第六話 呼び出しと相談
次の休日になった。
トーマスさん達の訓練は休みだ。
用事があるらしい。
自主訓練も休みにして、久しぶりにのんびりと寮の部屋で過ごす。
寮の部屋からは学園の訓練場が見える。
訓練場では、ローレンスさんがひたすら走っている。
速さが尋常じゃない
筋肉痛の癒えたローレンスさんは、魔法薬を飲んだ馬より速いのではないだろうか。
訓練中の学生達が、ローレンスさんに注目している様子が見える。
――あ、転んだ。
◇
更に翌週の休日。
今日は騎士団の訓練場で、近衛騎士の訓練を受ける。
俺達三人は前回と同じく、ベティさん相手に模擬戦をする。
ローレンスさんは走る速度を変えたり、ジグザグに走ったりしている。
トーマスさんがその様子をじっと見ている。
結局その日も、ベティさんから一本取ることは出来なかった。
◇
翌週、十月の最初の休日。
ローレンスさんが戦闘訓練の指導をお願いしていた。
昨日の実地訓練でまともに戦えなかったらしい。
身体強化魔法を使わない、あるいは身体強化状態で体当たりという手段しかなかったそうだ。
身体強化状態で武器を使うのは、それなりに訓練が必要だ。
俺達も戦槌を扱えるようになるまで、かなりの時間を費やした。
そういう理由で、ローレンスさんは剣を使う練習をしていた。
俺達は変わらず、ベティさん相手に模擬戦をした。
やはり勝てない。
◇
翌週の休日は、学園で自主訓練を行なった。
ローレンスさんは訓練メニューを渡されているらしく、一人で熱心に訓練していた。
動きが先週より明らかに良くなっている。
その成長速度は誰が見ても驚きに目を見張るもので、学生達の注目の的になっていた。
アンジェリカが気にしている様子も見られた。
彼女の目から見て、今のローレンスさんはどう映っているのだろう?
◇
更に翌週の休日。
俺達は城に呼び出された。
俺、ローレンスさん、アンジェリカの三名だ。
連絡は週の中頃だったので、急ぎの内容ではないはずだ。
迎えの馬車に乗り、城に向かう。
案内された先で待っていたのは、父上、トーマスさん、そして――
「お父様」
アンジェリカの父、バミンガム侯爵だ。
俺の母方の叔父でもある。
「どうされたのですか?」
「これから説明する」
挨拶を済ませ、俺達は席に座るように言われる。
勧められた席に座ると、侯爵が話し始める。
「バミンガム侯爵領の魔物領域の森で、多数のBランク魔獣が確認された」
「Bランクが多数!?」
アンジェリカが驚きの声を上げる。
侯爵はアンジェリカに頷く。
「サーペントだ」
侯爵は一呼吸入れて説明を続ける。
「その森は蛇系の魔物が発生する。一番多いのがDランクのフォレストスネーク、次がCランクのポイズンスネーク、滅多に出ないのがBランクのサーペントだ」
フォレストスネークは体長二メートルくらいの蛇で、毒は持っていない。
巷に出回る蛇革製品は、大体フォレストスネークの蛇革だ。
ポイズンスネークは同じく体長二メートルくらいで、こちらは毒持ち。
噛まれると体調が悪化し、放っておくと重症化する。
もっとも、毒消し自体もこいつの毒から作れるので、持っていれば大事にはならない。
そして、サーペントは体長十メートル以上ある大蛇だ。
強力な毒を持っており、噛まれると大体死ぬ。
噛まれるどころか、丸呑みされることもある。
サーペントの毒から毒消しを作ることは可能なのだが、希少なのであまり手に入らない。
「サーペント自体は稀に現れるのだが、急に目撃情報が相次いだ。確認したところ、多数――具体的には十匹以上と予想されるサーペントが、森の浅い部分に出てきているようだ」
アンジェリカが息を飲む。
キングボアが十匹と考えると……やばいな。
「状況的に、バミンガム侯爵領の兵士だけでは対応出来ない。冒険者にも依頼をかけるが、同時に騎士団にも討伐を要請する」
Bランクが多数ならそうなるだろうな。
対応できる冒険者はほとんどいないだろう。
「そこで本題だが、アンジェリカには討伐戦に参加してもらう」
「はぁ!?」
侯爵の発言に思わず声を上げる。
侯爵や父上の視線が俺に向く。
侯爵に視線を合わせ、参加の理由を聞く。
「アンジェリカを参加させるってどういうことですか?」
「魔物の脅威に対し立ち向かうのは領地貴族の義務だ」
「それは理解していますが、アンジェリカは未成年でしかも女ですよ?」
「アレクもダミアンも戦って見せた。女というならレイチェル嬢も同じだ」
「!?」
そういうことか……
「俺達が魔物の氾濫の際に戦った以上、侯爵令嬢のアンジェリカも戦う必要があると?」
「そうだ。お前達のことは多くの民が知っている。今の状況で、同じ年齢のアンジェリカを未成年という理由で不参加には出来ない」
侯爵の言葉に俯く。
「お前達を責めているわけではない。お前達のしたことは賞賛に値することで、それによって守られた民が大勢いる」
「……」
間違ったことをしたとは思わないし、後悔もしていないが……
「問題ありませんわ。わたくしが討伐に向かうのは当然のことです」
アンジェリカの言葉に俺は顔を上げる。
「だけど……」
「大丈夫ですわ。自分の力は理解しているつもりです」
「参加させると言っても、サーペントと戦わせるわけではない。その場にいることが重要なのだ」
侯爵の言うことは本当なのだろうが、それでも心配だ。
それなら――
「俺も行きます」
俺が行ってアンジェリカを守る。
