第二話 ブリスト伯爵領の後継者
「私からもアレクに話があるんだ」
婚約関連の話が終わった所で、王太子殿下が笑みを浮かべて話し出す。
「なんでしょうか?」
「うん。王位の話をした後で言うのもなんだけど、ブリスト伯爵領を治めてほしいんだ」
「はい!?」
突然のことに驚く。
大人達の反応もバラバラだ。
知っていたように見えるのは父上で、動揺している様子はない。
サザーランド伯爵とバミンガム侯爵は、「なるほど」といった顔をしている。
アイリーン様、ミュラ様、母上は、「まあ」とでも言いそうな顔だ。
アイリーン様は本当に「まあ」と言っているが……
「今すぐではないけどね」
今すぐかどうかではないのだが……
言葉に詰まる。
「アレク達が貴族学園を卒業してからだから、二年後くらいだね」
「……兄上、説明が必要だ」
俺の様子を見ていた父上が指摘する。
父上に指摘された王太子殿下は、改めて俺に視線を向け、笑みを浮かべる。
「そうだね。理由を説明しよう」
「お願いします」
王太子殿下は俺に頷く。
「ブリスト伯爵領は、暫定的に王家の直轄領になっているのは知っているね?」
「はい。代官が送られ、魔物領域についても、王家主導で改革が行なわれていると認識しています」
「うん。その認識で正しい。魔物領域については、北側と南側に冒険者を誘致する町を建設中だ。南側はサザーランドとメアを繋ぐ街道の中間地点だ」
俺達が魔物の咆哮を聞いた場所だ。
咆哮については気になることがあるが、それは後にしよう。
「サザーランド伯爵にも協力してもらって、街道封鎖も解除されている」
サザーランド伯爵に目を向けると、頷いて見せてくれる。
「メア子爵領の問題は解決済みということですね」
「うん。完全に元通りではないけど、ほぼ解決だね」
「ありがとうございます」
俺が礼を述べるのも変な話だが、レイチェルの代わりに礼を述べる。
王太子殿下は微笑みを浮かべ、説明を続ける。
「今はまだ騎士団の応援が必要な状況だけど、いずれはブリスト伯爵領単独で管理することになる。その時に新しい伯爵が必要になるんだ」
「それで俺ですか?」
「うん。一番の理由は、領民やブリスト伯爵家の家臣がアレクを望んでいるから」
慰労会でトーマスさんから聞いたな。
民から英雄扱いされているって。
「民から人気があるという話は聞いています。不本意な部分もありますが……それで、ブリスト伯爵家の家臣も言っているのですか?」
「民と同じような状況みたいだよ。特に新任の兵士長が強く推しているみたいだね」
「兵士長ですか?」
「マックスという名前だ。アレクと一緒に避難活動をしたと聞いているよ」
「マックスですか……」
なるほど……マックスならそうなる。
俺の納得した表情を見て、王太子殿下は説明を続ける。
「あと、多くの功績を挙げているからだね。何の功績もなしに伯爵にすることは出来ない。その点でもアレクは第一候補になる。ミスリル発見の功績。魔物の氾濫での各種功績。そしてドラゴン討伐だ。ドラゴン討伐はバミンガム侯爵家主導だから、王家から勲章を与えることはないけど、内容は勲章ものだ」
自分でやったことは多くないが、並べると凄く感じるのは不思議だ。
「他の候補は、ウィリアム、トーマス、騎士団長、オーウェン、カール、といったところだけど、アレクの対抗馬としては厳しいね。しいて言えばウィリアムだけど……」
そう言って父上に視線を向ける。
「私は引き受ける気はない」
「と、いうことだ。実際アレクの方が相応しいしね」
父上は受けないな。
受ける可能性がありそうなのはカール殿下くらいだけど、それも渋々だろう。
「皆はどう思う?」
三人の婚約者に視線を向けると――凄く嬉しそうだな。
「良い話だと思うわ。王位から逃げる意味でも受けるべきね」と、リア。
「私も受けた方が良いと思う。ブリストなら冒険者稼業もしやすいし」と、セラ。
「わたくしも賛成ですわ。領地運営ならお任せください」と、アンジェリカ。
表情が先程までと随分違う。
副業が必要な男爵より、お金持ちの伯爵の方が良いよな……
「アンジェリカがいれば領地運営は問題ないぞ」
隣に座るバミンガム侯爵にも勧められる。
アンジェリカは領地経営関連科目の学年トップだ。
元々侯爵領を継ぐつもりだったので、その手の内容は完璧だ。
なら問題もないのか。
他の大人の反応を窺う。
「アレクがブリスト伯爵なら安心だな」と、サザーランド伯爵。
