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苦手な方はご注意ください。

三国志演義

三国志演義・桃園の誓い~乱世の序章~【後編】

作者: 霧夜シオン

この台本は故・横山光輝氏、及び、吉川英治氏の著作した三国志や各種

     ゲーム等に、作者の想像を加えた台本となっています。その点を許容で

     きる方は是非演じてみていただければ幸いです。

     なお、人名・地名に漢字がない(UNIコード関連に引っかかって打てな

     い)場合、遺憾ながらカタカナ表記とさせていただいております。何卒

     ご了承ください<m(__)m>


     なお、上演の際は漢字チェックをしっかりとお願いします。

     また、金銭の絡まない上演方法でお願いします。

     

     ある程度はルビを振っていますが、一度振ったルビは同じ、または他の

     キャラのセリフに同じのが登場しても打ってない場合がありますので、

     注意してください。


声劇台本:三国志演義・桃園の誓い~乱世の序章~【後編】


作者:霧夜シオン


所要時間:約45分


必要演者数:最低7人(うち女性演者1人)

         (6:1:0)

         (7:1:0)


※これより少なくても一応可能です。時間計測試読の際は人で兼ね役しました。


はじめに:この一連の三国志声劇台本は、

     故・横山光輝先生著 三国志

     故・吉川英治先生著 三国志

     北方健三先生著 三国志

     王欣汰先生著 蒼天航路

     Wikipedia

     各種解説動画

     正史・三国志

     羅貫中著 三国志演義

     の三国志系小説・マンガや各種ゲーム等に加え、

     【作者の想像】

     を加えた台本となっています。

     またこの作品でこのキャラが喋っていた台詞を他のキャラが

     喋っているという事も多々あります。

     なお、人名・地名に漢字がない(UNIコード関連に引っかかっ

     て変換表示できない)場合、誠に遺憾ながらカタカナ表記と

     させていただいております。

     また、役の性別転換は基本的に禁止とさせていただきます。

     名前のない武将たち(例:〇〇軍部将や〇〇軍兵士など)

     が性別不問なのは、過去の歴史においていないわけではない

     、いたかもしれない、という考えに基づくものです。


     ある程度ルビは振っておりますが、一度振ったルビは同じ、

     または他のキャラに同じのが登場しても打っていない場合

     がありますので、注意してください。


     上演の際はしっかり漢字チェックを行い、

     【決してお金の絡まない上演方法】でお願いいたします。


     なお、古代中国において名前は 姓、諱、字の3つに分か

     れており、例を挙げると諸葛亮孔明の場合、諸葛が姓、

     亮が諱、孔明が字となります。

     古代中国において諱を他人が呼ぶのは避けられていた為、

     本来であれば諸葛孔明、もしくは単に字のみで孔明と記載

     しなければならないのですが、この一連の三国志演義台本

     においては姓と諱で(例:諸葛亮)と統一させていただき

     ます、悪しからず。


     長くなりましたが、以上の点をご理解いただけた上で

     演じてみたい、と思われた方はぜひやってみていただけれ

     ばと思います。



●登場人物


劉備りゅうび・♂:あざな玄徳げんとく

     中山靖王ちゅうざんせいおう劉勝りゅうしょう末孫まっそんを称するが、現在は幽州ゆうしゅうのタク県にある

     楼桑村ろうそうそんで、むしろすだれを織って日々の生計を立てている。貧しい暮らし

     だが、高い志を持つ。ニ十代。幼名は阿備あび


張飛ちょうひ・♂:あざな翼徳よくとく

     幽州ゆうしゅう鴻家こうけに仕える豪放磊落ごうほうらいらくで大の酒好きな男。黄巾党の大軍に突

     撃し、八百八の敵を一息に討ち取った事から八百八屍将軍はっぴゃくはっししょうぐんと恐れら

     れたが、自分の留守中に黄巾軍によって城は焼かれ、主君は殺され

     てしまう。

     主君の娘を助けた劉備と知り合ったことで、その後の人生が決定づけら

     れることとなる。二十代。


関羽かんう・♂:あざな雲長うんちょう

     河東解良県かとうかいりょうけんの出身。張飛ちょうひとは義兄弟の盟を交わしている。

     楼桑村ろうそうそんの近辺に童学草舎どうがくそうしゃという、日本における寺子屋てらこやのような施設

     を開いて子供達に学問を教えているが、その胸の内は時代を憂える

     気持ちであふれている。義に厚い人物。二十代後半~三十代前半。


劉夫人りゅうふじん・♀:劉備の母親。

      劉備を帝王の血筋の末裔まつえいとして厳しく、愛をもって育てる。落ち

      ぶれたとはいえ、その身にまとう気品は隠せない。四十代後半。


李定りてい・♂:あざなは伝わっていない。

     の国の人。人相を見る事が出来るらしく、劉備の将来を予言する

     かのような言動をする。

     高齢ではあるが、実際の年齢は不詳。


兵1・♂:タク県の治安を守る兵隊その1。


兵2・♂:タク県の治安を守る兵隊その2。


兵長・♂:↑の兵達を束ねる役職持ち。


門番1・♂:タク県の城門を守る兵。張飛のせいで犠牲に。


門番2・♂:↑同上。


民1・♂♀不問:乱世に翻弄される哀れな民その1。


民2・♂♀不問:乱世に翻弄される哀れな民その2。


ナレーション・♂♀不問:雰囲気を大事に。


※演者数が少ない状態で上演する際は、被らないように兼ね役でお願いします。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



ナレ:幽州ゆうしゅうのタク県、楼桑村ろうそうそん

   二、三百軒程度の小さな村だが、南へ向かう多くの旅人がこの村で足を止め

   る為、かなりにぎわっていた。

   しかし最近は黄巾賊こうきんぞくの襲撃が多く、日没となれば門は固く閉ざされる。

   大きな車のおおいに見えるくわの木。村の名前の由来とも言われる大樹たいじゅ

   であり、その下が劉備の生まれた家なのである。


劉備:ああ、数か月ぶりの我が家だ…今回の旅は長くなってしまった。

   母上はどんなに心配されているだろうか。

   すみません、阿備あびは不孝者です。


ナレ:はやる気持ちをおさえて家に駆け込むと、劉備は唖然あぜんとした。


劉備:…!? 婆や? 母上? 家財が消えてる…?