侯爵は一瞬驚いた後、頬を緩ませ俺に笑顔を見せる。
父上は軽くため息を吐き、トーマスさんは笑みを浮かべている。
アンジェリカは――
「ありがとうございます、アレク」
とても柔らかい笑顔を浮かべていた。
守らないといけない。
「私も参加させてください」
ローレンスさんも参加を表明した。
侯爵が視線を向ける。
「トーマス殿から話は聞いている。魔法を使えるようになったそうだな」
「身体強化魔法だけですが、使えるようになりました」
侯爵はローレンスさんの答えに少し悩み、トーマスさんに顔を向ける。
「トーマス殿から見て、今回の討伐戦に参加させても大丈夫そうか?」
「接近戦は相当上達しています。ポイズンスネーク相手でも戦えると思いますよ」
Cランクと接近戦だけで戦えるのか。
もう抜かれているのかも知れない。
「……分かった。だが、伯爵の許可は取るように」
「分かりました」
ローレンスさんが力強く頷く。
俺はここまで発言していない父上に目を向ける。
「父上、私が参加しても宜しいですか?」
「駄目と言っても行くだろう」
「はい」
父上が分かりやすくため息を吐く。
「まったく……アンジェリカの護衛に徹しろ。それから近衛騎士が付くことになる」
「多分私ですね」
「よろしくお願いします」
トーマスさんがいてくれれば、アンジェリカの安全も確保出来る。
他力本願だが、安全が保障されるならそれで良い。
「参考までに、三人に聞きたいことがある」
話は終わったかと思いきや、父上が話を続ける。
「アレクとローレンスを呼んだのは、二人が参加すると言うと思ったからだが――」
その通りなので頷く。
「三人から見て、討伐戦に参加しようとする学生はどのくらいいると思う?」
「どういう意味でしょうか?」
「アレク達に感化された学生が大勢いると聞いている」
ああ、なるほど。
確かに学園では、訓練を頑張っている生徒が増えた。
彼等の目標は、俺達同様に功績を挙げることだ。
「お前達の影響で、そういう行動を起こす学生が出かねない。正直言って参加される方が困るのだが、勝手に行って死なれたりしたらその方が問題だ。それならこちらで管理した方がまだ良い」
懸念は分かる。
でも、どのくらいと聞かれても……
「俺は正直分かりません。ダミアンとコリーは参加すると言うかも知れませんが」
「私も予想がつきません」
俺とローレンスさんは分からないと答える。
父上は頷き、アンジェリカに視線を向ける。
「わたくしも分かりませんが……希望者全員を参加させると、オフィーリア殿下やセラフィナも参加すると言い出しますわよ?」
「……それは困るな」
父上が顔を歪める。
実際、二人なら言い出しかねない。
トーマスさんが助け舟を出す。
「自由参加を認めず、合わせて保護者の許可を取らせることとすれば良いのではないでしょうか? 破ったら退学処分と言えば、無茶をする学生もいなくなるでしょうし」
なるほど。
保護者の許可を付ければ、王太子殿下やサザーランド伯爵が許可しなければそれまでだ。
「そうするか……侯爵、討伐はいつにする?」
「出来るだけ早い方が有難いです。二週間後の十一月の頭でどうでしょう?」
「許可が間に合わない学生もいそうだが……それは仕方ないな」
「学生のために討伐を遅らせるわけにはいきません」
侯爵の言葉に父上が頷く。
「では、来月初日に討伐隊は王都を出発。二日後に現地でバミンガム侯爵の軍と合流する。各所の調整は私がしておく」
父上が決定を下した。
打合せが終わり、席を立ったところでアンジェリカが侯爵に話しかける。
「お父様」
「何だ?」
「討伐戦の際は、ローレンス様の働きを見ておいてくださいませ」
「どういう意味だ?」
侯爵がアンジェリカに疑問を返す。
「バミンガム侯爵家の婿として相応しいか、判断をお願いしますわ」
「!?」
侯爵が驚愕の表情を浮かべる。
他の皆も驚いている。
自分の婿としてどうかと聞いているのだから当然だ。
しかも俺に対して縁談を申し込んでいる状況なわけで。
「それは……どっちの意味だ?」
侯爵は混乱しているようだ。
他に判断のしようがない。
「ローレンス様から以前申し込まれた縁談を、お父様は一蹴されました。でも今のローレンス様なら話は違うでしょう? バミンガム侯爵家の婿としても、不足はないかも知れません」
「……そういう意味か」
侯爵は理解したようだ。
少し悩んで、俺に視線を向ける。
「アレクはどう思っているのだ」
「申し訳ありませんが、俺はバミンガム侯爵家の婿になるつもりはありません」
一旦言葉を切り、話を続ける。
「ローレンスさんがバミンガム侯爵家の婿に相応しいかは、侯爵が判断することです。ですが、最終的には当人同士の意思を尊重していただければと思います。――俺にとっては、大事な従妹ですから」
俺がそう言うと、侯爵は「分かった」と言い、ローレンスさんを見る。
「ローレンスの働きは見せてもらう。ただ、アレクの言うように最終的には本人の意思を尊重するが、それで良いな?」
「勿論です」
侯爵もローレンスさんも納得し、話は終了した。
部屋を出た所で、アンジェリカに尋ねる。
「納得しているんだよな?」
「勿論ですわ」
アンジェリカが納得しているならそれで良い。
「あと……」
「ん?」
「今日のアレクは凄く格好良かったですわ」
アンジェリカが満面の笑顔を見せる。
本当に納得しているのか不安になった。