「皆優秀だから大丈夫よ」と、アイリーン様。
「私も賛成よ」と、ミュラ様。
「お嫁さんを三人も貰うのだから」と、母上。
父上は無言だ。
自分で決めろということだろう。
「分かりました。お受けします」
「ありがとう。助かるよ」
王太子殿下から笑顔でお礼を言われる。
「陛下も賛成しているから、後は貴族会議で発表するだけだね」
「貴族会議は年初ですよね?」
「うん。あと二月だね」
貴族会議は年初――一月の半ばに行なわれる会議だ。
全ての貴族に参加資格があり、王都で開かれる。
普段は寄親が意見を集約して城とやり取りをするが、この日は全ての貴族が陛下に意見を述べられる日だ。
もっとも、それは他の貴族の耳にも入るので、迂闊なことは言えない。
メア子爵が貴族会議の場を利用しなかったのはそのためだ。
王家も重要案件や貴族全体に関わる案件を議題にかける。
俺を伯爵に任じることについても、この場で議題にかけられる。
議決権は陛下にあるので、おそらく問題はない。
「何か準備は必要ですか?」
「今のところはないかな。もしかしたら出席を頼むことになると思うけど」
「分かりました」
出席して挨拶するくらいなら問題ない。
伯爵就任関連の話も終わり、雑談となる。
遮音壁も解除だ。
「学園生活の話を聞かせてほしいわ」
ミュラ様の要望で、学園生活の話をすることになる。
俺、セラ、アンジェリカは、入学してからも実家に帰る機会があったが、リアの場合は面倒事を避けるため、城に帰っていない。
こういう会話をする機会もなかったはずだ。
「そうですね……最近は女子生徒から、『将来有望な男性を紹介してほしい』という頼み事をよくされます」
「あら、どうして?」
「正確には、アレクに頼んでほしいということです」
疑問の表情のミュラ様に、リアが微笑を浮かべて答える。
リアは、コリーとモニカ、レイチェルとダミアンの件を説明する。
「クラリスとローレンス様の婚約も成立させましたわ」
「俺は誘導されただけの気がするけどな」
アンジェリカが会話に加わるが、正確でないので補足する。
バミンガム侯爵が微笑を浮かべているので、その話も聞いたのだろう。
「アレクは凄いのね」
「大半はトーマスさんのおかげです」
感心するミュラ様に、トーマスさんのことを話す。
コリーも、ダミアンも、ローレンスさんも、鍛えたのはトーマスさんだ。
「それと、ダミアンとレイチェルの件は、ほぼセラのおかげです。」
「私はお父様にお願いしただけだよ」
セラが謙遜する。
「セラは凄く頑張っていたわ」
「そうだね。陛下の承認まで取り付けたからね」
アイリーン様が娘を褒め、王太子殿下が同意する。
「セラフィナは国を動かすだけの情報を集めたからな」
珍しく父上が自分から発言する。
それだけセラを評価しているのだろう。
セラが恥ずかしがっている。
「わ、私のことじゃなくて、アレクの話よ」
セラが照れ隠しのように、話題を俺に戻す。
皆、微笑みを浮かべてセラを見ている。
あまり揶揄かっても可哀そうなので、俺の話をしよう。
「俺は男子生徒から、近衛騎士の稽古を受けさせてほしいと頼まれますね」
コリーとダミアンもそうだが、ローレンスさんが急激に成長し、ドラゴン討伐に成功したことで、討伐後の今週はそういう声が増えている。
「ローレンスの成長を見れば、そう思うだろうな」
「熱心なのは良いことだ」
バミンガム侯爵とサザーランド伯爵は肯定的だ。
「トーマスに迷惑をかけないように」
父上からは注意を受ける。
「どうなの?」
王太子殿下が、背後に控えるトーマスさんに話しかける。
「そうですね……まず、アレク様は随分と無茶をされますので、稽古の必要があります。これは決定事項です」
決定事項なのか……
「そのついでで良ければ構いません。コリー君やダミアン君もそうですから。アレク様が稽古を受けさせたい学生がいれば、連れて来てくださって結構ですよ」
稽古を受けさせたい学生か……
「トーマスさんの稽古を受けさせたいと思うのは、コリー、ダミアン、ローレンスさんの三人だけですね」
近衛騎士の稽古を受ける価値がある人材は、三人の他には知らない。
神様の所で見たのは、三人の他はリアとセラだけだから。
トーマスさんは俺の答えに満足そうな笑顔を見せる。
そういえば、咆哮の件を聞きたい。
「あっ、トーマスさん――」
と、言いかけて迷う。
遮音壁を解いた状態で聞いて良いのかな?
