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貴族の世界

「むっ、ここはっ!?」


 覚醒した俺はがばっと体を起こす。ベッドで寝ていたようだが、自宅ではなく学院の保健室らしい。白いパーティーションで他のベッドと区切られている。


「目が覚めたようだな」


 保健の先生が俺のベッドサイドに近づいていて来た。今世でハードな訓練で何度か体を壊した俺のお世話をしてくれたのはシモノが何度もお世話になったコレット先生だった。


「すみません、いきなりですけど決闘の結果はどうなったかわかりますか?」

「どうやらキミの勝ちのようだな。いま学院中でキミの決闘の噂でもちきりさ」 

 

 ふぅ、これでどうにか使徒としての務めを果たすことができるようだ。


「その様子だと覚えていないようだな、キミは決闘で勝利した後、糸を切ったようにその場で気絶して倒れたんだ」


 どうやら決闘で勝利したのは夢だったっていうわけじゃないようだな。

 コレット先生まで知っていたということは、最弱が最強に勝利したという噂が学院を駆け巡るのにそれほど時間は要しなかったということだろう。


「身体検査をした結果これといって目立った外傷はない、キミが気絶したのは魔力切れが原因だろう。歩けるようなら帰ってくれてかまわないぞ」

「そうですか。もうすっかり元気になったようですし、俺はこれでお暇させていただきます」

「そうか、ならキミの連れも連れて帰ってくれ。さっきから帰れと言っているのに、主の許可がなければ帰れないの一点張りでね、こちらも困っていたところなんだ」

「連れですか?」


 身に覚えのない言葉に首を傾げる俺。


「ああ。……おいご主人様が目覚めたぞ。カーテンを開けるからな」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよっ!? まだ心の準備がっ!?」


 パーティーションで区切られた向こうから、アリスの戸惑う声が聞こえてきたようだけど、どういうことなんだ?

 怪訝に思う俺の前でコレット先生が勢いよくパーティーションを開ける。カーテンの向こう側にはベッドの上であたふたしているアリスの姿があった。お互いに目が合い、気まずい沈黙が俺らを包む。そしてなぜかアリスが全裸であることに気づいた俺は吹き出した。


「なっ!? なんで裸のアリスがこんなところにいるんだっ!?」

「そんなこと決まっているだろ。キミがアリスを奴隷にしたからだろ」

「ちょ、ちょっと待ってくださいっ!? まったく話についていけないんですが、そもそもなぜアリスが俺の奴隷にっ!?」

「そうか、そんなところから理解していなかったか」


 とりあえず裸のアリスを放置して、俺はコレット先生から説明を聞くことにした。


「キミも知っていると思うが魔術決闘ではそれぞれ等価と思ったものを賭ける。相手が命を賭けるならこちらも命かそれと等価なものを賭けなければならない」

「ええ、そのことが気にならなかったといえば噓になりますが、それとこれとどう関係が?」

「冗談だとはわかっているが、キミがこの学院を退学になればなにか重大な使命を果たせなくて世界が滅ぶとのたまっていたのだろう。そんなことは到底起こりうるとは思わないが、キミは将来の魔導士団長と噂されたことのある身だし、実際アリスに決闘に勝った魔導士だ。そんな優秀な魔導士を退学にして出世の道を閉ざそうとしたのは魔導士であるキミの人生にとってどれほどの損害かわかるかね?」

「言わんとすることは。命を奪わないにせよ、一生を棒に振るような行為であることは確かだっていうことですよね」

「その通りだ。なら決闘で負けたアリスもそれと同等の対価を支払うのが道理。命を払う必要はないが一生を棒に振るようなことを近いものを差し出す必要があるというのも理解できるな?」

「そう解釈もできなくはないですね。つまりその結果が――奴隷っていうわけですか」

「ああ、そういうことだ」

「でもアリスはスカーレット公爵家の人間でれっきとした貴族ですよ。こんなことをさせるわけには――」


 これって相当まずいんじゃないか? 今世の俺であるシモノの記憶によると、この世界で平民である俺が貴族の、それも公爵家の中でも最も影響力のあるスカーレット家の三女を奴隷にするって絶対にやっちゃいけないような気がするんだが。


「貴族だからだよ。誇り高き一族が見本を示さなくては平民に示しがつかん。スカーレット公爵もこの件は承知している」

「その……なんだか俺が眠っているすごい大事が起きていた気がするんですが」


 つーかなんだこの話は? 俺の想像よりずっと大きくなってないか?


