第十話 魔の森の戦い(後編)
王太子殿下達がキングチキンを討伐してほどなく、群れの駆逐が完了した。
怪我人が多数出ていたが、重傷者の応急処置を終えると、即座に撤退した。
町へ戻ると、俺達以外にも大勢の騎士や領兵、冒険者が戻ってきていた。
後から確認した所、領兵や冒険者の中にも、多数の被害が出たらしい。
暫くして、近衛騎士達も戻ってきた。
森に入っていたトーマスさん達も、咆哮を聞いてスカイドラゴンの討伐に向ったらしいが、討伐には失敗したそうだ。
理由は、スカイドラゴンを地上に落とせなかったから。
スカイドラゴンは、上空から火魔法で攻撃してきたらしい。
それを躱すのは難しくなかったらしいが、近衛騎士達の攻撃魔法では、落としきれなかったそうだ。
近衛騎士達の攻撃魔法でも、火力不足だったということになる。
ベンジャミンの率いていた部隊は、俺達が町に辿り着いた時には、既に到着していた。
父上は、殿下達を見捨てて、自分達だけ逃走したことについて追及した。
しかも、魔物の群れを押し付けてだ。
同行した騎士達は、殿下達と合流すべきだとベンジャミンに進言したらしいが、ベンジャミンは黙殺したそうだ。
これについてベンジャミンは、殿下達が戦っているのに気づかず、騎士達の言葉も、戦場の音が邪魔で聞こえなかったと主張した。
つまり、暗に俺達の魔法のせいだと言いたいのだろう。
父上は烈火の如く怒った。
ベンジャミンの言葉を、保身のための言い訳と判断したわけだ。
父上はベンジャミンを殴り飛ばし、王太子殿下が止めるまで説教が続いたそうだ。
俺達は早々にその場を後にした。
アルフ殿下が討伐した獲物を、皆で食べることにしたのだ。
マックスの部下により、スモールチキンは美味しく調理された。
アルフ殿下もリア達も、本当に美味しそうに食べていた。
◇
その夜、夜風に当たりたくなり散歩に出かけた。
お供はトーマスさんだ。
スカイドラゴンとの戦闘について話をする。
「トーマスさん達の攻撃魔法でも無理だったんですね」
「私達が合流したのはスカイドラゴンが逃げて行く時ですから、正確には近衛騎士九人の魔法ですけどね」
「二十人なら何とかなると思いますか?」
「戦っていた者達の感覚では、何とかなるとのことでした」
さすがは近衛騎士。頼もしいことだ。
「そういえば、ドラゴンは逃げるんですね?」
例え劣勢でも、魔物は逃げないと言われている。
実際、今まで出会った魔物はそうだった。
「私も初めての経験です。他の魔物より知能が高いのかも知れません」
個体差なのか? スカイドラゴンだからなのか?
考えても結論は出ないので、とりあえず納得しておく。
「アレク様も活躍したそうですね。ベティさんが絶賛していましたよ」
「ベティさんの火魔法があったおかげです」
ベティさんの火弾は、俺の倍くらいの威力があった。
彼女がいなければ、初撃で群れの進行方向を変えることは出来なかっただろう。
「相変わらずですね」
「事実ですから」
気の向くままに歩いていると、町の広場で一人座っているベンジャミンを見つけた。
何やら悔しそうな表情で、ぶつぶつと独り言を言っている。
トーマスさんは口元に人差し指を当て、静かにするように指示する。
俺は黙ってそれに従う。
ベンジャミンに気付かれないように近づいていく。
独り言の内容が聞こえて来た。
「くそっ、何故王族の俺が殴られなくちゃならない。自分を優先して何が悪い」
父上に叱責されたことに不満があるようだ。
「折角オーウェンとカールを始末する好機だったのに。アレクシスの野郎、邪魔しやがって」
驚きトーマスさんを見ると、真剣な表情で聞き耳を立てている。
「あの二人さえ死ねば俺が伯爵に……いっそのこと、アルフもオフィーリアもアレクシスも死ねば俺が国王だ。あいつら皆死んでしまえ……」
かなり問題のある発言だ。
今すぐ捕らえた方が良い気がするが、トーマスさんは動かない。
その後も、恨み言をぶつぶつ呟いていたが、気が晴れたのか宿舎に帰って行った。
ベンジャミンの姿が見えなくなると、トーマスさんが話し始める。
「先程の話だと、オーウェン殿下達の方に逃走経路を取ったのは、故意ということになりますね」
「洒落になりませんよね」
トーマスさんが頷く。
「捕縛した方が良いのではないですか?」
「証拠がありません。事実無根と主張されて終わりですよ」
「俺達の証言では弱いですか?」
王族と近衛騎士の証言でも駄目だろうか?
