第四話 岩ゴーレムに遭遇
迷子にならないように注意しながら、森の中を進む。
探知魔法については、その後もコリーかダミアンが最初に捉えている。
女性陣は不満そうだが、これは仕方ない。
コリーとダミアンは、事前に俺と学園で訓練している。
差があって当然なのだ。
戦闘は男女で交互に行なっている。
女性陣の一回目は、魔法がまったく当たらず、討伐に失敗した。
ウルフの接近を許してしまったので、俺が対処することになった。
二回目以降は攻撃も当たるようになり、順調に討伐している。
時間が掛かって別の個体が来ることもあったが、コリーとダミアンが問題なく処理した。
今の所、問題らしい問題は起きていない。
戦闘を重ねつつ森の奥に進んでいると、ダミアンから声がかかる。
「アレク、少し休憩しよう」
そう言われ、ダミアンの方を向く。
特に疲れた様子は見えない。
不思議に思っていると、ダミアンが視線を動かす。
「あっ!」
視線の先では、女性陣が疲れた表情を見せていた。
「ゴメン。気づかなかった」
「いえ、大丈夫ですわ」
アンジェリカはそう言うが、無理は良くない。
レイチェルもモニカも疲れているだろう。
完全に俺のミスだ。
「いや、一旦休憩にしよう」
そう言って背嚢をおろす。
それを見て皆も休憩に入る。
「ダミアン、助かった」
小声でお礼を言う。
「アレクは先頭を歩いていたからな。気づかないのは仕方ない」
ダミアンがフォローしてくれるが、全然仕方なくない。
落ち込んでいると、トーマスさんがニコニコ笑顔を向けてくる。
あの顔は面白がっている顔だ。
「……なんですか?」
「アレク様が失敗するのを久しぶりに見たので、嬉しくなりました」
「ひどいですね」
「セラ様に水弾をぶつけて泣かしてしまったのは、七歳の頃でしたね」
「思い出さなくて良いです」
怪我をさせたわけではないが、あの時は大人達から凄く怒られた。
アンジェリカとモニカが興味津々で、俺の小さい頃の話を聞いている。
レイチェルも男二人も楽しそうにしているので、まあ良いとしよう。
◇
二十分ほど休憩をとり、戻ることにした。
まだ実習時間に余裕はあるが、無理をすることはないだろう。
そう思い、歩き出したところで、ウルフよりも強い反応を捉える。
「……トーマスさん?」
「ウルフではないですね」
トーマスさんも気付いていたようだ。
声を掛けなかったということは、危険な魔物ではないのだろう。
俺にはまだ判断できない。
「何かいるの?」
「戻る方向にウルフより強い反応がある。まだ距離はあるけど」
コリーの質問に答える。
この辺りはウルフしか出現しない。
近くの領域から紛れ込んで来たのだろう。
この近くの領域というと――
「……もしかして、岩ゴーレム?」
「正解です」
俺の呟きが聞こえたのか、トーマスさんが嬉しそうな顔で教えてくれる。
「えっ!? 岩ゴーレムですか?」
「ここの近くに、岩ゴーレムが発生する領域があるんだ」
モニカが驚きの声を上げ、コリーが説明する。
二人の様子を、トーマスさんが不思議そうに見ている。
モニカの反応が、不自然に大きかったからだろう。
「モニカは、アルハロ男爵家の令嬢なんです」
「ああ、なるほど」
それだけで通じたようだ。
まあ、それはそれで良いのだが。
「どうされますか?」
「戦槌持ってないですからね」
戦うかどうかを聞いているのだろう。
でも、戦うにしても装備がない。
トーマスさんならどうにでもなるのだろうが……
俺はダミアンとコリーの方を向く。
「どうする? 戦ってみる?」
「興味はあるな」
「でも、勝てるかな?」
ダミアンもコリーも意欲はあるようだ。
「戦槌がないから、接近戦は禁止だな。土弾の集中砲火で何とかなると思う」
「なら、やって見るか」
「そうだね」
二人が戦闘の意思を示したので、岩ゴーレムと戦うことにする。
「接近されたら私が介入しますので、合図をしたら攻撃を止めてください」
トーマスさんに指示され、俺達は了承した。
◇
五分ほど歩いた所で姿を捉える。
予想通り岩ゴーレムだ。
岩ゴーレムは、高さ三メートル程度の、二足歩行の魔物だ。
「作戦はウルフと同じ。使う魔法は土弾。遠目からコリーとダミアンは土弾で攻撃。岩ゴーレムが速度を上げてくるので、各自の射程に入り次第攻撃。魔石は頭にあるので、なるべく頭狙いで」
俺の説明に全員が頷く。
今回も俺は手を出さない。
倒せないかも知れないが、その場合はトーマスさんに処理してもらう。
コリーとダミアンが、掌を岩ゴーレムに向って構える。
既に二人の射程内だ。
「三、二、一、発射」
俺の合図で土弾が放たれる。
土弾は勢いよく進み、豪快な音を立て岩ゴーレムに衝突した。
「当たった! ……あれっ、効いていない?」
モニカが二人の魔法を見て、声を上げる。
彼女の言う通り、岩ゴーレムに変化はなく、速度を上げて進んでくる。
各自、土弾で攻撃を始める。
岩ゴーレムは回避する様子を見せず、土弾は面白いように当たる。
しかし、岩ゴーレムは止まる様子を見せない。
距離は三十メートル、二十五、二十……
「攻撃を止めてください」
トーマスさんが静かに合図をし、全員、攻撃を止める。
直後、トーマスさんが弾かれた様に飛び出す。
剣は抜いていない。
どうする気だろう? ――そう思った時には、トーマスさんの拳が岩ゴーレムの頭を捉えていた。
拳はあっさりと頭を砕き、岩ゴーレムは活動を停止する。
速い……
仰向けに倒れた岩ゴーレムとトーマスさんを前に、皆が呆然としている。
「凄い……」
静寂の後、コリーが呟く。
コリーを皮切りに、皆が興奮したように話し始める。
これが近衛騎士の実力なのだろう。
今の俺にはとても無理だ。
トーマスさんは賞賛の声に微笑を浮かべる。
「土弾の威力が不足していましたので、もう少し圧縮と速度が必要です」
優しい目で俺達を見ながら助言をくれる。
「勿論、本来は土弾ではなく、長柄の戦槌を用意する方が簡単です。岩ゴーレムの腕が届かない距離で、頭を叩くのがセオリーですね」
「トーマスさんは拳でしたけどね」
一応、指摘する。
「あれはアレク様達には当分無理ですね。身体強化魔法だけでなく、素の身体能力も鍛え続ければ、いつか出来るようになるかも知れません」
トーマスさんが微笑みを浮かべながら話す。
分かってはいるけど、トーマスさんの背中は遠い。
皆は羨望の眼差しで、トーマスさんを見ている。
特にモニカの視線が、恋をした女の子のようだ。
残念ながら、トーマスさんは子持ちの既婚者だ。