   これは一体…ッ!? 機織はたおりの音だ…中庭か!【駆けだす】


   【二拍】


劉備:母上! 母上、阿備あびです! ただ今戻りました!


劉夫人:! おお、阿備あびや! よく…よく無事に帰ってきてくれました。


劉備:箪笥たんす寝台しんだいもありませんが…一体どうしたのですか?


劉夫人:税の取り立て役人が来て、持っていってしまったよ…。


劉備:そんな…いつも取り立てられる分より、幾分多めに貯めていたのに…。


劉夫人:黄巾賊こうきんぞく討伐に必要な軍事費のせいで、今年は途方もなく税が上がってね…

    お前が用意しておいてくれた分だけでは、到底とうてい間に合わない程になって

    しまったんだよ…。


劉備:ッ…婆やはどうしました?


劉夫人:息子が黄巾賊こうきんぞくに入っていると疑われて、捕まってしまった。


劉備:! 若い下僕しもべは…?


劉夫人:兵隊にとられていったよ…。


劉備:なんてことだ…ああ、申し訳ありません、母上!!


劉夫人:阿備あびや、お前がびる事など何もないよ。

    世の中がそうさせているんだよ。


劉備:母上、もう今日は休みましょう。夕餉ゆうげの支度は私がしますから。


ナレ:そう言って台所へ来た劉備だが、そこにも何もないのを見て呆然とした。

   鍋はおろか、鶏も牛もない。

   物置に少し蓄えていた豆やあわも、干していた肉や野菜さえも綺麗に消えてい

   た。


劉備:こ、こんなに領主の財政も火の車なのか…

   ああ、この国はどうなってしまうのだろう…

   ? おや、母上の部屋から音が…。


   【間】


   母上? 一体何を……あ、それは…。


劉夫人:…少しだけど、食べ物を隠しておいたんだよ。

    生きていくのに必要なぶんは、無いと困るからね…。


劉備:! そうだ、忘れるところだった。

   母上、実はお土産があるんです。なんだと思います?


劉夫人:おや、なんだろうね?


劉備:母上の大好物……茶です。


劉夫人:えッ!? 茶だなんてお前…、そんなお金、どこから出したんだい?


劉備:安心して下さい。数年間貯めた小遣いで、洛陽らくようの商人から交易したものです

   。決して不正に得たものではありませんから、心配しないで下さい。


劉夫人:ああ…!! お前はなんて優しい子なんだろう…!!


劉備:母上、明日は早起きして、裏の桃園とうえんでお茶を点てて飲んで下さい。

   必要な清水しみずは私がんできますから。


劉夫人:そうさせてもらおうかね。……おや?


劉備:どうしました? 母上。


劉夫人:【態度を改めて】

    阿備あび。…その剣は一体誰の物ですか。


劉備:え? 私の剣ですが…?


劉夫人:嘘をおい!

    お前に渡した剣は先祖代々伝わる、お父様から受け継いだ品です。

    それをどこへやってしまったのですか!


劉備:じ、実は…茶を交易して帰る際に黄巾賊こうきんぞくに襲われ、

   一度は剣も茶も取り上げられてしまったのです。


劉夫人:えッ、ではどうやって助かったというのですか?


劉備:偽って賊の中にまぎれていた鴻家こうけの浪人、張飛という豪傑に助けていただい

   た際に、礼として剣を差し上げたのです。それから…


ナレ:事の経緯を聞くうち、劉備りゅうびの母の顔は血の気を失い、白くなっていった。

   それに気づかず、劉備りゅうびは言葉を続ける。


劉備:そういうわけで、剣は確かに先祖伝来の大切なものには違いありませんが、

   今の暮らしの間はこの剣でも間に合わないことはありませんからーー


劉夫人:【↑の語尾に被せて】

    ああ、私は我が子の育て方を誤った!!

    お前のお父様に、我が夫に対して顔向けがなりません!!


劉備:あッ、母上、いったい何を!?


ナレ:劉備りゅうびの母は叫ぶや否や、我が子の手をつかんで家の裏の川まで行くと、もう片

   方の手に持っていた茶の小壷こつぼをいきなり流れへ放り捨ててしまった。


劉備:は、母上!? いったい、何がお気にさわったのですか!?


劉夫人:お黙りッ!! 【平手打ち】


劉備:うっ…!


劉夫人:阿備あび…いいえ、玄徳げんとく。そこにお座り。

    …なぜお前が命を危険にさらしてまで手に入れてきた茶を、母が捨てたか

    分かりますか?

    それは、お前が楼桑村ろうそうそんの百姓になりきってしまった事が、

    許せなかったからです。


劉備:いえ、母上…わたくしはーー


劉夫人:【語尾に被せて】

    黙ってお聞き!

    常々言い聞かせてきた通り、お前の体にはこの大陸を一度は統一した帝王

    の、そして中山靖王ちゅうざんせいおう劉勝りゅうしょうの血が流れているのです。

    あの剣は、そのあかしと言ってよい。

    それを人手ひとでに渡してしまうなど、お前は帝王の血筋の誇りを忘れたのか!