「私とアレク様は、最近一緒に行動する機会が多かったですから。結託して嘘を言っていると主張されます。陛下も罪には問えないでしょう」
確かにこの一年、トーマスさんと随分長い時間一緒にいた。
ほとんど俺付きの近衛騎士という状態だった。
「王太子殿下には報告しますけどね」
「信じて貰えませんか?」
「信じては貰えると思います。ですが、裁けるかどうかは別です」
証拠がなければ裁けないのは、王太子殿下も同じか……まあ仕方ないな。
「それにしても、兄上が狙ってあの状況を作り出したのなら凄いですけどね」
「群れに追われて逃げた先が偶々そういう状況だったのでしょう……アレク様にあっさり阻止されたわけですが」
「とっさに動けたのだから、以前から殺したいと考えていたんですかね?」
「伯爵云々と言っていましたから、貴族会議の後でしょうね」
オーウェン殿下とカール殿下が死ねば、王太子の座は俺で伯爵は父上と考えたわけだ。
アルフ殿下を無視している辺り、穴のある目論見だが……
いや……だからこそ、全員死ねば王位なんて、無茶苦茶な発言も出てくる。
先程の様子を思い出す。
昔のベンジャミンは、あそこまで馬鹿だっただろうか?
お婆様の影響と俺への嫉妬なのだろうな。
何とも言えない気持ちで、宿舎へと歩き出した。
◇
宿舎に帰って、王太子殿下に報告した。
さすがに苦い顔をしていたが、やはり証拠がない以上、罰することも出来ないそうだ。
王太子殿下は近衛騎士に、王族警護の強化を命じた。
ベンジャミンが直接的な行動をしないとも限らないからだ。
父上や他の殿下方には伝えないことになった。
疑心暗鬼を招く恐れがあるのと、父上が激高しかねないという理由だ。
証拠もなしにそうなるのは避けたいらしい。
この件は王太子殿下と俺、近衛騎士の中だけに留めることになった。
◇
翌日から、新たに溢れた大量の魔物を含め、改めて討伐を再開することになった。
俺、リア、セラ、アンジェリカ、アルフ殿下の五人は町で留守番だ。
BランクとCランクの討伐が済むまでは、出撃させない判断が下された。
護衛は引き続きベティさんだ。
アルフ殿下も懐いているので適任だろう。
先日の戦いに参加してから、アルフ殿下は今までよりもベティさんに懐くようになった。
あの火魔法が理由なのは想像に難くない。
ベンジャミンにはトーマスさんが付いた。
これは王太子殿下直々の指名だ。
勿論、護衛というより監視目的になる。
父上は少し訝しんでいた。
それから三日間が経過。
順調に討伐は進み、街の周辺から魔の森入り口周辺までの討伐はほぼ完了。
その東西へ討伐を進めている。
三日前の状況に戻したということになる。
怪我人を除く騎士団四百人と、ブリスト伯爵領軍百人を総動員しているので、かなり早い。
オーウェン殿下やカール殿下も頑張っていたそうだ。
今日は留守番に耐えかねたアルフ殿下を連れて、魔の森入り口付近の討伐に出た。
ほぼ討伐が終わっている領域なので、いてもスモールチキンが一、二匹だろう。
護衛はベティさんとブリスト伯爵領軍の面々。
彼らは討伐を一旦中止し、俺達の護衛に回った。
「前回と同じように、探知魔法で魔物を探すところからですね」
「はい!」
ベティさんの指導で、アルフ殿下の魔物討伐が始まった。
俺達は雑談しながら、のんびりついて行くだけだ。
「ドラゴン出てこないねー」と、セラ。
「出て来たら困りますわ」と、アンジェリカ。
「出て来なくても困るけどね」と、リア。
あれ以降スカイドラゴンは姿を見せない。
このままずっと出てこないのならそれでも良いのだが、今の状況だと、近衛騎士二十人を魔の森から動かせない。
リアの言っているのはそういうことだ。
「でも、アレクがいれば出て来そうな気もするけどね」
「勘弁してくれ。あと、遭遇回数はアンジェリカも同じだ」
セラは冗談めかした言い方だが、本当にありそうな気がする。
「わたくしはブリスト伯爵領の時はおりませんわ」
「あの時は遭遇したわけではないからな」
「似たようなものでしょう」
リアの指摘にアンジェリカが、「うんうん」と頷いている。
自分でも本当はそう思っている。
