第三話 初めての実地訓練
入学から一ヶ月後。四月の第一週土の日。
今日は初めての実地訓練が行なわれる。
大半の学生にとって、初めての実戦だ。
場所は王都近郊にある、初心者が使う魔物領域。主にウルフが多く生息する森だ。
ウルフは最低のEランク魔獣で、初めての実戦には丁度良い。
班毎にまとまって行動し、各班には国から派遣された騎士が付きそう。
そして、俺の班の担当騎士は――
「学生の付き添いに、トーマスさんですか?」
「はい。王族の護衛が近衛騎士の仕事ですから」
俺の班の担当は、近衛騎士のトーマスさんだ。
前回会ったのは、入学前に城に呼び出された時だ。
騎士訓練場に呼びに来たのが、トーマスさんだった。
「トーマスさんは陛下の担当ですよね?」
「厳密には近衛騎士に担当はありません。王家全員が護衛対象です」
そうは言うが、実際には個人につく場合がほとんどだ。
「リアは別の班ですよ?」
「そちらにも近衛騎士が付いていますし、アレク様も王族です」
トーマスさんが爽やかな笑顔で、俺を王族扱いする。
間違いではないが……
「そういえば、アレクも王族の一員だったね」
「忘れていたな」
同じ班の男子は、コリーとダミアンだ。
俺も忘れていたよ。
「やっぱり、アレクシス様と呼ぶべきでしょうか?」
「アレクでお願い。あと、様も勘弁して」
「えっと……はい……アレク……さん」
女子の一人目はアルハロ男爵令嬢のモニカだ。
かなり口調は砕けたが、まだ遠慮があるようだ。
今日はコリーの格好良い所をたくさん見てほしい。
そして二人目。
「アレクさんは親しみやすいですからね」
落ち着いた口調で話す美人さんは、メア子爵令嬢のレイチェルだ。
彼女が俺に縁談を申し込んだ理由は、いまだに分からない。
俺に男女間の好意を持っているようには見えないし、縁談に熱心な様子もない。
モニカの場合は縁談理由が明確なのだが、メア子爵家にも何かあるのだろうか?
セラが探っている最中で、今は彼女に任せている。
「アレクは王族でなく冒険者だな」
「ダミアンは砕けすぎよ」
ダミアンの言葉をレイチェルが嗜める。
この二人は仲が良い。
どう考えても、俺よりダミアンの方が良いと思うのだ。
こっちも何とかくっつけたいと思う。
「わたくしは今まで通り話しますわよ?」
「アンジェリカに敬語を使われても、俺が困る」
三人目はバミンガム侯爵令嬢のアンジェリカ。
俺の従妹で、二人と同じく縁談を申し込まれている。
バミンガム侯爵家が縁談を申し込む理由は分かりやすい。
俺を選ぶ理由は魔法の才能があるから。
気安い間柄でもあるので、彼女への対応はとりあえず保留だ。
以上、友人二人と婿取り令嬢三人が、今日の実習班のメンバーとなっている。
彼女達とは、休日の午後にお茶会を行うのが恒例で、随分親しくなれたと思う。
リアとセラは戦力分散という理由で、別の班となっている。
「アレク様は早速親しいご友人が出来た様ですね」
トーマスさんが、意味深な言い方をしてくる。
「……仲良くやっています」
「陛下にもお伝えしておきます。他は順調ですか」
「……問題ありません」
トーマスさんの視線は彼女達に向いていた。
陛下に何を報告するつもりやら。
他というのは、王太子殿下から頼まれたリアのことだろう。
こちらは解決済みだが、いつ報告するかは二人と相談してからだ。
俺達は馬車に乗り込み、魔物領域へと向かう。
◇
馬車は魔物領域に到着。
森の入り口に広場があり、訓練開始前に軽く昼食を取る。
小休憩後、班ごとに森へと入って行く。
森の中を進む。
木々の間隔は広く、視界はそれほど悪くない。
足元には草が茂っているが、多少歩きにくい程度で済んでいる。
頻繁に冒険者が踏み込んでいるからだろう。
森に餌になりそうな物は見当たらないが、大量の魔物が生息している。
魔力さえあれば、魔物は生きていけるからだ。
いくら倒しても絶滅することはなく、どこからか湧いてくる。
魔物領域とはそういう場所だ。
「全員移動中は探知魔法を常に展開。魔物を発見したら報告してくれ」
全員に指示を出す。
今日のリーダーは俺だ。
トーマスさんは基本護衛に専念で、危険な場合だけ注意を促す。
全員の了承を確認し、森の奥へ進む。
