第九話 魔の森の戦い(前編)
翌日の午前。
俺達は森の入口付近に到着した。
王太子殿下以下、王族全員が来ている。
同行しているのは、近衛騎士が十名、騎士が五十名、ブリスト伯爵領軍が百名だ。
残りの騎士は東西に分かれて、溢れた魔物の討伐に向った。
折角来たので、一度くらいは討伐に行こうということらしい。
トーマスさん以下の近衛騎士十名は、森の中を探っている。
森の浅い位置にドラゴンの反応はないが、念のためだそうだ。
「それじゃあ、始めようか」
王太子殿下の指示で、討伐が開始される。
部隊編成は、騎士を十名ずつに分けて、王太子殿下、父上、オーウェン殿下、カール殿下、ベンジャミンに付ける。
近衛騎士は、ベンジャミン以外に二名ずつだ。
ベンジャミンが近衛騎士は不要と主張し、父上が許可を出した。
許可というより、呆れて放置した感じだったが……
残った俺達には、ベティさんを含む近衛騎士が二名と、ブリスト伯爵領軍百名だ。
マックス達は信用されているのだろう。
◇
「アルフ殿下、探知魔法で魔物を捉えられますか?」
「はい! こちらの方向にいます」
ベティさんが質問し、アルフ殿下が指を差して答える。
正解だ。アルフ殿下は正しく探知魔法が使えている。
ベティさんは優しい笑顔で頷き、「では行きましょう」と移動を始める。
「凄いですわね」
「アルフ殿下は優秀よ」
アルフ殿下が探知魔法で捉えた魔物は、かなり距離があった。
貴族学園に入学したころのアンジェリカでは、探知出来ない距離だ。
セラの言う通り、アルフ殿下はかなり優秀なのだ。
二人の会話を聞いているリアの顔は、とても嬉しそうだ。
歩くこと数分。魔物の姿を視界に捉えた。
「スモールチキンですね。クチバシで攻撃してきます」
ベティさんが、アルフ殿下に教えるように話す。
勿論、事前に教えているのだが、念のためなのだろう。
スモールチキンもこちらの姿を捉えたようで、走って向かって来る。
「最初は接近戦禁止です。魔法を使って攻撃してください。近づきすぎたら私が処理します」
「はい!」
アルフ殿下は素直に頷き、スモールチキンに掌を向ける。
「土弾!」
直径五十センチメートルほどの土弾が、スモールチキンに向かう。
しかし、衝突前に回避されてしまう。
アルフ殿下は追撃を放つが、これもスモールチキンは回避。
しかし、アルフ殿下は土弾を操作し、スモールチキンの斜め後方から衝突させる。
スモールチキンが転倒した。
「よしっ」
アルフ殿下の戦いを見て、リアが声を零す。
周囲からは微笑ましい視線を向けられているが、気付いていないようだ。
スモールチキンは立ち上がろうとするが、さらに土弾をくらい沈黙した。
アルフ殿下の初討伐だ。
「やった!」
アルフ殿下が喜び、ベティさんが微笑ましそうにその姿を見る。
他の皆も同じような表情だ。
ベティさんは、アルフ殿下に見えるように魔石を取り出し、アルフ殿下はそれを興味深そうに見ている。
良い勉強になっているのだろう。
折角の獲物なので、マックスの部下が解体し、持ち帰ることにした。
◇
二時間も経つと、俺の探知範囲に魔物が現れることはなくなった。
この辺りは大体討伐し終えたということだろう。
王太子殿下達もそろそろ戻ってくる時間だ。
合流地点の高台で待っていると、王太子殿下の部隊が見えた。
よく見ると父上の部隊もいる。
「父上ー」
アルフ殿下が王太子殿下に手を振る。
それからすぐに、王太子殿下達が到着した。
「父上、何体魔物を倒しましたか? 私達はスモールチキンを五体倒したのです」
アルフ殿下が嬉しそうに報告する。
「中々やるね。でも私達は六体だ」
王太子殿下が自慢げに話すと、アルフ殿下が悔しそうな表情をする。
リアは「大人気ない」とでも言いたそうな表情だ。
アルフ殿下は、今度は到着したばかりの父上に顔を向ける。
「叔父上達は何体倒しましたか?」
「二体だ」
父上が答えると、アルフ殿下が嬉しそうな表情に変わる。
