第一話 モニカとコリーとアルハロ男爵領
お茶会翌週の休日。
今日はコリーとダミアンと一緒に、魔法の自主訓練をしている。
貴族学園に入学して二週間。
二人ともかなり成長の実感があるらしく、意欲に満ち溢れている。
今日は入学前にセラとやった訓練を、コリーとダミアンの二人で行う。
俺は事故が起きないように、監督を務める。
二人は今、水弾に込める魔力の調整をしている。
「ダミアンは少し魔力を込めすぎだ。それだとコリーが怪我する」
「……これくらいか?」
「もう少し、少なく」
ダミアンが魔物役の水弾を調整している。
この調整自体が訓練になっていたりする。
「アレク、僕の方はどうかな?」
「少し多いけど、大体丁度良いくらいだ」
コリーは上手く水弾を作っている。
「もっとも、ダミアンに当てさえしなければ、多少強くても問題はないけど」
「失敗する可能性もあるからね」
コリーはそう言って水弾を調整する。
今回は、コリーの水弾も一つに限定している。
数を増やすのは制御が上達してからだ。
二人は水弾の調整を終え、準備を整える。
「準備は良いな?」
「万端だ」
「いつでも良いよ」
「では……開始!」
俺の合図とともに、二つの水弾が動き出す。
コリーはダミアンの水弾を目掛けて、自分の水弾を飛ばす。
ダミアンの水弾はそれを大きく回避し、コリーに向かい突撃する。
「うわっ!」
コリーはそれを間一髪で躱す。
ダミアンの水弾の速度は、それほど早くはなかった。
「コリー、身体強化も併用しろ。魔物相手に素の身体能力だけでは戦えないぞ」
「わ、分かった」
すぐにコリーの動きは良くなった。
身体強化魔法を発動したようだ。
素の身体能力で戦える魔物は極一部だ。
それも、体格の良い成人男性以外では、まず無理だろう。
身体強化魔法は、魔物と戦う上で必須の技術になる。
コリーがダミアンの水弾を必死に躱し続ける。
自分の水弾の制御は失っていないようだが、とても迎撃は無理そうだ。
二人の戦いを見ていると、訓練場にお客さんがやって来た。
「おー、頑張っているね」
「セラ達も自主訓練か?」
訓練場にやって来たのは、セラとモニカだ。
「私服で訓練には来ないよ。アレク達が訓練しているって聞いたから、見学に来たの」
セラの言う通り二人は私服だ。
貴族学園には制服があり、訓練の場合も指定の訓練着がある。
俺達三人は訓練着だ。
俺達が会話する横で、モニカがコリーとダミアンの戦いを、興味深そうに見ている。
「コリー君が攻撃を躱す練習ですか?」
確かにそう見えるし、それも間違いではない。
「コリーを攻撃している水弾はダミアンが操作していて、水弾は魔物を想定している」
モニカが頷くのを見て、説明を続ける。
「魔物の攻撃を回避しながら、自分の水弾で迎撃する訓練なんだけど……迎撃する余裕はないみたいだな」
「この訓練をするのは今日が初めてでしょう? 自分の水弾の制御を失っていないだけでも、凄いと思うよ」
セラがフォローする。
俺達が初めてこの訓練をした時は、逃げ回る間に水弾の制御を失った。確かに制御を維持しているだけ凄いと思う。
俺達が会話している間に、ダミアンの水弾がコリーの顔に衝突し訓練が終了する。
コリーの顔は水浸しだ。
セラとモニカを連れて、二人に近づく。
「お疲れ様。どうだった?」
「躱すので精一杯だよ」
「最後の方、動きが変だったぞ。身体強化魔法が維持出来なかったのか?」
「水弾の維持と同時だからね。二つの魔法を同時に使うのって難しい」
確かに魔法の並列制御は難しい。
多くの人は身体強化魔法を使って前衛で戦うか、後衛で攻撃魔法を使うかのどちらかだ。
「良い魔力制御の訓練になるぞ」
「そうね。魔法は魔力制御が全てだから」
セラの大雑把な意見に、俺は苦笑する。
「全ては言い過ぎだけど、間違いでもないな」
魔法の特性は生まれ持った才能で決まる。
魔力量は訓練で少しずつ増えるが、それでも才能でほぼ決まる。
努力の余地があるのは魔力制御で、大きな差が生じるのも魔力制御だ。
「アレクやセラフィナさんが言うなら、そうなんだろうね」
コリーがセラの言葉に微笑を浮かべ納得する。
俺はダミアンに視線を向ける。
「ダミアンは問題なさそうだったな」
「水弾一つだけだったからな。でも、動く的に攻撃するのは初めてだ。……正直面白かった」
ダミアンが照れたような笑顔を見せる。
ダミアンは言葉の通り実戦経験がないらしい。
コリーも同じで、他の同級生も同じだろう。
セラやリアも、実戦経験をしたという話は聞いていない。
普通は貴族学園の実地訓練が初めての実戦になる。
……俺は違うけど。
「二人とも凄いですね。私よりもずっと上手です」
モニカが二人を褒める。
二人は照れ笑いを浮かべる。
「アレクのおかげだよ。この二週間、自分の成長を実感している」
「そうだな。こんなに伸びるとは自分でも驚きだ」
「二人には才能があるからな」
コリーとダミアンに才能があることは断言出来る。
何故なら知っているから。
「コリー君、入学前は私と変わらなかったはずなのに」
「モニカちゃんもアレクに教われば上手くなるかもよ」
モニカちゃん?