「気がするのではなく実際に起こっているんだ。四大公爵家であるスカーレット家の三女を奴隷にするなんて、国中探してもキミ一人だぞ」

「ははは、なんだか俺がすっごいクズみたいですね」

「みたいじゃなく事実そうなんだ」

「やっぱりかっ!? とりあえず笑って現実逃避しようとしたのにっ!? ああああああ、これから俺はいったいどうすればいいんだよっ!?」

「ははは、学院関係者もキミと同じく頭を抱えているだろうさ。それとなんだか勘違いしているようだが、わたしは先ほど学院中キミの噂でもちきりだと言っただろう。あれはアリス・スカーレットを奴隷にした男としてのことだぞ」

「げっ、俺が噂になっているのはそっちだったのかよっ!?」

「そりゃそうだろう。決闘で勝利したなんて話はとうに薄れている。キミが勝つ直前の動きが誰も理解できなくてなぜキミが勝てたか説明できる者が一人もいなかったからな。キミが決闘で勝てたのは偶然というのが結論だ」


 あれだけの死闘だったのに偶然だと思われたのか。まあ【ストップ】を使ってアリスの切り札を躱したことは誰にもわからなかっただろうし、これまでの成績でそう思われるのも当然か、でも、それはそれでなんだか虚しいものがあるな。

 まあ今回の件での一番の被害者は間違いなくアリスだろうけど。


「それと夜道に気を付けろよ。キミは結果としてスカーレット公爵家に喧嘩を売ったんだ、キミが明日死体になって道端に投げ捨てあったとしても誰も驚かないぞ」

「当分は一人で暗い道を歩かないようにしますよ」


 投げやりで口にしたあと、俺は一番気になっていたことを尋ねることにする。


「それで、アリスはなぜ裸なんですか?」

「ど、奴隷の最初の仕事は……ご主人様に認められて服を与えてもらうことからなのよ」


 普段は強気だったアリスがおそるおそるといった様子で俺に事情を説明した。


「そうじゃないだろアリス、ご主人様である俺には敬語に決まっているだろ。奴隷の分際で少しは身を弁えたらどうだ。お前はもう貴族じゃねえんだよ」

「はい、申し訳ありません。ご主人様(ぐすんっ」

「ちょ、ちょっとっ!? 俺の声真似をしてヘンなことをするのはやめてくださいよっ!?」

「ふふっ、普段は権力に笠着て偉ぶっている貴族どもがせっかく奴隷に落ちたんだ。高貴な女を下に見て蔑むプレーを楽しんだっていいじゃないか」


 そういえばこの先生、けっこう悪ノリしがちな人だった。


「コレット先生の性癖はともかく、紳士を自称する俺としてはそういうのはNGなのでダメです。それと先生、すみませんが二人っきりにしてもらえますか?」

「ほほう、それは二人っきりで保健体育の実習をしたいということかね?」

「そんなことはしませんよ。話をするだけです」

「ふむ、そういうことならいいだろう。なるべく手短に済ませてくれたまえよ」


 コレット先生がいなくなったあと、俺は全裸のアリスに上着を被せる。唖然とするアリスに俺は土下座して深々と頭を下げた。


「アリス、俺のせいでお前に迷惑をかけてしまってすまない」

「シ、シモノっ!? ど、どうしてあんたがっ!?」

「お前が俺に決闘を挑んだのは学院の栄光を守ろうとするためだったんだろ。事実俺が魔法を使えるようになったのはつい最近だったし、お前の行動にはなんら落ち度がなかった。だから本当に悪かったと思っている」


