第四話 オーウェンとクリスティーナ
十二月初旬。
オーウェン殿下とのお茶会のために登城した。
今日も面倒だが馬車を利用している。
護衛は何故かベティさん。
いつもトーマスさんなので不思議な感じだ。
「トーマスさんはお忙しいのですか?」
「そういうわけではありません。私がお茶会の護衛に立つので、案内を兼ねているだけです」
何ということもない理由だった。
一瞬、「リアの護衛は?」と思ったが、他にも近衛騎士はいるので問題はないはずだ。
「リアは城でどんな状況ですか?」
「穏やかに過ごされていますよ。王太子殿下やミュラ様ともよく会話をされています」
ベティさんの表情からすると、本当に穏やかに過ごせているのだろう。
「それと、アルフ殿下が、アレク様の話を強請っている姿を拝見しました」
ベティさんはクスクスと笑う。
「アルフ殿下ですか?」
「ええ。キングボアやドラゴン討伐の話を聞こうとしたみたいです。オフィーリア殿下が討伐に参加したわけではないので、あまり説明出来なかったみたいですが」
アルフ殿下は王太子殿下の第四子で、リアの弟だ。
ミュラ様にとっては第二子になる。
昔から懐いてくれていて、俺達の訓練にもよく参加していた。
年齢は一つ下の十二才。年が明けたら十三才で、貴族学園に入学する。
「もしかしたら、アルフ殿下に捕まるかもしれませんね」
ベティさんは笑みを浮かべた。
◇
ベティさんに案内された先には、既に他の参加者が揃っていた。
俺の身分は一番下なのだが、これで良いのだろうか?
「アレク」
声をかけて来たのは勿論リアだ。
表情を見る限り、ベティさんに聞いたとおり、穏やかに過ごせているのだろう。
「元気そうだな」
「ええ。おかげさまで」
リアの笑顔に満足し、他の二人に体を向ける。
「お久しぶりです、オーウェン殿下、クリスティーナ様」
オーウェン殿下と会うのは、ブリスト伯爵領の討伐戦の慰労会以来だ。
クリスティーナ様とは、二人の結婚式以来かもしれない。
オーウェン殿下の第一夫人、クリスティーナ様。
サザーランド伯爵の長女で、セラの姉でもある。
俺やリアの従姉で、実の姉のような存在だ。
初恋とは違うが、小さい頃の俺にとって、憧れのお姉さんだった。
「慰労会以来だね」
「私は随分会っていなかったわ。避けられていたのかしら?」
「機会がなかっただけです。私はいつもお会いしたいと思っていましたよ」
クリスティーナ様の冗談に、俺も冗談めかして返事をする。
会いたかったのは本当だ。
「クリスお姉さまに会えて嬉しいのは分かったから、とりあえず座りなさい」
リアに促されて席に座る。
円形のテーブル席の、右にリア、左にオーウェン殿下、正面にクリスティーナ様だ。
「リアったらやきもち?」
「婚約者の前で、クリスお姉さまにデレデレするのが悪いんです」
やきもちだな。
デレデレはしていないと思うが……
クリスティーナ様の前では、リアは少し子供っぽくなる。
これは小さい頃から変わらない。
その姿がかわいらしくて眺めていると、リアの視線がこちらに向く。
「何?」
「いや、リアがかわいいなと思って見ていた」
俺がそう言うと、リアが顔を赤らめる。
「あら、アレクやるわね」
「さすがは婚約者だね」
クリスティーナ様とオーウェン殿下が、クスクスと笑っている。
偶にはこういうのも良いだろう。
◇
「アレクは会いに来ないけど、アレクの話はいくつも耳に届いていたわ」
「何か失敗話でも届きましたか?」
「違うわよ。ミスリル、キングボア、ドラゴンよ。誤魔化さないの」
クリスティーナ様の言葉に微笑を浮かべる。
「どれもその場にいただけで、中心人物は俺じゃないですけどね」
「そうなの?」
「ええ。ミスリルは友人のコリーが見つけました。キングボアと戦ったのはほとんどトーマスさんです。ドラゴンもトーマスさんやバミンガム侯爵。領兵と騎士。あとはウォルバー伯爵家のローレンスさんですね。俺はおまけです」
俺がやったことはそこまで多くない。
リアは隣で呆れた視線を向けてくる。
謙遜しすぎと言いたいのだろう。
俺からすると、評価されすぎになるのだが。
「でも、城の人達はそう思っていないみたいだよ」
オーウェン殿下が俺に言う。
その表情は笑顔だが、少しだけ真剣だ。
今日のお茶会の目的の一つだろう。
「アレクが王になるのが相応しいという声があるのは知っている?」
「そういう話は聞いています。ですが俺にその気はありません」
オーウェン殿下が俺の表情を窺う。
「ブリスト伯爵の件は、アレクが望んでいると聞いているけど、間違いない?」
「間違いありませんよ。俺だけじゃなく、リア、セラ、アンジェリカの三人も、伯爵位を受けることを望んでいます」
「本当ですよ。オーウェンお兄様」
