第四話 王太子殿下達と内緒話
「アレクシス=ランドールに、貴族学園への入学を命ずる」
城へ到着した俺は、王太子殿下の執務室へ通された。
形式通りの挨拶を行なった後、陛下から下された命令は、貴族学園への入学だった。
唐突すぎて疑問だらけだが、王命に逆らうわけにはいかない。
「承知致しました」
形式通り了承の旨を伝えると、陛下は執務室を後にした。
執務室に残ったのは、王太子殿下、父上、オーウェン殿下の三名だ。
案内してくれたトーマスさんも、他の近衛騎士もいない。
部屋の外に待機しているのだろうが、彼らを排するほどに重要な話なのだろうか。
「とりあえず座ろうか?」
王太子殿下に促され、執務室の中央にある応接用のソファに座る。
王太子殿下が合図をすると、メイドさんが入ってきて四人分の紅茶を入れてくれた。
メイドさんは紅茶を入れ終わると、すぐに退室する。
「ウィリアム、遮音壁を頼む」
「承知しました」
父上が四人を囲うように魔法を展開する。
遮音壁は風魔法の一つで、外部との音を遮断する魔法だ。
近衛騎士を排している時点で分かってはいたが、内緒話らしい。
「突然呼び出して悪いね」
「セラと訓練していただけですから、特に問題はありません。急ぎの様ですし」
王太子殿下の話し方が柔らかい。
普段からこういう話し方をする方だが、必要な場面では威厳のある話し方に変わる。
今日は普段通りの話し方のようだ。
「周りに知られないうちに済ませたかっただけだよ。内容自体は緊急というほどでもない」
「説明をお願いしても良いですか? 状況が理解出来ていないので」
俺がそう言うと、王太子殿下とオーウェン殿下が頬を緩める。
二人らしい穏やかな表情だ。
深刻な話ではないのだろう。
父上は難しい顔をしているが、普段からあまり表情はあまり崩さない人だ。
「リアとベンジャミンの婚約話が出ているのは知っているよね?」
「はい。知っています」
「その話を先延ばしするために、アレクに貴族学園に行ってもらうことにしたんだ」
セラの悪い予感が的中していたようだ。
陛下が王命まで下した理由が分からないけど。
「陛下が命令されなくても、父上に言えば良いことでは?」
「アレクはウィリアムの命令でも拒否するだろう? でも、王命なら拒否しないだろうからね」
そこまでしなくても聞く耳は持っているのだが……
軽く息を吐いて気持ちを切り替える。
「陛下は俺とリアを婚約させたいのですか?」
「リアがベンジャミンとの婚約を望んでいないように見えるから、そのための時間稼ぎをした、というのが正しいかな。アレクが王位への意欲を見せれば、周囲は一旦静かになるからね」
王太子殿下は明確に誰とは言わないが、周囲とはお婆様やウェルズ侯爵のことだろう。
お婆様達の本命は、ベンジャミンではなく俺だ。
「リアは王太子殿下にも本音を言わないのですか?」
「はっきりとは言わないね。遠まわしにベンジャミンを拒否しているというのは分かるけど」
王太子殿下は少しだけ悲しそうな表情になる。
セラに隠している時点で予想はしていたが、王太子殿下にも本音を言っていない。
この分だと、母親のミュラ様にも言っていないだろう。
「あの子は多分、アレクのことが好きなんだろうとは思うけどね」
王太子殿下は俺に微笑みかける。
セラだけでなく、王太子殿下もそう思っているのか。
「王太子殿下は俺とリアを婚約させたいのですか?」
王太子殿下は俺の質問に微笑を浮かべる。
自分で聞いておいて何だが、肯定も否定も出来ない質問だ。
「父親としては娘の恋が成就してほしいと思う。でも私は王太子だからね」
王太子殿下の言葉に頷く。
俺とリアの婚約が王位継承争いに影響を及ぼすのは、多分間違いない。
最も影響を受けるであろう、オーウェン殿下に視線を向ける。
「オーウェン殿下はどうお考えなのですか?」
質問をすると、オーウェン殿下は微笑を浮かべて話し出す。
「二人次第かな。アレクは王位継承争いを気にしているのだろうけど、それは気にしなくても良いよ」
オーウェン殿下は一呼吸置いて話を続ける。
「二人が婚約しても、王位を目指さないなら王になることはない。もし王位を目指すのなら、正々堂々と競いあうだけだしね」
「……俺は何があっても王位を目指す気はないですよ」
「なら今まで通りだね」
そう言ってオーウェン殿下は笑う。