    愚か者! 愚か者!【←台詞に合わせて平手打ち】


劉備:母上!私が悪うござりました。

   ですが、玄徳げんとくは決して身も心も楼桑村ろうそうそんの百姓になりきってしまった

   わけではありません。


劉夫人:おお! では玄徳、お前は一生を百姓として終わるつもりは無いのです

    ね。

    このまま朽ち果てまいという気持ちは、魂の中に残っていますか。


劉備:はい。今度の旅で、各地の黄巾賊こうきんぞくの被害を嫌と言うほど目にしてきました。

   時至らば、必ずこころざしげます。


劉夫人:わかりました。

    そこまで考えていてくれたのなら、何も言う事はありません。

    さ、今日はもう休みましょう。

  

劉備:はい、母上。


   【三拍】


劉夫人:玄徳…母は心を鬼にして叱りました。

    けれど…私を喜ばせようと、茶を買い求めてきてくれたその気持ち…。

    一人の親として、これほど嬉しい事はありません…!【忍び泣き】


劉備:母上のお気持ちが分からないとは、なんと愚かだったのだろう。

   もう迷わぬ。

   民達の苦しみを救う為、私は必ずち上がる!

   

ナレ:この日の出来事は、どこまでも親子二人の胸に、固く秘められていた。

   それから数年後の春先。


劉備:よし、できたむしろは束ねて向こうに…おや?


李定:やあ、ご精が出るね。


ナレ:のっそりと無断で庭へ入ってきたのは、酒甕さかがめを二つ背にくくり付けてい

   る山羊を引いた老人だった。


劉備:ご老人、どちらからおいでになったので?


李定:ふうむ…ふむふむ、こちらは息子さんかな?

   おっ母さん、良い子を産みなさったのう。

   わしの山羊も自慢だが、息子さんにはかなわない。


劉夫人:お爺さんは、この山羊を市に売りに来なさったのですか?


李定:いやいや、この山羊は売れんよ。我が子同然じゃものな。

   わしの売り物は酒じゃが、道中で賊に脅されて全部飲まれてしもうた。

   かめは二つとも空っぽじゃて、ははははは。


劉備:えっ、ではせっかく遠くからいらっしゃって、お金に換えられずに帰る

   のですか?


李定:帰ろうと思ってここまで来たら、えらい物を見たよ。

   あの桑の木じゃが、今まで誰も何とも言わんかったかね?


劉夫人:ええ。桑でこれだけの大木は無いと言うくらいで。


李定:そうか。ーーならばわしが告げよう。

   この木は霊木れいぼくじゃ。この家からは必ず高貴な人が出る。

   車の覆いの如き枝たちが皆、そう言ってわしに囁いた。

   遠くないこの春、良い友達が訪ねてくるじゃろう。その時から息子さんの

   身の上は、龍が雲を得たように恐ろしく変わってくる。


劉備:お爺さんは、占い師なのですか?


李定:わしは、の国の李定りていと言う者さ。と言うて、年中あちこちをふらついて

   いるから、故郷に帰ったためしは無い。

   おおそうだ、この子のおっ母さん。この山羊をお祝いに差し上げよう。


劉夫人:えッ!? それは、どういうことですか?


李定:なにしろ、今日は珍しい霊木れいぼくを見たし、良き人と話した。

   おそらく息子さんにとって人生の門出かどでがやってくるじゃろうから、その時

   が来たら、祝ってておやりなさい。


ナレ:初めは冗談だろうと思っていた劉備りゅうび親子だったが、李定りていは本当に山羊を

   置いて立ち去ってしまう。

   劉備りゅうびは慌てて往来へ出て見回したが、もうどこにも姿は無かった。


   【三拍】


   それから数日後。


劉備:母上、では行ってきます。

   帰りに何か美味しいものでも買ってきますよ。


ナレ:劉備はむしろを納めている城内の問屋とんやから代金を貰った帰り、

   街角に立札が立っているのを見た。

   内容は、この地方の領主である鄒靖すうせいという人物が、義勇兵を募集するという

   ものであり、沢山な民達が集まってそれを眺めていた。


民1:おい、こりゃあなんて書いてあるんだ?


民2:ああ、兵を募集してるんだよ。どうだい、志願してひと働きしたら。


民1:いやぁだめだ。武勇も何もありゃしない。他になんか能があるわけでなし。


民2:何言ってるんだい。そんな才覚のある人間ばかり集まるわけないだろうに。


民1:あ~、つまり…あれか。そういう風に書かないと勇ましくないからか。


民2:そうだよ。憎ッたらしい黄巾賊どもを倒すんだ。武器の使い方が分らないな

   ら、覚えるまで雑用をしたって軍隊の助けにはなるんだ!


民1:なるほどな。…よし、やるか!!


ナレ:やがて一人、二人と募集に応じる為、役所へ向かって駆け出して行った。

   その後ろ姿を見送っている劉備の背後から、だしぬけに声がかかった。


張飛:そこの貴公、待ちたまえ。


劉備:? 私でしょうか?


張飛:うむ、貴公の他にはもう誰もおらんじゃないか、ははは。

   …で、そのふだを読んだか?


劉備:読みました。

   …ですが、ここは人が多く話がしづらいですから、どこか別の場所で

   よろしいでしょうか?


張飛:おお、良いとも。


ナレ:二人は町外れに近い廃墟の前まで来ると、石づくりの橋に腰を掛けた。


劉備:して…失礼ですが、ご尊名そんめいはなんと申されるのでしょうか?

   私はここから程近ほどちか楼桑村ろうそうそんに住む、劉備玄徳りゅうびげんとくという者ですが。


張飛:ははは、思い出せんかな?無理もない。

   あの時はまだこんなひげも生えてなかったし、頬にも刀傷かたなきずはなかった。

   …では、この剣はどうかな?

   貴公から譲り受けたものだが。


劉備:!! 思い出しました!

