第二話 男子風呂で男の恋バナ
セラが揶揄いすぎたようだ。
モニカがぷんぷんと怒っている。
顔は照れて真っ赤だ。
二人がじゃれ合っている間に、コリーとダミアンは訓練を再開した。
二回目は役割を逆にしたのだが、一回目と同じ結果になった。
ダミアンはコリーの水弾を躱すのに精一杯で、迎撃に手が回らない。
最後はダミアンが水弾を当てられて終了した。
その後も同じ訓練を繰り返した。
最後まで迎撃に成功はしなかったが、身体強化魔法を使いながら水弾を動かすことは出来るようになった。
確実に成長したと思う。
午前九時頃から訓練を開始して、二時間近く訓練を行なった。
その間、セラとモニカはずっと訓練を見学していた。
セラは訓練に参加したそうだったが、私服なので我慢したようだ。
モニカは訓練をじっと見続けていた。
彼女の視線はコリーを追っていたようなので、満更でもないのだろう。
訓練を終了すると、セラとモニカは戻って行った。
俺達は汗を流すため、浴場に向かうことにした。
◇
「この時間だと誰もいないな」
「休日の午前中だしね。寝ている人もいそう」
ダミアンとコリーが、誰もいない浴場を見て会話をする。
二人には先に体を洗ってもらい、その間に俺が浴槽にお湯を注ぐ。
給湯の魔道具に手をかざし、小さめの浴槽にお湯を溜め始める。
貴族学園の寮の入浴時間は、午後五時から午後九時と決まっている。
午後十時前後に職員がお湯を抜き、清掃を行う。
しかし、それ以外の時間も使用出来ないことはない。
俺達のように自主訓練をする生徒もいるからだ。
その場合は自分でお湯を入れて、入浴後は清掃を行うことを義務付けられている。
浴槽には給湯の魔道具が付いており、清掃用の魔道具もあるので、魔力さえあれば難しくない。
二人は訓練で魔力を使い切っているので、これは俺の仕事だ。
「お湯が溜まったぞ」
体を洗っている二人に声をかける。
「ありがとう。アレク」
「遠慮なくいただく」
「ゆっくり浸かってくれ」
二人が湯船に浸かるのと入れ替わりに、俺は服を脱ぎ洗い場へ向かう。
「あぁ~」
後ろから、コリーの声が聞こえる。
可愛い顔でおっさんみたいなことをする奴だ。
俺は体を洗い始める。
「今日の訓練は充実したね~」
「そうだな。訓練というより遊びに近かったけどな」
コリーもダミアンも訓練内容に満足してくれたようだ。
二人の会話には笑い声が混じっている。
「面白かったろ?」
「ああ、夢中になってしまったな」
体を洗いながら質問すると、ダミアンが機嫌の良さそうな声で答えてくれる。
「アレクは、セラフィナさんと一緒に訓練していたの?」
「セラかリア、あるいは三人で訓練することが多かったな」
コリーの質問に答える。
他の殿下方が参加することもあったが、基本はセラとリアだ。
ベンジャミンは参加したことがあっただろうか?