 ゆっくりと顔を上げると、アリスが困ったようにこちらを見ている。どうやら俺に対して恨みや憎しみといった負の感情は抱いていないようだ。


「それでお願いがあるんだ。奴隷じゃなくて俺と友達になってくれないか?」

「あ、あんたがそれでいいならいいわよ。今日からあたしはあんたの友達になってあげる」


 ふぅ、これでアレクシア様との約束を果たせそうだぞ。


「それであんたの家はどこにあるの? 今日からそこに住むんだからちゃんと案内しなさいよね」

「? なんでアリスが俺の家に住む話の流れになっているんだ? もう奴隷じゃなくなったし実家に戻ればいいじゃないか?」

「あんたの奴隷になった時点でスカーレット公爵家からは追放されたわよ。あんた、貴族の世界をなめてるでしょ」


 どうやら俺のせいでアリスをとんでもない事態に巻き込んじまったみたいだ。





        ※※※





「ほう、あのアリス・スカーレットが決闘で敗れたのか」


 七種族学院の理事長室で秘書から報告を受け、艶やかで長い黒髪にまだ二十代といった若々しい姿を保った女性――フューゼシカ・ヴァンダビィーネは口の端を僅かに吊り上げる。

 アリスには人族最強として七種族学院に進学してもらう予定だったが、そのアリスが倒されたというのは想定外の事態だった。


「ええ、スカーレットは七種族学院への推薦が決まっていたのですが、敗れたせいで実力を疑問視する声が出ているようです」


 秘書のサラからの返事を受け、フューゼシカの中で疑問が深まっていく。

 フューゼシカが調査した限り、次代の人族にアリス以上の逸材はいないはずだったからだ。


「アリス・スカーレットは誰に敗れたんだ?」

「それがわたしも詳しくはないのですが……シモノ・セカイというクラスメートのようです」

「シモノ・セカイか。どこかで聞いたような名だな」

「はい、十年ほど前にリーガル王国きっての逸材にして人族の切り札になると噂された魔導の神童です。魔力量は測り知れないほどのものだったようですが、魔法が一切使えなかったため王立魔導学院では裏口入学を疑われていたようです」

「だが、アリス・スカーレットに決闘で勝利した。つまりシモノ・セカイは魔法が使えたのだろう?」

「ええ、おっしゃる通りです。情報が錯綜していてどんな魔法を使ったかは不明ですが、最終的にはあろうことか第二魔法を発現していたスカーレットに勝利したらしいです」

「ふむ、この時期にそれだけの逸材が頭角を現したとはな。となれば、やはりわたしの考えが正解だったということか」


 魔族が勢力を強めているいま、それ以外の種族が連合して防衛をする必要があることは広く知られている。だが、歴史を紐解けば魔族が勢力を強める都度、特別な力を持った例外が誕生し、それが事態を鎮静化に貢献していることは一部の者しか気づいていない。だからこそ、フューゼシカはこの時期に名を上げたシモノのことが気にかかった。


「まだ確定したわけでもないのに都合のいいことばかり言っているといつか手痛いしっぺ返しを浴びますよ」

「かまわんさ、どうせこのままでは世界が滅びるからな。それならこの状況を利用して、わたしに都合がいい世界を作り上げてしまったほうがいいだろう」


 フューゼシカが不敵な笑みを浮かべる。


「使える駒か、使えない駒かを見極める。使える駒なら利用して、使えない駒なら死んでもらおう。アリス・スカーレットのほうはイデオロギーがはっきりしているからな。サラ君。アリス・スカーレットの推薦はそのままだ。それと七種族学院にシモノ・セカイを推薦してほしいとリーガル王家に伝えておいてくれ。もしかすると七種族学院の問題を解決する鍵になるかもしれん」

「はい、学院長の仰せのままに」


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