   貴方あなたは数年前、私が黄巾賊こうきんぞくに襲われ、すでに命の無かった所を救っ

   てくださった鴻家こうけの浪人、張飛翼徳ちょうひよくとく殿ではございませぬか!?


張飛:そうだ! よく覚えていて下された。いかにもそれがしは張飛ちょうひでござる。

   あれから幾度も戦い、主家しゅけの再興を目指して力を尽くしたが、黄巾賊こうきんぞくの勢力

   は盛んになるばかりでな。

   近頃はもう、矢は尽きて刀も折れてしまった。


劉備:いえ、私こそ命の恩人の顔を忘れてしまっているなど、大変な無礼を致しま

   した。


張飛:そんな事より…劉備りゅうび殿。あのふだを見て何か思わなかったか?


劉備:えっ…いえ、特に何も…。


張飛:何も!? あれだけ穴のあくほど見つめていてか!?

   何か感じればこそ、長い間そこに立っていたのではないのか!?


劉備:いえ、私には年老いた母がいますから、一人残して兵になる事など思いも

   よりません。


張飛:あの立札は、今の世の中を正直に物語っている。

   黄巾賊こうきんぞくの勢いは今や天下をおおわんばかりだ。

   朝廷からの援軍を待ちきれなくなった各地の太守たいしゅや地方領主が、

   自分たちで何とかしようとしている証拠なのだ!

   それを見ても、何も感じないと言われるか!


劉備:……。


張飛:それに、なぜこんな事を貴公に言うのか。

   それは、どう見ても貴公がただの百姓ではないと思うからだ。

   …これを見られよ!

   貴公から譲り受けた剣だが、再び会ったら返そうと思っていた。

   何故なら、この剣はそれがしのような男が持っていい剣ではない。

   【剣を抜く】


   【二拍】


   それがしは戦で幾度となくこの剣を振るった。

   風を断ち、敵を斬り捨てるたびに、剣がくのだ。

   早く我が身を本来の持ち主へ返せと、つまらぬ血でこれ以上汚けがしてくれる

   な、と!!


劉備:あッ…!?


ナレ:張飛ちょうひはいきなり剣を振ってくうを斬った。

   その風切り音は、劉備りゅうびの耳に確かにき声として届き、体に流れる血に熱く

   響いた。


張飛:どうだ!【剣を振る】

   これでも!【剣を振る】

   貴公は何も感じぬのか!!【剣を振る】 


劉備:……。

   分かりました、張飛ちょうひ殿。本心を打ち明けましょう。

   何を隠そう、私は漢の中山靖王ちゅうざんせいおう劉勝りゅうしょう末裔まつえいにして、景帝けいていの血をひく

   者です。

   この乱れた世の中を憂えないわけがありませぬ。

   時が来れば、必ず立ち上がろうと思っていました。


張飛:ッ! なんと、そうであったか!!今までの無礼、どうか許されたい! 

   うーむ…漢の皇帝の血をひいておられたとは…! 

   それがしの目に狂いはなかった!

   今にして、塔から飛び降りた老僧の言葉が思い当たる…!

   さあ、この剣はつつしんでお返しします。

   しかし、この剣を身に帯びる以上、どうかふさわしい人間になっていただき

   たく存ずる。


劉備:わかりました。では、返していただきましょう。

   …おお、そろそろ日が沈みます。

   時節到来じせつとうらいの折は、どうか楼桑村ろうそうそんの我が家へおいでくだされ。


張飛:心得こころえ申した。


   【三拍】


   ああ、この張飛ちょうひ、今まで生きていた甲斐かいがあった!

   やっと命をかけてつかえるべきあるじに巡り会えた…!

   天下は俺をようやく必要とし始めたのだ!

   !

   そうだ! この吉報きっぽうを早く雲長うんちょうに知らせねば…!!


ナレ:劉備りゅうび張飛ちょうひと別れて後、包みきれない喜びを顔にたたえ、胸には希望の芽が

   息づいているのを感じながら、我が家へ駆け戻った。


劉備:ただ今戻りました。母上! 母上!


劉夫人:どうしたのですか、阿備あび。騒々しいですよ。


劉備:母上、あの李定りていという老人の言っていたことは当たっていました。

   見て下さい! 先祖伝来の剣が戻ってきたのです!


劉夫人:!! おおお、なんという奇跡…!


劉備:それに、あの鴻家こうけの浪人、張飛翼徳ちょうひよくとく殿とも再会しました。

   あちらから返す、と…薄々わたくしの素性すじょうを感づいていたようです。

   しかし、彼とは良き友となりました。

   そして…時至ときいたらば、共に立ち上がろうとも…!


劉夫人:良き出会い、良き出来事…まさに、一陽来復いちようらいふく

    時が来たのです。

    阿備あび、いいえ、玄徳げんとく

    心の支度したくを済ませておくのですよ。


劉備:はい、母上…!


ナレ:一方、張飛ちょうひ劉備りゅうびを見送ると、喜び勇んで城から程近ほどちか蟠桃河ばんとうがまで行こう

   としたが、門限を過ぎた城門は、すでに閉まっていた。


張飛:おおーーーいッ、開けてくれェ!!


門番1:こらっ、一体何をわめいているのだ貴様ァ!!

    すでに日暮れだ。明日の朝まで待て!!

    まぁ、三回まわっておじぎをしたら考えてやる。


張飛:そんなことはできないが、この通り頭は下げるからどうか通してくれ。


門番2:ダメだダメだ、さっさと立ち去れ!!


張飛:おい、人に頭を下げさせておいてそのざまは何だ。

   通さないというなら、貴様らを踏み潰して通るぞ!


門番1:うっ、じ、城門やぶりだ!! 狼藉者ろうぜきものめー!!


張飛:聞き分けのねえ奴だな!!


