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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

異世界恋愛

黒獅子につけられた傷は疼く

作者: なななん

 



 どすりと左腹にくらった太刀筋は見えていた。受けた剣を弾かれての攻撃になすすべもなく落馬する。


 背中に受けた衝撃、かはっと飛び散った吐血と共に一つに縛っていた紐が切れて赤毛の髪が宙に浮いて落ちた。

 受け身をとれたかなんて意識できなかった。すぐには身を起こせない。


 それでもカミラは肘を支えに上半身を起こそうとする。が、目の前に全身黒の鎧で固めた騎士の足が容赦なく迫った。


「ぐぅっ」


 右肩を蹴られ、さらに足で地面に縫い付けられ起き上がれない。

 身体の動きを止められると同時に、わき腹から流れ出る血潮が熱さを伴う痛みを波のように寄越してくる。


「ころ、せッ」


挿絵(By みてみん)


 目の前に立つ短い銀髪の男は、敵国ルーベンス、〝黒獅子〟の異名を持つ将ランベルト・オーフェン。

 容姿とは裏腹に返り血に濡れて鈍く光る漆黒の鎧がそう呼ばせていたのかと気づくが、今のカミラにとってはどうでもいい事だ。浅い息の中、薄氷のような色の眼差しを睨みつける。


 相手にとって不足なしと死闘を望みに行ったがこのざま、動けぬまま打ち捨てられるよりは首をはねられた方がマシだ。


 しかし眼光鋭い男は無表情のまましばしこちらを見下ろしていると、やがてなにも言わずにカミラの身体を持ち上げ肩に担ぎ上げた。


「ぐうぅッ! やめ、ろ、殺、せッ 聞こえないのかっ!」


 わき腹の刺し傷に肩当てがあたり、耐え難い痛みが走る。瀕死の敗戦士を捕虜にしてもどうしようもないだろう、と言いたいが頭が下にあるのも相まって意識が朦朧としてくる。


 この男は、何を、考えているのだ、という思いの中、荷物のように馬に乗せられた時点で記憶は飛んだ。


 もし目が覚めることがあったら、舌を噛んで死のう。


 剣士とはいえ女が捕らえられた後にまっているのは凌辱。

 齢二十は過ぎれど床を共にする者など居ないカミラには耐えられない。


 薄れる意識の中、そう心に誓った。




 ****




「……っ」

 

 ぎりっと歯を食いしばった音と共にはっと目が醒めると、抜けるような青空を背景に新芽の葉陰が穏やかに揺れていた。


 飛び起きる事をしなかったのは、自分の腹にゆるく巻きついている太い腕があるからだ。


 起こさないように細く息を吐き、カミラは全身の力を抜いた。


「また夢を見たのか」


 長めのシートから膝下がはみ出てしまうほどの体躯とはうらはらに、落ち着いた静かな声が頭上から降ってきた。


「ごめん、起こした」


 カミラはすまなそうに身じろぎし見上げると、鋭い薄氷色の眼はいや、とだけ言って服の上からカミラの左腹の古傷をさすってくれる。


 今日は天気がいいからお昼を外で食べようとカミラがランベルトを誘ったのだった。バスケットから溢れるぐらいに作ったサンドイッチを食べたら眠くなってしまい、少しならいいだろうと二人で横になったのだ。


 顔を横にむければ遠くに青い山肌が見える山脈があり、なだらかに下がっていく緑の丘の先に赤い屋根の屋敷が小さくみえる。


 ここが砂塵の中ではないことを確認して、やっとカミラは背中をランベルトに預けた。本人には気づかれないよう、太い腕を見ながら苦く笑う。


 やられた傷を、まさか本人に慰めてもらう事になるとは。当時の自分では考えられないだろう。


「この時期はいかんな」


 包むように抱きしめられながら、柔らかく腹をさすられる。武骨な手なのに繊細に動くから不思議だ。普段の大胆な太刀筋からは想像もつかない。


「よっぽど悔しかったんだよ、貴方に負けた事が」


 そのあたたかな温もりに自分の手も重ねてながら、カミラはすねるように言った。


 ルーベンス国の捕虜となったカミラはなぜか檻に入れられる事もなく、戦地からランベルトの屋敷に運ばれて療養させられた。


 三日三晩の高熱から目覚めた後、粛々と自分の世話をする侍女たちに警戒心まるだしで一言も喋らなかったカミラ。


 しかしベッドからかろうじて動けるぐらいになると、王都から離れた郊外にある、ここ、ハンス領に移された。

 穏やかな風が頬をかすめる中、屋敷の玄関ホールに迎えに出た人々に頭を下げられた時に、カミラはやっと自分が捕虜ではないのではと思いはじめる。


 あまりにも自分への扱いが丁寧すぎた。幽閉するでもなく、手枷足枷をするでもなく、広大な敷地内であれば外にも出られるのだ。もちろん監視の為の侍女はついていたが、それでも、だ。


