第六話 貴族会議
貴族会議当日となった。
会議は朝から行なわれ、順調に進めば昼前に終わる。
俺は、友人達と一緒に出席することにした。
王太子殿下に頼まれたわけではない。ただの見学だ。
貴族会議は、全ての貴族に出席する資格がある。
この全ての貴族には、成人前の子供も含まれる。
議題は既に決まっている。
王家側からの議題と、領地貴族から上げられた議題の二種類だ。
国家全体に関わることや、領地貴族が対応出来ない問題が議題に上がる。
既に取り纏めは終わっており、事務方によって会議は進行する。
議場の正面に壇上がある。
壇上の左側に、陛下、王太子殿下、父上、オーウェン殿下、カール殿下が座る。
壇上に座るのは、陛下、王太子殿下、公爵本人ということだ。
王族でも、ベンジャミンや夫人達の席は別で、議場の最前列に席が並ぶ。
俺達は端の方に座り、会議が始まるのを待っている。
いつもの顔ぶれに加え、ローレンスさん、クラリス、アルフ殿下もいる。
「夫人達も勢揃いだな」
「カミラ様が出席されるから、その牽制みたいよ」
「お婆様、絶対に発言するだろうな……」
リアと話しながら、最前列に座る面々を眺める。
最前列には、陛下の第一夫人のローズマリー様、第二夫人のお婆様、王太子殿下の第一夫人のヴァイオレット様、第二夫人のミュラ様、それとベンジャミンが座っている。クリスティーナ様と母上は欠席だ。
お婆様は間違いなく俺の伯爵就任に反対するので、夫人達は逆に賛成に回るつもりらしい。
「カミラ様が何か言えば、見学で終わらないだろうね」
セラの言うとおりだろう。
その場合は、王になる気がないことを貴族会議の場で言うだけだ。
「そろそろ始まりますわ」
アンジェリカの声で壇上に目を向ける。
「これより貴族会議を始めさせていただきます」
事務方が宣言する。
「例年通り、貴族家の婚約の報告から始めさせていただきます。王太子殿下の長女オフィーリア殿下、バミンガム侯爵の長女アンジェリカ様、サザーランド伯爵の次女セラフィナ様、以上の三名と、ウィリアム公爵の次男アレクシス殿下との間に、婚約が成立しました」
俺達の婚約が報告されると、議場から拍手の音が響く。
俺達の方に顔を向ける貴族もいるので、軽く会釈を返す。
「続いて――」
事務方から次々と婚約の報告がされる。
クラリスとローレンスさん、レイチェルとダミアン、モニカとコリーの婚約も報告された。
報告されるのは、王族の婚約と、貴族の跡継ぎの婚約だけなので、そこまで多くはない。
◇
「続きまして、昨年発生した主な出来事についての報告です」
婚約の報告が終わり、他の報告に移る。
岩ゴーレムから、ミスリルが取れることが発見されたことの報告。
ブリスト伯爵領での魔物の氾濫と、伯爵領の現状についての報告。
バミンガム侯爵領に、ドラゴンが現れた件についての報告。
俺達が関係する内容が多く、一年の間に色々あったなと改めて実感する。
「他の魔物領域でも、同じ事態が発生する可能性はあります。日々の管理、非常時の避難体制と連絡体制、これらの準備を怠らないようにお願いします」
事務方から注意が述べられる。
そこで、陛下が手を挙げて発言をする。
「ドラゴンは極めて強力な魔物だが、近衛騎士が数名いれば討伐は可能だ。近衛騎士は王族の警護が仕事であるが、各地の兵士や冒険者が対応出来ない魔物に対し、即時に動ける準備も整えてある。非常時は速やかに王都へ連絡をするように」
陛下が近衛騎士の運用について発言すると、王太子殿下も手を挙げる。
「近衛騎士だけでなく、騎士団が動く準備も万全だ。ドラゴンに限らず、各領地で対応出来ない場合は早めの連絡をしてほしい」
王太子殿下が補足し、陛下も頷く。
今度は議場の最前列付近で手が挙がる。
王族ではなく、その隣に座るウェルズ侯爵だ。
「ウェルズ侯爵領の魔物領域でも、魔物の数が多くなってきています。今の所は、領兵と冒険者で対応出来る範囲で済んでおりますが、もしものときは、騎士団に応援を要請するかも知れません」
「多いというのはどの程度だ?」
ウェルズ侯爵の報告に陛下が問いかける。
「先月だけで、Bランクが十体討伐されています」
「一月でBランクが十体か……多いな」
「ウェルズ侯爵領だから対応出来ているのでしょうが……」
陛下が十体という数を聞いて悩む。
王太子殿下が言うように、ウェルズ侯爵領だから対応出来ているといって良いだろう。
