第一話 婚約の報告
休日明けの貴族学園は、ドラゴンの話題で持ち切りだった。
討伐に参加した学生の周りには、ドラゴンの話を聞こうと多くの学生が集まった。
俺の周りには、一年生の男子が話を聞きに来た。
俺はドラゴンの恐ろしさや、どうやって戦ったかを詳細に伝えた。
水魔法でドラゴンを滑らせた件については、感心されたと共に、一部笑いも起きた。
ドラゴンでも滑るというのが可笑しかったようだ。
一年生の女子は、アンジェリカの周りに集まった。
アンジェリカは、俺のことばかり話していたようだ。
女子に囲まれるかと思ったが、意外とそんなことはなく、平穏に過ごすことが出来た。
学園内では、リア、セラ、アンジェリカの三人が、俺の婚約者であることが暗黙の了解だ。
入り込む余地はないということだろう。
ローレンスさんも、男女問わず大勢の学生に囲まれた。
急激に成長し、ドラゴン討伐まで果たしたことで、婚約者狙いの女性も多かったようだ。
しかし、クラリスと婚約したことが徐々に囁かれ始めていたので、それも直に治まるだろう。
そして、面会依頼の返事が返ってきた。
手紙ではなく、トーマスさんが直接やって来た。
「学園に来るのですか?」
「ええ。皆さんの御両親とも調整済みです」
城ではなく貴族学園で会うことになった。
俺達が毎週のようにお茶会をしていることも知っているようで、その時間を使うつもりらしい。
「それは構いませんが、王太子殿下やミュラ様も来るのですよね?」
「勿論です」
「目立ちませんか?」
その顔ぶれがわざわざ学園に来るというのは、婚約を公言しているようなものだ。
「承知の上のことですから。アレク様達も隠すつもりはないのでしょう?」
「それはまあ」
「それに、城だと呼んでいない方まで来そうですから」
トーマスさんが苦笑を浮かべる。
ああ……お婆様だ。
「分かりました。当日は学園の入り口で待っていれば良いですか?」
「いえ。学園には伝えておきますので、案内は不要です。談話室でお待ちください」
「分かりました」
トーマスさんは帰っていった。
俺はリア達に話を伝えに行き、少しだけ驚かれた。
◇
「お待ちしておりました」
翌日の午後。
俺達四人は談話室で両親達を出迎えた。
王太子殿下、ミュラ様、父上と母上、サザーランド伯爵とアイリーン様、バミンガム侯爵の七名だ。
トーマスさんやベティさんを含む近衛騎士も、数名護衛で来ている。
今頃、学園内は大騒ぎだろう。
「久しぶりだね」
「元気にしていましたか?」
「はい、お父様、お母様」
王太子殿下、ミュラ様、リアの三人が会うのは、相当に久しぶりだろう。
リアは入学以来、城には近づかないようにしていた。
理由は面倒事を避けるためだ。
三人の――特にミュラ様の嬉しそうな顔が印象的だ。
セラとアンジェリカも親と話をしている。
「今日を楽しみにしていたのよ」
そう言って、嬉しそうな顔で話しかけてくるのは、俺の母上だ。
バミンガム侯爵の姉でもある。
「面倒事の方が多いかも知れませんよ」
「あら、娘が三人も出来るのですもの。他は些細なことよ」
「元々三人共、娘みたいなものでしょう?」
「それもそうね」
母上はクスクスと笑う。
その様子に俺も頬を緩ませる。
一通り挨拶が終わり、いつもと同じ円形のテーブル席に座る。
少し人数は多いが、時計回りに、俺、リア、アンジェリカ、セラ、サザーランド伯爵、アイリーン様、ミュラ様、王太子殿下、父上、母上、バミンガム侯爵の順番だ。特に理由はない。
学園のメイドさんによって、お菓子とお茶が用意される。
普段と違う様子は見せない。
さすがは貴族学園のメイドさんだ。
準備が整い、俺は遮音壁を張る。
皆の注目が俺に集まる。
最初の挨拶は俺の役目だ。
一呼吸置いて話を始める。
「お忙しい中、御足労頂きありがとうございます。今日は、リア、セラ、アンジェリカとの婚約の許可を頂きたく、この場を設けました」
