第三話 サザーランド到着
馬車は順調に進み、日が落ちる前にサザーランドに到着した。
サザーランドは、街全体が城壁で囲われている。
城門に入ると、多数の守備兵が警備をしている姿が見える。
城門の守備兵が何やらトーマスさんに話している。
すると、トーマスさんが俺達の馬車に近づいてきた。
その顔は、少しばかり笑みを浮かべている。
「どうしました?」
「領主館までの道に、大勢の領民が集まっているようです」
「リアが来たからですか?」
「はい。アレク様もですが」
「俺も?」
トーマスさんが頷く。
「申し訳ありませんが、窓から顔を見せていただけますでしょうか?」
「俺よりセラの方が良いのでは?」
「勿論セラ様もですが、アレク様もお願いします。アンジェリカ様、ダミアン君、レイチェルさんも出来れば……」
全員か……
「歓迎してくれる領民に顔を見せるくらい構わないわ」
「そうですわ」
リアとアンジェリカは当然の様に了承する。
「レイチェルとダミアンもお願い。手を振っていれば良いから」
「……分かりました」
セラのお願いに、レイチェルが返事をする。
ダミアンは黙って頷く。
「……仕方ないか」
こういうのは苦手なのだが……
俺達が了承すると、トーマスさんは守備兵の元に伝えに行った。
手続きが終わり、馬車はサザーランドの街に入る。
◇
『オフィーリア殿下―!』
『お帰りなさい、セラフィナ様―!』
通り沿いでは、大勢の人が俺達を歓迎してくれていた。
老若男女問わず、皆が笑顔で迎えてくれる。
「大歓迎ですわね」
手を振りながらアンジェリカが言う。
「いつもこんなに、人が集まるのですか?」
レイチェルが同じように手を振りながら、セラに質問する。
顔は外に向けたままだ。
「普段は違うよ。偶然通りにいる人達が手を振ってくれるくらい。こんなに人が集まるのは、オーウェン殿下が来た時以来じゃないかな」
「クリスお姉さまの御嫁入りの時ね」
「あの時は今日より凄かったわ。泣いている人も多かったけど」
リアの言うクリスお姉さまとは、セラの姉でオーウェン殿下に嫁いだクリスティーナ様だ。
オーウェン殿下は、自らサザーランドまで迎えに来たのだ。
「クリスティーナ様は美人で親しみやすい人だからな。領民が泣くのも分かる」
「アレク、クリス姉さま好きだよね~」
セラの言葉に棘がある。
「旦那様が迎えに来てくれるというのも、すてきですわね。憧れますわ」
アンジェリカは婿を取る立場なので、経験することはない。
俺達は手を振りながら通りを進む。
街道からの声援は七割がリアで、残りの三割がセラだ。
俺達が手を振る意味はあるのだろうか?
『お帰りなさい、アレクシス様―!』
声の方を向くと知っている顔だった。
「おー、海鮮料理屋の親父だ」
以前店に行ったことがある。
「海鮮料理か……良いな」
「食べたことないわね」
俺の声が聞こえたのだろう。
ダミアンとレイチェルが呟く。
「多分、今日の夕食に出てくるわ。楽しみにしていてね」
セラの声が聞こえた。
それは楽しみだ。
◇
領主館に到着した。
馬車を降りると、サザーランド伯爵家の人達が迎えに出てくれていた。
その中から、恰幅の良い男性が前に出てくる。
セラの父――サザーランド伯爵だ。
「ようこそ御出でくださいました。オフィーリア殿下」
伯爵が挨拶を述べると、伯爵家の家族と使用人が一斉に頭を下げる。
「皆様の歓迎に感謝致します」
リアは王族らしく礼を述べる。
何というか……茶番だ。
「クスッ」とリアが笑い声を零す。
それに答えるように、伯爵も声を出して笑い始めた。
「叔父様の真面目な態度、久しぶりに見ました」
「ワハハハ、王女を迎えるのだ。最低限の挨拶は必要だろう」
リアと伯爵が気安い態度で話し始める。
それを見て伯爵家の家族と使用人も、声を出して笑い始めた。
俺は呆れて、皆の様子を窺う。
セラは笑顔を浮かべており、トーマスさんと近衛騎士達は微笑を浮かべている。
アンジェリカ、レイチェル、ダミアン、査察団の人達は、呆然としている。
「お父様、皆が呆然としているよ」
セラが指摘すると「お~そうだったな」と言い、伯爵が俺達の方を向く。
「皆さんようこそサザーランドへ。当主のモーガンです」
伯爵の挨拶に頭を下げる。
「立ち話もなんですから、屋敷へ案内します」
伯爵がそう言うと、執事さんが出てきた。
俺達は執事さんの案内で歩き始める。
すると、セラの元に男の子が駆け寄ってくる。
「お帰りなさい、セラ姉さま」
「ただいま。ニコラス」
セラが嬉しそうに笑う。
