第三話 ウォルバー伯爵家次男ローレンス
お茶会の翌日から、後期の授業が始まった。
講義の内容は前期の続きで、目新しいものはない。
俺達はこれまでと特に変わらない学園生活を送っている。
一方、他の学生の雰囲気は随分変った。
熱心に実技訓練を行なう学生が大勢増えた。
放課後に自主訓練を行なう学生の姿も、多数見られるようになった。
雰囲気が変わった理由は俺達だ。
俺、ダミアン、コリーの三人は、前期の終わりに岩ゴーレムの討伐に挑んだ。
討伐自体が目的だったのだが、結果として岩ゴーレムからミスリルが取れることを発見した。
このことに刺激を受けた学生が多数いたのだ。
立て続けに起きたのが、夏季休暇の魔物の氾濫だ。
ダミアンが功績を挙げたことは良く知られているし、俺に至っては勲章まで受けている。
俺達に刺激を受け、「自分も」という気持ちで頑張っているらしい。
学園側も喜んでいる。
これは一年生に限った話ではなく、二年生、三年生も同様だ。
俺達は上級生に誘われ、何度か放課後一緒に訓練をした。
休日の午前中は、騎士団の訓練場で、稽古をつけて貰う約束をしている。
講師は、トーマスさんを始めとする近衛騎士の皆さん。
毎週は難しいらしいが、可能な限り訓練をしてくれるそうだ。
理由は、俺がキングボアを相手に無茶をしたから。
理由はともかく、近衛騎士に稽古をつけて貰えるのはありがたい。
◇
今日は後期に入って最初の休日で、早速トーマスさんの稽古を受けた。
トーマスさんから、ダミアンやコリーを誘っても構わないとのお言葉を頂いた。
次の訓練に誘ってみようと思う。
訓練を終え学園に戻ると、休日も訓練をしている学生の姿がある。
前期よりも多い印象を受ける。
放課後に一緒に訓練をした上級生も何人かいる。
その中に、目当ての先輩を発見した。
「こんにちは、ローレンスさん」
「ああ、こんにちは、アレクシス様」
彼はウォルバー伯爵家次男のローレンスさん。現在二年生。
十四才とは思えない恵まれた肉体と、精悍な顔が印象的だ。
そして、転生前に神様が出してくれた候補の、一番手にいた人物でもある。
全ての魔法の才能に優れ、身体能力も文句なし。
無属性魔法は特に優秀だった。
「休日も訓練されているのですね」
「ええ。私もアレク様のご活躍に感化されまして」
「それは嬉しいですね」
本当は恥ずかしい。
多分、キングボアの話だろうから。
「アレク様も訓練の帰りでは? 騎士団の訓練を受けていると聞きましたが」
「はい。有難いことに近衛騎士に稽古をつけていただきました」
「それは羨ましい」
今日が初めての稽古だけど、夏季休暇前にも訓練に行っていたからな。
そう思うのも当然か。
「もうすぐ昼になりますが、ローレンスさんはまだ稽古を?」
「ええ。もう少しやっていこうと思います」
「では、一勝負如何でしょうか?」
訓練場に置いてある木剣を手に取り、ローレンスさんに勝負を持ち掛ける。
ローレンスさんは一瞬驚いた顔を見せたが、すぐに真面目な顔で木剣を構える。
「よろしくお願いします」
俺も木剣を構える。
「では、開始です」
開始を宣言すると、ローレンスさんが俺に接近し、横薙ぎに木剣を振る。
それをステップで後ろに避け、反動で突きを放つ。
ローレンスさんは、小さな動作で俺の木剣を打ち払う。
俺達は切り合いを続ける。
素の身体能力はローレンスさんの方が上。
剣技もローレンスさんの方が上。
でも――
「身体強化魔法を使いますね」
俺が身体強化魔法を使うと、途端に優勢になる。
「ローレンスさんも身体強化魔法を使ってください」
「……くっ」
ローレンスさんの動きに変化が見られない。
そして――
「うわっ!」
唐突に横方向に大きく飛び、ローレンスさんは派手に転倒した。
目の前にいたローレンスさんが、今は五メートル以上離れた位置で倒れている。