周囲が騒ぐのは構わないということだろう。
俺としては、出来ればそれも避けたいのだが……
最後に、隣に座る父上に顔を向ける。
「父上も二人の婚約には反対ですよね?」
父上はムスッとした表情で話し始める。
「反対に決まっている。オフィーリアがベンジャミンとの婚約を望んでいるとは思えん。それに、ベンジャミンがオフィーリアとの婚約を望むのは王位継承争いのためだ。そんな理由で相手を選ぶというのが気に食わん」
父上はかなり鬱憤が溜まっているようだ。
ここまで怒るのは珍しい。
「話はされたのですよね?」
「何度もしている。だが、聞く耳を持たん。母上からウェルズ侯爵家の後援を受けていると聞かされているらしい。本気で次期王太子の座を狙えると思っている」
父上はベンジャミンでは無理だと考えているのだろう。
セラもそう言っていたし、俺もそう思う。
王太子殿下に向き直る。
「王太子殿下も父上も反対の姿勢の様ですが、何故婚約話が消えないのですか?」
「リアが明確に拒絶の意思を示さないのが一番の理由だね」
やはりそこか……
「婚約は当人同士の意思で行なわれる。貴族社会では建前の面もあるけれど、少なくとも私はリアの気持ちを尊重するつもりだ。でも、リアが本音を言ってくれないことには何も出来ない」
王太子殿下はそう言って、少し寂しそうな顔をする。
続けて父上が話し出す。
「私も同じだ。ベンジャミンに『オフィーリアは婚約を望んでいない』と言っても、『オフィーリアは拒否していない』と返される。母上に至っては、『ベンジャミンと婚約出来れば王の正室になれるのだから、婚約を望んでいるに決まっている』とまで言っている」
父上は「馬鹿らしい」と吐き捨てる。
リアではなくベンジャミンが王か……尚更無理だな。
父上が話し終わると、今度はオーウェン殿下が話し始める。
「カミラ様とベンジャミンは、リアが婚約を望んでいると城中で言い触らしているみたいでね。それを信じる者も出始めているんだ」
「無茶苦茶ですね……」
父上とオーウェン殿下の話を聞くと、怒りよりも呆れが先に来る。
リアの意思を確認せずにそんなことを言いふらすのは、処罰の対象だろう。
「状況は理解しました。それならリアの本音を聞けば良いだけですから、俺とセラで聞き出しますよ。多少無理やりにはなりますが、俺とセラなら本音を聞き出すことは可能だと思います」
俺の言葉に王太子殿下が頷く。
「よろしく頼むね。貴族学園は全寮制だから外部からの声も排除できるし、話す機会はたくさんあると思う」
王太子殿下の言葉に首を傾ける。
「貴族学園に入学するまでもないですよね? セラも王都にいるので、今日か明日にでも会いに行きますよ」
「そうしたいところだけど、今は体調不良で面会謝絶なんだ」
リアが体調を崩しているとは知らなかった。
俺が驚いていると、王太子殿下は微笑を浮かべて言葉を続けた。
「そういう建前で、ベンジャミンやカミラ様の面会を阻んでいる」
王太子殿下がそう言うと、オーウェン殿下は微笑を浮かべ、父上も表情を崩す。
それはもう、拒絶の意思を示しているのと同じだろう。
「それは明確に拒絶しているのと同じですよね?」
俺の質問に、王太子殿下は首を横に振る
「面会謝絶はリアの判断ではなく、ミュラの判断だからね」
「ミュラ様は婚約に反対なのですか?」
リアの母親のミュラ様は、お婆様と同じくウェルズ侯爵家の出身だ。
婚約に賛成の立場だと思っていたのだが、違うのだろうか?
「リアの気持ちを尊重すると言っているよ。リアが王位を目指すのなら協力するけど、そうでなくても構わないそうだ。目指してほしい気持ちはあるのだろうけどね」
意外な情報だ。
ミュラ様が積極的でないのなら、リアが無理強いされることはないだろう。
本当にリアの気持ち次第だ。
尚更本音を言わない理由が分からないが……
「了解です。貴族学園に入学してから、リアと話をします」
「よろしく頼むね。入学手続きは済ませておくから」
「そういえば間に合いますか? 一週間しかないですけど」
貴族学園の入学式は一週間後だ。
入学申請はとっくに終わっている。
「問題ないよ。手続き上の問題だけで、実際に必要な準備がそれほど多いわけじゃないから」
王家の力で無理やり割り込ませるようだ。
まあ、王命があった時点で何でもありだろう。
その後、いくつかのやり取りを行い、俺は城を後にした。