「固いわね」
ガクッ。
折角真面目に挨拶したのに……
声の主であるアイリーン様はクスクスと笑う。
他の人達も笑い声を零す。
「一応真面目にしようかと……」
「そうなの?……続ける?」
「いえ、結構です」
アイリーン様が俺を揶揄って喜んでいる。
「それで、許可していただけますか?」
両親達に尋ねる。
「構わないよ。婚約は当人同士の意思だ。ミュラも良いかな?」
「はい。リアが決めたのなら構いません」
王太子殿下とミュラ様の発言だ。
「私と妻は既に許可をしています」
バミンガム侯爵が言う。
「私達もセラの意思を尊重すると決めてある」
「セラはずっとアレクと結婚するって言っていたから、今更よね」
サザーランド伯爵とアイリーン様も許可してくれた。
三人の親は了承だ。
俺は両親に顔を向ける。
「私は大歓迎よ。むしろ、すぐに結婚でも良いわ」
母上は先程の通りだ。
リア達も笑顔で母上を見る。
最後に父上に視線を合わせる。
「入学前に話したとおりだ。お前が決めたのならそれで良い」
父上も了承だ。
「ありがとうございます」
「「「ありがとうございます」」」
俺達はお礼を述べ、正式に婚約が成立した。
でも、ある意味ここからが本題だ。
「ここからは相談になるのですが、まず、入学前に王太子殿下から頂いた、依頼の報告をしてもよろしいですか?」
「リアの本音を聞き出すという依頼だね?」
「はい」
王太子殿下に頷く。
「私から説明するわ」
リアが自分で説明すると言う。
王太子殿下に視線を向けると頷かれたので、リアに任せることにする。
「ベンジャミンとの婚約の件ですが、当時も今も婚約する気は全くありません」
リアの発言を聞いて、ミュラ様が優しく微笑んでいる。
ようやく本音が聞けた喜びだろうか。
アイリーン様は、「うんうん」と二回頷き、母上は何とも言えない表情だ。
「あっ、すみません」
母上の様子を見てリアが謝る。
「気にしないで。自分の息子ながら、結婚相手としてはどうかと思うから」
中々厳しいことを言う。
母上の返答を待って、王太子殿下が話し始める。
「それは何となく分かっていたよ。分からないのは、何故言わなかったのかなんだ」
王太子殿下は俺に依頼する時もそう言っていた。
俺もリアに聞くまでは分からなかった。
リアが遠慮がちに説明を始める。
「その……アレクに迷惑がかかるので」
「迷惑?」
「当時は、ようやくアレクの周りが静かになった頃だったので……」
「ああ、なるほど」
王太子殿下はそれで理解したようだ。
俺は子供の頃から、うんざりするほどお婆様に王位を求められていた。
お婆様がようやく諦めたのが、入学の一年前くらい。
ベンジャミンとの話が出始めたのが、その半年後くらい。
お婆様の王位への執着が再燃した結果だ。
ベンジャミンとの婚約を断ると、俺への要求が再燃する。
リアはそう考えて、曖昧な状況のままにしていた。
ベンジャミンとの話が続いている間は、俺を王位に求める声は止んだままだから。
「アレクが貴族学園に入学しなければ、王位の可能性は消えていました。その後で断ろうと考えていました」
全員が「なるほど」という顔をしている。
父上も感心しているようだ。
「余計なことをしてしまったかな?」
王太子殿下がリアに尋ねる。
これは俺が否定するべきだろう。
「いいえ。俺は貴族学園に入学して良かったと思っています」
リアが微笑みを浮かべる。
他の皆も同じような感じだ。
「……それなら良かった」
王太子殿下が頬を緩ませ、ホッとした表情をする。
依頼の報告はこれで終了だ。
「その話を聞いた後で、リアとセラの二人と婚約することは決めました。ただ、婚約の発表はしない方が良いかと思い、黙っていました」
「そこから先はトーマスから聞いた。バミンガム侯爵領で話した内容だね」