王太子殿下との会話を聞いていたのだろう。父上の顔も綻んでいる。
そうこうしているうちに、オーウェン殿下とカール殿下の部隊が見えて来た。
一緒にいる所を見ると、途中で合流したのだろう。
「オーウェン殿下達も戻ってきま――」
言葉の途中で咆哮が鳴り響いた。
この声を聞くのも三度目なので慌てたりはしない。
「王太子殿下、撤退しましょう。ドラゴンの咆哮です」
俺が間髪入れずに進言すると、咆哮に驚いていた皆がこちらを向く。
王太子殿下は一瞬固まった後、すぐに撤退指示を出す。
「撤退――」
「スカイドラゴン!」
王太子殿下の指示を遮るように、騎士から声が上がり、一斉に空を見る。
位置的には北西の森の上空。
オーウェン殿下達の後方上空にドラゴンの姿が見える。
昨日聞いた方向とは違うが、あのシルエットは間違いない。
スカイドラゴンだ。
「……近づいて来ている?」
セラが呟く。
「そう見えるな」
返事をする。
スカイドラゴンはこちらに向かって来ているように見える。
俺は王太子殿下に視線を向ける。
危険が近づいているとも言えるが、討伐する絶好の機会とも言える。
王太子殿下は一瞬考え、指示を下す。
「近衛騎士はベティを除き、直ちに迎撃に迎え。オーウェンとカールの護衛の近衛騎士も合流させよ。以後の判断は任せる」
『了解!』
近衛騎士は躊躇せず走り出す。
スカイドラゴンを仕留めるチャンスだ。
それに、スカイドラゴンに近づかれたら、護衛は難しい。
「……他の魔物も来るだろうな」
父上が厳しい顔で言う。
ドラゴンの咆哮が鳴り響いた以上、他の魔物が、再度森から溢れて来ることが予想される。
「どうする?」
父上が王太子殿下に尋ねる。
「オーウェン、カール、ベンジャミンが戻り次第撤退だ」
王太子殿下は合流を選択したようだ。
父上は一瞬顔を顰めたが、すぐに頷きを返す。
個別に撤退すべきと思ったのかもしれない。
あるいは、姿が見えないベンジャミンを無視するか……
◇
オーウェン殿下とカール殿下を待つこと数分、ベティさんから声が掛かる。
「オーウェン殿下達の後ろから、魔物の群れが来ています」
ベティさんの言葉を聞いてそちらを見る。
オーウェン殿下達の後ろに、魔物の群れが迫っているのが見える。
「キングチキンがいますね。追いつかれるかもしれません」
群れの中に、一際大きいのが一体いる。
「あっ! 殿下達が止まりましたわ!」
「迎撃するつもり!?」
アンジェリカとセラが声を上げる。
追いつかれると判断したのだろう。
オーウェン殿下達は迎撃の構えを見せる。
近衛騎士の足を考えると、既に別れた後だろう。
戦力的には厳しい。
「無茶な……救援に向かう!」
「ベンジャミン様の部隊です!」
「何!?」
王太子殿下が救援の指示を下すと同時に、ベンジャミンの部隊が戻ってくるのが確認された。
ベンジャミンの部隊は北の方向からやって来ている。
「魔物の群れに追われているな」
父上の言うように、ベンジャミン達の後ろにも、魔物の群れが付いて来ている。
キングチキンはいなさそうだが、ビッグチキンは数体いる。
ベンジャミン達に迎撃する様子はなく、一目散に逃げている。
「兄上達の方に向っています!」
アルフ殿下の言う通り、ベンジャミンの部隊は、オーウェン殿下達の方に逃げている。このままだと、前方と側面の二方向から攻撃を受けることになる。
「アレク、ベティ、後を頼む。我々は救援に向かう。騎士団、続け!」
『応!』
王太子殿下が駆け出す。
父上と騎士団も後を追いかけていく。
「アレク様。どうされますか?」
ベティさんが俺に聞く。
残されたのは、俺、リア、セラ、アンジェリカ、アルフ殿下、ベティさん、マックス以下のブリスト伯爵領軍百名だ。
指揮官は俺になる。
リア達やアルフ殿下がいる以上、救援に向かうのはなしだ。
バミンガム侯爵領の時と同じように、遠距離からの援護が出来れば良いが、少々距離が遠い。
ベンジャミンを追っている群れなら、俺とベティさんの魔法でぎりぎり届くか?