目の前では、アルフ殿下が魔物の探知に成功したようだ。
「まあ、仮にスカイドラゴンが現れても、近衛騎士は全員この辺りにいるから大丈夫だ」
王太子殿下達は、魔の森入り口付近で討伐を行なっているはずだ。
何かあれば、三日前と同じ高台に集合となっている。
ここからすぐ近くだ。
そして――
三日ぶりの咆哮が鳴り響いた。
俺達は一瞬沈黙するものの、特に混乱は起こさない。
「本当に出たよ……」と思いつつ、冷静な声で指示をだす。
「討伐は中止。速やかに集合場所へ移動する」
「了解しました」
俺の指示にマックスが応じ、高台へ移動を開始する。
アルフ殿下も素直に応じ、討伐を中止する。
「落ち着いているわね」
「リアも同じだろう?」
「ええ。不思議なくらい落ち着いているわ」
リアは微笑みを浮かべる。
「あとは近衛騎士にお任せだな」
◇
高台に続々と集合する。
俺達、王太子殿下、父上、オーウェン殿下、カール殿下が部隊を率いて、順に到着した。
最後にやって来たのはベンジャミン――ではなく、トーマスさん一人だった。
「ベンジャミンはどうした?」
「先程の咆哮を聞いて、町へ戻られました」
「何だと……」
トーマスさんの報告に、父上は静かに怒りを表す。
「集合場所に向かうように進言しましたが、『ドラゴンの相手はお前達の仕事だ。俺には関係ない』と言われて走り去ってしまいました。一応騎士達には追いかけるよう指示をして、私はスカイドラゴンの討伐を優先し、こちらに来ました」
「……『俺には関係ない』、そう言ったんだな」
「はい。私を含め騎士全員が聞いております」
「……そうか、分かった」
そうして父上は黙り込んだ。
王太子殿下はその様子を横目で見た後、俺達を見回し話し始める。
「近衛騎士達にスカイドラゴンの討伐を命じる。他の者の参加は個人の意思に任せる」
近衛騎士以外を参加させるのか?
王太子殿下は、王族を順に見つめる。
その目は真剣だ。
「次期王太子を目指すなら、例え危険があってもドラゴン討伐に参加するべきだ。貴族達はそういう目で見るからな」
確かに。
ドラゴン討伐に参加した人間とそうでない人間なら、前者を支持する貴族は多いだろう。
俺に支持が集まったのも、武功によるものが大きい。
「その上で皆に聞く。ドラゴン討伐に参加する気はあるか?」
この戦いで、次期王太子を決めると言っているのだろう。
どういう結論が欲しいのかもわかっているつもりだ。
王太子殿下は最初に俺に視線を合わせる。
「アレク。どうだ?」
「俺は遠慮させていただきます。リアにも参加させる気はありません」
リアは笑顔で頷き、俺に同意を示す。
王太子殿下も頷き、アルフ殿下に視線を向ける。
「アルフはどうする」
「私はまだ、ドラゴンと戦える力がありません」
「王太子になるのは難しくなるぞ?」
「私は王太子を目指していません。私は……ベティのような強い騎士になりたいのです」
アルフ殿下が王太子殿下を真っすぐに見つめる。
王太子殿下は一瞬だけ驚いた顔を見せた後、頬を緩め「分かった」と応じた。
王太子殿下はオーウェン殿下とカール殿下を見つめる。
オーウェン殿下は覚悟を決めた顔をしている。
カール殿下はオーウェン殿下を横目で見た後、微笑みを浮かべ王太子殿下に顔を向ける。
「私も参加するつもりはありません。兄上にお任せします」
その表情は重圧から解放されたようだ。
王太子殿下も優しい笑みで頷き、オーウェン殿下に視線を向けた。
「オーウェン。ドラゴン討伐に参加し、次期王太子を目指す気があるか?」
「はい! 私にお任せください!」
オーウェン殿下が参加の意思を示し、王太子殿下が強く頷いた。
ドラゴンは徐々に近づき、魔の森上空を出たようだ。
「オーウェンと近衛騎士にスカイドラゴンの討伐を命じる! 他の者は周囲の魔物に対処せよ! ――行動開始!」
『応!』
オーウェン殿下と近衛騎士がドラゴン討伐に向かう。
俺達は距離を取り、魔物狩りを進める。
十数分後、豪快な音を立ててスカイドラゴンが地面に落下した。
必死に抵抗するスカイドラゴンの叫び声が鳴り響く。
次第にその声は弱くなり――沈黙した。
一瞬の後――
歓喜の声が戦場に響き渡った。
 




