第七話 魔の森の異変
ドラゴンの出現。
その情報に議場が静まり返る中、陛下はトーマスさんに視線を向ける。
トーマスさんは陛下に頷くと、貴族達に向き直り説明を始めた。
「ウェルズ侯爵領から届いた報告の内容を説明します。魔の森でドラゴンが確認されたのは二日前の早朝。魔の森に巡回に来ていた領軍の兵士が姿を確認しました。空を飛んでいたそうです」
議場が騒めく。
滅多に出現しないドラゴンだが、これまでに複数の種類が確認されている。
一番多いのが、バミンガム侯爵領に現れた、四本足で陸上を進む普通のドラゴン。
他には、海の魔物領域に出現した、海中を進むシードラゴン。
そして、一番厄介なのが、空を飛ぶスカイドラゴンだ。
「確認されたドラゴンは、おそらくスカイドラゴンです。スカイドラゴンは、森の奥地に戻って行ったそうですが、ドラゴンが現れた以上、他の魔物が溢れて来る可能性が高いと考えられます」
バミンガム侯爵領で、複数のサーペントが同時に現れたのは、おそらくドラゴンの影響だ。ドラゴンの存在は確認されていないが、ブリスト伯爵領も同じ可能性がある。
「ウェルズ侯爵領から来た情報は以上です」
トーマスさんが説明を終えると、ウェルズ侯爵が手を挙げ立ち上がった。
「ウェルズ侯爵より、近衛騎士及び騎士団の派遣を要請します」
「承知した。国王より命ずる、近衛騎士から一小隊を、急ぎウェルズ侯爵領に向わせよ。騎士団についても、準備が出来次第出撃させる。詳細は軍議で決定する。軍議の準備を急がせよ」
『はっ!』
陛下の決定で一斉に動き出した。
トーマスさんも議場をあとにした。
このままウェルズ侯爵領に向かうのかも知れない。
◇
貴族達が動き出す中、俺達は席に座ったまま大人しくしている。
「それにしても連絡が早いな」
二日前という情報に驚いた。
ウェルズ侯爵領から王都までは、普通の馬車旅で十日近くかかる。
その時間を四分の一くらいにしているのだ。
「例の魔法薬を使ったんじゃないの?」
コリーは魔法薬の使用を推測した。
「それはそうだろうが、俺が魔法薬を飲んだ馬を走らせて、サザーランドから王都までに掛かった時間が半日弱。対して普通の馬車旅で掛かった時間が二日だ」
「計算は合うよね?」
「休みなく走り続ければな。でも、それは無理だから、昼夜問わず、しかも複数人で連絡を繋いだことになる。即興で出来ることではないから、それだけの準備を日常的にしていたことになる」
「確かに。そう考えると凄いね」
緊急連絡用の人員を各所に配置し、しかも使用期限の短い魔法薬を常に用意していたことになる。
会話を聞いていた他の皆も、感心した表情を見せる。
「ウェルズ侯爵は、色々と困らせてくれた人だけど、有能な領主であることは間違いないわよ」
リアがそう言うと皆も頷く。
「それで、どうするんだ?」
ダミアンが聞いて来る。
「どうするかな。要請があれば当然出るけど……」
「意外だな。すぐに向かうと言うかと思った」
ダミアンにそう思われるのも、分からなくはないが……
苦笑を浮かべて説明をする。
「予想だけど、魔物の氾濫が起きても、俺が向かった時には終わっている」
「何故だ?」
「近衛騎士が向かったから」
ダミアンは納得した顔で頷き、コリーは「ああ、そうか」と声を零す。
近衛騎士の一小隊がいれば、ドラゴン相手でも大丈夫だろう。
加えて、ウェルズ侯爵領軍は優秀だ。
Bランクなら普通に刈れる練度なのだ。
「そういうわけで、命令されるか、何か別の理由が出来ない限りは待機かな」
議場が慌ただしい中、俺達は雑談を続けた。
貴族達が出て行き、議場の慌ただしさがなくなった頃を見計らい、議場を後にした。
◇
議場を出た所で騎士に捕まった。
軍議に出席せよとの命令だ。
リア達には「後で連絡する」と話し、軍議に向かう。
軍議が行なわれる部屋に到着すると、丁度始まるところだった。
俺は与えられた席に座る。
「それでは軍議を始めます」