俺とリアの否定を受けて、オーウェン殿下は少しの間、俺達の表情を窺っていたのだが、納得したように緊張を緩ませたのが分かった。
「二人が嘘を言っていないのは分かった」
「俺達のことは気にせず、王位を目指してください」
俺がそう言うと、三人とも微笑む。
「そうするよ。まだどうなるか分からないけどね」
オーウェン殿下は慎重なようだが、カール殿下も本気で目指しているとは思えないし、ベンジャミンは論外なので、残るはアルフ殿下だけだ。
「アルフ殿下が頑張るかも知れませんね」
「あの子はそんな気ないわよ。将来は騎士か冒険者でしょうね」
俺の冗談をリアが否定する。
俺も本気でアルフ殿下が王位に就けるとは思っていない。
すると、クリスティーナ様がクスリと笑う。
「アルフはアレクに憧れているからね」
「今日も来たがっていましたよ」
「呼んであげれば良かったかしら?」
「あの子を呼んだら、ずっとドラゴン討伐の話になります」
クリスティーナ様とリアが、アルフ殿下について話す。
ベティさんから聞いたように、ドラゴン討伐の話をかなりされたのだろう。
「騎士志望なら応援するよ。本音を言えば、アルフ殿下に王位を目指してほしくはないから」
「そうなの?」
「面倒事に巻き込ませたくはないからな」
俺がそう言うと、リアとクリスティーナ様が柔らかい笑みを浮かべる。
ミュラ様の子であるアルフ殿下は、俺の代わりに担がれるかも知れない。
実際、優秀ではあるのだ。
「多分大丈夫よ。お父様が頑張っているみたいだから」
「王太子殿下?」
リアが頷く。
「国の中枢から少し遠い――所謂、非主流派の貴族と頻繁に交流しているの」
少し嬉しそうに話すリアに、俺は状況を察する。
先月婚約の話をした際に、王太子殿下はミュラ様から苦言を受けていた。
陛下や王太子殿下の周囲の人間は主流派の人間で、二人が周囲の声に耳を傾けても、そこに非主流派の声はほとんどない。
そして、聞こうとする姿勢を見せていない。
俺に対する話し方ではあったが、ミュラ様は王太子殿下に向けて話していた。
王太子殿下も考えてみると言っていたので、それを実行したのだろう。
「明確に何が変わったというわけでもないのだけど、非主流派の人達の雰囲気みたいなものは変わったわ」
「ウェルズ侯爵も?」
「侯爵とはまだ話していないけど、お母様は明るくなったわね」
「それは良かったな」
リアは嬉しそうに頷く。
「主流派の一部は少し慌てているみたいよ」
クリスティーナ様が面白そうに話す。
影響力の低下を招きかねないのだから、主流派は慌てるだろう。
「一部なのですか?」
「慌てているのは要職についていない人達の一部。つまり、今後の人事に関わってくる人達ね」
「既に要職に就いている人は気にしていないと……」
薄情な気がするな。
少し顔をしかめる。
「アレクは勘違いしてそうね」
クリスティーナ様は説明を続ける。
「慌てているのは派閥頼みで要職を狙っている人達で、そういう人達はそもそも要職に就けないわ。陛下も王太子殿下も、人事については能力主義だから」
「要職についている人達は、能力で選ばれたから気にしていないということですか?」
「言い方はどうかと思うけれど、主流派でも能力が足りなければ要職に就けないのは理解しているわね」
分かったような、分からないような……
俺が内容を整理しきれないでいると、オーウェン殿下が補足する。
「要職に就いている人からすると、人事の裾野が広がったくらいの認識で、国としては良いことだと考えているんだよ。私もそう思うしね」
「派閥のことは気にしていないのですか?」
「気にしていないね。彼らは派閥で人を区別していない。彼らの交流範囲が、所謂主流派と呼ばれているだけだからね」
「そうすると、派閥って存在しないのですか?」
「あると言えばある。ないと言えばない。そのくらいのものかな」
そう言うものか。
「父上のやっていることは良いことだと思うよ。私も見習おうと思っている」
「マンチェス侯爵から何か言われませんか?」
「あの人はまあ……そういう面もある人だけどね。大丈夫だと思うよ。次代はそうでもないし、私の母もそういうのは気にしていないから」
オーウェン殿下は微笑みを浮かべながらそう言う。
オーウェン殿下の母はマンチェス侯爵の娘だ。
ミュラ様もウェルズ侯爵ほどは気にしていないようだし、そういうものなのだろう。
「派閥を気にしないで済むようになれば、俺も嬉しいですね」
「伯爵だものね」
クリスティーナ様が悪戯っぽい笑みを向けて来る。
「冒険者兼伯爵の予定です」
「それは逆じゃないかな」
オーウェン殿下が苦笑を浮かべて指摘すると、リアとクリスティーナ様が声を出して笑い、その場が笑顔に包まれた。




