第六話 入学したら令嬢にモテモテ
父上から大量の手紙を渡された翌日、俺は貴族学園の寮に入寮した。
貴族学園は王都にあるので、馬車で一時間も掛からない。
公爵邸で昼食を取った後、のんびりと家を出発した。
地方の領地貴族は、数日掛けて移動する必要があるので大変だろう。
入寮日は顔見知りの男子と軽く挨拶をした程度で部屋に戻った。
部屋は一人部屋なので気兼ねなく過ごせる。
翌日の入学式に備え、縁談の申し込みがあった令嬢の家と名前を頑張って覚えた。
名前を聞いた記憶のない令嬢も多く、顔と名前が一致する令嬢は一人だけだ。
夜遅くまで掛かって、何とか覚えることに成功した。
今朝のうちに覚えておけば良かったと思う。
◇
貴族学園の初日。今日は入学式だ。
学園長や上級生の代表、来賓の方々が次々に壇上に立ち挨拶を述べる。
学園長は国王陛下の弟で、俺から見て大叔父に当たる人だ。
高位の爵位持ちで、既に引退した人が任命される。
偶にいる馬鹿な高位貴族の子弟に対応するためだ。
父上も将来は学園長になるのかも知れない。
新入生代表として、リアの挨拶も行われた。
見る限り普通の様子だ。
出来れば入学式の後で、会って話をしたい。
問題の解決は早い方が良いだろう。
入学式は滞りなく進んだ。
終了の挨拶があり、新入生達が席を立つ。
俺も席を立ち入り口に向かう。
講堂を出たところで、リアとセラを捕まえようと思う。
◇
講堂を出ると、大勢の学生が残っていた。
俺の同級生は合計で三十人なので、明らかに上級生も混ざっている。
人込みの中からセラとリアを探していると、女子生徒達に囲まれてしまった。
「アレクシス様、縁談の手紙はお読みいただけたでしょうか」
「以前王都のパーティーで挨拶させていただいたのですが、覚えておいででしょうか?」
「この後お茶会を開くのですが、ご参加いただけませんか?」
矢継ぎ早に話しかけられる。
縁談の申し込みのあった令嬢達なのだろうが、顔を見ても誰が誰だか分からない。
美人の令嬢達に囲まれるのは悪い気はしないが、少々困ってしまう。
そんな中、一人の令嬢が嗜めるように言う。
「アレクが困っていますわ。一度離れた方が良いのではないかしら?」
そう言って軽く微笑む令嬢。
女子生徒達は、ハッとして少しだけ離れてくれる。
俺はその令嬢に視線を向ける。
彼女は縁談の申し込みを受けた令嬢の中で、唯一顔と名前が一致した人物だ。
「久しぶりですわね。アレク」
「一年ぶりくらいか? 元気そうだな、アンジェリカ」
美人で少し勝気な印象を受ける彼女の名前は、アンジェリカ=バミンガム。
バミンガム侯爵家の長女で、俺の母方の従妹だ。
アンジェリカには妹が一人いるだけで、男の兄弟がいない。
俺が貴族学園に入学することで、婿に欲しいと縁談を申し込んできた。
「この後、従兄妹同士でお茶会でもどうかしら? 例の話もしたいし」
アンジェリカがお茶会に誘ってくる。
リアやセラほどではないが、彼女とも仲が良いので久しぶりに話したいとは思う。
でも、今は用事があるので無理だ。
「悪いな。予定があるんだ」
「あら? 何の予定な――」
「ハイハイ、ちょっと待ってねー」
少女の声が、俺達の会話に割り込んできた。
俺とアンジェリカ、周りの女子生徒達も彼女の方を向く。
そこに立っていたのはセラだ。
アンジェリカが笑みを浮かべて、セラに話しかける。
「久しぶりですわね。セラフィナ」
「久しぶり、アンジェリカ。悪いけどアレクは連れていくね」
「横入りは良くないですわ」
笑顔で会話をしていたと思ったら、セラの発言にアンジェリカが不満顔になる。
自分も同じだろう……
「先約よ。オフィーリア殿下との約束があるの」
「オフィーリア殿下との約束ですか……なら仕方ないですわね」
アンジェリカは納得した顔で、あっさりと引き下がる。
女子生徒達からは、「やっぱり殿下と……」「殿下ともお近づきにならないと……」といった声が聞こえてくる。
彼女達は第二夫人狙いの令嬢なのだろう。
「ありがとう、アンジェリカ。……ほら、行くわよ」
「ああ、分かった。またな、アンジェリカ」
「ええ。殿下によろしく」
「伝えておくよ」
アンジェリカが軽く手を振る。
セラに促され、令嬢達の囲いから移動を始める。
「リアと約束しているのか?」
講堂から校舎へと続く道で、隣を歩くセラに話しかける。
「昨日のうちに少し話をしたの。この後談話室を借りているわ」
貴族学園には、お茶会などが行われる部屋がいくつか用意されている。
寮は基本的に異性厳禁なので、異性と話をする場合は談話室が利用される。
「詳しい話はしたのか?」
「してないわよ。私はアレクが急に入学することになった理由だって、聞いていないんだからね」
少し不満そうにセラが話す。
「ああ……それはすまん」
「良いわよ」
セラと会うのは、城に呼び出された日以来だ。
あの日、騎士訓練場で分かれてから、会いに行っていない。
セラが貴族学園に入学することは知っていたので、説明を後回しにしてしまった。
この後、説明する必要があるだろう。
「それと……」
「何だ?」
セラが横目で俺を見る。
その目には不満の色が見える。
「顔が緩んでいるわよ」
「えっ!?」
慌てて顔を抑える。
美人の令嬢に囲まれたからといって、そんなに喜んでいたわけではない。
むしろ困っていたのだ。
顔が緩むようなことはない。
……緩んでいないよな?
「美人の令嬢にモテモテで良かったわね?」
「……そんなことないぞ」
「怪しい」
セラの嫉妬の籠った視線が突き刺さった。