対アストレア1
さてその翌日、朝にいつもの場所で訓練しているとアストレアがふと動きを止めた。
昨日までは散々いいようにあしらわれていた俺にエクセリオンで寸止めされたことで、まるで狐につままれたかのようにぽかんとした顔をしている。
「なにをしたの?」
「なにをってのはどういうことだ?」
「昨日の今日でそんなに動きが変わるわけがない」
ほう、気づいたようだな。
もちろん、まともに戦って俺程度の実力でアストレアに叶うわけがない。だからこそ、昨日習得した【浄天眼】を使わせてもらった結果というわけだ。
色々と試してわかったんだが、【浄天眼】はかなり使い勝手のいい魔眼で、遠視だけでなく透視や未来視、遅視といった様々な世界を視せてくれる魔眼だった。
お陰で昨日カグヤ先輩に追いかけ回された時、突然階下を駆けてくるカグヤ先輩が視えたり、これからカグヤ先輩が俺の隠れている教室に来て俺を取り押さえる未来が視えたり、俺を捕縛しようとする壁や天井を蹴って縦横無尽に駆け巡るカグヤ先輩の姿が遅くなって視えたりして大逃走劇を繰り広げてしまった。
風紀委員会本部で正座させられ説教されている間も、何度か「一年生にしては異常というべき逃走力だったのう、おぬし本当に人族なのか?」なんて疑われたりもした。最後は実力を買われて「おぬしさえよければ風紀委員に推薦しやってもよいぞ」とまで言われて、けっこう褒められていたりする。まあ最終的に罰としてトレイ掃除を言いつけられたんだけどね。
とにもかくにも、俺はカグヤ先輩を唸らせた【浄天眼】の力で、アストレアから一本取ることに成功したんだ!
「あなたの成長速度は異常……。違う、異常な成長なんてするわけがない。でもこれは……単純な身体能力でも経験に依存するものでもない。ならまさか――」
普段はなかなか感情を表に出さないアストレアが珍しく目を瞠る。
「【心眼】を使える?」
「さあ、どうだろうな」
半分正解だけど半分は外れだ。俺は【心眼】を習得しようとしたけど、実際に得たのは別の魔法だったからね。
「それ以外には考えられない。ううん、それも違う」
「どうしてそう思うんだ?」
「あなたは【心眼】以上の力を使っている。そもそも【心眼】は相手の動きをつぶさに観察して予備動作から相手の動きを予測するもの。でも、あなたの【心眼】は違う。これはわたしの予想だけど、あなたに視えないものはない」
「えっ!? 【心眼】だって見えないものを視る魔法のはずだろ。お前が言ったじゃないか?」
「見えないものと視るといったのはたとえ話。正確に言うなら【心眼】は相手の一挙手一投足を見逃さないように視野の広さと動体視力を強化するもの」
「でも、俺の攻撃を予知していたような動きが――」
「それはあなたの目や手の僅かな動きを【心眼】で視て予測を立てていたことによるもの。でも、あなたの動きは違う。まるで未来が視えているかのような先読みを見せた」
「なん……だとっ!?」
じゃあ俺はアストレアのたとえ話を真に受けて、とんでもない魔法を習得したってことか。ならエクセリオンが沈黙した理由は――
『大賢者と謳われた俺が生涯を懸けても習得できないような魔法を、マスターが習得したからに決まってんだろ。それも基礎研究やら理論構築やらを放り出して、単なる覗きでだぞ。くそっ、死ね。いますぐ死んで詫びろっ! (ぐすんっ!)』
な、泣くなってエクセリオン。これからちゃんと使徒として活躍してサポーターであるお前の名声も高めてやるから。
『マスターなんてエロい魔法しか使えねえのに名声が高まるわけないだろ。というか俺より名声を高めるな。マスターのような変態に負けたら俺の立つ瀬がなくなっちまうだろうが……』
お、落ち着けってっ!? お前、言ってることが滅茶苦茶だぞっ!?
俺がエクセリオンを宥めているうちに、敗北を喫したアストレアがとある考察へ辿り着いていた。
「もしかして未来が視える魔法を持っているの?」
お、おいっ!? なんだこのどこか脅えたような瞳はっ!? このアストレアの俺を注視してくる瞳はっ!? これ、持ってるって答えたら絶対にまずいやつだろっ!?
「か、勘違いじゃないのかっ!? お、お前の動きの癖を見切ったからかもしれないぞっ!?」
「それはあり得ない。天使族は常に【心眼】に晒されて戦い続ける。だから強い天使族になるほど【心眼】対策として極端に癖の少ない動きになる。わたしも学年首席だから癖はほぼないと自負している」
俺の浅はかな言い訳なんて通じるわけがなかった。
た、助けてくれエクセリオン、なんだか話がまずいほうに進んでいる気がするんだ。このままじゃ俺のことを色々と怪しまれるかもしれない。
『はんっ、身から出た錆だろ。いっそのことマスターがこのまま魔法の研究材料としてホルマリン漬けにでもなれば俺の名声が穢されることもなくてせいせいするぜ』
エ、エクセリオン、落ち着けって。お前は重大な勘違いをしているぞ。どんな結果にせよ、俺にもしものことがあればお前が無能だ。前世でどれだけ優れた大賢者だったとしても今世で俺のサポートを満足にできない無能になりさがる。するとアレクシア様からはどう見えるかは言うまでもない。お前は前世の有終の美まで穢すことになりかねないんだぞ。
『くそっ、マスター選びをもっと本気ですりゃよかった!』
運命共同体であることを理解してくれたエクセリオンが俺たちの間に入ってくれる。
「なあアストレア嬢ちゃん、マスターの魔法は俺のサポートがあってこそなんだ。だからもしかりにあんたがマスターの魔法を【浄天眼】じゃないかと疑っていても黙っておいてくれねえか?」
「……【浄天眼】の存在を知る者は天使族でも極一部の許された者だけ。なぜあなたがそれを知っている?」
「【心眼】の上位魔法【天眼】、そのさらに上にあるのが【浄天眼】だ。アストレア嬢ちゃんだって嘘を吐いているだろ。あんたが使っているのが【心眼】じゃなくて【天眼】だ」
「あなた、何者?」
「……マスターのサポーターで名はエクセリオンだ」
「エクセリオン? 数世紀前に堕天した大天使様と同じ名前」
「そんな古いことをよく知っているな。でも、俺は大天使じゃない。この話はこれまでだ」
アストレアがこくりと頷いた。
どうやら俺の魔法に対する詮索はこれ以上行われないらしい。すごいじゃないかエクセリオン!
