第九話 登城と報告とお茶会と
翌日以降も作業を続けた。
初日の想定通り、ミスリルは頭部に集中していることが分かった。
集中しているといっても少量なのだが、大発見であることは間違いない。
学園の中でも俺達のことが噂になり、多くの学生から賞賛された。
特にコリーは高レベルの火魔法を見せたことで、注目の的になった。
近衛騎士のトーマスさんやベティさんが絶賛していたこともあるのだろう。
女子生徒に囲まれて、困惑している様子だった。
モニカに近づく男子生徒も少数いた。
アルハロ男爵領のことを知っているのだろう。
ミスリルが取れるようになれば、アルハロ男爵領は大きく変わる。
国内有数の資産を持つ男爵領に変わるだろう。
モニカと仲良くなっておこうとする気持ちは理解出来る。
だが、モニカもコリーと同様、急に男子が寄ってきたことに困惑していた。
その様子を見たリア達が、さり気なく男子生徒を遮断している様子だった。
急に人が集まってきたことで、二人の間も微妙に距離が出来ている。
◇
次の休日。
トーマスさんの指示を受け、三人で朝から登城した。
城に到着すると、門の前にトーマスさんが待っていた。
俺達はトーマスさんに案内され城内に入る。
コリーとダミアンは、城に入るのが初めてらしい。
緊張している様子が見て取れる。
案内された先は応接室だった。
待っていたのはパトリックさんとベティさん……それから父上だ。
俺達は席に座るように促される。
俺達が座ると、ベティさんから報告書を渡された。
「こちらが作成した報告書です。内容に目を通していただいて、問題がなければ発見者欄にコリー君のサインをお願いします。アレク様とダミアン君は、共同発見者としてトーマスさんのサインの下に、同じようにサインをお願いします」
報告書には既にトーマスさんのサインが入っていた。
検証の協力者として、パトリックさんとベティさんのサインも入っている。
俺達は報告書の内容を読む。
認識に相違がないことを確認して、順番にサインを入れた。
ベティさんは俺達のサインを確認して、報告書を父上に渡す。
父上はサイン欄を確認すると、報告書を置いてこちらを見る。
内容は把握済みなのだろう。
「コリー=ロチェスト、アレクシス=ランドール、ダミアン=バーナム。報告書の内容は確認している。今回の発見は王国に多大な恩恵をもたらすだろう。陛下に代わり礼を述べる。良くやってくれた」
父上の言葉にコリーが黙り込んでしまったので、小声で「光栄に存じます」と呟く。
コリーはハッとしたように口を開く。
「こ、光栄に存じます」
父上は頷いた後で表情を崩す。
「形式的な報告はこれで終わりだ。楽にしてくれ」
「分かりました」
俺は返事をして体の力を抜く。
それを見て、コリーとダミアンも少し緊張を解く。
トーマスさん達も表情を崩す。
「父上がいらっしゃるとは思いませんでした」
「陛下よりはマシだろう。内容が内容だからな。直接礼を述べる必要がある」
確かに陛下が来ていたら、コリーとダミアンの緊張はどうなっていたか。
父上はコリーとダミアンに顔を向ける。
「自己紹介が遅れたな。アレクシスの父のウィリアムだ。息子が世話になっている」
「こちらこそアレク……様にはお世話になっております」
「様はなくて良いよ。公式な場は終わりだ」
まだ緊張気味のコリーに言う。
ダミアンも同様に挨拶を行った。
「トーマスから報告は受けている。一年生が夏季休暇前に岩ゴーレムを討伐したことも驚きだが、ミスリル発見は比較にならんほどの驚きだな」
「岩ゴーレム狩りが主目的だったので、ミスリルは完全に偶然です。コリーが冗談半分に火魔法を使ったら、偶々発見しました」
「岩ゴーレムを溶かすことなど、普通は出来ないがな」
「コリーには才能がありますから」
父上と俺が話をしていると、隣で聞いていた二人が会話に加わる。
「アレクのおかげです。入学以来ずっと魔法を教えて貰っています」
「俺……私も、アレクに教えてもらってから、とても成長を実感しています」
コリーとダミアンが俺への感謝を述べる。
父上が俺に視線を向けてきたので、微笑み返す。
