第二話 セラフィナと魔法の訓練
俺が転生して十三年後。
ここは、ランドール王国の王都にある騎士訓練場だ。
訓練場では、今日も騎士達が厳しい訓練をしている。
俺は訓練場の隅の一角を借りて、魔法の訓練をしている。
正面十メートルくらい先には、直径五十センチメートルくらいの水弾が浮かんでいる。
「セラ、準備は良いか!」
水弾を挟んで、同じく十メートルくらい離れた場所に立つ少女――セラに問いかける。
「いつでも良いよ!」
セラの返答を聞いて、俺は魔法を行使する。
「水弾!」
掛け声とともに水弾を作りだし、空中に浮かぶ水弾目掛けて放つ。
水弾は一直線に飛んでいく。
「ほいっ」
セラがとぼけた声を出して軽く手を動かす。
すると、空中に浮かんでいた水弾が勢いよく上昇を開始し、俺の水弾との衝突を避ける。
この水弾はセラの魔法だ。
俺は自分の水弾を操作し、セラの水弾を追いかける。
今やっているのは、攻撃魔法の遠隔操作の訓練だ。
想定しているのは、冒険者が魔物と一対一で対峙した状況だ。
俺が冒険者役で、セラの水弾が魔物役だ。
俺は、セラの水弾に自分の水弾を当てようとしている。
セラの水弾は攻撃を掻い潜り、俺に攻撃を仕掛ける。
セラの水弾が、俺の水弾を躱しながら向ってくる。
俺は身体強化魔法を使い、直前で水弾を躱す。
「おしいっ!」
セラの声が聞こえる。
この勝負は、俺の水弾がセラの水弾に衝突したら俺の勝ち。
セラの水弾が俺に衝突したらセラの勝ちだ。
セラへの直接攻撃は禁止。
両者共に、魔法の制御に失敗し地面や障害物に衝突した場合も負けだ。
火弾や土弾でなく水弾を使っているのは安全のためだ。
水弾に当たっても怪我をするほどの衝撃はない。
俺は二つ目の水弾を作り出す。
二つの水弾を操作し、挟み込むようにセラの水弾を追いかける。
「お、二つ目だね。どんどん増やすと良いよ」
セラは楽しそうな声で挑発する。
「制御に失敗して地面に衝突……いや、私の水弾がアレクに当たる方が早いかな」
「俺の水弾がセラの水弾に当たる方が早いな」
今回は魔物一匹を想定しているので、セラが操作する水弾は一つだけだ。
俺の水弾は魔物を狙う攻撃魔法なので、いくつ作っても構わない。
但し一度出した水弾を消すのは禁止。
その場合は、制御に失敗したと判断して負けになる。
水弾の数だけ制御が大変になるので、多ければ有利というものでもない。
俺は三つ目の水弾を作り出す。
セラは水弾を操作し、地面際を飛ばしながら回避を続ける。
地面への衝突を誘っているのだろう。
僅かな制御ミスでも衝突の危険がある。
だが水弾三つ程度で制御に失敗したりはしない。
セラの水弾が徐々に追い詰められていく。
「あ~、もう!」
セラが少しだけ苛立ちを見せる。
俺が制御に失敗する様子がないからだろう。
数分追いかけっこをしたあとで、セラの水弾は急上昇する。
上空に逃れると今度は急降下。速度を上げ俺に向って来る。
これで決着だろう。
「もう直接当てる!」
セラの水弾が俺に向ってくる。
俺の制御する水弾三つはその更に後方だ。
セラの水弾が届く直前、行く手を遮るように四つ目の水弾を作りだす。
「四つ目!?」
セラは驚きの声を上げ衝突回避を試みるが、水弾が速すぎて回避出来ない。
俺は四つ目の水弾を放つ。
二つの水弾が衝突し、弾け飛んだ。
◇
勝負を終え、セラが俺の方に歩いてくる。
セラは不満そうな表情だ。
俺は微笑を浮かべ話しかける。
「もう、今のルールだと魔物側の負けが確定だな」
「最後、水弾の速度を相当上げたんだけどね」
俺に向ってきた水弾の速度は、身体強化魔法を使っても躱すのは難しかったと思う。
