第七話 オフィーリアの本音を聞き出す
セラに案内された談話室で、リアが待っていた。
オフィーリア=ランドール。
王太子殿下の長女で、俺やセラの幼馴染。
彼女の本音を聞き出すことが、今日の一番の目的になる。
リアは円形のテーブル席に座り、優雅に紅茶を飲んでいる。
周りにはメイドさんが一人だけだ。
彼女はリアの専属メイドではなく、貴族学園に雇用されている使用人だ。
貴族学園の寮には、自分の使用人を同伴できない。
たとえ王女であっても、自分の身の回りのことは自分でする必要がある。
「連れてきたよー」
「ありがとう。セラ」
セラと話すリアは、以前と変わらない雰囲気だ。
俺とリアは視線を合わせる。
「久しぶりね、アレク。とりあえず二人とも座って」
「そうさせてもらう」
リアに促され、俺とセラは着席する。
メイドさんは俺達の紅茶を用意すると、部屋の隅に下がる。
退室まではしないようだ。
紅茶を一口飲み、一呼吸置いて会話を始める。
「遮音壁を張って良いか?」
「そうね。お願いするわ」
リアの返事を聞いてから、三人を囲うように遮音壁を展開する。
それを見て、リアは小さく笑い声をこぼす。
「三人で内緒話をするのは初めてかしら?」
「内緒話なんてしないからねー」
二人が楽しそうに会話をする。
「遮音壁が必要な話は縁がなかったからな」
「迷惑をかけてしまったわね」
「構わないよ」
リアに微笑みかける。彼女も笑っているので、深刻な状況ではないのだろう。
リアは俺達を見て話し始める。
「何から話したら良いかしら?」
「ベンジャミンとの婚約を断っていない理由よ。まさか、あいつと結婚するつもりじゃないでしょうね?」
「さすがにありえないわ。アレはごめんよ」
リアは冷静にベンジャミンとの婚約を否定する。
王太子殿下からの依頼はとりあえず完了だ。
セラを見ると、ホッとした表情をしている。
「心配かけたわね」
「本当だよ」
セラが机に突っ伏す。
その様子を見て、リアがクスクスと笑う。
「断らない理由は何かあるのか?」
「無理強いされているの?」
俺が理由を尋ねると、セラも体を起こして質問する。
リアは少しだけ困った表情を浮かべる。
「無理強いというほどではないけど……そうね、少し説明が必要ね」
リアは少し考えを纏めるような仕草をし、話を続ける。
「状況を説明するには、カミラ様、お母様、ウェルズ侯爵の姿勢の違いを話す必要があるわ」
俺とセラは頷きを返す。
「カミラ様についてはアレクの方が知っているわね。カミラ様は自分の孫であるアレク、もしくはベンジャミンを王位に就けたがっているわ」
「子供の頃から言われ続けたから、よく知っている」
リアは俺のうんざりした声に、笑い声をこぼす。
「そうね。カミラ様はアレクと私を婚約させて、アレクを王位に就けようとしていた。でも、アレクがその気にならないから、ベンジャミンをアレクの代わりに王位に就けようとしている。私との婚約もそのため」
改めて聞いても無理がある。
「無謀な計画だな」
「アレクならともかく、ベンジャミンが王位に就けるわけないもんね」
「私もそう思うわ」
ベンジャミンではどう頑張っても王位には就けない。
オーウェン殿下に対抗出来るわけがないのだ。
俺達三人の共通認識でもある。
「カミラ様はそのために、兄のウェルズ侯爵に後援を頼っているわ」
「それは父上から聞いている。でも、ウェルズ侯爵は本気でベンジャミンが王位に就けると思っているのか?」
「そこがカミラ様とウェルズ侯爵の違いね」
リアは紅茶を一口飲み、喉を潤す。
そして、俺達に視線を向け改めて話し始める。
「ウェルズ侯爵が、派閥の影響力の低下を気にしているのは知っている?」
「一応聞いたことはある」
「私もお父様から聞いたことがあるよ」
ランドール王国の派閥は、主流派、非主流派、中間派の三つに分かれている……と言われている。
明確な区分けがあるわけではない。貴族社会で一般的にそう言われているのだ。
それぞれの中心貴族が、三侯爵家となる。
主流派と呼ばれるのは、マンチェス侯爵に近い貴族達だ。