門番1:ぐげッ!


門番2:黄巾賊こうきんぞくだ、黄巾賊こうきんぞくに違いない!! 出あえーー!!


張飛:黄巾賊こうきんぞくだと!? 俺をあんなのと一緒にするんじゃ、ねぇ!!


門番2:う、うわわわわ、ぎゃッ!!


ナレ:殴り倒し、城壁から投げ落とし、瞬く間に死人の山を築くと張飛ちょうひは城壁を

   突破して走り出した。


   【二拍】


   夕暮れの中、遠目にでもわかる巨漢が走り、日が落ちて辿たどり着いた先は、

   一軒の古い寺院だった。


張飛:【戸を叩く】

   おういっ! 雲長うんちょう、もう寝てしまったのか!? 雲長うんちょう!!


関羽:誰だ…なんだ、翼徳よくとくか。 今ごろどうした。


ナレ:張飛ちょうひの響き渡るような胴間声どうまごえこたえて姿を見せたのは、彼にも劣らない背丈せたけ

   と、腹の辺りまで垂れた見事な顎鬚あごひげをした大男であった。

   ここ蟠桃河ばんとうが童学草舎どうがくそうしゃという子供向けの塾を開いている、

   関羽かんうあざな雲長うんちょうである。


張飛:いや、夜分やぶんに済まないと思ったが、一刻も早く雲長うんちょうにも聞かせたい話があっ

   てな。


関羽:ふふふ、それをさかなもうと言うのではないだろうな?


張飛:馬鹿を言ってもらっては困る。

   いつもんでる酒は日常の鬱憤うっぷんを晴らす為のものだ。

   だが今宵は、その鬱憤うっぷんも一度に消えるくらいの吉報きっぽうを持ってきた。

   まぁ…酒があれば、さらに良いがな。


関羽:はははは、まぁ入れ。


   【三拍】


   …で、吉報きっぽうというのは何だ?


張飛:雲長うんちょう、いつも話の上でばかり語っていたが、我々の夢がどうやら現実のもの

   になりそうだぞ。

   前に少し話していたが…、楼桑村ろうそうそん劉備りゅうびという男と今日、

   市場で再会したのだ。


関羽:ほう、そういえば確かに聞いた事があったな。


張飛:で、だ。

   腹を割って話したところ、やはりただの農民ではなかった。

   漢王室の景帝けいていの血を引き、中山靖王ちゅうざんせいおう劉勝りゅうしょう末裔まつえいだということがわかっ

   た。しかも英雄の資質を備えている。

   さぁ雲長うんちょう、今からでもいいから、楼桑村ろうそうそんへ行こう!


関羽:やれやれ…相変わらずだな、おぬしは。

   今から楼桑村ろうそうそんへ出かけたら真夜中ではないか。

   初めての家に訪問するのに、あまりに失礼だぞ。


張飛:ぬ…それは、確かにそうだが…!


関羽:それに…、漢の景帝けいてい末裔まつえいの自称なんてのは、世間によくある話だ。

   うかつには信じられんなぁ。


張飛:なッ、雲長うんちょう、疑う気か!?


関羽:おぬしはすぐに人の話を信じすぎる。義兄弟の約束を交わした仲としては、

   兄として弟の短所をうれえずにはいられぬだけだ。


張飛:ぬうう……。


関羽:血筋ちすじはともかく、劉備りゅうびという青年が親孝行で評判だという話は聞こえてきて

   いるな。

   まぁ、今夜は酒でもんで、ゆっくり泊まっていけ。


張飛:…いや、今夜はまん…もう寝る。


   【三拍】

   【いびきをかく】


関羽:【溜息】

   …やれやれ、翼徳よくとくの奴にも困ったものだ。

   だが…そうか、劉備りゅうび、か…。


ナレ:すっかり関羽かんうに言い負かされてしょげてしまった張飛ちょうひは、

   そのまま童学草舎どうがくそうしゃへ一泊した。

   次の朝起きると、関羽かんうはすでに集まってきた子供たちに、孔子こうし孟子もうしの書

   を読んで聞かせたり、読み書きを教えていた。

   


張飛:…また来る、雲長うんちょう


   【三拍】


   ちぇっ、せっかく張りきってやってきたというのに、面白くねぇ。

   酒屋で一杯ひっかけるか…、おう親父、酒だ! 酒持ってこい!


   【間】


   【酒を小さな壺から直にがぶ飲みしている】

    …~~~っふうぅーーー…みるわ。おい親父、鶏はまだか!


兵1:あっ、あいつだ! ゆうべ城門を破って、衛兵を殺して逃げた賊は!


兵2:黄巾賊こうきんぞくめ! みな、用心してかかれ!!


ナレ:十人ほどの兵が往来おうらいをあらためながら向こうから歩いてきていたが、

   張飛ちょうひの姿を見つけるや、一斉に槍を向けて取り囲んだ。


張飛:何ィ、黄巾賊こうきんぞくだと!? ふざけるな!!

   どこをどう見たら黄巾賊こうきんぞくに見えるって言うんだ!?


兵1:じ、城門破りをするような奴が、黄巾賊こうきんぞくでなければなんだ!!


兵2:ひるむな! め、召捕めしとれッ!!


張飛:えぇいこの……分からず屋どもめッッ!!!


ナレ:もともと酒癖さけぐせの良くない張飛ちょうひであったが、この時は昨夜の出来事できごと

   あいまって、余計に機嫌が悪かった。

   張飛ちょうひは自分に向けられている手近な槍を引ったくるや否や、豆がらでも叩

   くように兵たちを叩きだした。


張飛:そらッ! そらそらそらァッ!!!


兵1:ぎゃっ!


兵2:ぐわあぁ!!