歩いて五分程度で魔物を探知する。
皆の顔を確認するが、まだ気付いた様子はない。
俺は口に出さずに歩みを進める。
「あっ、捉えた」
最初に魔物を探知したのはコリーだった。
コリーは右前方を見る。
森の中なので気付きにくいが、既に視界に入っていた。
木の影にウルフが一匹いるのが見える。
「目視出来ると分かるな」
ダミアンも目視した後で、探知魔法の反応を認識したようだ。
「距離があると、曖昧で分かりにくいからな」
俺の言葉にダミアンが頷く。
女性陣は反応を捉えた様子はない。
「三人は探知魔法の反応は分かる?」
「悔しいですけど、分かりませんわ」
「私も曖昧すぎて……」
「全然分かりません」
アンジェリカ、レイチェル、モニカの三人は、やはりまだ捉えていないようだ。
「なら三人はこのまま探知魔法を継続。討伐はコリーとダミアンでやろう」
俺の指示に全員が頷く。
ウルフはこちらを警戒して、ゆっくりと動いている。
警戒しつつも、逃げるという選択肢がないのが、魔物の不思議なところだ。
「今日はなるべく接近戦はなしでいこう。二人とも土弾か水弾で攻撃。一発撃つと多分走ってくるから、すぐに二発目を用意。二発目は操作して当ててくれ」
森の中なので火魔法はなし。風弾は難しいので、これもなしだ。
コリーとダミアンが水弾を作成する。
ダミアンは土魔法の方が得意なのだが、訓練で水弾を使っていたからだろう。
今回は魔力を込めた実戦用だ。当たれば十分な衝撃がある。
「三、二、一、発射」
俺の合図に合わせて、二人はウルフに水弾を放つ。
狙い通り真っすぐ飛ぶも、距離があるためウルフは回避する。
ウルフは一気に速度を上げこちらに向かってくる。
「二発目、各自のタイミングで攻撃開始」
距離が二十メートルくらいだろう。
先ずはコリーが水弾を放つ、直後にダミアンも放つ。
ウルフは衝突を回避し、コリーの水弾はすり抜ける。
回避直後、時間差で放ったダミアンの水弾がウルフに直撃。
ウルフは弾き飛ばされる。
「やった」
後ろからレイチェルの明るい声が聞こえた。
戦闘中に微笑ましい気持ちになるが、集中してウルフの動きを追う。
ウルフはダメージを受けたものの、まだ健在で、すぐに立ち上がる。
しかし、コリーの水弾が戻ってきて、ウルフを上空から急襲。
水弾はウルフの胴体に直撃し、「ゴフッ」という声を出してウルフが倒れた。
「……倒したかな?」
「動かないから大丈夫だろう」
コリーは倒したか不安のようだが、ちゃんと倒しているはずだ。
魔物は死んだふりはしない。
「多分死んでいるはずだから確認しよう」
全員でウルフを確認しに行く。
ウルフの状態を確認する。
呼吸をしている様子もない。
「死んでいるな」
俺がそう言うと、皆ホッとした表情を浮かべる。
魔物とはいえ命を奪う行為なので心配だったのだが――
「皆、気分が悪くなったりしていないか?」
「大丈夫。心構えはしてきたから」
「俺も平気だ」
コリーとダミアンは大丈夫そうだ。
「見ている分には、とりあえず平気そうですわ」
「私も平気です」
「私も大丈夫です」
アンジェリカ、レイチェル、モニカ、三人とも平気そうだ。
顔色も悪くなっていないので大丈夫だろう。
胸をなでおろす。
「それで、探知魔法はどうだった?」
「コリーが攻撃する少し前くらいで認識出来ました」
レイチェルが答える。
二十五メートルくらいだろうか。
実戦では厳しすぎるな。
「動かなくなるまで分かりませんでした」
「わたくしも同じですわね」
モニカとアンジェリカはもっと短い。
距離的には二十メートルないな。
「了解。もう少し訓練した方が良いな」
「そうしますわ」
アンジェリカが少し不満そうな顔で答える。
「ウルフは反応が弱いですから、最初はそんなものです。……それよりも、解体はどうされますか? 冒険者ではないので、魔石を取り出すだけで構いませんが」
「今日は討伐の訓練なので解体はなしで。魔石は俺が取り出します」
トーマスさんに返答し、俺はウルフの体から魔石を取り出す。
何度かやっているので躊躇いはない。
解体しないのは、事前に話し合って決めた。
「それじゃあ先に進もう」
俺達は森の奥へと進んで行く。