エラ……! 気がつかなくって、本当にごめんなさい」


 エラが可哀想で、涙が出てきた。自分の家族が、あんな事をできる人たちだと思うと、怒りと羞恥で感情はさらにぐちゃぐちゃだった。


 ふいに、頭に触れる小さな手を感じる。


「ううん、リーゼロッテお姉さまが、おこってくれて、すごくうれしかった。……だから、あやまらないで」


 エラに頭をなでられていた。


「これじゃ、どっちがお姉ちゃんか分からないね」


 言うと、エラはやっと笑ってくれる。彼女の小さな手を再び握りしめて、わたしは言った。


「もし、お母さまやシャルロッテお姉さまにまたいじめられたら、絶対にわたしに言うのよ。必ず守ってあげるから」


 何度も頷くエラを、また抱きしめる。

 孤独で可哀想な、小さな女の子。この子を、絶対に守り抜かなくちゃ。そう誓った。

 

 晩ご飯を二人ですっぽかし、部屋に閉じこもっていた。ベッドに手を繋いで横になって、ずっとおしゃべりを続ける。


 わたしはエラに、前世の話をしてみた。

 お母さまとシャルロッテお姉さまが鼻で笑って信じないその話を、エラは目を輝かせて聞いてくれる。


「ぜんせって、楽しそう!」


「そうね、でも、家族はいなかった。かわいいあなたが妹になってくれた今の方が、ずっとずっと幸せだわ」


 本心を告げるとエラは真っ赤になる。


「わたしも、リーゼロッテお姉さまがお姉さまになってくれて、しあわせ。お姉さま、だいすき」


 そう言って、頬にキスをしてくれた。

 思いがけないことに、わたしの顔も真っ赤に染まる。


「きょ、今日のこと、明日お父さまが戻られたら、言いましょう。お母さまとシャルロッテお姉さまを叱ってもらわなくちゃ」


 けれど、エラは首を横に振る。


「いそがしいお父さまに、心配かけたく、ないの。だから、言わないで……」


 なんてけなげなんだろう。

 愛おしさが込みあげた。

 わたしの中に、こんなに深い感情が、眠っていただなんて知らなかった。わたしはきっと、エラを守るために生まれ変わったんだろう。



 

 お母さまは、まるであてつけのように使用人たちを解雇した。

 家事は元々嫌いじゃなかったから、別にいい。わざと家を汚すシャルロッテお姉さまには辟易するけど、前世の上司からのパワハラに比べたら、彼女のいたずらなんてかわいいものだ。


 


 ある日、買い物に出かけた帰り道に、背後から人に話しかけられた。


「すみません、道に迷ってしまって、ここがどこだか教えていただいてもよろしいでしょうか」


 丁寧な話し方だ。声は男性のもの。

 振り返ってわたしは固まる。


 わあ、めちゃくちゃイケメン。


 さらさらの長髪に、長身、切れ長の目、長いローブ……。おとぎの国の住人のようだ。

 エラしかり、彼しかり、この世界の美の偏差値は高いのかもしれない。


「大丈夫ですか? 私の顔に何か」


 うっとりと見とれてしまったことに気がつき、慌てて目を反らした。

 困惑するその表情さえ整っている。声もいい。ときめいた心臓を必死に諫めつつ、道を教える。

 ありがとう、と礼を言い、立ち去ろうとする彼の背に、気づけば声をかけていた。


「あの、もしかして、魔法使いの方ですか?」


 彼はわざわざ立ち止まり、微笑みながら返事をする。


「ええ」


「あ、あの、ごめんなさい。服装から、そうだと思って。魔法使いの方とお話しするのは初めてで、うれしくって……」


 自分で何を言っているのか分からない。恥ずかしくなって言葉はどんどん小さくなった。


「私も、親切なお嬢さんに会えて嬉しいですよ。それでは」


 そう言って、彼は去って行った。

 その背が小さくなるまで、わたしはぼうっと見つめていた。



 とびきりかっこいい人に会った思い出としてその話をエラにすると、ふうんと返事をして言った。


「その人って、なんだか怪しいわ。近づかない方がいいんじゃないの?」

 

