第九話 村民救出
「このまま真っすぐです」
トーマスさんの馬の後ろに乗った男が、村の方向を指示する。
彼の名前はマックス。ブリスト伯爵の兵を辞めて、村民の避難を行なっていた男だ。
昨日までは、領軍の小隊長の立場にあったそうだ。
彼の後ろにいた兵士は、小隊の部下達だ。
小隊は十名。誰一人欠けることなく行動しているらしい。
部下に慕われているのだろう。
一緒にいた冒険者も、元ブリスト伯爵の兵士達だ。
伯爵は数年前に魔物領域の討伐業務を行わなくなった。
その方針に反発して辞めたらしい。
彼らは冒険者になり、魔物領域での討伐を続けた。
しかし、人数が少ない上に魔物領域と街とは遠く、獲物を持ち帰るにも一苦労。
彼らにも生活がある以上、倒してそのまま放置とはいかなかったようだ。
ブリストに氾濫の情報を伝えたのも彼らだ。
一昨日の昼頃、魔物領域の北側にいたらしい。
彼ら以外にも、伯爵の方針に不満を持っている兵士は大勢いるらしい。
そんな兵士の声を無視し続けているのが、彼らの元上司の兵士長。
兵士長は伯爵の弟で、伯爵と同じタイプの人間らしい。
無責任で怠慢ということだろう。
そんな話を聞きながら村に向っているのは、俺、トーマスさん、マックスの三人だ。
俺達の馬は魔法薬の効果がまだ続いているので、先行することにしたのだ。
マックスは道案内として、トーマスさんの馬に同乗している。
残りの人員は、避難用の馬車で後から追いかけてくる。
マックスの案内で走ること三十分。
目的の村が見えてきた。
視界には多数のボアが確認出来る。
「柵が!?」
マックスが叫ぶ。
村を囲む丸太柵の一画が、俺達の目の前で破られた。
柵を破ったボアが、村に侵入する。
「突入します!」
トーマスさんはそう言うと、柵の破られた箇所目掛けて突入する。
俺はトーマスさんの後に続いた。
村民の叫び声が聞こえる。
柵を抜けると、暴れるボアとそれを囲む村民、泣き叫ぶ子供達の姿も見える。
トーマスさんは素早く馬を降りると、剣を抜き一瞬でボアの首を刎ねた。
俺も馬を降り、ボアの侵入を警戒する。
「アレク様! 村民を指揮してボアの侵入を防いでください。私は周囲のボアを片付けてきます」
「了解です!」
トーマスさんは村の外に走り出す。
俺はボアの侵入に警戒しつつ後ろを向く。
「マックス。ボアの侵入を警戒してくれ」
「分かりました」
マックスは柵が破られた場所に向かう。
「村長はいますか?」
「わ、私です」
ボアを囲んでいた男達の中から、四十才くらいの男性が出てきた。
「救援要請を受けて来ました。あと二時間くらいで馬車が到着しますので、避難の準備を進めてください」
俺の言葉を聞いて、村長が安心した表情をする。
「ありがとうございます」
「それと、怪我人は?」
「軽傷のものが数名おりますが、避難に支障はありません」
ホッと胸を撫でおろす。
「では、戦える人は引き続き魔獣の侵入に備えてください。周辺の魔獣は先程の騎士が順次片付けます」
「騎士様ですか?」
トーマスさんが騎士だと分からなかったのだろう。
村長が疑問を呈す。
すると、マックスが余計なことを言う。
「先程の方は近衛騎士のトーマス様。こちらの方は、アレクシス=ランドール殿下だ」
「殿下って……おっ、王族!?」
村長が叫ぶと村民が一斉に跪く。
……面倒な。
「皆さん立ち上がって。魔獣の侵入に備えてください」
俺がそう言うと、村人達は慌てて行動を始めた。
◇
「トーマスさん凄いな……」
村の南東にある物見櫓に上り、辺りを見回す。
周辺にいたボアは、あっと言う間にトーマスさんによって討伐された。
今は村から少し離れた位置で、ボアを刈っている様子が見える。
村は俺達が来る直前まで、何とかボアの侵入を食い止めていたようだ。
柵が破られたのは先程の一画だけで、今はマックスと村民が防備を固めている。
馬車が到着するまで持ち堪えられるだろう。
「おっ、ボアが一匹」
村の東の方角から、ボアが一匹近づいて来ている。
トーマスさんは南東の魔物領域方面で戦っているので、こちらで処理する。
「マックス! 東からボアが一匹近づいている!」
「了解!」
村の北側にいるマックスに、大きな声で指示を出す。
柵が破られたのは北側の一角だ。
マックスが村民を二人連れて、柵の外側を東に向かう。
ボアは真っすぐ村に向って来た。
マックス達が東側に到着し、戦闘態勢に入る。
俺も物見櫓の上から攻撃魔法の準備を行う。
ボアが射程に入る。
「土弾!」
魔力を込めて土弾を発射する。
土弾はボアに直撃し、ボアが転倒する。
すかさずマックス達が突撃しボアを攻撃。
ボアはマックスの槍に貫かれ活動を停止した。
討伐完了だ。
ボアを難なく討伐出来たことで、村の男達が興奮している声が聞こえる。
彼らの高揚した声を聴きながら、周囲の警戒に戻る。
南東方向で戦っていたトーマスさんは、徐々に東に戦場を移動しているようだ。
「んっ?」
南西から近づく魔物の反応を捉える。
ボアの反応ではない――ビッグボアか?
