第八話 ブリスト伯爵領へ出撃
城を出た後、公爵邸ではなく寮に戻った。
寮の部屋には、実地訓練用の革鎧と剣が置いてある。
最近は戦槌に慣れていたのだが仕方ない。
準備を整えて、その日は早めに就寝した。
翌朝。
食料等の準備をするため、朝市に向かおうと寮を出たところで、トーマスさんが待っていた。
「おはようございます。アレク様」
「……おはようございます」
行動が読まれていたようだ。
トーマスさんは笑みを浮かべて俺を見ている。
「では、行きましょうか」
「……何処にでしょうか?」
「氾濫した魔物の討伐です」
「えっ!?」
驚きの声を上げた俺を見て、トーマスさんが笑い声を零す。
「昨日、公爵から頼まれました」
「父上からですか?」
「はい。アレク様が討伐に向かうようなら、護衛をしてほしいと」
トーマスさんが歩き出す。
訳が分からないまま後をついて行く。
「昨日、父上から討伐への参加を禁止されたのですが?」
「公爵は参加させたくないようですね」
「なのにトーマスさんに護衛を依頼したのですか?」
「勝手に行かれるよりは良いということです」
それなら参加を許可すれば良い気がするが……
納得していない俺を見て、トーマスさんが話を続ける。
「他の殿下方と、轡を並べさせたくなかったのですよ」
「……そういうことですか」
トーマスさんの言う殿下方とは、オーウェン殿下とカール殿下だ。
ベンジャミンも殿下と言えば殿下だが、おそらく殿下方の枠には入っていない。
「御二方は優秀ですが、アレク様はそれ以上ですから」
「俺は王位を目指していないのですけどね」
「だからこそですよ」
俺が王位を目指していないからこそ、二人と比べるような真似をさせなかったということだろう。
理由は分かったし、納得もした。
トーマスさんが付いてきてくれるのは望む所だ。
「他に質問はありますか?」
「ありません。よろしくお願いします」
トーマスさんは満足そうに笑みを浮かべた。
◇
俺達は王都を出て、ブリストの街に向けて馬を走らせる。
昨日と同じく、魔法薬を使用した馬だ。
サザーランド伯爵から予備を貰っていたそうだ。
今日は万全の装備を整えており、昨日ほどの速度は出していない。
武器はトーマスさんが持ってきてくれた戦槌だ。
トーマスさんはその他の準備も整えていてくれていた。
準備は慣れていないので、とてもありがたい。
既に王都の騎士団は追い越している。
軍で動いているためかなり遅い。
馬車旅より少しマシくらいの速度しか出ていなかった。
あれでは村の防衛にはとても間に合わない。
本当に討伐のための軍勢だ。
もっとも、俺達も間に合うとは言い難いのだが。
「山脈の端が見えてきました。あの付近に小さな町があるはずです」
「はい」
魔物領域の森は、ブリスト、メア、サザーランドを結ぶ三角形の中心付近にある。
その森の北東側には山脈があり、森と王都方面を隔てている。
その山脈を左に見ながら、俺達は馬を走らせて来た。
俺達はこの先の町で話を聞き、そのまま被害が予想される村へ向かう予定だ。
ブリストには兵がいるはずなので、そちらには向かわない。
◇
町の入り口の広場に人が集まっていた。
人だかりの中心には、若い男性が一人と兵士が二人いる。
「お願いします! 村を助けてください」
「我々はこの町の防衛が任務だ。救援の兵を出すことは出来ない」
若い男性が兵士に直訴しているようだ。
近づいて行くと、兵士がこちらに気付いた。
「貴様、何者――えっ、近衛騎士!?」
トーマスさんが剣の鍔に刻まれた、王家の紋章を見せる。
王家の紋章が刻まれた剣は、近衛騎士の証だ。
「近衛騎士のトーマスだ。話を聞きたい」
「何で近衛騎士がここに……まさかっ!?」
兵士が俺の方を向く。
近衛騎士の役目は王族の警護だ。
気付くのも不思議ではない。
トーマスさんに視線を向けると、無言で頷かれる。