「はい」
トーマスさんはちゃんと話をしてくれているようだ。
サザーランド伯爵とアイリーン様に顔を向けると、笑って頷かれた。
二人にも話は通じているようだ。
「アレクを王位に推す声は確かに多くなった。今回のドラゴンの件で更に増えている」
「そうなのですか!?」
「そうだよ。騎士団は特に多くなったかな」
愕然とする。
「そうでしょうね」と、リア。
「そうなるよね」と、セラ。
「当然ですわ」と、アンジェリカ。
アンジェリカは誇らしげだ。
俺達の様子に大人達が笑い声を零す。
「まあ、婚約を発表して、王位に就く気がないことを公言すれば、大体は治まるよ。騒ぐ人も、一部はいるだろうけどね」
王太子殿下がそう言うと、ウェルズ侯爵の娘であるミュラ様が、少し悲し気な表情になる。
折角なので聞いておこう。
「その一部に、ウェルズ侯爵は含まれますか?」
俺の質問に、王太子殿下は困った表情になる。
答えにくいのかも知れない。
「答えにくい質問ですか?」
「う~ん、何とも言えないな……」
はっきりしないな。
王太子殿下が困っていると、ミュラ様が俺に視線を合わせて来た。
「一度は直接アレクに王位を勧めると思うわ。でも、それ以上はしないと思う」
「一度だけ断れば良いということですか?」
「王位に関しては」
「王位に関しては?」
ミュラ様は頷いて話を進める。
「父は王位にはそこまで固執していないの」
「……派閥の影響力ですか?」
リアから説明は受けている。
ミュラ様は頷く。
「そうね。父は派閥への協力を求めてくると思うわ」
「協力ですか?」
「具体的には要職の人事で、派閥の人間を推薦してほしいと言うと思うわ」
「俺にそんな権限はないですよ」
「直接陛下や王太子殿下、オーウェンやカールに対して意見は言えるでしょう。それに、アレクの意見なら完全に無視することも出来ないわ。それだけの支持があるから」
そうだろうか?
王太子殿下に視線を向けると、困った表情をしている。
「う~ん。陛下も私も、派閥を気にしているつもりはないからね」
王太子殿下はマンチェス侯爵家――主流派を優遇しているつもりなどないのだろう。
ミュラ様が微笑を浮かべ、王太子殿下に話しかける。
「それは存じております。ですが、陛下や王太子殿下に意見出来る立場の人は、大半がマンチェス侯爵家に近い人達ですから」
これはミュラ様からの苦言だろうな。
ウェルズ侯爵家の状況について思うところがあるのだろう。
「少し脱線してしまいましたね。そういった協力を求められるということです」
「俺は誰が主流派で、誰が非主流派なのかも知りませんよ?」
「多分、パーティーにも呼ばれるでしょうね」
それが一番面倒だな。でも……
「人となりも知らずに、推薦も出来ませんからね」
「知ろうとしてくれるだけでも有難いのですよ」
今のも王太子殿下に言ってそうだ。
王太子殿下に少しだけ視線を向けると、困った表情のまま考え込んでいる。
俺は三人に聞いてみる。
「どう思う?」
「無理のない程度に付き合えば良いわ。ウェルズ侯爵家に限らず」と、リア。
「そうだね。冒険者稼業に影響が出ない程度に」と、セラ。
「お仕事が優先ですわ」と、アンジェリカ。
三人はあまり気にしていなさそうだ。
王族貴族の令嬢なのに、冒険者稼業が優先だと言い切る婚約者達。
ミュラ様は三人の言葉を聞いてクスクスと笑う。
「三人を見ていると、アレクが王になるのも良いかと思ってしまうわ」
「俺は王になる気はありませんから。他の殿下方に期待してください」
「あら、残念」
ミュラ様の表情が明るくなったので、聞いて正解だったのかも知れない。
ミュラ様はあまり自分の意見を言う人ではないから。
「その件は私も考えてみることにするよ」
王太子殿下がそう言い、ミュラ様が軽く頭を下げる。
上手くいくと良い。