「なんでしょう?」
「え~と、……すいませんお茶会のあとで」
「内緒話かい?」
王太子殿下が面白そうに聞いてくる。
「私達には話せないことなの?」
「気になるわ」
アイリーン様と母上も面白がっている。
「話しても良いのか迷う質問なので……」
「トーマスに話せる内容なら、私達が聞いても問題ないよ」
王太子殿下はそう言うが……
「いえ。そうではなく……あれ? メイドさんがいませんね?」
部屋を見回すと、近衛騎士以外はいなかった。
「学園の使用人には退室していただいております」
ベティさんが教えてくれた。
それなら良いか。
「それなら平気ですね。トーマスさんに聞きたかったのは、魔獣の咆哮のことです」
「ああ……なるほど」
それだけで理解したようだ。
「ブリスト伯爵領で聞いた咆哮と、バミンガム侯爵領で聞いたドラゴンの叫び声が似ているなと……」
「アレク様は、ブリスト伯爵領の魔物領域にも、ドラゴンがいるのではないかと思っているのですね?」
「はい」
俺が肯定すると、トーマスさんが頷く。
「えっ、そうなの!?」
「大変ですわ!」
セラが驚き、アンジェリカは慌てる。
声こそ出さないものの、リアも目をまるくしている。
「そのことか。トーマスから報告は受けているよ」
王太子殿下が笑みを浮かべ、トーマスさんに説明を促す。
視線を受けて、トーマスさんが説明を始める。
「アレク様の御懸念は、正しいかも知れないし、間違っているかも知れません。ですが、気にする必要もありません」
「どういうことですか?」
「ブリスト伯爵領とバミンガム侯爵領の魔物領域は、広大な森です」
その通りだ。
「広大な魔物領域の場合は、深部まで行くことが出来ないし、行く必要もありません」
「行けないのは理解出来ますが、行く必要がないというのは理由があるのですか?」
俺の質問にトーマスさんが頷く。
「魔物領域の管理という観点で重要なのは、第一に魔物が溢れないように管理すること、第二に魔物領域から得られる資源を確保することです」
一点目を怠った場合の結果がブリスト伯爵領で、二点目は食料供給や物資供給のために必要なことだ。
「その二つを考えた場合、深部まで行く必要はありません。ある程度の範囲の魔物を討伐していれば済むことですから」
「つまり、深部にドラゴンがいたとしても、問題はないということですか?」
「そうです。仮に戦うとしても、森の中では難しいので引きずり出すことになります」
バミンガム侯爵領の時の状況だ。
「万が一森の外に出てきても、それは仕方ないということですか?」
「多少の被害は出るかも知れませんが、深部に侵入するよりは被害は少ないでしょう」
「多少の被害で済みますか?」
「避難体制と連絡体制が整っていれば、多少の被害で済みます。連絡さえ来れば――」
トーマスさんは周囲に一度視線を向ける。
「――近衛騎士が全速力で向かいます。ドラゴンが相手でも問題になりません」
周囲の近衛騎士達を見る。
近衛騎士達は、「当然」といった顔で笑みを浮かべている。
その姿に、俺の胸にあった不安がなくなる。
俺は笑みを浮かべて、トーマスさんに頷きを返した。
近衛騎士が数人いれば、ドラゴンが相手でも負けることはない。
◇
話し合いは和やかに終了した。
俺達は学園の入り口まで両親達を見送りに出た。
他の学生はかなり注目していたようで、大勢の学生がその様子を遠巻きに見ていた。
ダミアン達も見に来ていて、アイリーン様、ミュラ様、母上に捕まって、話し掛けられていた。
「それじゃあ、何かあれば連絡するね」
「よろしくお願いします」
王太子殿下と挨拶をし、馬車を見送った。