「もう会うことはないわよ。偶然だったもの」


 そうエラには返事をしたけれど、なんと二度目に、彼に会った。

 

「やあ、また会いましたね」


 やっぱり買い物からの帰り道で、相変わらず彼は素敵だった。

 あれきりの出会いだと思っていたから、本当に本当に驚いた。

 たぶん、わたしの顔は真っ赤になっていたことだろう。彼は微笑むと、言った。


「荷物を運ぶのを手伝いますよ。いつもこんなに買い物を?」


「はい、ええと。そうなんです。買い物が好きで」


 当面の食材や、お母さまに言いつけられた入り用のものだった。

 普通は使用人が数人でするだろう買い物を、わたし一人でしている今の家の状況を、他人に説明する気もなく、はぐらかす。


「だから、持っていただかなくても――あ!」


 出会ったばかりの人に、甘えるわけにはいかないと断ろうとしたときには、すでに荷物は空中に浮いていた。 

 そうか、彼は魔法使いだから、こんなこと、お手の物なんだ。


「気にしないで、男という生き物は、綺麗な女性に優しくしたい生き物なんですよ。好きでやっていますから」


 微笑む笑顔は百点満点だった。

 見たこともないほどかっこいい男の人と二人で歩くという異常事態だ。

 家までの帰り道、何を話したかなんてほとんど覚えていない。


 前世でだって、勉強とバイトと仕事で、恋なんて全然しなかった。

 恋人がいたことはあったけど、深い関係になる前に別れてしまった。


 別れ際、これだけは尋ねようと思っていたことをなんとか聞く。 


「あの、お名前をお尋ねしてもよろしいでしょうか」


「ディアスです、リーゼロッテさん」


 そう言って、彼はわたしの手を取ると、そこにキスをした。心臓が跳ね上がる。

 落ち着いてリーゼロッテ、これは単なる挨拶なのよ。


 帰って行く姿まで様になっている。そういえば、どうして彼は、わたしの名前を知っていたんだろう。名乗った覚えはなかったけど、緊張で覚えていないだけかもしれない。


 それからも、度々ディアス様とは顔を合わせた。大抵は、街で用事を済ませているときに、どこからともなく現れて、手伝ってくれるのだ。

 優しい声で、優しい表情で、いつも彼は微笑んだ。あんな目でみられると、わたしは、彼から好意があるんじゃないかと勘違いしてしまいそうになる。


「どうして、よくしてくれるんです?」


 あるとき、思い切って聞いてみた。このころになると、もうわたしの家のことを、それとなく伝えていて、信頼が、できていたように思ったからだ。

 

 核心を突いた質問だという意識はなかった。ただいつも繰り返される他愛もない会話の一つのはずだった。

 だけどディアス様は、深刻そうな表情をして黙ってしまった。

 市場で、人のざわめきが聞こえる中、わたしたちの間には、ふいに訪れた奇妙な沈黙が流れる。

 そうして長い静寂の後で、ディアス様は、ゆっくりと言った。


「――あなたに、嘘を吐きたくない。だから、正直に、言います」


 そうして口にしたのは、ここにいない人物の名前だった。


「私はエラを、とても大切に思っています。だからあなたに近づきました。つまり――」


 頭がぼうっとして、その後のことは覚えていない。彼が何を言ったかも、聞こえていなかった。

 ショックだったのだ。ショックだと思っている自分にもショックだった。

 こんなにかっこいい人が、わたしを好きになるはずがない。だけどエラなら分かる。あの子は、本当に素敵だから。なのに期待していた自分が馬鹿みたい。恋に浮かれていたから、バチが当たったんだわ。わたしの命は、エラを守るためにあるのに。