 カミラは自分の疑問を解決すべく、少しずつ世話をする者と話すようになった。屋敷を預かっている家令のヨハンに自分はどういう扱いなのかと聞けば、旦那様のご意向でご客人として丁寧に接するように、と言われていると応えてくれた。


 カミラに傷を負わせた本人であるランベルトがそう言ったと。


 カミラが目を覚ましてから、ランベルトとは全く顔を合わしていなかった。

 戦地にいることは想像できたが、カミラには戦況がどうなっているのか情報が分かるものがなかった。

 おそらく伝えないよう通達されていたのであろう。嘘のように穏やかに流れる日常の中で、カミラは自国であるチェスター王国が負けるであろうと冷静に分析していた。


 そもそも正規軍では数が足りず、カミラのような正規ではない寄せ集めの軍隊が主隊の三分の二を占めていた。


 金の為には命を張るが、戦況が不利になると見極めたらすぐに引いてしまう士気の隊。

 それでもカミラは分隊長補佐として指揮を取ってなんとか踏ん張っていたのだが。


 最後には周りに誰も居なかった。

 もはやここまで、として黒獅子ランベルトに挑んだのだ。


 左翼を担っていたカミラ隊が崩れれば、後はなし崩しに中央の正規軍に手が届く。


 ほどなくして、自国の敗戦の報を家令から伝え聞いた時には少しだけ肩の荷が降りた。

 もう戦わなくてよい、というのは殺戮を好む癖はないカミラにとって朗報であった。


 負傷兵とはいえ敗戦国の者がいつまでもここにいてはいけないだろう、と屋敷を出る準備をしていたところに領主であるランベルトが突然屋敷に戻ってきた。


 階下が騒がしくなり、何事かとカミラが部屋を出て二階の階段から顔を出すと、玄関ホールに周りから頭二つ抜きん出た体躯が見えたのだ。カミラは思わず首を引っ込める。


 計画ではランベルトがこちらに戻って来る前に屋敷の人々に礼をいって出て行く予定だった。


 ランベルトに養生させてくれた礼は置き手紙をしようとは思っていたが、顔を合わせるつもりはなかった。なにせ自分を負かした男だ。戦場で目の前に立った時の威圧、殺気、思い出すだけでじくりと痛む左腹。