「ベティさん。ここから兄上達を追っている群れを狙えますか?」
「細かい制御は難しいですが、高低差もありますので、当てることは可能だと思います」
当てることが出来れば十分だ。
「ここから援護します。目標はベンジャミン小隊、後方の群れ。射程に入り次第魔法で攻撃します。二面攻撃を防げば何とかなるでしょう」
「了解しました」
ベティさんは異議を唱えずに従ってくれた。
ベンジャミン小隊との距離が近づく。
そろそろ射程範囲だ。
「「火弾!」」
俺とベティさんが同時に火弾を放つ。
火弾は合計ニ十発で、半分は大きさが違う。
ベティさんの火魔法の方が強力だ。
火弾はベンジャミン達の上空を越え、魔物の上空から襲いかかる。
連続で爆発音が鳴り響く。
先頭集団に直撃したはずだ。
土煙が止むと、群れが再び走り出すのが見えた。
だが、群れの進行方向は変わった。
こちらに向かってくる。
「各自、射程に入り次第攻撃を開始! 火弾か土弾を使え!」
『応!』
ブリスト伯爵領軍の兵士が散開する。
俺とベティさんは即座に魔法攻撃を再開する。
俺達に続き、リアとセラが群れを射程に捉える。
「「火弾!」」
二人は複数個の火弾を同時に群れに放つ。
その後は、アンジェリカ、アルフ殿下、マックス達ブリスト伯爵領軍も、次々に攻撃を開始。
総勢百名以上による、絨毯爆撃が群れを襲う。
大量の魔物の群れではあったが、こちらはそれ以上だ。
猛烈な爆撃音が響き渡り、ほどなく殲滅が完了した。
俺はベンジャミンの部隊に視線を移す。
このまま殿下達の正面の敵に向えば、こちらが二面攻撃する形だ。
しかし、ベンジャミンは思いもよらぬ行動をしていた。
「……あいつ」
罵倒の言葉が口から出そうになった。
ベンジャミン達は殿下達を無視し、その後方を駆け抜けて行ったのだ。
「アレク様、王太子殿下達の救援はどうされますか?」
ベティさんの言葉で意識を切り替える。
そうだ。殿下達はまだ戦っている。
「ベティさんの探知魔法で、他の群れを捉えていますか?」
「いえ。個別には確認出来ますが、群れはいません」
俺の探知魔法にも群れの反応はなく、視界に見える範囲にも群れはいない。
ベティさんに頷きを返し指示を出す。
「マックス、半数を連れて救援に向かえ」
「了解しました!」
マックスを救援に向かわせる。
残りの領兵には待機を命じ、殿下達の戦いを遠目で見つめる。
すると、隣から声が掛かる。
「お見事でした」
視線を向けると、隣に立つベティさんが笑みを浮かべて見ている。
俺は気恥ずかしくなり、視線を殿下達に戻す。
「ベティさんのおかげですよ」
視線の先では、キングチキンが崩れ落ちる様子が確認された。