 恋。そうかわたしは、彼に恋をしていたんだ。


「帰り、ますわ――」


 それだけやっと言った。

 それから、何度街へ行っても、彼が現れることはなかった。


 実際、わたしも、恋愛にかまけている暇はなかった。

 お父さまが、突然倒れて、間を置かず亡くなり、葬儀から相続から、やらなくてはならないことは山ほどあった。


 お父さまが亡くなってから、お母さまとシャルロッテお姉さまはまるで城の王様のように振る舞った。ディアス様のことも忘れかけて、季節が何度か過ぎた時のことだ。

 暖炉の掃除を、エラと一緒にしていたとき、彼女は言った。


「あのね、リーゼロッテお姉さま。わたし、言わなくちゃいけないことがあるの。お姉さまがたまにあっていたあの人って――きゃあ!」


 エラが煤の中にダイブした。大変、すぐお風呂に入らなきゃ、と助けようとしたとき、わたしの背は思い切り押される。


「きゃあ!」


 エラの隣につんのめる。灰が舞った。きゃはきゃはと、後ろから笑い声がする。


「あらま! どんくさいわね、二人とも?」


 シャルロッテお姉さまだった。どうやら彼女がわたしたちを灰の中に落とし入れたらしい。いつもの嫌がらせだったけど、効果はあまりないだろう。

 エラが大声で笑い始めたのだから。


「リーゼロッテお姉さまったら、へんなの!」


 この子の笑い声を聞いていると、たいていのことは乗り越えられた。それどころか、彼女といると、どんなに大変なことも楽しいことに変わるんだから不思議だ。

 わたしもつられて笑い始めた。二人とも灰で汚れて、わたしたち、なんておかしいんだろう。


「なによそれ、頭へんなんじゃないの?」シャルロッテお姉さまはつまらなそうに鼻を鳴らし、部屋を出て行く。


 エラはつぼにはまったらしく、笑い転げ続けた。


「お姉さま、灰だらけよ!」


「あなたもよ、灰かぶりのエラね!」


 笑いながら、わたしも答えて、止まった。


 ――あれ。


 やっと気がついた。

 この世界。これって。

 エラ、意地悪な継母と姉たち、そうして魔法使い。


 ――あ、これ灰かぶりのエラ(シンデレラ)だ。



 ◇◆◇



 目を開いた時、見えた人物に、まだ夢の中なんじゃないかとまず疑った。

 だってそこには、ディアス様がいたのだから。


「リーゼロッテ、目を覚ましましたか。よかった」


 本当に心配そうな顔をして、彼は立っていた。隣には、泣いているエラもいる。


「どうして、ディアス様が……」


 問いは、エラから返ってきた。


「わたしが呼んだの。お姉さま、倒れちゃって、心配で。他に、頼れる人が、いなくて。

 黙っていてごめんなさい。この人とは、小さい頃からの知り合いなの」


 しゃくりあげるエラの背を、ディアス様がぎこちなくなでる。


「疲れていたんでしょう、ずっと家事を一人でやっていたのだから」


「ひとりじゃないわ! わたしも一緒にやっていたもの」


「君の手伝いは、さらに散らかしそうだがな」


 エラとディアス様は、親密そうに話している。わたしの胸は、ずきりと痛んだ。


「なんでもないわ。大丈夫」


 起き上がろうとする体を、ディアス様がやんわりと遮る。


「もう少し休んでいてください。後の処理は、私がやっておきますから」


 後の処理って?

 彼がなんのことを言っているのか、分からない。

 まだはっきりしない頭で周囲を見渡し、そうして気がついた。ここは、家じゃない。


「ど、どこなの!?」


 パニックになるわたしに、穏やかな声が返ってくる。


「私の家ですよ」


「どうして!?」


「あんな家に、あなたを置いておけません。エラも一緒に私が引き取ることにしました」


 ディアス様はそう言って笑い、わたしの手を取るとそこにキスをした。


「お母さま方のことは、心配なさらず。黙らせましたからね」


「何を、したの?」


 混乱のまま尋ねると、エラがくすくす笑った。


「別に? ちょっとおどしただけよね?」


 こら、とディアス様はその頭を小突いていた。

 シンデレラの物語の中に、こんな展開なかったのに。


 それから――信じられないけれど――わたしとエラはディアス様のお屋敷に住まわせてもらうことになった。いつまでもご厚意に甘えるわけにはいかないし、早くお金を貯めて出て行かなくてはならない。幸い、前世で培った根性と忍耐力はあったから、街で仕事を見つけることができたけれど、報告するとディアス様は顔を曇らせた。