ウェルズ侯爵領にある魔物領域は、国内最大の広さを持つ森だ。
通称『魔の森』。
ブリスト伯爵領や、バミンガム侯爵領の魔物領域も森なのだが、『魔の森』と言えば、ウェルズ侯爵領の魔物領域のことだ。
この森を管理するため、ウェルズ侯爵領は、国内屈指の戦力を保持している。また、腕の立つ冒険者も多く集まっている。
「状況は理解した。万一の場合は迅速な連絡を求める」
「承知致しました」
陛下の指示に、ウェルズ侯爵が答える。
二人の仲は険悪というわけではなさそうだ。
◇
各種の報告が終わり、次は議題に沿って会議が進められる。
「最初の議題は、ブリスト伯爵領の後任人事です。報告のとおり、現状は王家の直轄領として管理されています。魔物領域についても、町を建設し、冒険者を誘致する方向で進めております」
俺の伯爵就任についての議題が挙がる。
お婆様がいる以上、すんなり全会一致での承認とはならないだろう。
緊張しながら会議の進行を見つめる。
「二年後を目途に、新たなブリスト伯爵を任命する方針です。候補には、ウィリアム公爵の次男、アレクシス殿下の名前が挙がっております。アレクシス殿下は、魔物の氾濫が起きた際に、魔物領域の南、サザーランドとメアを結ぶ街道上にいました――」
事務方が、俺を候補とした理由を述べていく。
街道の査察をしていたこと。
街道を走り、その日の内にサザーランドに連絡し、その被害を未然に防いだこと。
翌日には王都まで移動し、迅速な騎士団の出撃に貢献したこと。
更にその翌日には、先遣隊としてブリスト伯爵領に入り、村民の避難に尽力したこと。
この辺りは、勲章を貰った時に陛下が述べた内容だ。
「アレクシス殿下の貢献は、ブリスト伯爵領の民や家臣達にも広く知られており、次期領主にアレクシス殿下を望む声が多くあります。また、報告にありました、ミスリルの発見やドラゴン討伐にも、アレクシス殿下は多大な貢献をしております」
事務方は俺の功績を次々に挙げていく。
貴族の中から驚きの声が聞こえる。
知らない貴族もそれなりにいたようだ。
「これらの功績に報いる意味もあり、次期ブリスト伯爵に、アレクシス殿下を推薦します。皆様の御意見をお聞かせください」
事務方が俺の推薦理由を説明し、貴族達に意見を促した。
早速、俺の身内から賛成の声が上がる。
「私は賛成です。アレクシス殿下の功績は文句の付け所がありません。殿下と比べて、他に候補になるような人はいないでしょう」
バミンガム侯爵だ。
侯爵が発言すると、賛成の声が各所から上がる。
「私も賛成です。殿下の功績も勿論ですが、ブリスト伯爵領の民が望んでいるのが決定的でしょう。殿下以外では上手くいかないのではないでしょうか?」
こちらはサザーランド伯爵。
領民の支持を全面に打ち出して賛成する。
伯爵の発言にも賛成の声が多く上がる。
現状は満場一致で賛成の雰囲気だ。
でも、このまま終わるわけがない。
最前列の席で手が挙がる。
「私は反対です」
お婆様だ。
「確かに、アレクシスの功績は文句の付け所がありません。次期ブリスト伯爵に誰が一番相応しいかと聞かれれば、私もアレクシスと答えます」
ここまでは肯定的な意見だ。
でも――
「ですが、アレクシスは王族の一員です。次期王太子に誰が一番相応しいかと聞かれても、私はアレクシスと答えます。次期王太子と次期ブリスト伯爵。優先すべきがどちらなのかは明らかではないでしょうか?」
お婆様が議場を見回し、自分の意見を訴える。
すると、第一夫人のローズマリー様が手を挙げる。
「私はアレクシスの伯爵就任に賛成です。先程、次期王太子という発言がありましたが、王太子を決めるのは王の専権事項です。貴族会議で協議する内容ではありません」
「オーウェンを次期王太子にしたいだけでしょう?」
お婆様が第一夫人の発言を揶揄する。
それに対し、第一夫人がお婆様を睨みつける。
一触即発の状況だ。
ここで予想外の人物が発言をする。
――ベンジャミンだ。
「私も反対です。カミラ様の言う通り、次期王太子に一番相応しいのはアレクシスでしょう。次点で、女性という点を除けばオフィーリアです。この二人が婚約した以上、他の候補の方が相応しいとは到底考えられません」
ベンジャミンが俺を王位に推しているという話は、父上から聞いていた。
その理由について父上は説明しなかったが、何故今更俺を推すのだろうか。