ナレ:兵達は必死になったが、当然敵とうぜんかなうはずもない。

   次々と叩きのめされ、あるいは拳で殴り殺されていった。

   やがて静かになり、民達が恐る恐る往来おうらいへ出てみると、そこには見るも

   無惨な兵達の亡骸なきがらがあった。

   そして張飛ちょうひはと言うと、酒屋の親父に何事か頼んでいた。


張飛:おい親父。ここから程近ほどちかい所に童学草舎どうがくそうしゃという寺院がある。

   そこの雲長うんちょうという男への、言伝ことづてを頼まれてくれ。

   お主がたとえ信じなくても俺は起ち上がる、とな。


   【三拍】


   劉備りゅうび殿! 俺は今からおぬしの所にせ参じ、この命を預ける!

   この乱れきった世の中を正す為に、この国を、民達を救ってくれい!!


ナレ:張飛ちょうひは拳を天に突き上げて叫ぶと、楼桑村ろうそうそんへ向けて歩みだした。

   かたや酒屋の親父は童学窓舎どうがくそうしゃへ駆け込むと、関羽かんうに事の次第と張飛ちょうひからの

   伝言を、息を乱しながら告げていた。


関羽:なに、翼徳よくとくが…!? また悪い癖が出たか…。

   だが、これは天の声なのかもしれぬ。

   親父、わざわざ済まなかったな、これが代金だ。


   【三拍】


   皆、聞いてくれ。

   わけあって、本日限りでこの童学草舎どうがくそうしゃを閉める事になった。

   まだまだ皆に教えたい事があったが…、

   今まで教えた事がいつか役に立つ事を祈っている。


ナレ:関羽かんうは何事か決意すると子供らには閉校を、召使たちには暇を言い渡し、

   武装した。

   黒鹿毛くろかげまたがると一鞭ひとむちくれて、彼もまた劉備りゅうびの元へと駆け出した。

   一方、蟠桃河ばんとうがでそんな事があったとは露知つゆしらず、楼桑村ろうそうそん劉備りゅうびの家からは

   むしろを織る音がのどかに響いていた。

   

張飛:さて、と……おお、あったあった、このくわの木の下の家だな。

   劉備りゅうび殿はおられるか?


劉備:やあ、張飛ちょうひ殿。

   今日はどうなされたのです? まぁ見ての通りのあばら家ですが、どうぞ。


張飛:おう、では失礼する。


劉備:実は昨日、貴方あなたに会った事や剣の事を母に話したところとても喜んで、

   ゆうべは夜もすがら語り明かしたくらいです。


張飛:そうであったか。

   おお、こちらが劉備りゅうび殿の母君ははぎみか?


劉備:母上、この方です。

   昨日再会した、張飛ちょうひ殿という豪傑ごうけつは。


劉夫人:劉備りゅうびからお話はうかがいました。

    失礼ながら、お見受け致すに頼もしい偉丈夫いじょうぶ

    どうか、我が子と共にこれからも叱咤鞭撻しったべんたつしあい、大事だいじを成し遂げ

    て下さい。


張飛:は、はっ…!


ナレ:張飛ちょうひ劉備りゅうびの母から気高い威圧を受け、自然と頭を下げずにはいられなか

   った。単に年長者であるというだけでなく、彼女におのずから備わってい

   る、名門の気品というものを感じたからであった。


張飛:ご安心くだされ。きっと男児の本懐ほんかいを貫いて見せます。

   ですが、その事で実は一つ遺憾いかんな事が起こり、それで相談に来たわけです

   。


劉夫人:では男同士、ゆるりとお話ししなさい、玄徳げんとく


劉備:はい、母上。

   張飛ちょうひ殿、こちらへどうぞ。


張飛:おう。


ナレ:張飛ちょうひは席に着くとすぐに、義兄弟の関羽かんうの事を話し出した。

   昨日彼に会って劉備りゅうびの事を話したが、景帝けいてい末裔まつえいなどというものは怪しむ

   べきで、めったに信用すべきでないとたしなめられた経緯いきさつ

   半ば口惜くちおしそうに語った。


張飛:そういうわけだから、ぜひとも劉備りゅうび殿に一度、関羽かんうに会って欲しいのだ。

   一目見れば彼も信用するだろうから。


劉備:さあ…、信じない者へ無理に押し付けるのはいかがなものかと…。


劉夫人:玄徳げんとく、行っておいでなさい。


張飛:やあ、母君ははぎみのお許しが出たのなら、劉備りゅうび殿、何も迷われることは無い。


劉夫人:天の時というものは、決して外してはならないものです。

    一度逃すと、次はいつ巡ってくるか分からない。

    些細ささいな気持ちにとらわれず、お誘いに任せて行っておいでなさい。


劉備:なるほど…わかりました。

   張飛ちょうひ殿、では参ろう。


張飛:うむ! …ん? あれは…早いな、もう来たか。


劉備:えっ、何がです? あの兵たちがどうかしたのですか?


張飛:うむ、実はちょっと城門の兵を殺してしまってなァ…、

   それでそれがしを捕らえに来たのだろう。

   劉備りゅうび殿、少し離れて見ていて下され。


   【二拍】


   …この俺を捕らえようとして来たか! 邪魔すると、蹴殺けころすぞ!!


劉備:お、お待ちを張飛ちょうひ殿!

   これ以上城兵を殺戮すると、この土地にはいられなくなりますぞ!


兵1:見つけたぞ! 黄巾賊こうきんぞくめ、神妙しんみょうにしろ!


兵2:こいつめ、城門を破っておいて…!!


兵長:観念しろ! もう逃げられんぞ!!


関羽:おおーーーーうぃッ!


ナレ:その時、彼方かなたから馬を飛ばしてくる者があった。


関羽:おおーーーーーういッ、待てッ、待てぇッ!!