「甲斐性無しだと思われては困ります。働く必要はありませんよ、私の稼ぎで、二人くらい面倒はみられます」


 でも、となお言うと、じゃあ、と彼は言う。


「家事を、してくれませんか。もちろん、お給金はお支払いします」


 彼の手がわたしの髪に触れ、そうしてするりと離された。それだけで、わたしの胸はときめいてしまう。


「リーゼロッテ。あなたが家にいてくれると思うと、つまらなかった私の人生が、途端に楽しいものになるんですよ」


「そういう言い方は、よくないと思うわ」


 この人のこいういう物言いには慣れたけど、勘違いする女性は少なくないだろう。


「本当なんですけどね」


 そう言って、ディアス様は小さく笑った。

 

 結局彼に押し切られる形で、家のことをすることになった。ずるずると、いてはいけない気がする。

 だけどもしかしたら、彼にとっても確かに嬉しいのかもしれない。

 わたしは、彼が本当に恋をしている相手を知っている。――かわいいエラ。彼は彼女のためなら、時間もお金も惜しまなかった。


 わたしがこの家にいるということは、エラも一緒にいるということだ。

 なるほど、そう考えたら納得だった。


 だけど、と一方で思う。

 童話「シンデレラ」は、王子さまとシンデレラが結ばれてめでたしめでたしだ。

 そこに魔法使いの恋が入り込む余地はない。

 だとしたら、ディアス様の恋は叶わないと言うことだろうか。あんなに素敵な人なのに。彼が傷つくと思うと、心が千切れそうだった。


 いいえ違うわ。

 私は思った。エラを王子様の舞踏会には行かせずに、ディアス様と恋に落ちるようにサポートするのだ。物語とは違うけれど、これはこれで、めでたしめでたし。

 シンデレラと魔法使いをくっつける。それがわたしが転生した意味かもしれない。


 なんてことを考えていると、エラが嬉しそうに走り寄ってきた。 


「リーゼロッテお姉さま! このドレス、どうかしら?」


 新しく作ったドレスを揺らし、はしゃいでいる。


 か、かわいすぎる! わたしの妹、なんてかわいいの!!!

 感極まって抱きしめた。


「世界一かわいい! 可愛すぎる! 愛らしすぎる! 愛おしいわ!!」


 エラと一緒にくるくると回ってみる。

 こうしていると、幸せしか感じない。

 エラも嬉しいのか頬を染めながら言った。


「リーゼロッテお姉さまに褒めてもらうのが一番嬉しい! わたし、王子さまのお妃さまになんて、なりたくないな。結婚したい人は、別にいるもの」


 びっくりしてエラを見た。


「どうして王子さまと結婚することを知っているの?」

 

 童話だとそうだけど、エラはそれを知らないはずだ。


「ずっと昔から、ディアスが言うの。わたしはお妃さまになるんだって」


 彼女は困ったように眉を下げる。


「あのね、王子さまが五歳になった日に、王様が国中の魔法使いに内密に命令したんだって。

 王子さまの妃を連れてきた者には、たっぷりの報酬をあげるって。魔法使い達って、みんな優秀だから、真っ当な人間を連れてきてくれると思ったのね。それでディアスはわたしを候補にして育てているの」