ローレンスさんは悔しそうな表情で立ち上がる。
「訓練をご一緒した時に気が付きましたが、身体強化魔法が苦手なのですね」
「……はい」
ローレンスさんは身体強化魔法が苦手なのだ。
身体強化魔法は無属性だ。
才能は間違いなくあるのは分かっている。
何故なら知っているから。
それに、ローレンスさんの場合――
「身体強化魔法に限らず、魔法がまるで使えないのです」
魔法全般が駄目なのだ。
◇
訓練を終え、ローレンスさんと食堂にやって来た。
俺の目の前で昼食を取るローレンスさんは、落ち込んでいるというより諦めに近い雰囲気が漂う。
「魔法が使えないという話ですが、全く使えないのですか?」
「はい。小さい頃から全く使えません。才能がないのでしょう」
ローレンスさんは自虐的な笑みを浮かべる。
「ですが、先程も身体強化魔法を使っていましたよね? その……一瞬だけ」
最後の「一瞬だけ」という言葉に、ローレンスさんは苦笑を浮かべる。
「無理やり使おうとするとああなります。制御出来ていないので、使えないのと同じです」
ローレンスさんは俯く。
多分、魔力が上手く動かせていないのだろう。
「魔法が使えないので、剣の訓練を頑張ってきましたが――身体強化魔法を使われれば、簡単に負けてしまいます」
「それは……まあ」
事実なので否定は難しい。
何と言ったものか悩む。
ローレンスさんは顔を上げ、作り笑いを浮かべる。
「お気になさらず。魔法が使えなくても、ウルフくらいなら何とかなりますから」
ウルフは最下級のEランクだ。
それでも、身体強化魔法なしで戦えるのは凄いのだが……
「地道に剣を磨いて、冒険者になろうと思います。今日はありがとうございました」
ローレンスさんは手早く食事を終え、足早に食堂を出ていった。
その背中を見つつ、ローレンスさんが魔法を使えるようになる方法を考える。
才能は間違いないので、使えるようになれば一気に成長する。
あれだけの剣の腕と、鍛え上げられた肉体を持っているのだ。
接近戦なら、多分近衛騎士の平均を越える。
頭を悩ます俺の元に声が掛かる。
「もしかして、ローレンス様を候補に考えていますの?」
「アンジェリカ?」
声をかけて来たのはアンジェリカだ。
後ろにはリアとセラ、レイチェルとモニカもいる。
一緒に食事を取っていたようだ。
「ローレンスさんを知っているのか?」
「ええ。ウォルバー伯爵家とバミンガム侯爵家は領地が近いですから。何度も会ったことがあります」
そういえば地理で習った。
バミンガム侯爵領は王都の北、馬車で二日くらいの距離にあり、侯爵家の中では最も王都の近くに領地を持っている。
ウォルバー伯爵領はその近郊にあったはずだ。
「一応言っておきますが、ローレンス様ではバミンガム侯爵家の婿以前に、娘の婚約者として認めませんよ、お父様は」
「それは、魔法が理由で?」
「はい。厳しい言い方になりますが、ローレンス様は一般的な貴族のレベルに達していませんから、騎士にはなれません。お父様はそういう相手に娘を嫁がせませんわ」
嫁に出すのも駄目なら、婿としては論外なのだろうな。
「実際、縁談の申し込みを一蹴していましたから」
「えっ? 縁談の申し込みがあったのか?」
「ええ。わたくしが入学する、少し前くらいだったと思います」
一度断られているのか……厳しいな。
俺が悩んでいると、アンジェリカが悪戯な笑みで顔を近づける。
「わたくしはローレンス様より、アレクの妻の方が嬉しいですわ」
「!?」
驚いて顔を離す。
アンジェリカはクスクスと笑っている。
「アンジェリカ、顔近づけすぎ」
「あら、良いではありませんか?」
「公共の場所では少し問題かしらね」
「なら、お茶会の席まで我慢しますわ」
半眼で注意するセラと、普段通りの微笑を浮かべるリア。
二人と楽しそうに会話するアンジェリカ。
もう、全員お嫁さんでも良いかな……