「二人とも才能があるのは間違いありません。今回はコリーの得意魔法が火魔法だったことが、偶々発見に繋がった形です」
「コリー君の火魔法は凄いですからね。将来は近衛騎士になるかも知れません」
ベティさんが笑顔でコリーを褒める。
コリーは照れて黙り込む。
コリーの様子を見て、父上も頬を緩ませる。
和やかな雰囲気の中、父上がパトリックさんに視線を向ける。
パトリックさんは視線を受け、話し始める。
「コリー君に提案なんですが、夏季休暇の間、城で岩ゴーレムの研究に参加してみませんか?」
「研究ですか?」
「具体的には、ミスリルを効率よく大量に抽出する方法の研究です」
確かにその研究は必要だろう。
強力な火魔法が使えるコリーを誘うのは当然だ。
「コリー君の卒業後の進路にも有利に働くと思います。ベティさんが言ったように、近衛騎士の道も開けるでしょう。研究職の可能性もありますな」
コリーにとっては良い話なんだろうが……
コリーを見ると悩んでいる様子だ。
フォローの必要があるだろう。
「今すぐ決める必要はないんじゃないか? ……ですよね?」
「そうですな……」
パトリックさんが少し考える仕草を見せる。
「……進路はともかく、夏季休暇は二週間後ですから。次の休日までに返事をくれると助かります」
「……分かりました。次の休みに報告に来ます」
コリーは少し悩んだ後で返事をする。
そういえば、夏季休暇まで二週間しかない。
「門番に話は伝えておきますが、念のためアレク様、御同行お願い出来ますか?」
トーマスさんに同行を頼まれる。
「ん? ……構わないですけど?」
「よろしくお願いします」
コリーだけで大丈夫だと思うが、特に用事があるわけではないので構わない。
その後、報告を終えた俺達は寮に戻った。
◇
寮に戻った俺達は、昼食を取った後それぞれ部屋に戻った。
コリーは帰りの道中も悩んでいた。
どうするか決めかねているようだ。
多分、悩んでいるのは進路の方だろうが……
午後は久しぶりのお茶会だ。
リアのお誘いで談話室に赴く。
部屋にはセラ以外の顔ぶれが集まっていた。
「セラはまだ来てないんだ?」
「午後から用事があるみたい。少し前に出掛けたわ」
リアが教えてくれる。
席に着くと、いつも通り紅茶が用意された。
「このお茶会も久しぶりだな。一ヶ月ぶりか?」
「一ヶ月半ぶりね。アレク達はずっと訓練していたから」
リアが微笑を浮かべて訂正する。
「報告は終わったのですか?」
アンジェリカが聞いてくる。
今日はその話題だろうな。
「滞りなく終わったよ。報告書はトーマスさん達が作成してくれていたから、俺達は確認してサインをしただけだ。陛下の代わりに、父上からお褒めの言葉を貰った」
「あら、叔父様ですか?」
「陛下よりはマシだろうってことらしい。コリーとダミアンは緊張していたけどな」
「公爵ですからね」
アンジェリカがクスクスと笑い声をこぼす。
俺はモニカの方を向く。
「父上……ウィリアム公爵も、岩ゴーレムからミスリルが取れたことには驚いていた。これから研究が進めば、岩ゴーレムの価値は急激に上がると思う」
「ありがとうございます」
「お礼はコリーに言ってあげて。コリーが一番の功績だから」
「……はい」
モニカが寂しそうな笑顔で俯く。
その様子を、他の三人が心配そうな顔で見つめる。
「何かあったのか?」
「今週の初めくらいから、コリーと話せていないみたいで」
レイチェルが教えてくれる。
それは知っていたが、思ったより深刻なのだろうか。
「今週は忙しかったからな。報告も終えたし、話す時間も増えるだろう」
「本当に?」
リアの視線が少しきつい。
「最近、女子生徒に囲まれているみたいだけど……」
続けてリアがそう言うと、アンジェリカとレイチェルからも鋭い視線が向く。
その視線を俺に向けられても困る。
「そっちの心配はない……と、思う」
「他の心配はあるの?」
リアが鋭い。
でも、俺が言うことではないのでまだ内緒だ。
「コリーも色々考えているみたいだから。後でモニカと話をするように言っておく」
その後も女性陣の責めるような視線を受け、お茶会が終了した。