 驚く話だった。

 確かにエラは、王妃になれるくらいの美人だし、気立てもいい。他の候補なんて目じゃないだろう。


「わたしが王子さまだったとしても、エラを選ぶわ。だけど、他に好きな人がいるの?」


 うん、とエラは頬を染めて頷いた。


「それって、ディアス様?」そうだといいな、と思った。


「お姉さまって、たまあに、すごく鈍いわね」


 そう言って、エラはおかしそうに笑った。


 その話を、ディアス様に確認すると、「ええ」とあっさり彼は認めた。


「あなたにも、前に話しましたよね? その時は怒らせてしまったと思ったので、以来あまり言わないようにしていたのですが、おしゃべりですね、あの子は。あなたに道を尋ねたのも、エラの新しい家族がどんな人間なのか、確かめるつもりだったからです。初めはね」


 そんな話、聞いた覚えはなかった。


「あなたは、それでいいの?」


「もちろん。報酬をもらって、早い隠居暮らしをするつもりですよ。それにしても、どういう意味ですか」


 だって、とわたしは言った。


「あなたは、エラが好きでしょう? なのに王子さまとの結婚を応援するなんて」


「は、はあ?」珍しく彼が焦っている。「本当にそんなことを思ってるんですか!」


 そうして頭をかきむしった。


「そうじゃないんですよ……」


 よく分からないけど落ち込む彼を元気づけようと、晩ご飯は彼の好きなもを作ってあげた。

 嬉しそうに、彼は食べてくれた。


「わたしたち、素敵な家族よね」


 調子に乗ってそんなことを言うと、ディアス様はすこし考え込んだ後で言った。


「今は、それでよしとしましょう」


 待っててね、わたしがエラとあなたを恋人にしてあげる。


 数年、三人で過ごした。

 わたしは本当に幸せだった。思っていた家族の形とは違うし、血も繋がっていないけど、二人はかけがえのない家族だった。

 ディアス様とエラの間に、今のところ恋人になった気配はない。

 二人きりにさせようとそれとなく準備をしても、どちらかが必ずわたしに声をかけ、結局三人で過ごすことが多かった。これは思ったより長期戦になりそうだ。




 ()()()の、少し前のことだ。

 街に買い物に出たときに、声をかけられた。

 シャルロッテお姉さまだった。


「リーゼロッテ! 随分と久しぶりじゃないの? 一人? あの魔法使いはいないのね」

 

 相変わらずお美しい。わたしに腕を絡めると話し始めた。

 

「今度の舞踏会、あなたは行くの?」


 お話のとおりに、王子さまのお妃さま選びの舞踏会が、開かれるのだ。

 国中の魔法使いが見つけてきたお妃候補もいるらしい。


「いいえ、行かないわ」

 

 あまり興味はなかった。


「リーゼロッテ、あなたって昔からそうね。楽しいことに興味ないっていうか、地味なことに楽しみを見いだすっていうか。仲良くはなれないタイプ? 空気が読めないって、よく言われるでしょ」ふふ、とシャルロッテお姉さまは笑った。「家事が好きなら、また家に戻ってきてもいいわよ」


「戻る気はないわ。わたしが好きなのは家事じゃなくて、エラだもの」


 ふうん、とお姉さまは言っただけだった。

 血の繋がった家族なのに、わたしたちは分かり合えない。


 そうしてついに、その日が来る。

 

 わたしが憂鬱になる一方で、エラは嬉しそうにはしゃいでいた。


「見て、リーゼロッテお姉さま!」


 トルソーに、それはそれは美しいドレスが飾られていた。この日のためにエラが仕立てた、この世に一つだけの、彼女によく似合うドレスだ。可愛らしい靴も、置かれている。

 

 これを着て踊るエラを見てみたい。そんな衝動が生まれた。


「素敵よ。本当に、素敵だわ」これは本心。「今夜が楽しみね」これは嘘。


「リーゼロッテお姉さまは本当に行かないの? つまらないわ。だけどお姉さまが行ったら、きっと王子さまはお姉さまを選ぶわね」


 そんなことないわ、そう言うとエラは笑う。


「お姉さまは謙遜しすぎだわ。ディアスだってそう思うでしょう? お姉さまって美しいもの」


「ええ」いつの間にか近くにいたディアス様に、心臓が飛び上がりそうになる。


「リーゼロッテが行ったら、あまりの美しさに王子はすぐに求婚するかもしれない。だから行くのはだめです。誰にも見せたくありませんからね」

 