「加えて、バミンガム侯爵令嬢とサザーランド伯爵令嬢とも婚約しています。二つの貴族家は、所謂中間派と主流派です。オフィーリアは、非主流派の旗頭とも言えます。アレクシスが次期王太子、ゆくゆくは王となることで、貴族の融和も期待出来るでしょう」
言っていることは間違いではないが、そもそも陛下も王太子殿下も、主流派と非主流派から妻を娶っている。俺が特別なわけでもない。
「そのアレクシスが王位に就く可能性を、貴族会議で協議する内容でないという理由で、排除するべきではありません」
ベンジャミンが主張を終える。
「理路整然としていたわね」
「意外ですわ」
「アレクの意向は完全無視だけどね」
リア、アンジェリカ、セラの三人が、ベンジャミンの主張に感想を言う。
「良くない流れですね……」
クラリスも心配そうに言う。
議場が騒めき、近くの人同士で意見を交わしているようだ。
そんな中、王太子殿下が手を挙げる。
「アレクシスの意向は確認している。彼は王位を望んでいない。そして、ブリスト伯爵就任には前向きだ。本人の意向を無視した人事はありえない」
王太子殿下が決定的な理由を述べる。
俺が望んでいない以上、周りがどれだけ主張しようと、結果は変わらないのだ。
「あなたがオーウェンを選びたくて嘘を言っているだけでしょう!」
お婆様が叫んだ瞬間、議場が静まり返った。
何人かの視線が俺に向く。
お婆様は俺がいることに気付いていないのだろうか?
「……アレク」
リアが俺に発言を促す。
俺は頷き、事務方に見えるように手を挙げる。
事務方が頷いたのを見て、立ち上がり発言をする。
「お婆様。私の望みはブリスト伯爵であって、王位ではありません」
俺が発言すると、お婆様は驚いたようにこちらに振り向いた。
本当に気付いていなかったようだ。
「本人が望んでいない以上、アレクシスの王太子就任はない」
陛下が発言する。
これで決まりだ。
お婆様は、その後も俺や王太子殿下への文句を叫んでいたが、最後は陛下の指示で議場から連れ出された。
議場は落ち着きを取り戻し、会議が再開される。
と言っても、他の意見は出ない。
反対なのはベンジャミンだけだ。
王太子殿下はベンジャミンに話しかける。
「ベンジャミン。アレクが望んでいない以上、次期王太子への指名はない。それでも反対かい?」
「……気持ちは変わる可能性があります。今すぐ決める必要はないのではありませんか?」
「それは確かにそうだ。でも、事務方の報告の通り、二年後には次期伯爵を決める必要がある。王太子の指名はそれより後かもしれない。二年だけでも待つべきかい?」
「その場合は、父上を次期ブリスト伯爵とすれば良いでしょう。父上には功績もあります。王太子指名の時まで気持ちが変わらなければ、アレクシスに伯爵位を移譲すれば良いと思います」
……ああ、そういうことか。
ベンジャミンの考えが分かった。
ベンジャミンは伯爵位を望んでいるのだ。
俺が次期王太子となれば、ブリスト伯爵の席が空く。その場合に、次の候補となるのは父上だ。そうすれば将来、自分が伯爵となれる。
伯爵就任の引き延ばしも、その可能性を残すためだ。
ベンジャミンの発言を受け、父上が手を挙げる。
「私はブリスト伯爵になる気はない。仮にアレクシスが王太子を望んだとしても、次期ブリスト伯爵は別の人間だ。私ではない」
「なっ!?」
父上の発言に、ベンジャミンが愕然とした表情を浮かべる。
父上は伯爵位を望んでいないことを、ベンジャミンに話していなかったのかもしれない。
そして、今の反応で貴族達もベンジャミンの意図に気付いたようだ。
ベンジャミンに冷めた視線が集まる。
議場が静まり返る。
誰も発言せず、ベンジャミンは立ち上がったまま黙っている。
静寂が数秒続いた後、陛下が口を開く。
「意見は出揃ったな」
誰もそれ以上意見は述べない。
「アレクシスが王位を望んでいない以上、王太子の指名を考慮する必要はない。本人の意向を踏まえ、次期ブリスト伯爵をアレクシスと決定する。正式な就任は二年後。アレクシスが貴族学園を卒業してからとする」
陛下が決定を下した。
その時、議場の扉が静かに開かれ、トーマスさんが入場して来た。
トーマスさんは素早く陛下に近づき、耳打ちをする。
陛下は一瞬顔をしかめ頷くと、貴族達に視線を向ける。
「会議は中止だ。魔の森でドラゴンの出現が確認された」