騎士団長の宣言で軍議が始まった。
最初に、ウェルズ侯爵領から届いた報告内容の説明を行う。
これは、先程議場にいなかった人達向けだ。
続いて、既に近衛騎士一小隊が出発したことが報告された。
「続いて派遣する人員ですが、まず先行部隊としてブリスト伯爵領軍より百人」
俺が呼ばれた理由はこれか……
騎士団長の説明は続く。
「騎士団からは四百人を出し、計五百人を出撃させます。現地の状況が不明ですから、行ってみて必要なら増員、不要なら減員します。減員の場合は、先行するブリスト伯爵領軍を優先して戻します」
おそらく多過ぎの可能性が高いが、それを承知でということだろう。
「状況がどう変わるか分からないからね。騎士団長の案で良いと思う」
「私も異存はありません」
王太子殿下と父上が、騎士団長の案を支持する。
「バミンガムからも兵を出す用意がありますが?」
「いや、そこまでの必要はないだろう。当面は待機で良い」
バミンガム侯爵が援軍を申し出るが、陛下が断りを入れる。
他からの異議も出ず、騎士団長の案で決定した。
陛下が俺に視線を向ける。
「アレクシス。先行部隊としてブリスト伯爵領軍を向かわせるが、どうする?」
「ブリスト伯爵領軍に合流します」
正式にブリスト伯爵に就任したわけではないが、出撃しないわけにはいかない。
「分かった。騎士団と共に向かい、現地で合流しろ」
「了解しました」
陛下は頷くと、視線を王太子殿下に向ける。
王太子殿下が俺を見て話し始める。
「アレクシスは出撃に際し、オフィーリアを同伴させてくれ」
「リアも出撃させるのですか!?」
予想外の命令に驚く。
「そうだ。オフィーリアだけでなく、アルフも向かわせる」
リアとアルフ殿下を向かわせる理由などないと思う……ああ、分かった。
王太子殿下は説明を続ける。
「ブリスト伯爵領の魔物の氾濫では、アレクシスだけでなく、メア子爵家のレイチェル嬢、バーナム子爵家のダミアンが参戦している。バミンガム侯爵領では、アンジェリカ嬢とクラリス嬢、ウォルバー伯爵家のローレンス、学生達も多数が参戦した」
アンジェリカやクラリスが、討伐に参加したのと同じ理由だ。
「魔の森の氾濫は国難と同じだ。王族として、アレクシス達と同じ年齢のオフィーリアや、クラリス嬢と同じ年齢のアルフを出撃させないという選択肢はない」
理由は分からなくもないが、懸念もある。
「未成年に出撃を命じるのが当然という考えは、危険ではないでしょうか?」
「懸念は分かるが、これは決定だ」
王太子殿下は有無を言わさずという感じだ。
仕方ない。
「承知しました」
「無理をさせるつもりはない。懸念については討伐が終了した後に検討する」
陛下が補足し、俺は頷きを返す。
「軍議は以上だ。ブリスト伯爵領に使者を向かわせろ。今日中に間に合うだろう。騎士団の出撃は明朝だ」
『はっ』
軍議が終了し、騎士達が動き出した。
そんな中、軍議に参加していたサザーランド伯爵がやって来る。
「アレク」
「……はい」
何を言うつもりなのかは分かっているので、俺は不満を表情に表す。
俺の表情を見て伯爵が苦笑する。
「そんな顔をするな」
「言いたいことは分かりますので」
「強制するつもりはない。だが、セラの意向を尊重してやってくれ」
サザーランド伯爵の言っているのは、セラの出撃についてだ。
「リアが出撃すると言えば、セラは自分も行くと言いますよ」
「だろうな。連れて行ってやってくれ」
「……分かりました」
伯爵が強制しないと言っている以上は仕方ないだろう。
内緒にしたら、後で余計に怒るに決まっている。
「アンジェリカの意向も聞いてやってくれ」
バミンガム侯爵もやって来た。
「アンジェリカは、バミンガム侯爵領の討伐に参加していますよ?」
「それでも、二人が行けば自分もとなるだろう?」
「……なるでしょうね」
仕方ないので、「分かりました」と答えた。
三人を危険に晒さないように気をつけよう。