彼はセラの弟で、サザーランド伯爵家の跡継ぎのニコラス。年齢は八歳。
家族で王都に来ているので、俺やリアは顔見知りだ。
ニコラスはセラが大好きなので、久しぶりの再会が嬉しいのだろう。
後ろを見ると、ダミアンがまだ呆然としている。
「驚いた?」
「ああ……普段からこういう感じなのか?」
「伯爵やアイリーン様が明るい人だから。勿論、公式な場では違うけどな」
アイリーン様は伯爵夫人で元第一王女だ。
父上の妹で、俺の叔母に当たる。
リアの隣で、笑顔で会話しているのが見える。
「すてきなご家族ですね」
「そうですわね」
レイチェルとアンジェリカが、微笑みを浮かべている。
二人は伯爵家の雰囲気に慣れたようだ。
メイドさんが扉を開き、俺達は伯爵邸の中に入った。
◇
俺達は応接室に通され、改めて自己紹介が行われた。
伯爵家は、伯爵、アイリーン様、ニコラスが、俺達はアンジェリカ、ダミアン、レイチェルが、各々自己紹介をした。
俺、リア、セラは身内なので特にしていない。
自己紹介が終わり、早速明日以降の話になる。
既に伯爵も知っている話なので、詳細な説明はなしだ。
「これが陛下のサインの入った書類ね」
「……うむ、確かに」
セラが伯爵に書類を見せる。
伯爵は内容を確認し頷いた後、書類から顔を上げて俺達を見る。
「街道の魔物の状況は、サザーランドも定期的に確認している。間違いなく処罰の対象になるだろう」
伯爵が真面目な顔で説明する。
「そんなに酷いんですか?」
「魔物領域から一番近い所は、他所の魔物領域と変わらない」
「街道が魔物領域に近すぎる、ということでもないんですよね?」
「距離は十分にあるな」
伯爵の説明に唖然とする。
「よくそこまで放置出来ましたね」
「国は余程のことがない限り、領地運営には口を出さないからな」
領主の権限はかなり強い。
国が管理仕切れないから領主を置いているので、当然とも言える。
「陛下は余程の事態と、判断したということですね」
俺がそう言うと伯爵は笑みをこぼし、アイリーン様に視線を向ける。
アイリーン様は伯爵と視線を交わし、笑みを浮かべてこちらを向く。
「それは間違いないと思うわ。でも、陛下が査察に踏み切ったのは、婚約の強要が理由でしょうね」
「そうなのですか?」
アイリーン様は頷く。
「陛下は、当人同士の意思を無視した政略結婚が大嫌いだから」
「……初耳です」
「そうなのよ。自分が政略結婚を強要されたからかもね」
アイリーン様の発言に、伯爵以外全員驚いた顔をしている。
陛下の政略結婚の相手って……
「……お婆様ですか?」
「二人ともよ。お母様……第一夫人も同じ立場ね」
「えっ、第一夫人も!?」
驚きの声を上げる俺を見て、アイリーン様がクスクスと笑う。
「陛下の結婚はね、お爺様……先代の陛下が全て決めたそうよ。それが気に入らなかったみたいね。結婚当初の夫婦仲は冷めきっていたらしいわ」
「陛下から聞いたんですか?」
「第一夫人よ」
なるほど。自分の母親に聞いたわけか。
母娘の関係ならそういう話もするかも知れない。
「徐々に夫婦仲は良くなったみたいだけどね。そういうのもあって婚約の強要が嫌いなのよ。リアとベンジャミンのことも同じね。アレクの入学は王命でしょう?」
『王命!?』
周囲が驚く。
そういえば、リアとセラにも王命のことまでは言ってなかったな。
というか、皆の前で言うのはどうなのだろう?
俺の入学がリアの婚約回避が目的なのは、暗黙の了解だから良いのか?
伯爵が咳払いをする。
騒めきが止まり、皆が伯爵に注目する。
「話が脱線してしまったな。まあ、そういうことなので、婚約の強要が証明出来た方が陛下を納得させやすい。……証明出来そうかな?」
伯爵はレイチェルの方を向き尋ねる。
「賄賂の要求の手紙は多分あるって言っていたよね?」
セラがレイチェルに聞く。
「はい。父は手紙を読んで頭を抱えていましたから。……婚約の手紙は私も読んだので、父が処分していなければあります。ですが、文面からは強要と判断することは出来ないかも知れません……」
レイチェルが不安気に答える。
普通に第四夫人にレイチェルを貰いたいと書いてあるのだろう。
レイチェルの不安な様子を見て、伯爵は「問題ない」と言う。
「ブリスト伯爵家とメア子爵家の関係を考えれば、自分の息子より年下の娘を妻に要求するというのは、強要以外の何ものでもない。陛下の心情に訴えかけるには、それで十分だ」
伯爵の説明を聞いて、レイチェルがホッとした表情を見せる。
「ありがとうございます」
レイチェルのお礼の言葉に、伯爵が笑みを浮かべて頷いた。