 思わず庇うように右手を当てると、ふいに固くざらついた大きな手が重なってきた。


「まだ痛むのか」


 低い声と共に香るはずのない砂の匂いが鼻孔をかすめ、カミラはびくりと身体を揺らす。

 そんな自分の肩をランベルトはなだめるように叩くと、俯いたカミラにとんでもないことを告げたのである。


 〝戦勝の褒美としてそなたを貰い受けた。ここに居ていい〟


 思わずがばりと顔を上げた時に間近でみたのは、顔を赤らめもせず淡々とこちらを見ているランベルトだった。


 あの時は言われたことが信じられず、ただただ見つめあっていたのだったな、とカミラはこみ上げる笑いを抑えられなかった。


「何を笑っている」


 静かな声は感情をあまりみせない。それでも長く側にいるといぶかしんでいるのだと分かる。あの戦から八年も一緒にいれば。


「ここに居ていいと言われた時の貴方を思い出したんだ。気が触れたかと」

「あの時の事か。お前の顔も面白かった。これでもかと口を開けてな」

「だって一介の女戦士を褒美に貰い受けるだなんて聞いたこともない。お姫さまならまだしもさ?」

「お前が良かったんだ」

「とてもそうは思えない顔だったよ。傷物にしたからって別に情けをかけなくてもいいのに」


 カミラは笑いながら少しだけ目を逸らして横を向く。


 女とはいえ寄せ集めとはいえ、国を背負った剣士だ。戦地で死ぬ覚悟なくして剣は取らない。あのまま放置されても自分も含めて誰も文句は言わないだろう。


 そんな想いにふけっていると、腹をさすっていた手が離れて頬にふれた。


 あ、と思った時には顎を上に向かされ、唇が重なる。

 柔らかく口元を開かされて喜ぶ自分がいるだなんて、昔なら想像もつかなかった。

 自分を傷つけた男が、最愛の夫になるとは。


「一目で惚れたと言わなかったか」

「戦いの最中に? あり得ない」

「終わった後、お前が倒れた後に」


 恐ろしい眼力でこちらを見下ろしていた薄氷色の目を、今でも直ぐに思い出せる。この側にある凪いだ瞳とは大違いだ。


 信じられないといった顔が表に出たのだろう。仕方ない、とカミラと共に身体を起こしたランベルトは寝乱れたカミラの赤毛を掻き上げて整えてくれた。


「戦いの最中のお前の瞳は赤紫に燃える。普段は(すみれ)に近い色なのだがな」


 そういって、片頬を包まれて覗きこまれた。


「殺せと言いながらも燃えていた。傷を癒している最中も、この屋敷に移ってからもと聞いている。貰い受けるといってからようやく菫に戻った」


 安心できるまで臨戦のままでいた、そんな所がいい、と囁く。


「……好戦的な女が好みだなんて、趣味悪いって言われるよ」

「同僚の評は〝お前らしい〟だ。気にするな。お前と出会わなければ妻は娶らないつもりだったから家族も喜んでいるしな」


 そう言って口元が緩んだランベルトは強面なのに色気をまとうので始末がわるい。

 カミラを殺そうとしてカミラを救った男に、自分はいつ心を許したのだろう。


 こうやって見つめられるたびに、熱い視線に耐えられなくて目を伏せるたびに、か。


「カミラ」


 気恥ずかしくいつまでも慣れない時に限って、ランベルトは必ずと言っていいほど名前を呼ぶ。分かってやっているのか無自覚なのか、どちらにしても最後は根負けしてそっと見上げると薄氷色の目が細まった。


「知ってるか、カミラ」

「なに」

「……いや、やはりいい」


 珍しく言いよどんだランベルトに驚いたように目を見開いたカミラの瞳は赤紫に煌めいている。

 カミラの瞳は感情が高ぶると色を変えるのだ。戦闘以外では、ランベルトの前でしか色を変えない。

 その美しい移り変わりがみたくて必要以上にカミラに構ってしまうのを、ランベルトは教えたいような教えたくないような、なんとも言えない気持ちになるのだ。


「お前を娶ってからは、連戦連敗だ」

「なに言ってる、この間も負かしたくせに」


 身体がなまるといって、カミラは今も時おり訓練用の木刀を握る。女ならではの俊敏に駆り出される剣技はまるで舞を踊っているようで、つい、長く付き合ってしまう。

 息が上がってきたカミラの剣を跳ね飛ばして仕舞いにするのが常だった。


「そちらの戦ではないのだがな」

「結局、最初に負けてからケチがついて回っているのさ。残念なことにね」

「後悔はさせない」

「してないよ」


 故国に帰る場所があったとしても、カミラはもうランベルトの側を離れることはない。

 打てば響くような返しに満足したのだろう。ランベルトはカミラの頭をくしゃくしゃと撫でた。









 fin



本作はアンリさま主催

『私の神シチュ&萌え恋企画』参加作品です。


私の神シチュ&萌え恋は

ヒーローとヒロインの対決からの発展する恋。


ただただ好きなものを詰め込んで書くのはとても楽しいものでした。


この企画にはこの他にもたくさんの素敵なシチュ恋があります。

よかったら他の作家さんの作品も覗いてみてください。


キーワードは

私の神シチュ萌え恋


読んでくださってありがとうございました。


2020.6.21 なななん




雨音AKIRAさまより、素敵なFAを頂きました!


挿絵(By みてみん)



っっ素敵です!! とても嬉しかったです……!

ありがとうございました!!


2021.2.13 なななん



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― 新着の感想 ―
[良い点] 敵を嫁にするなんてなかなか出来ないことです。 ランベルトさんの一目惚れのタイミングが可愛いです。そんな時に一目惚れしちゃう?! 甘い話をありがとうございます。
2021/07/18 11:01 退会済み
管理
[良い点] ぐっはあ!控えめに言って最高でした! くっころ!大好きです。 感情が高ぶると色を変える瞳の設定も大好き(*´▽`*) ごちそうさまでした♡
[良い点] 企画より拝読しました。 これは良いくっ殺!(違 戦場で女に惚れてしまうってことは、意外にあるように思えます。何せ命のやり取りをしているワケですから、それってある意味最高クラスのコミュニケ…
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