ナレ:振り向いて見れば、腹まである豊かなひげをなびかせて武装した男が、

   全員の目の前まで来ると、たくましい黒鹿毛くろかげの背から飛び降りた。

   すなわち、関羽雲長かんううんちょうである。


関羽:待たれよ、諸公!!


兵長:何だ貴様は! 邪魔すると貴様も同罪とみなすぞ!!


関羽:諸公らは城門を守備する領主の兵と見受けるが、たかがこんな少人数で

   この男を召し捕ろうというのか?


兵長:そ、それがどうしたというのだ!?


関羽:まず、五百か千は人数を揃えて、半分以上のしかばねの山を築く覚悟がなけれ

   ば捕らえる事はできぬぞ。

   この男は張飛翼徳ちょうひよくよくと言い、かつて幽州ゆうしゅう鴻家こうけつかえていた頃、

   黄巾賊こうきんぞくの大軍へ単騎突撃して八百八もの敵を討ち取り、八百八屍将軍はっぴゃくはっししょうぐん

   と渾名あだなされた男だぞ。


兵長:そ、そんな奴がどうしてここに…!?


関羽:それをこんな貧弱な備えで捕らえようなど、おりに入って虎と素手で組みあう

   ようなものだ。

   ここはひとまず、私に任せて引き上げられよ!


兵長:なんだと…! 貴様、もしやこやつの仲間か!?


関羽:やはりそう疑うだろうな。

   だが、私は仮にも童学草舎どうがくそうしゃを営み、孔子こうし孟子もうしの道を子供らに説い

   ている関羽かんうあざな雲長うんちょうというものである。


兵1:おい、童学草舎どうがくそうしゃって言やぁ、蟠桃河ばんとうがほとりにある…。


兵2:ああ、うちの息子も通っている。たいそう人望がある人が教えているとは

   聞いてたが、そうか、あの男が…。


兵長:童学草舎どうがくそうしゃの事は聞いている。

   そこで孔子こうし孟子もうしの道を説いている村夫子そんぷうしがいる事もな。

   貴様がその関羽かんうか。


関羽:そして何を隠そう、この張飛ちょうひは自分の義弟でもある。

   関門を破って城兵を殺したと聞いて、これ以上の犠牲を出さぬよう、

   義兄あにたる我が手に召し捕ってくれんものと、武装して駆け付けたのだ

   。

   張飛ちょうひ! …この、不届き者めッ!!【鞭を振る】


張飛:ぐッ! 

   【声を落として】(雲長うんちょう、どういうつもりだ…!)


関羽:【声を落として】(私に任せろ…!)

   ばくにつけッ!


   【三拍】


   …見たか諸公。

   張飛ちょうひは後で私が城へ直接参って引き渡すゆえ、諸公は先に引き上げら

   れよ!

   もし不服とあれば、是非ぜひもない、縄を解いてこの猛虎を諸公の中へ

   放つのみだ。


兵長:むむむ…分かった、信じよう。

   みな、引き上げるぞ!


ナレ:城兵たちはそれと聞くと、物も言わず逃げ足早く退却してしまった。 

   辺りに人影が見えなくなると、関羽かんうはすぐに張飛ちょうひの縄を解いた。


関羽:よく信じて神妙しんみょうにしてくれていた。

   これ以上、事を荒立あらだてない為の策とはいえ、おぬしを手にかけた罪は許して

   くれ。


張飛:いや、また無益の殺生せっしょうを重ねるところだった。おかげで助かったよ。

   だが雲長うんちょう、その身なりはどうしたことだ?


関羽:おぬしが君主にふさわしい人物を見つけたというから、こうして駆け付

   けたのではないか。


張飛:いや、昨夜のことは大体、おぬしが不賛成だっただろう。


関羽:おぬしの声は大きすぎる。

   景帝けいていの血筋といえば、今の皇帝にとっては容易ならざる血筋。

   だから昨夜は適当にあしらったのだ。


張飛:うぐ…あの時はつい興奮していて…気がつかなかった。


関羽:それに…、おぬしが城門の兵を殺戮した以上、いずれは私の元へも

   やかましく出頭しゅっとうを命じてくるにきまっている。


張飛:なるほど…いや、すまん。


関羽:ひとごとのように聞くな。

   …だが、これは良い機会だ。童学草舎どうがくそうしゃは閉めたし、

   召使いたちも暇を出した。

   そして身一つになったところで、おぬしの後を追ってきたのだ。

   さあ、劉備りゅうび殿へ挨拶あいさつに行こう。


張飛:いや、実は最前からそこにおられる。


関羽:! おお…、貴殿が劉備りゅうび殿ですか。お初にお目にかかります。

   私は河東解良県かとうかいりょうけんの生まれで、関羽かんうあざな雲長うんちょうと申し、四、五年前より

   蟠桃河ばんとうがに住み、村夫子そんぷうしとしてむなしく日々を送っていた者です。

   はからずも今日お目に掛かれて、こんなに喜ばしい事はありません。


劉備:これはご丁寧に…、ともあれ、ここで立ち話もなんですから、

   すぐそこの我があばら家までお越しください。


関羽:おお、お供します。


ナレ:劉備りゅうびは二人をともなって家に戻ると、母に引き合わせた。

   劉備りゅうびの母は限りなく喜び、その夜は劉家りゅうけの古い歴史を、

   覚えている限り三人に語った。

   その中には劉備りゅうびの知らない話もあった。関羽かんう張飛ちょうひ神妙しんみょうに聞き入り

   ながら、胸のうちではいよいよ確信を深めていった。


関羽:(これは…いよいよ漢の景帝の末裔まつえいに違いない…!

   それにこの御母公ごぼこうの凛とした威厳…血は争えぬと言う事か…!)


張飛:(いよいよ、我らの志を天下にのべる時が来たのだ…!)