「やっぱり、オフィーリア殿下とも仲が良いんだね」
「生まれた頃から一緒にいるからな」
「本命は殿下?」
「なっ!?」
コリーの質問に体を洗う手が一瞬止まる。
別に焦る必要はないのだが、ついつい焦ってしまった。
急いで体を洗い終え、湯船に向かう。
コリーがニコニコしながらこちらを見ている。
軽く睨んで湯船につかる。
「先程の仕返しか?」
ダミアンが微笑を浮かべて、コリーに聞く。
「そんなつもりはないよ」
笑顔のコリーだが絶対に仕返しだろう。
俺が黙っていると、答えを要求するように無言で笑顔を向けて来る。
「……」
「……」
「……回答を拒否する」
「え~!」
無言の要求に耐えられず答えたのだが、コリーは不満のようだ。
「なら、セラフィナさん?」
「……」
「実は二人ともとか?」
正解だ……でも言えない。
俺が黙っていると、ダミアンがフォローに回ってくれる。
「アレクの場合は迂闊に答えられないだろう」
「さすがダミアンだな。よく分かっている」
「それって、王位継承争いに関わるから?」
知っているなら聞くなと言いたい。
「でも、アレクは王様って感じじゃないよね」
「そうだな。どちらかというと冒険者みたいな性格だな」
「俺もそう思うよ」
俺が王様とか、ありえないだろう。
「アレクは王位を目指してないって、聞いたことがあるけど?」
「目指していないぞ」
「なら答えてくれても良いじゃない?」
「色々あるんだよ」
コリーは面白がっているし、ダミアンは俺達を見て笑っている。
「俺のことより、二人はどうなんだ?」
「僕は特にないかな」
「俺もないな」
二人とも否定する。
ダミアンとレイチェルの関係も聞きたいが、先ずはコリーだ。
「訓練の間、モニカはずっとコリーを見ていたぞ?」
コリーが顔を反らす。
分かりやすい男だ。
「それで……どうなんだ?」
視線を外しているコリーに尋ねる。
「どうと言われても」
「仲は良いんだろう?」
「そうだけど……縁談を申し込まれているのはアレクだろう?」
不満そうな顔で俺を軽く睨むコリー。
「縁談を申し込まれたのは事実だが、俺はモニカとの婚約に応じる気はない」
はっきりと否定する。
二人とも分かっていたのだろう。
モニカとの婚約に応じないと言っても、表情に変化はない。
「それに、モニカ……というよりアルハロ男爵だが、男爵が求めている人材は岩ゴーレムに対処出来る人材だ。俺でなければならない理由はない」
アルハロ男爵が求めている婿の条件は、とても分かりやすい。
岩ゴーレムに対処出来る人材で、まともな男なら問題がないのだ。
俺が学園に通うことが分かって、一応縁談の申し込みをしてきただけだろう。
本気で成立するとは思っていないはずだ。
「モニカ自身の恋愛感情は、別に向かっているようだしな」
俺の言葉に顔を反らすコリー。
モニカの好意はお前に向いているという意味は伝わったようだ。
無言のコリーを見て、ダミアンが話しかけてくる。
「アレクは、岩ゴーレム程度ならどうにでもなると言っていたな?」
「言ったな」
「戦ったことがあるのか?」
「一度だけ。王都近くの魔物領域にも少数いるからな」
俺達の会話に興味があるのか、コリーもこちらを向く。
「どうやって戦ったんだ?」
「その時は土魔法で倒した。確かに硬いが、土弾をぶつけて倒すことは出来たし、装備を整えればどうとでもなると思う」
「装備って戦槌だよな?」
ダミアンの質問に頷く。
「戦槌を用意すれば、身体強化魔法を使った接近戦で倒せる。訓練を続ければ、二人も夏季休暇の前までに、倒せるようになっていると思うぞ」
俺の言葉に二人は驚きの表情になる。
貴族学園は三月から始まって、五月までが前期だ。
ちなみに、六月から八月が夏季休暇。
九月から十一月が後期。
十二月から二月が冬季休暇となっている。
つまり、夏季休暇まで二ヶ月と三週間だ。
「それはいくら何でも無茶じゃない?」
コリーが弱気なことを言う。
「無茶じゃない。俺を信じろ。……そうだな、夏季休暇の二週間前を目途に三人で岩ゴーレム狩りに行こう。戦槌は俺が用意する」
「二ヶ月しかないよ!」
「大丈夫だ。問題ない」
コリーは「本気?」とでも言いそうな顔をしている。
ダミアンの方はニヤッとした笑みを浮かべており、不安はなさそうだ。
「夏季休暇前に岩ゴーレムが倒せたら、コリーはモニカに求婚な」
「何で!?」
「それは面白いな」
ダミアンも面白がって賛成する。
ダミアンにも要求したいが、また今度にしておこう。
その後、コリーを無理やり納得させてから風呂を出た。
午後にはお茶会がある。
モニカの反応を見ておこう。