第十話 久しぶりのお茶会
俺達が王都に戻ったのは土の日の夜。
その日は各々邸に泊まった。
翌日は休日だ。
俺とアンジェリカは午後に寮に戻り、談話室に向った。
恒例のリア主催のお茶会だ。
「ただいま」
「ただいまですわ」
部屋には皆が揃っていた。
「お帰りーって、その様子だと上手くいったんだ?」
「勿論ですわ」
隣を歩いていたアンジェリカは、俺の腕に抱き着いてセラの質問に答える。
「近すぎ!」
「近すぎるわ」
セラとリアが指摘する。
アンジェリカは笑顔で、「では離れますわ」と言って、自分の席に座った。
俺も自分の席に座る。
メイドさんが紅茶を入れてくれるのを待って、遮音壁を展開し、皆を見回す。
「色々あるが、何から話す?」
「時系列で良いんじゃないかしら」
リアの答えに頷き、順を追って話し始める。
出発から順に、森に侵入した所まで話を進める。
「――で、クラリスと話をして、何かおかしいと気づいたわけだ」
「あ~、クラリスちゃんか~」
「それは予想出来なかったわ」
「ハズレちゃいましたね」
セラ、リア、モニカが楽しそうだ。
レイチェルに顔を向けると、苦笑を浮かべて教えてくれる。
「アレクさんがいつ勘違いに気付くか、という話をしていたんです」
「そんな話をしていたのか……」
「昨日の話ですよ! 討伐が無事終わって、死亡者もいなかったって情報が届いてからの話です。それまでは皆ずっと心配していました」
レイチェルが必死に弁解する。
でも、討伐の話が出る前も楽しんでいたことは知っている。
「まあ、分かった。話を続ける」
探索中に魔物の咆哮が聞こえ、森から脱出したこと。
トーマスさん達がドラゴンを連れて来たこと。
サーペントの乱入があったこと。
皆が必死に戦って、ドラゴンを討伐したこと。
皆が真剣に聞いている。
Aランクのドラゴンだからな。
逆の立場なら、俺も興味津々になるだろう。
「――で、結果的にだけど、誰も死なずに済んだ。侯爵の話では、重傷者についても時間を掛ければ治るし、後遺症が残るようなこともないらしい」
「ドラゴンが出てその結果は奇跡だね」
コリーが感想を述べる。
同感だ。
「キングボアに続いてドラゴンか……アレクは引きが強いな」
「呪われているんじゃないかと思うよ。メア子爵領に向った時も、丁度魔物の氾濫が起きたし」
うんざりしながらダミアンの指摘に答える。
魔物の氾濫、キングボア、ドラゴンと、行く先々で何かが起こる。
「アレクがいなくても全て起こったわ」
リアが慈愛の籠った笑顔を向ける。
「むしろ、アレクがいたから被害がなく終わったのよ」
「そうだね。アレクがいなかったら、魔物の氾濫の情報はあんなに早く届かなかった。サザーランドに被害が出なかったのはアレクのおかげだよ」
セラも優しい声でリアに同意する。
「ブリスト伯爵領も、アレクが行かなかったら村民に大きな被害が出ていたな」
ダミアンがそう言うと、レイチェル、コリー、モニカも笑顔で頷く。
「バミンガム侯爵領もですわ。アレクがいなければ、お父様はサーペントに襲われて死んでいたかも知れません。ドラゴンを倒せたのもアレクがいたからですわ」
アンジェリカも俺を励ますように言う。
何か皆を心配させてしまったようだ。
「え~と、その……ありがとう」
皆が笑顔を向けてくれた。
なんだか恥ずかしい。
俺は咳払いを入れて話を進めた。
侯爵邸に赴き、クラリスとローレンスさんが婚約したこと。
クラリスが後を継ぐこと。
アンジェリカと婚約すること。
その他諸々のこと。
「――で、帰ってきてお茶会をしている」
話が終わり、皆一息つく。
落ち着いてから、リアとセラに婚約の話をする。
「もう報告が入っているだろうけど、婚約の話をするってことで良いのか?」
二人に確認すると、揃って頷く。