劉夫人:玄徳げんとく、明日は母が一世一代いっせいいちだいのご馳走ちそうを用意しますから、

    お二人を部屋に案内して休んでいただきなさい。

    村の桃園とうえんは今が花盛り、そこで酒をみ交わし、将来についての

    相談をすると良いでしょう。

    …良いですか。男は立ちあがるべき時に立ち上がらなければなりま

    せん。

    母の事は心配せず、己の信じる道を進むのですよ。


関羽:(おそらく、常に厳しき愛情で劉備りゅうび殿に接してこられたのだろう…、

   言葉にも、動きにもそれがありありと出ている…。)


劉備:は、はい…ありがとうございます、母上。


関羽:(劉備りゅうび殿も素晴らしいが…御母公ごぼこうも素晴らしい…こうまで落ちぶれても

   未だ帝王の血筋の誇りを忘れず、劉備りゅうび殿をここまで立派に育てられる

   とは…謹んで敬意を捧げます。)


ナレ:あくる日、劉備が起きだしてみると、すでに母の姿はなかった。

   厨房ちゅうぼうかまどには生まれて初めて見るほど景気良くまきがくべられ、

   桃園とうえんへ出てみると、すでに関羽かんう張飛ちょうひは園内の中央に祭壇を設けていた。


関羽:おお劉備りゅうび殿、お目覚めですか。

   これこの通り、立派な祭壇が出来上がりました。


張飛:しかし…その…酒は、あるだろうか?


関羽:おい翼徳よくとく…。


劉備:ははは、大丈夫ですよ。

   今日は一生一度の祝いという事で、母上が何とかしてくれるそうです。


関羽:まったく、酒好きなもので…。


張飛:! おい雲長うんちょう劉備りゅうび殿、見ろよ、俺でも持てるかわからん大きさのかめ

   入った酒! あの料理、珍味の山を! 大饗宴だいきょうえんだな!


関羽:子供のようにはしゃぐな、翼徳よくとく


劉夫人:玄徳げんとく、お二方。 もう準備はよろしいのですか?


関羽:おお御母公ごぼこう。この通り、いつにてもよろしゅうござる。

   しかし、本当に素晴らしい宴席でございますな。


劉夫人:では男同士で、将来の相談かたがた、夜の明けるまでみ明かしなさ

    い。


劉備:はい、母上。

   では…。


ナレ:三人だけになると、誰からともなく目配めくばせしあい、祭壇の前に座った。

   そして天地の神々に大望成就たいぼうじょうじゅ祈念きねんしかけたところで、関羽かんうが思いつい

   たように二人へ声をかけた。


関羽:ご両所りょうしょ、しばらく待ちたまえ。


劉備:どうされました、関羽かんう殿。


関羽:…自分は今、ふとこんな考えを抱いたのです。

   すべての物事には中心を必要とする。

   事の途中で仲間割れなどというものはよく聞く話です。

   そんな結末を招いてはならない。


劉備:確かに…。


関羽:それゆえ、本日ただいまここで、劉備りゅうび殿を我らの主君としてあおぎたいの

   だが…どうだろうか、翼徳よくとく


張飛:おお、その事はそれがしも考えていた。

   雲長うんちょうの言う通り、今ここで神に誓った方が良い。


劉備:ま、待ってください。

   確かに私は漢の景帝けいていの血をひいてはいます。

   しかし、まだ何一つ成し遂げてはいません。

   なので、君臣くんしんの誓いは改めて結ぶとして、今は義兄弟の誓いを結ぶ、

   というのはいかがでしょう?


関羽:ふむう、なるほど…私は承知した。

   義兄弟と言っても我らが劉備りゅうび殿を主君と決めている気持ちは変わるも

   のではない。

   それゆえ、劉備りゅうび殿を長兄とする。翼徳よくとく、おぬしは?


張飛:劉備りゅうび殿の、いや、兄貴の頼みだ。

   よし、今は義兄弟の誓いでいこう!


劉備:ありがとうございます。では…!


   【三拍】


   天地の神々よ! 我ら三名、この桃園とうえんにて誓う!!


関羽:たとえ生まれた日は違えども!!


張飛:死す時は、同年同月同日どうねんどうがつどうじつを願わん!!!


劉備:これよりは三人一体、力を合わせてかみは国家につくし、しもは天下万民の苦し

   みを救うをもって、我らの生涯しょうがいと致しましょう!


関羽:おう! ながく、変わるまいぞ!!


張飛:おう、変わらぬ!! ああ、こんな良き日は無い!

   もう、大いにもう!!

   さあ、劉備りゅうび兄貴もどんどんんでくれ!


ナレ:ここに劉備りゅうび関羽かんう張飛ちょうひの三人の義兄弟の誓いは結ばれ、各々の最期の時を

   除き、生涯しょうがいにわたって破られることはなかった。

   世に言う、桃園とうえんの誓いである。

   同時に、世の情勢はいよいよ混迷を極めていた。

   黄巾賊こうきんぞくの勢いはとどまる所を知らず、このままでは中国全土が黄色い旗で埋

   め尽くされんばかりであった。

   その中で乱れた世を正さんと、三人の義兄弟がいよいよ起ち上がったのであ

   る。



END


はいはいはいおはこんばんちわー、作者であります。

・・・うん、ついに始まりのお話書いたよね。(;^ω^)

まぁ、全部おいしそうな名前の人が悪い(わりと冤罪←

好きで書いてるから良いんですけどねェ( ・∀・)ノ

例によって、間違いなく初心者向けの台本ではないですね、ええ(;´Д`)


もしツイキャスやスカイプ、ディスコードで上演の際は良ければ声をかけていた

だければ聞きに参ります。録画はぜひ残していただければ幸いです。

ではでは!

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