「これ以上あなたの魔法については尋ねない。でも、できることなら教えてほしい。どうやってそんな魔法を身に付けたの?」
「どうやってか。それはだな、その……」
や、やばいっ!? い、言えねえっ!? っていうかあんなこと言えるか――――っ!?
「マスター、べつに真似して習得できることじゃねえから教えてもいいだろ」
「言えるわけないだろ。女子更衣室で着替えする女の子たちを覗いて魔法を身に付けたなんて。そんなことを言ったら俺は変態じゃないか」
「言っても言わなくてもやってることは変わってねえんだよ。いい加減気づけよ」
「エクセリオン、お前――」
「な、なんだよっ!?」
「そこに気づくとは天才か。さすが大賢者だな」
「大賢者じゃなくてもこれぐらいのことは気づくわ――――――っ!? っていうかマスターが気づけ――――――っ!?」
こんな冗談を言って場を和ませてくれるなんて、アレクシア様が使わしてくれた俺のサポーターだけあってやはりなかなか見どころがある。まあ俺は変態じゃないけどな。
「着替えする人を覗けば魔法が強くなるの?」
しまった、アストレアに聞かれてたっ!? 思わず声に出して話ちゃってたっ!?
「い、いや、詳しくは教えられないけれど、これは俺の体質のようなものが関与しているだけだから。普通の人が真似しても絶対に意味はないんだ」
アストレアは全体的に反応が薄くもしかしたら真似しかないので一応釘を刺しておく。言葉数が少ないからなにを考えているか考えが読みづらいところがあるからだ。
「わかった。なら魔法についてももういい。稽古を再開したいけどかまわない?」
「ああ、当然だろ」
俺とアストレアが再び剣の稽古を始める。
どうやらアストレアはここぞというとき【天眼】を呼ばれる【心眼】よりも高度な魔法を使って場を凌いでいたらしい。俺の感覚的には【浄天眼】より大きく下回っているが、【心眼】よりは上なのが【天眼】だ。
「なあエクセリオン、【天眼】っていうのはどんな効果なんだ?」
「マスター、いまはせっかく稽古をつけてもらっているんだ。俺から効果を教えてもらうんじゃなくて肌感覚で掴め。相手の動きをよく観察して不自然な行動がないか注意しろ。マスターは戦闘経験が少ない分、今後のためにいまは観察力を伸ばせ」
「ああ、わかった!」
もっともな意見に、俺はすぐに頷いた。
エクセリオンってちょっと口は悪いけど、大賢者を名乗るだけあって言っていることを本当に的を射ているんだ。まあエクセリオンが特に口汚なくなるときは大抵俺が原因だけどね。
俺はアストレアに向かって一目散に駆け込み、手にしたエクセリオンを一気に振り抜く。アストレアは力と力のぶつけ合いを避け、さっと横っ飛びするとまるで羽のように軽くしかも機敏な動きで俺との間合いを詰めて七連撃を放ってきた。
アストレアの剣術はとにかく速度を意識したもので、一度攻撃を受けると俺はそのまま防戦一方に押し込まれる。
天使族は相手の挙動を読めるせいか、とにかく速度と手数で勝負して読めていても躱せないという状況を作りだす剣術が発達しているのかもしれない。
俺は最初こそ摺り足を中心とした日本の剣道で挑んでいたんだけど、とにかく速度に翻弄されてついていけなく、技対技の戦いならアストレアに分があると理解できている。
あっ、念のためだけど剣道をディスってるんじゃないよ。ここは魔法や異種族ありの世界だから根本的に戦いの組み立て方が違うってこと。
というわけで技対技の戦いじゃ勝てないから、俺は剛の剣術を目指し、アストレアの柔らの剣術に対抗しようとしているんだ。今日最初の戦いだと追い詰められてから【浄天眼】を駆使して不意打ちして一本とれたんだけど、アストレアは同じ手がそう何度も通用する相手じゃない。
「【浄天眼】を彷彿させる魔法を身に着けたのは見事といっていい。でも、回避しなければいけない未来が存在するなら不意打ちをもらうことはない」
やっぱ速度をさらに上げることが【浄天眼】対策を兼ねていたか。
「さあどうするマスター、いくら未来が視えていたところで攻撃を避けるしか選択肢がないなら意味はないぜ」
守りに徹する俺の傍で、エクセリオンが煽ってくる。
お忙しい中ご丁寧に評価していただき本当にありがとうございました!
とても励みになります!