「今の状況だと、黙っている方が変な期待を持たせることになるわ」
「公にして、王位に興味はありませんって言った方が良いよ」
リアとセラの見解だ。
「セラは城の状況を聞いているんだろう。そんなに酷いのか?」
「酷いって言い方はおかしいけど、アレクに王位を期待し始めているのは、ウェルズ侯爵周辺だけじゃないから」
「俺が王位を望んでいないことは、昔から公言しているんだけどな」
「貴族学園に入学したことで、気持ちが変わったと思っている人もいるみたい」
「まあ、俺の入学はそう思わせる意図があったからな」
元々そう思わせて、リアとベンジャミンの婚約を回避させたのだから当然だ。
軽く息を吐く。
「分かった。俺から面会の依頼を出す。全員の両親で良いな? アンジェリカの所は侯爵しか来られないと思うけど」
「お母様にはバミンガムで報告していますし、問題ありませんわ」
アンジェリカが了承する。
「私の両親も王都にいるから丁度良いよ」
セラも大丈夫なようだ。
「私も大丈夫よ。お母様も多分来ると思う。あとは、余計な人達が来ないことを祈るだけね」
「一番来そうなのはお婆様だな」
呼んでもいないのに来そうなのはお婆様だ。
俺の言葉にリアが微笑を浮かべる。
「俺の両親も来ると思う。来週の休みで良いか?」
三人が頷き了承する。
バミンガム侯爵も来週ならいるはずだ。
「なら、それで決まりだな」
話が終了した。
それを待っていたかのように、コリーが話しかけてくる。
「アレクも大変だね。三人もお嫁さんを貰うなら相当稼がないと」
「男爵の年金だと厳しいな」
平民からすれば十分裕福だろうが、婚約者三人は、王女、侯爵令嬢、伯爵令嬢だ。
そこまで落差のある生活はさせられない。
「ブリスト伯爵領でボア狩りでもするかな。頑張ればビッグボアも刈れるようになるかも知れない」
「ドラゴンを倒した人が何を言っているのさ」
「アレクなら単独でキングボアも倒せそうだな」
コリーが笑い、ダミアンが無茶を言う。
……いや、近衛騎士の訓練を受け続ければ、無茶でもないのか?
「私も戦う!」
「そうね。冒険者生活も悪くないわね」
「わたくしももっと強くなりますわ」
セラ、リア、アンジェリカが、令嬢らしからぬことを言う。
彼女達の言葉に思わず顔が綻ぶ。
「アレクさんなら近衛騎士にもなれそうですけどね」
「あっ、確かにそうですね」
レイチェルとモニカの言うように、近衛騎士になれればそれもありだ。
近衛騎士は一代男爵や一代子爵よりも、ずっと給料が良いというのは有名な話だ。
「近衛騎士ならもう一人くらい増えても大丈夫そうだね」
コリーが余計なことを言う。
三人の笑顔がちょっと怖くなった。
「他の女性を妻にする気はないよ」
俺がそう言うと三人の表情が緩む。
ホッと胸を撫でおろし、コリーに仕返しをする。
「領地貴族はそういう人も多いけどな」
領地貴族には複数の妻を貰う人が多い。
俺達の親はリアを除き一夫一妻なのだが、領地貴族の多数派ではない。
前ブリスト伯爵も三人の妻がいた。
コリーなら複数人の妻を貰っても平気じゃないか?という意味で言ったのだが、モニカだけでなくレイチェルの笑顔も固まった。
――すまん、ダミアン。
しかし、ダミアンは容易にこの状況を脱する。
「そういう人も多いな。でも、俺は婿だし、レイチェルがいればそれで良い」
レイチェルの目を見てそんなことを言うから、レイチェルが赤面して俯く。
ダミアンは、こんな甘いことを言う男だったろうか。
「ぼ、僕もモニカちゃんだけで良いよ!」
「だけ『で』?」
「モニカちゃんだけ『が』良いんだ!」
モニカに指摘され、コリーが言い直す。
多少は仕返しになったな。
リア達三人はその様子を見て、クスクスと笑う。
その後は和やかなお茶会となった。




