第五話 公爵邸で入学前の生活
俺が貴族学園に入学することが知られると、リアとベンジャミンの婚約話が一気に下火となった。
それどころか、二人は不仲という噂まで城内に流れるようになったらしい。
噂を流しているのは、どうやらウェルズ侯爵家に近い人達のようだ。
俺が王位を目指す気になったと考えたのかも知れない。
そうなら、こちらの意図通りの状況だ。
お婆様とベンジャミンは梯子を外された形となった。
二人とも自らの口で噂を広めていたため、ダメージが大きい。
◇
俺が城に呼び出された二日後、公爵邸にベンジャミンがやって来た。
ベンジャミンは既に男爵位を得て、家を出ている。
ランドール王国では、王の子供は成人と共に公爵位を受ける。
ランドール王国における公爵は、一代限りの爵位だ。
永代の公爵家というのは存在しない。
そして、公爵の子供は成人と共に男爵位を受ける。
これも一代限りの爵位だ。
辞退することは可能だが、年金が発生するので大半の人は貰う。
俺は辞退して冒険者をする予定だったのだが、最近雲行きが怪しい。
婚約話が出始めてから、ベンジャミンは公爵邸に寄り付かなくなった。
帰ってきても、父や母に小言を言われるだけだからだ。
その日帰宅したのは、数ヶ月ぶりのことだ。
俺は会うなり罵声を浴びせられたが、側に父上がいたのですぐに連れていかれた。
その後、父上の執務室から一時間近く怒声が響いていた。
その翌日、今度はお婆様がやって来た。
「何故、今になって気が変わったのか?」とか「本当に王位を目指す気があるのか?」とか色々聞かれた。
入学は周囲を静かにさせるのが目的の一つなので、曖昧な返答を続けてごまかした。
お婆様は不満そうな顔をしながら、「また来ます」と言って帰っていった。
面倒なので来ないでほしい。
◇
更に翌日。
母上と二人でお茶会をした。
母上の名前はローラ。
ランドール王国の三侯爵家の一つ、バミンガム侯爵家の出身だ。
気さくで話しやすく、穏やかな性格だと思う。
父上との夫婦仲はとても良い。
「急なことだけど、アレクが貴族学園に入学してくれるのは嬉しいわ」
母上は柔らかい笑顔で、本当に嬉しそうに話す。
俺の意思を尊重してくれる人だが、本音はやはりそうなのだろう。
「王命ですからね」
「理由は察しがつくけど、聞かないでおくわ」
母上はクスクスと笑う。
王太子殿下達との話し合いは、一応内緒話なので、俺も微笑を返すのみだ。
「貴族学園に通うこと自体が、嫌なわけではないでしょう?」
「そうですね。リアやセラも一緒ですから」
付随する王位継承争いが嫌なだけだ。
「全寮制だから、三年間は余計な干渉はないわよ。その間に状況も変わるでしょう」
「そう願いたいですね」
「それよりも、学園生活を楽しみなさい。お友達もきっとたくさん出来るわ」
母上の言葉に微笑を浮かべる。
俺には親しい友人があまりいない。
精神面が大人だからという理由もある。
俺が小さい頃から夢中なのが魔法だったので、一緒に訓練出来るリアやセラとは仲良くなれた。
それ以外は親戚周りくらいだ。
偶に貴族のパーティーにも出席したが、顔見知りの範疇を出ない。
「貴族の御令嬢とも仲よくなると思うけど、誠実に接しないと駄目よ?」
「心得ています」
「アレクがお嫁さんを紹介してくれるのを楽しみにしているわ」
母上は嬉しそうに話す。
「勿論、リアでも良いし、セラでも良いわ。あとは――」
「大丈夫です。自分で決めます」
「うふふ。そうね」
母上とのお茶会は、終始こんな雰囲気で終了した。
◇
入寮前日の夜。
公爵邸の父上の執務室に呼ばれた。
挨拶するなり、父上は箱に入った大量の手紙を渡してきた。
「……なんですか、この手紙?」
「縁談の申し込みだ」
「は?」
「お前が貴族学園に入学することを知った貴族達が、大量に送ってきた」
「……」
「丁度、王都にいる貴族が多い時期だからな」
リアの婚約回避のために入学するのに、縁談が舞い込むとは……
父上も面倒そうな顔をしている。
「別に受ける必要はないが、申し込みが来ている以上は対応が必要だ」
「どうすれば良いのですか?」
「お前に任せる」
任せるとはどういう意味だろうか?
リアの件があるのに、他の令嬢との婚約など出来るはずがない。
「縁談に応じても構わないということですか?」
俺の質問に父上は頷きを返す。
「オフィーリアの本音を聞き出すのは、兄上からの依頼でもあるのでやってもらうが、お前が誰と結婚するかはお前が決めれば良い。相手がオフィーリアでも、セラフィナでも、他の誰でも構わない」
その言葉を聞いて納得した。
父上は政略結婚をとても嫌う。
自分の結婚の際も、お婆様からはウェルズ侯爵家の女性を勧められたらしい。
だが、自分の意思でバミンガム侯爵家の令嬢である母上を選んだそうだ。
父上がリアとベンジャミンの婚約に反対する理由は、この考え方によるものだ。
今回も父上らしいと言えば、その通りなのだが……
「先方には共通で、『アレクシスの意思を尊重する』、『貴族学園に入学するので社交の時間は取れない』と回答しておく」
「お断りいただいても構いませんが?」
「会いもせずに断るのはあまり良くない。婚約者がいれば別だがな」
父上は面倒そうに言う。
俺も面倒なことだと思う。
「相手は貴族学園の生徒が多い。一覧を纏めておいたので、相手の家と本人の名前だけは頭に入れておけ」
「分かりました。気を付ける相手はいますか?」
「縁談申し込みの大半は第二夫人狙いだ。お前がオフィーリアと結婚して王位に就くことを想定している」
そう言った父上は「そう書いてあるわけではないがな」と面白くなさそうに呟く。
「そういう縁談は、お前が王位を目指さないなら無視出来る」
なるほど。
俺の場合、王位に就かなければ一代男爵だ。
第二夫人を狙うような相手ではない。
「熱心なのは婿を取る必要がある令嬢だろう。こちらはお前の魔法力が目当てだ」
「あぁ、種馬ですか」
「永代貴族なら、能力の高い配偶者を好むのは当然だ」
永代貴族は例外なく領地持ちの貴族だ。
統治の背景には軍事力が不可欠なので、後継者やその配偶者には魔法力の高さが重要視される。
「断るにしても誠実な対応をするように」
「心得ています」
この辺りは母上と同じだ。
しかし大量だ……
俺はため息を吐きつつ、父上の執務室を後にした。