 そう冗談を言って、微笑まれる。


「今夜は二人で過ごしましょう。とびきり美味しい料理を作りますよ」


 わたしは微笑みを返した。

 優しくしなくていいのにな。お別れが、辛くなるもの。

 

 そうして夕刻。わたしはナイフを握りしめる。


 エラはお化粧をしている。ディアス様は料理を作っている。

 だからここには、ドレスとわたしだけだった。


 最終手段だった。

 ――ごめんなさい。

 心の中で謝ったあと、ドレスをびりびりに破いて、靴も履けないように傷つけた。


 手紙を書いた。



「愛するエラへ


 こんなことをしてごめんなさい。

 だけどあなたが舞踏会に出るのはいけません。

 なぜならあなたが行ったら、王子さまはあなたに一目惚れをしてしまいます。

 そうしたら、誰も求婚を断ることはできないでしょう。

 そうしたら、本当に愛する人と、結ばれることはありません。

 本当にあなたを想っている人に、どうか気づいてください。

 その人との幸せを掴んでください。

 

 いつか、前世の話をしましたね。

 わたしはいくつか、あなたに隠していたことがあります。

 とても楽しい暮らしのように話しましたが、本当はそうではありませんでした。

 わたしに両親はありませんでした。

 子供の頃はそれで随分ひどいいじめに遭いました。

 恋人ができても、それを理由に別れを告げられました。

 人生なんて、少しも楽しくなかったのです。


 わたしは、ひどいお姉さまです。

 あなたをかわいがったのは、本当は、自分が寂しくないように、一人でも多くの家族が欲しかったからでした。

 あるいは、かわいそうな女の子を大切にすることで、愛されなかった少女の頃のわたしを、救いたかっただけなのかもしれません。

 

 だけど今、わたしにあるのはあなたへの愛です。

 あなたが姉と慕ってくれたから、わたしは本当に姉になれました。

 あなたが好きだと言ってくれたから、心の底からあなたを愛することができました。

 楽しみにしていたドレスを、破いてしまってごめんなさい。

 

 あなたがいつか言っていた、結婚したい相手のディアス様と、幸せになってください。

 

 さようなら、愛を込めて。


 リーゼロッテより」



 封をして、ドレスの下に置いた。


 ディアス様には、これだけ書いた。


「あなたの幸せが、わたしの幸せです」

 