コリーとモニカが笑顔で会話している。
親しい仲を感じさせる雰囲気だ。
「二人は仲良いの?」
二人の雰囲気が気になったのは、セラも同じのようだ。
興味津々の表情で尋ねる。
「領地が隣同士なので」
「あらら、幼馴染ね」
モニカの答えに、セラが嬉しそうな表情になる。
ダミアンとレイチェルの関係と同じだ。
……くっつけるか。
「あっ、でもそういう関係じゃないですよ」
モニカが焦ったように否定する。
「残念ながら、僕はアルハロ男爵家の婿には向いていません」
コリーも苦笑を浮かべて否定する。
否定はしているが、好意は持っていそうだ。
「向いてないって、岩ゴーレムの相手に向いてないってこと?」
「そうです。僕は火魔法以外苦手ですから」
コリーがセラの質問に答える。
確かにコリーの魔法特性は、岩ゴーレム向きではない。
岩ゴーレムに魔法攻撃はほとんど効果がない。
戦鎚で魔石を破壊する。これに尽きるのだ。
◇
先週、モニカにアルハロ男爵領の話を聞いた。
アルハロ男爵領は王都の東にある。
農地の広がる普通の男爵領なのだが、一つだけ問題を抱えている。
アルハロ男爵領は、領地名と同じ名前のアルハロ山という魔物の領域を抱えており、これが不良資産なのだ。
領地貴族には、領地内の魔物領域を管理する義務がある。
適切に討伐をしないと、魔物が溢れて町や村を襲うことになるからだ。
一方で、魔物から取れる魔石や素材は領地を潤す。
領地貴族は、魔物領域の近くに冒険者を誘致するための町を作り、インフラを整備する。
冒険者はその町を拠点に魔物を討伐し、収入を得る。
その一部が税金として領地の収入になる。
本来、魔物領域は有益な資産になるのだが、アルハロ山はそうではない。
出現する魔物は岩ゴーレムだけで、岩ゴーレムは金にならない。
全身が岩で出来ており、岩自体は丈夫だが非常に重い上に加工が難しい。
石材としては使いにくいのだ。
金になるのは魔石くらいだが、岩ゴーレムを倒すには魔石を砕く必要がある。
結果、岩ゴーレムの価値はゼロで冒険者は来ない。
アルハロ男爵領は農村からの収入で領軍を組織し、アルハロ山を管理している。
当然、当主自身も岩ゴーレムの討伐に参加する。
アルハロ男爵家の当主には、岩ゴーレムを倒せるだけの戦闘能力が必須なのだ。
では、モニカにそれが出来るかと言えば、おそらく無理だろう。
身体強化は、魔法だけでなく素の身体能力も影響する。
魔法力が高い人ほど、素の身体能力がボトルネックになるのだ。
モニカの婿には戦闘力のある相手が求められる。
◇
「コリーは火魔法以外が苦手ではなく、火魔法が得意という言い方が正しい。水魔法も身体強化魔法も普通に使えているからな」
「水魔法はともかく、身体強化魔法は僕の体格だと厳しいよ」
「成長期が始まったばかりだろう?」
コリーは男にしては小柄だが、まだ十三才だ。
これからいくらでも成長する。
確か成長するはずだ……憶えてないけど。
「それに、岩ゴーレム程度なら、どうにでもなると思うぞ」
「仮に倒せたとしても、アレクの方が向いているのは変わらないよ」
コリーは自信がないのだろうか?
先程の様子だと、モニカに対する好意はあると思うのだが。
「モニカの婿は嫌なのか?」
「べ、別に嫌ではないよ!」
焦ったように答える。
この様子は間違いないな。
セラも確信したようで、コリーを煽る。
「よし、コリー君! 頑張ってモニカを振り向かせよう!」
「セ、セラちゃん、なに言ってるの!」
セラとモニカがじゃれ合っている。
本当にそうなってくれると嬉しい。
コリーには身体能力強化を中心に、訓練してもらうことに決めた。