探知魔法に集中する。
――違う、ビッグボアより強い。
『トーマスさん! 南西から強い反応が来ています!』
拡声魔法を使い、トーマスさんに向って大声で叫ぶ。
拡声魔法は風魔法の一つで、声を拡張する魔法だ。
聞こえただろうか?
聞こえたと思うが……
確認する余裕もなく俺は物見櫓を降りる。
急いで南門側に向かう。
――魔物の動きが早い。
魔物は、ボアとは比較にならない速さで村に近づいて来ている。
おそらく村の柵では防げない。
俺が南西側に出ると、すぐにマックス達もやって来た。
「アレクシス様。魔物ですか!?」
「叩きのめしてやります!」
村民達が強気な表情を見せる。
ボアを倒したことで気分が高揚しているようだ。
マックスはともかく、村民に戦わせるのは危険すぎる。
「魔物はすぐに来る。多分ボアよりずっと強い。マックス以外は村の中に戻れ」
「俺達も戦います!」
「命令だ! 戻れ!」
強い口調で命令すると、村民はビクッとして戻っていった。
その背中を見ていたマックスが、俺に向き直る。
「もしかして、ビッグボアですか?」
「多分ビッグボアより強い。――来たぞ!」
「まさか!? キングボア!」
魔物を視界に捉える。
キングボアか……
迫りくる巨体には相応しい名前かも知れない。
正面に見据えるキングボアは、ビッグボアの更に倍くらいの大きさだ。
高さは四メートルくらいだろうか?
正面からは見えないが、多分体長は八メートルあるのだろう。
とてつもない巨体が、真っすぐに村に向って走ってくる。
「進行方向を村からずらすぞ」
「どうやって!?」
「魔法で気を引いて囮になる」
「そっ!? ……くっ、了解」
他に方法が思いつかないので仕方ない。
キングボアに掌を向け、全力で魔法を放つ。
「火弾!」
直径一メートルくらいの火弾が、キングボアに襲い掛かる。
「ボンッ」という音を立ててキングボアに直撃するが、止まる気配はない。
予想通りではある。
「移動しながら魔法を連射!」
マックスに指示すると、火弾を連射しながら南に走り出す。
マックスも同じように火弾を放ちながら、俺の後に続く。
「掛かった!」
キングボアは火弾に腹を立てたのか、叫び声を上げて俺達に向ってくる。
俺達は東へ方向を変えつつ、キングボアを村から引き離す。
「アレクシス様、この後は!」
「トーマスさんが来るまで耐える!」
「そんな無茶な!」
「無茶でもやる!」
俺とマックスはそんな言い合いをしつつも、火弾を連射し続ける。
マックスはあまり火魔法が得意ではないようで、威力も低いし数も少ない。
でも、気を引ければ問題ない。
同時に身体強化魔法も全開だ。
ビッグボアの突進をひたすら避ける。
身体能力の差があるのだろう。
俺よりもマックスの方が良い動きをしている。
避け続けること数十秒、ついにトーマスさんが来た。
俺達の目の前にいたキングボアが吹っ飛ぶ。
横合いから体当たりを食らわせたようだ。
「ご無事ですか!?」
「助かりました!」
トーマスさんは「後でお説教です」と言って、キングボアに向っていく。
「マックス平気?」
「はい……凄いですね」
マックスの視線の先には、キングボアと戦うトーマスさんがいる。
キングボアの周囲を立ち回り、次々に斬撃を入れていく。
あっと言う間にキングボアが血だらけだ。
「近衛騎士だから」
そうとしか言いようがない。
俺もトーマスさんの戦いを見つめる。
「んっ?」
血だらけで戦っていたキングボアが動きを変えた。
標的を変えたのだ――俺達に。
「アレクシス様!」
慌てるマックスを横目に、冷静なままキングボアを見ている。
慌てる必要などない。
トーマスさんが逃がすわけがないのだ。
左の掌をキングボアに向ける。
必要はないだろうが――
「火弾!」
キングボアに火弾を放つ。
同時にキングボアの動きが止まるのが見えた。
トーマスさんが倒したのだろう。
やはり必要なかったようだ。
火弾が着弾した。
「ボンッ」という音と共に土煙が舞う。
土煙が治まった後に残るのは、キングボアの死体だ。
「さすがトーマスさ――」
『アレクシス殿下がキングボアを倒した!』
「えっ?」
思わず振り返る。
後方から村民の歓声が聞こえる。
物見櫓から見ていたのだろう。
今いるのは村の南側で、物見櫓、俺とマックス、ビッグボア、トーマスさんが一直線に並ぶ位置にいたため、俺が倒したと勘違いしているようだ。
「アレクシス様、凄いです!」
「いや、マックスは分かるだろう……」
マックスを半眼で見る。
「?」
分かっていないようだ。
そこへトーマスさんが近づいてくる。
「お見事です。アレク様」
「いやいや……」
笑顔で何を言うのか……
トーマスさんが俺に顔を近づけ、小声で囁く。
「アレク様が倒したことにした方が、士気が高まります」
「いや、駄目でしょう」
「キングボアも倒れた直後ですし、瀕死でも生きていたはずです。アレク様の魔法が止めを刺したのは嘘ではありません」
「そんな無茶な! 放っておいても死んでいましたよ」
トーマスさんはニヤリと笑みを浮かべ、顔を離す。
俺の抗議は無視する気のようだ。
「とりあえず魔石を取り出します。勿体ないですがキングボアも放置ですね」
そう言ってキングボアの死体に向って歩き出す。
くっ、避難が終わったら説明しよう。