名乗れということだろう。
俺は兵士を真っすぐに見据え、口を開く。
「ウィリアム=ランドール公爵の次男、アレクシス=ランドールだ」
兵士が跪くのを皮切りに、周囲の民衆が次々に跪く。
こういうのは好きではないのだが仕方ない。
トーマスさんは全員が跪くのを確認し、兵士に話しかける。
「先程そこの男が、『村を助けてほしい』と言っていたのが聞こえた。アレクシス殿下が来られた理由と関係しているかも知れない。話を聞かせろ」
トーマスさんは兵士に命令する。
普段のトーマスさんっぽくない。
俺のこと『殿下』とか言っているし……
「この町の南西にある、この男の村が魔物に囲まれているらしく、救助を求められました。ですが、ブリスト伯爵よりこの町の守備に専念するようにとの指示を受けておりますので、対応に苦慮していた所です」
随分と正直だ。
兵士は苦渋の表情を浮かべており、本当は救助に向かいたいのかも知れない。
「……南の森から魔獣が溢れている。それは知っているか?」
トーマスさんは兵士に尋ねる。
「はい。昨日の夕刻にブリストから連絡が来ました。その際に、町の守備に専念せよという命令を受けた次第です」
昨日の夕刻か……意外と早いな。
使者がブリストを出たのが昨日の朝だと考えると、情報がブリストに届いたのが一昨日。
もしかしたら、北側にも魔物領域の近くまで来ていた人がいたのかも知れない。
「村民の避難については聞いているか?」
「いいえ。魔物が溢れたという情報と、守備に専念せよという命令しか聞いておりません」
兵士の声が上ずっている。
トーマスさんに叱責するつもりはないのだろうが、威圧感が凄い。
「騎士様。どうか村を助けてください!」
村人がトーマスさんを見上げ懇願する。
トーマスさんが俺の方を見る。
元々ブリスト伯爵の動きに関わらず、村に向かうつもりでいたのだ。
トーマスさんに頷こうとしたところ――
「私達が行こう」
町の外側から声がかけられる。
そちらを向くと、ブリスト伯爵家の兵士らしき男が立っていた。
その後ろには兵士が数名と、冒険者らしき男がやはり数名。
加えて、老人、女性、子供を含む人々が大勢いた。
「ブリスト伯爵家の兵士か?」
トーマスさんが男に聞く。
「昨日までな」
「昨日まで?」
男の発言に、トーマスさんが聞き返す。
「ブリスト伯爵は南方の村の避難を放棄した」
「何!?」
思わず声を上げる。
男は一瞬だけ俺に視線を向けた後、トーマスさんに向き直る。
「だから、村の避難活動をするために兵士を辞めた。後ろの人達は、伯爵が見捨てた村の村民だ」
男は苦々しい顔で言った。
伯爵に対する不満と憤りがあるのだろう。
俺も同じ気持ちだ。
おそらく領都の守備を優先したのだろうが、避難活動を放棄して良い理由にはならない。
「兵士様。ありがとうございます!」
先程の村人が兵士に頭を下げる。
トーマスさんが俺に視線を向ける。
判断は決まっている。
「俺達も一緒に行く」
男は驚いた顔で俺を見る。
「君は?」
先程名乗った時にはいなかったのだろう。
改めて名乗り直す。
「ウィリアム=ランドール公爵の次男、アレクシス=ランドールだ」
俺が名乗ると、先程と同じように男達や避難民が焦ったように跪く。
トーマスさんが一歩前に出て話を引き継ぐ。
「近衛騎士のトーマスだ。魔物の氾濫の情報は既に王都に届いており、本日早朝に騎士団がブリストに向けて出撃した。だが、ブリストに到着するのは早くても明日の夜だろう。それでは村の避難が間に合わない」
トーマスさんが俺に視線を向ける。
……了解です。
王族らしい態度で、男達を見据える。
「アレクシス=ランドールが命ずる!」
男達が顔を上げる。
「村民の避難活動に尽力せよ。民を見捨てることは許さない!」
『はっ!』
王族命令を出したのは初めてかも知れない。
跪く彼らを見て、そう思った。