マンチェス侯爵家は、陛下の正室と王太子殿下の正室の実家でもある。
国の要職の多くを担っているので主流派だ。
当然影響力も強い。
セラの家のサザーランド伯爵家も、主流派と言われている。
非主流派はその逆だ。
ウェルズ侯爵に近い貴族達のことでもある。
ウェルズ侯爵家は陛下や王太子殿下との婚姻を結んでいるが、どちらも第二夫人だ。
オーウェン殿下が次期王太子となれば、三代続けて正室の座を逃す。
オーウェン殿下の正室は、セラの姉のクリスティーナ様だからだ。
中間派は王家や国政からほどよく距離を置きつつ、影響力を保っている貴族達だ。
バミンガム侯爵家がその筆頭で、父上もこの枠らしい。
らしいというのは周りがそう言っているだけで、本人は気にしていないからだ。
そういうわけで、ウェルズ侯爵家は国政への影響力回復に努めている。
「ウェルズ侯爵も本命はアレクと私の婚姻。王位に就くのはアレクでも構わないけど、基本は私を王にしたいみたいよ。アレクが私の婿になる形なら、仮に王位に就けなくても公爵として影響力を保てるから」
なるほど。俺を婿にして公爵位という保険をかけるわけか。
逆だと一代男爵だからな。
「兄上の場合も同じか?」
「基本は同じ。王位に就けるとは思っていないみたいだけど」
さすがにベンジャミンが相手で、王位を狙えるとは思っていないか。
ベンジャミンを婿にして影響力を保てるかも、相当怪しいけど。
「ミュラ様は侯爵の考えとは違うの?」
セラがミュラ様の姿勢について尋ねる。
リアは微笑を浮かべて質問に答える。
「お母様は、私の好きにすれば良いと言ってくれているわ。勿論、私に王位を目指してほしい気持ちもあるみたいだけどね」
ミュラ様はリアの気持ちを優先してくれているようだ。
王太子殿下に聞いていたとおりの内容でもある。
「政治的な視点も少し違うわ。ベンジャミンを婿にするより、アレクに嫁いで男爵の妻になった方が、余程影響力を保てると考えているみたい。私もそう思うわ」
「そうね。私も同意」
リアとセラのベンジャミンへの評価はかなり低い。
話を聞く限り、ミュラ様も同じだろう。
「ウェルズ侯爵とミュラ様の姿勢は分かった。そうすると拒否の姿勢を見せなかったのは、ウェルズ侯爵に気を使ったのか?」
「それもあるけど……アレクに迷惑を掛けたくなかったから」
リアは微笑を浮かべ俺を見る。
思いがけない理由に一瞬思考が止まる。
「……俺?」
リアが頷く。
「アレクが王位継承争いに関わりたくないのは知っていたからね。ベンジャミンとの話を断れば、矛先がまたアレクに移ると思ったの」
そんなことを考えていたとは……
セラも呆気にとられている。
「貴族学園に入学しなければ、アレクが王位につく可能性も、公爵の婿になる可能性も消えるわ。その後で、ゆっくり侯爵を説得するつもりだったのだけれど……結果的に無駄になったわね」
「……もしかして迷惑だったか?」
「私のために入学してくれたのでしょう? 迷惑だなんて思わないわ」
リアはそう言って俺に笑いかける。
「王位を目指す気は私もないけど……婿になってくれるなら私も嬉しいわ」
「!? ――婿は却下よ!」
呆気にとられていたセラが、慌ててリアに言う。
「あら、セラが結婚出来なくなるから?」
「そうよ。私がアレクと結婚するのは決定事項なの」
「それなら男爵夫人かしらね。二人とも妻になれるし」
「それなら妥協するわ」
二人の間で会話が進む。
いつものことなので気にしない。
二人を妻にするのか……まあ良いか。
「アレクもそれで良いよね?」
「男爵が王女と伯爵令嬢を妻にするのか……周囲の説得が大変だな」
セラの問いかけに、遠まわしに肯定を示す。
セラの顔が満面の笑みに変わる。
「三人共両親は賛成してくれるだろうし、問題ないわね」
リアも笑みを浮かべる。
その後、少し考える仕草をする。
「王位継承争いには巻き込まれるだろうけど……逃げ続けるしかないわね」
リアの言う通り、王位継承争いには巻き込まれるだろう。
面倒ではあるが、俺が拒否し続ければ王になることはない。
オーウェン殿下もそう言っていた。
将来は冒険者兼男爵だ。