 後は好き合う二人、なるようになるだろう。二人の前からいなくなるのは、気がついたからだ。

 わたしはエラとディアス様を愛している。

 でも、二人が寄り添う姿に耐えられるだろうか。――ううん。無理。


 わたしはわがままだった。本当にいじわるな姉になる前に、いなくなろう。

 結局エラを愛したのも、自己実現のためなのかもしれない。

 自分よりも大切にできるだれかを一心に愛することで、自分を救いたかったのかもしれない。


 そんな汚い心に気がついてしまって、だから耐えきれなかった。

 わがままだ。

 自分が、嫌い。

 いっそのこと、初めからいじわるな姉になってしまえばよかったのにな。


 深夜を回りそうだった。

 行き先の宛てはなかったけど、なんとか馬車を拾って、許す限りの遠くへと行ってもらうように頼んだ。


 遠くへ行こう。お母さまのところにも、エラのところにも戻らない。一人になれるところで、大好きな人たちの幸せを祈ろう。

 そう決意をしていた。


 だけど、ふいに馬車はとまる。


「どうされたんですか?」


 御者に声をかけると、彼は困った顔で振り返った。


「いや、男がひとり、通せんぼして、馬が止まってしまいました。あれは、魔法使いかな。馬車に魔法をかけたみたいです。強盗かもしれません、中に入っていて――」


 だけどわたしは馬車の外へと顔を出した。顔を出して、ディアス様と目が合った。

 肩で呼吸をしながら、彼はどんどん近づいてくる。


「魔法使いから逃げられると思ったなら、あなたもまだまだ、甘いですね」


 額には、汗が滲んでいる。それだけの労力をかけて、わたしを探してくれたみたい。

 意を決した逃走が、あっさりばれて、かなり気まずい。


「どうして、いるの」


「実際、深夜に動いている馬車を、数台止めましたよ。時間はかかってしまいましたけど」


 聞きたいのはそういうことじゃない。

 

「なんだ恋人かい。喧嘩でもしたのかな」どうやら知り合いだと分かったのか、御者はため息をついた。「お好きにどうぞ」


「どうして、追ってきたのよ!」怒りが沸いた。ドレスまで台無しにしたのに。すべてエラとディアス様を結ばせるためだったのに。なんでここに来てしまったの。


 だけど、ディアス様も怒っていた。


「あなたは、馬鹿ですか! あんな手紙残されたら、追いかけるに決まってるじゃないですか!」


「エラはどうしたの! あの子は……」


「彼女は舞踏会に行きましたよ。私が魔法でドレスと馬車を出して、ついでにあなたにあげようと思っていた靴もあげました」


「あなたと二人で過ごすように、手紙を残したのに」


「リーゼロッテ、あなたは、おそらく酷い勘違いをしています」


 なにが勘違いなんだろう。

 だけど確かに、わたしのやったことは無意味に終わった。そういえば童話でも、シンデレラは姉にドレスを破かれるんだっけ。そうして魔法使いの魔法によってドレスが作られ、ガラスの靴が出されるのだ。シンデレラの美しさに、きっと王子さまも夢中になる。何もかも、おはなしのとおり。無駄な努力だった。


「わ、わたしはだって、わたしは、だって」


 感情は渦を巻き、口から飛び出した。


「だって、エラを幸せにするために生まれて来たんだわ。そうしてあなたに会って、あなたも幸せにしたいと思った! だって、二人を愛しているから」


 でもディアス様は、わたしのそばまで来ると、そっと髪のひとふさに触れ、そこにキスをした。


「違いますよ、リーゼロッテ。そうじゃない。あなたが生まれてきたのは、あなたが幸せになるためです。他の、誰かのためじゃない」


 彼の目が、真っ直ぐにわたしを見つめている。


「短い手紙、読みました。そのまま、そっくり返します。私はね、あなたが家族を望むなら、それでいいと思ったんだ。あなたが笑いかけてくれるならそれだけでいい。だから家族ごっこに興じていた。でも無理だ。それであなたがいなくなるなら、もうそんなこと、したくない」


 その手が、わたしの肩に触れる。信じられないくらい優しい手だった。


「あなたの幸せは、どこにありますか。勘違いでないなら、私にあるといいのですが」


 意味が分からなくて固まっていると、彼は笑った。


「あなたには、直球じゃないとだめみたいだ。あなたが好きです。初めて会ったときから、恋をしているんです。利用してたわけじゃない。好きだから、側にいて欲しかったんです」


