第五話 魔物領域の状況
「交代の時間です」
馬車の外からバートさんの声がかかり目を覚ます。
トーマスさんとダミアンもすぐに起きた。
時間は深夜。
外はまだ暗く、かがり火の光が辺りを照らしている。
もう一台の馬車からは、レイチェルが降りてきている。
「では、よろしくお願いします」
「はい、おやすみなさい」
バートさん達と見張りを交代する。
かがり火の近くに行くと、少し離れた場所にボアの死体の山が置いてある。
「寝る前より少し増えているな」
ダミアンが言う通りボアの山が少し大きくなっているが、思っていたほどではない。
夜なのでそれほど活動しないのかも知れない。
「まあ座りましょう」
トーマスさんの言葉に頷き、俺達はかがり火を囲んで座る。
「眠れたか?」
「うん。横になってすぐに眠れた」
ダミアンとレイチェルが話をしている。
レイチェルも良く眠れたようだ。
「バートさん達が起きたら直に出発です。今日は昨日より長距離を移動することになりますから、皆さんは体力を温存してください。魔物が来たら私が倒します」
トーマスさんに言われ、俺とダミアンは素直に頷く。
俺達は静かに会話しながら時間を過ごす。
◇
日の出前だが、少し明るくなってきた。
結局魔物は一体も来なかった。
やはり夜は魔物も活動しないのだろう。
「一体来ました」
トーマスさんはそう言うと、剣を持って立ち上がる。
表情が少し真剣だ。
「ボアではなさそうですね……」
トーマスさんの言葉に俺達は緊張する。
トーマスさんの視線の先を窺う。
何か近づいてくる魔物が見える。
俺も探知魔法で捉えた。
ボアよりも反応は強い。
少しずつ近づいてくるその魔物は――
「ボア?」
レイチェルが呟く。
「いいえ。ビッグボアです」
トーマスさんが訂正する。
魔物の姿がはっきり見えてきた。
形はボアと同じだが、明らかに大きい。
「お手本です。ビッグボアは普通のボアに比べ、全体的に倍くらいの大きさです。重さは八倍ですね」
トーマスさんは土弾を放つ。
ビッグボアに直撃するが物ともしない。
勢いは変わらず突っ込んでくる。
「このように顔に当てても倒れづらいです。ですから足を狙いましょう」
トーマスさんは土弾をビッグボアの足元に放つ。
土弾は右前足に直撃し、ビッグボアは大きな音を立てて転倒する。
その直後、いつの間にか近づいたトーマスさんは、あっさりとビッグボアの首を刎ねる。
トーマスさんが俺達の方に向き直る。
「一撃で倒せない場合もありますから、攻撃したらすぐに離脱。ビッグボアが立ち上がるようなら、再び足を攻撃します。出来れば二人以上で戦った方が良いでしょう」
トーマスさんの説明に頷く。
すると、バートさん達が起きてきた。
「大きな音がしましたが……ああ、ビッグボアですか」
「起こしてしまいましたね。申し訳ない」
「いえ、日の出のようですし、丁度良い時間ですよ」
バートさん達は何でもないような態度で活動を開始する。
「ビッグボアに驚かないですね?」
「Cランク魔獣が出るのは聞いていましたからね」
俺の疑問にトーマスさんが答える。
そうか……ビッグボアでCランクか。
巨大なビッグボアの死体を見る。
「手順通りやれば、二人なら大丈夫ですよ」
「「はい!」」
俺達はトーマスさんに力強く返事をした。
トーマスさんは笑みを浮かべて頷いている。
◇
朝食後、街道を進み始める。
昨日同様ボアが襲ってくる。
遭遇間隔は明らかに短くなってきている。
偶にビッグボアが混じるようになってきた。
一体だけ俺とダミアンで戦わせてもらった。
まず、俺が土弾で足を崩す。
それを見てダミアンが突撃し、戦槌を振るう。
大きなダメージを与えたようだが、ビッグボアは立ち上がる。
俺はすぐさま二発目の土弾を放ち、再び転倒させる。
ダミアンが再度戦槌を振るい、討伐に成功。
トーマスさんからは「上出来です」とのお言葉を貰った。
Cランク魔獣でもなんとかなることが分かりホッとする。
昨日より速度を上げて進む。
魔物はバートさん達が短時間で倒し、ひたすら進む。
そして正午前。
街道の中間付近――魔物領域に最接近する地点に到達した。
◇
「酷いですね……」
バートさんが周囲の状況に眉を顰める。
遭遇間隔はどんどん短くなり、五分に一度は遭遇する。
ビッグボアに遭遇する頻度も増えている。
探知魔法の範囲には常に魔物がおり、普通の冒険者が護衛では進めないだろう。
「周囲の調査は必要ないでしょう。このまま先に進みます」
バートさんが馬車を進める判断を下す。
反対意見はない。
「昼食は馬車の中で各自取ってください。夜にはメア子爵領の村に辿りつけるでしょう」
街道の途中。メア子爵領に入った辺りに村がある。
レイチェル曰く、交易で使われていた村なので、宿もあるそうだ。
「レイチェル。村は魔物の被害を受けていないのか?」
「被害を受けたという話は聞いたことがありません。領境に大きな川が通っているので、そう簡単に魔物は来ないです」
村の被害が気になって聞いたが、問題はないようだ。
俺は安心したのだが、トーマスさんは気になるようだ。
「子爵に言って避難させた方が良いかも知れません。ボアはともかく、ビッグボアなら大きな川でも越えますよ」
トーマスさんの指摘にレイチェルは焦った顔を見せる。
レイチェルは心を落ち着ける様に息を吐く。
「父に伝えます」
レイチェルはトーマスさんに返答し、トーマスさんは頷きを返した。
直後、トーマスさんが魔物領域の方を向く。
その顔には焦りの表情が見える。
「トーマスさん?」
トーマスさんに声をかける。
「……魔物領域付近の魔物の動きが、急に活発になりました」
「えっ、それって――」
俺が疑問の声を発すると同時にーー
周囲一帯に正体不明の咆哮が響き渡った。
 