でも、今回使った水魔法くらいなら、魔法の発動の方が早い。
「あれで迎撃可能ならどうしようもないよ。あの一瞬だと回避出来ないし」
「速度が遅ければ、身体強化で回避可能だしな」
この訓練は子供の頃からやっているゲームの延長だ。
「アレクの方が魔法上手だしね~」
セラが拗ねた様な表情で言う。
確かに現状俺の方が上なのだが、実はセラの方が少しだけ才能は上だ。
彼女の名前はセラフィナ――セラフィナ=サザーランド。
サザーランド伯爵家の次女で、転生時の候補に挙がっていた少女だ。
俺の才能とセラの才能、王太子長女の才能はとても似ていた。
これは近い親戚であったことが理由のようだ。
王太子長女――名前はオフィーリアと言い、俺とセラは彼女をリアと呼んでいる。
リアが従妹なのは知っていたが、セラも俺の従妹だったのだ。
俺の祖父にあたる国王陛下には二人の妻がいる。
第一夫人との間には、今の王太子と、伯爵家に嫁いだ王女が生まれた。
王太子の長女がリア、王女の嫁ぎ先の伯爵家の次女がセラだ。
第二夫人との間にも男子が一人いる。俺の父であるウィリアム公爵だ。
「俺も、セラも、リアも、そこまでの差はないだろう?」
「そうかも知れないけど、子供の頃からアレクが一番なのは事実だもん」
俺達三人は同い年ということもあり、子供の頃から仲が良い。
俺とリアは王都住みで簡単に会える。
セラは領地と王都を行き来する生活なので、いつでも会えるというほどではないのだが、セラの父サザーランド伯爵は王都での仕事も多い。
一年の半分くらいは家族全員で王都に来て生活しているので、リアほどではないが頻繁に会えている。
三人とも魔法が得意なので、小さいころから一緒に魔法で遊んでいた。
それが出来る環境があったということもある。
普通は貴族の子供であっても、騎士団の訓練場など使わせてはもらえない。
「まあ、旦那様には私より強くあってほしいから良いんだけどね~」
セラが俺に視線を向け、小悪魔の笑みを見せる。
その笑みに頬を緩める。
セラは子供の頃から俺のお嫁さんになると公言している。
最近では俺がいる、いないに関わらず頻繁に言っているようだ。
余計な縁談を回避するためらしい。
「前から言っているが、俺は冒険者志望だぞ?」
「私も前から冒険者の妻で構わないって言っているよ?」
「伯爵令嬢として、それはどうなんだ?」
「お父様もお母様も、相手がアレクなら構わないって」
セラは満面の笑顔だ。
俺は軽くため息を吐く。
まあ、セラのことは俺も好きだ。
恋愛感情かと言えば違う気もするが、結婚生活は上手くいくと思う。
「伯爵が良いなら俺は構わないけどな……貴族に嫁いだ方が楽だと思うぞ?」
「好きでもない相手に嫁ぐよりずっと良いよ。それに、アレクと私なら生活に苦労することなんてあり得ないもん」
俺もセラも世代屈指の魔法の使い手だ。
冒険者登録はまだしていないが、既に充分な実力がある。
セラの言う通り、生活に苦労することはないだろう。
「お父様としては、将来は爵位を貰って騎士になってほしいみたいだけど」
「そのためには貴族学園に通う必要があるな」
貴族学園に通ったからといって、爵位を貰えるわけではない。
しかし、俺は貴族学園を卒業すれば男爵位を貰える立場にある。
「やっぱり貴族学園には行かないの? アレクならまだ間に合うと思うけど」
セラも本音では、俺に貴族学園に通ってほしいのだろう。
父親と同じように、俺に爵位を貰ってほしいのだと思う。
だが、俺は貴族学園に通うつもりはない。
「俺が入学すると面倒なことになりそうだからな」
俺がそう言うと、セラは軽くため息を吐く。
「……王位継承争いね」