「わ、わたしは、シンデレラのいじわるな姉なのよ?」


「あなたに意地悪の欠片もないじゃないですか」


「分からない。分からないわ! ディアス様が、わたしを好きだなんて信じられない」


「好きどころじゃない、愛しています」


 わたしはもう何も言えなかった。


「リーゼロッテ、あなたは私が嫌いですか?」


 なんて意地悪なの。


「好き、だわ。わたしだって、初めて会ったときから。でも、信じられないの、あなたみたいな素敵な方が、わたしを好きだなんて」


 心なしか、彼がほっと息をついたように思えた。彼はわたしを抱きしめる。

 強く強く、息さえ止まりそうだった。


「大丈夫ですよ、これからたっぷり分からせますから」


 彼の手が頬に触れ、口づけを交わした。暗くてよかった、わたしの顔は真っ赤だろう。


「続きは、家に帰ってからしましょう」


「帰るなら送って行くが」呆れたような声が聞こえて、やっとここに、御者もいたことを思い出した。

 二人で馬車に乗ると、彼が手に、指を絡めてきた。


「そういえば、エラの初恋の相手が誰だか知っていますか?」


「ディアス様かしら?」


「そんなことを言ったら、ぶっ飛ばされますよ――私が」


 じゃあ誰なんだろう。わたしの知らない人なのかな。ディアス様は含みのある笑いをした。


 家に戻ると、エラが顔を真っ赤にして飛びついてきた。

 

「馬鹿馬鹿馬鹿! 馬鹿じゃないの! もうやだぁ! よかったあ! うう、ひっく」


「ごめんね、ごめんね、泣かないで……」


 エラに泣かれて、わたしは自分がとんでもないばかをやってのけたのだと気がついた。同時に、わたしが彼女を愛するのと同じくらい、彼女もわたしを愛してくれているのだと、今になってやっと知る。


「舞踏会には行ったのか?」


 ディアス様の問いかけに、エラは頷いた。


「ちゃんと踊ってきたわ! すぐに帰ったけどね! だってお姉さまが家に戻っているかもしれないじゃないの。王子さまは引き止めて追いかけてくるし、ガラスの靴は片方どっかでなくしちゃうし、散々よ!」


 わたしに抱きついたまま、エラは言う。


「そういえば、シャルロッテお姉さまが来ていたわ。王子さまがわたしに釘付けだったから、キーキー絡んできたの。だから言ってやったわ。リーゼロッテお姉さまはこの国で一番優秀な魔法使いに愛されているから、意地悪でもしたら、魔法で消しちゃうわよって。そうしたら青い顔して黙って帰って行ったっけ」


 ふふ、と、エラは可愛すぎる顔で笑った。


「まあ王子さまはかっこよかったから、結婚したいって懇願してきたら、許してあげてもいいわ。わたしは初恋の相手に失恋しちゃったんだもん。新しい相手を探さなきゃ」


「あなたに振り向かない人がいるなんて、信じられないわ」


「世界で一番愛してはくれているの。ただ、恋人にはなれなかった、それだけよ。でもね、その人が、人生をかけてわたしを愛してくれたみたいに、わたしも彼女の、幸せの糧になりたいって、そう思ってる」


 気のせいかしら、()()って言った?


 そこまで想われているなんて、その人は、とても素敵な人なのだろう。それに幸せ者だ。

 エラは、少しだけせつなそうに微笑んだ。


 わたしは、前世で死ぬときに、二つ、願いごとをした。確かに、二つは贅沢だったのかもしれない。


 一つは叶わなかった。

 だけどもう一つは、思いもよらない形で、叶ってしまった。


「入りましょうか。私たち家族の家へ。作りかけの料理を、完成させて食べましょう」


 頷いたわたしの手を、二人が繋いでくれた。

 荷物は、ディアス様の魔法で宙に浮かぶ。

 エラが楽しそうに笑っている。


 ああなんて。

 わたしは思った。

 なんて、おとぎ話のように、幸せな光景なんだろう。


 この人生は贈り物のようで、世界は奇跡のようだ。


 わたしは帰る。

 わたしの家族と一緒に。

 二人が幸福そうに笑っている。

 それだけで、わたしは幸福だった。

 


 ――さて、これで、この物語はおしまい。

 それからの話が知りたい?


 そうね、最後だけ教えておきましょう。

 最後はこうやって終わったの。

 ごくごくありふれた、おとぎ話のフレーズで。


 そうしてお姫さまと王子さまは結ばれて、幸せに暮らしましたとさ。


 “めでたし、めでたし”って――!



〈おしまい〉



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― 新着の感想 ―
[良い点] とてもステキなお話、感動しました。 エラがなかなか狡猾なのもいいてすね。
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