第二話 アンジェリカの質問とオフィーリアの回答
アンジェリカの唐突な質問に、一瞬全員が黙り込む。
アンジェリカの視線はリアに向いている。
リアは微笑みを浮かべ話し始める。
「何のことかしら?」
「勿論オフィーリア殿下とアレクの婚約についてです」
予期していなかった質問に俺は驚く。
アンジェリカは、俺とリアが婚約していると疑っているのだろうか?
事実みたいなものだが……
リアの表情を伺う。
特に動揺しているようには見えない。
「婚約した、という事実はないわね」
「正式な発表がないことは知っています。ですが、何かしらの約束や合意が出来ているのでしょう?」
アンジェリカは確信を持っているような話し方だ。
とはいえ、リアを責めている感じも受けない。
「何故そう思うの?」
「殿下、アレク、セラフィナの三人は、共通認識で動いているように見えます。このお茶会にしても、三人はホスト側、わたくし達はゲスト側の立ち位置です」
よく見ている。
その認識は正しい。
リアは心なしか嬉しそうな表情に見える。
隠す気がないのかも知れない。
「それにセラフィナの態度が、殿下ともわたくしとも争っているように見えません」
「私?」
「先程の態度も変でした。あれは、わたくしと競い合うのではなく、わたくしに諦めさせようとしている態度です。セラフィナらしくありません」
「あ~」
セラが納得してしまっている。
確かにセラは、正々堂々競い合うタイプだ。
入学前もそんな発言をしていた。
「ですから、既に内々に婚約が成立しているのではないかと考えました。多分、アレクに二人が嫁ぐ形で」
ほぼ正解だ。
リアは満面の笑みに変わっており、セラは軽くため息をつく。
これまでだな……
リアが俺とセラの方を向く。
「二人とも良いかしら?」
「……うん」
「まあ、皆なら構わないだろう」
セラと俺が同意する。
アンジェリカから「やっぱり……」という声が漏れ聞こえる。
リアはアンジェリカに向き直る。
「アンジェリカの推測でほぼ正解。親に報告したわけではないから正式な婚約ではないけれど、三人の間では結婚の約束は済んでいるわ」
「報告していないのですか?」
リアの説明を聞いて、アンジェリカが不思議そうに尋ねる。
「私の母に伝えると、侯爵に話が漏れそうだから……」
リアが苦笑を浮かべる。
「ウェルズ侯爵ですか……」
アンジェリカは、「なるほど」という表情を見せる。
特に怒った様子はない。
「黙っていてごめんなさい」
「お気になさらず。理由は想像がつきますわ。……王位継承争いに巻き込まれないようにするためでしょう?」
リアが頷く。
「黙っていて悪かったな」
「ごめんね」
「構いませんわ。状況は理解出来ているつもりでしてよ」
俺とセラの謝罪にも笑顔を見せてくれる。
本当に申し訳ない気持ちだ。
「皆も黙っていて悪かった」
他の友人達にも謝罪する。
「だ、大丈夫です」
「気にしていませんよ」
「俺も気にしていない」
「僕も同じだよ」
モニカ、レイチェル、ダミアン、コリーも謝罪を受け入れてくれる。
リアとセラも、ホッとした表情に変わる。
友人に恵まれたな。
和やかな雰囲気になったところで、アンジェリカがため息をつく。
「そうなると、アレクをバミンガム侯爵家の婿にするのは難しいですわね」
「すまん。無理だ」
申し訳ないが、アンジェリカの婿にはなれない。
「アンジェリカはどういう男性が良いの?」
「そうですわね……」
セラの質問に少し考えるアンジェリカ。
「バミンガム家の婿ですから、当然魔法の才能が最優先ですわ。家柄も必要でしょうね。結婚生活を送る相手ですから、人柄も重要です。気兼ねなく話を出来る間柄が良いですわね。出来れば顔立ちが整っていることが望ましいですわ」
「要求が厳しすぎるし、そんな人いないよ!」
「あら、いますわよ?」
「アレクはなしよ」
「思い当たる人はおりませんね」
セラとアンジェリカの掛け合いに、周りは笑い声をこぼす。
そんな簡単に見つかるなら苦労はないな。
すると、コリーが余計なことを言う。
「アレクのお兄さんは駄目なんですか? 殿下との話が出たのだから、未婚ですよね?」
その質問は駄目だ。
「あり得ませんわ」
「あり得ないわね」
「論外よ」
「ええっ!?」
アンジェリカ、リア、セラに即座に否定されて、コリーがたじろぐ。
リアとセラだけじゃなく、アンジェリカもベンジャミンを嫌っている。
「あんなのと婚約するくらいなら、家を出ますわ」
言い切るアンジェリカ。
コリーが「すみません」と小声で呟く。
可哀そうに……
すると、アンジェリカは何か考える素振りを見せる。
「でも、……それもありかも知れませんわね」
「えっ、ベンジャミンと婚約!?」
「違いますわ!」
セラの言葉を即座に否定するアンジェリカ。
「家を出てアレクの妻になるのもありという話です」
「バミンガム家は?」
「妹が継げば良いですわ。同い年にアルフ殿下がいますし」
アルフ殿下はリアの弟だ。
オーウェン殿下やカール殿下同様、優秀な魔法の才能の片鱗を見せ始めている。
「それはありなの?」
「良いお相手がいれば別ですけど、同年代には見当たりませんわよね?」
セラの質問に、アンジェリカが答える。
セラが考え込んでいるが、俺の知る限り同級生には見当たらない。
アルフ殿下は年下だし、それなら妹の方が良いのかもしれない。
「カールお兄様も去年婚約したしね……」
リアが呟く。
カール殿下は十六才で、去年の末に婚約し、今年の初めに発表された。
来年あたりに結婚だろう。
「勿論、アレクの気が変われば大歓迎ですわよ」
「それは却下よ」
「なら、わたくしもアレクに嫁入りですわね」
「それも仕方ないかしらね」
何故かリアは受け入れる方向に向かっており、セラは良い案がないか考えている。
コリーはまだショックから立ち直っておらず、モニカが慰めている。
ダミアンとレイチェルは笑みを浮かべて、完全に楽しんでいる。
別にアンジェリカが嫌なわけではないが、納得出来る婿がいればその方が良い。
アンジェリカの希望に合う婿の、心当たりがないわけでもないのだ。




