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ムラサキカガミの向こう 

掲載日:2020/04/01

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ハッピーバースデー! ディア俺! 今年も誕生日がやってきたんだぜ。

 4月でただ一日、前の学年に所属できる誕生日。学生時代には「クラス一番のヤング」とかふかしてたっけなあ。

 俺を「あと一日遅く生まれたら、次の学年だったのに。かわいそう」だか抜かす奴もいたが、端的にいって、うざかったわ。生まれたタイミングに、かわいそうもくそもあるかよ。

 

 おっとそうだ。生まれたタイミングといやあ、こーらももう成人したんだっけか? なら大丈夫だな。


 ――なに? 酒とかたばこのすすめかって?


 ノンノン。もっとお前にとって興味ありそうな話題だよ。

「ムラサキカガミ」。お前も知っているだろう? 

 成人するまでにこの言葉を覚えている者は、命を落とす。もしくは不幸な目に遭うという奴だ。

 同時に、大多数の連中が思っているだろう。「俺、私はムラサキカガミをずっと覚えてたけど、なんともなかった! デマ乙! ははは!」ってな。

 それはそれでいい。九割九分九厘、ハズレが入っているくじで、無事にハズレを引けたわけだからな。

 ん? 俺の場合か? たぶん、アタリを引いたんだろ。たぶんな……。

 あーやっぱ聞きてえか? そのときの話。ま、こーらなら飛びつくと思って、こう振ったわけだが。



 いまでこそこんなナリをしている俺だが、昔は怖い話が大の苦手でな。クラスの隅で誰かが小声で話すことでも、耳に入ったらもう駄目だった。

 話に出てくる場面を、何度も何度も想像しちまってな。そっから力が抜けたり、震えが止まらなくなったり。マジで気分を悪くすることもあった。

 いや、どんな絵や映像見せられても、俺ン中のイメージには勝てねえわ。作家は頭の中ならいつでも最高傑作って言葉、身に染みるわ。


 で、そんな俺がムラサキカガミの話を聞いちまったんだから、これは大変だ。

 話を聞かせてきた友達と、ひとしきり殴り合いをしたあと、「紫」と「鏡」ってブツも言葉も俺から遠ざけようと必死になったなあ。

 だが周りの連中には、そんな俺の様子がおもしろおかしく思えたらしい。イベントで輪飾りを作るときとかで、材料に紫色の紙を持ってくる。女きょうだいから拝借してきたと思しき、手鏡を見せてくるんだ。

 反応しなきゃ、そのうち飽きた連中は離れていく……。いじめの対策としてよく言われることだが、それができりゃ初めからターゲットになぞなっていない。


 ひたすらからかわれる小学校生活を終えて、俺のことを知る奴らも散り散りになった。それからは茶化してくる奴らもいなくなっておだやかに過ごせていたんだが、不安までは消えない。

 俺は「ムラサキカガミ」を忘れられずにいた。たとえ直接話題に出なくても、ふとした拍子に思い出しては、心臓がどきんと痛いほどに跳ね上がる。近づいてくるリミットを、いやがおうにも意識しちまうんだ。

 あと7年。あと6年。あと5年……。

 それが寿命と意識すると、年々、震えと鼓動が増したよ。近くにいる人が心配するくらいにさ。

 みんなとバカをしている瞬間は忘れていられるのに、どうしてそのまま意識に沈ませておけないのか。

 思い出しちまうたびに、自分で自分の頭を叩いて叱咤したことも、数知れなかったっけな。



 大学受験という、勉強以外何も考えちゃならないような時期を経ても、まだムラサキカガミは俺の頭の中にあった。リミットまではあと2年足らず。

 この頃の俺は、ムラサキカガミ以外の怖い話にさほどビビらなくなっていた。むしろムラサキカガミのカウンターとなる怪異とかがあれば、そいつで何とかならないか、とも思っていたからな。

 すでに20歳を通り過ぎた、周囲の年上の人たちにもいろいろな形で尋ねていったよ。ムラサキカガミを、どう乗り越えたのか? って。


 大多数の面々には、笑われたよ。

 ムラサキカガミを知らないって声。

 知っていたけど、なんにもなかったから、心配すんなって声。

 そんな答えをうんざりするほど聞いた。一緒に、俺をあざけるような色を言葉の端々に浮かべやがってさ。こっちは真剣に訊いてるのに、がっくり来たよ。

 ここのところ、俺は身体のあちこちに、痛みを感じていたのもでかかった。

 原因は分からない。学校に通ったり、買い物をしたりと、普段通りにしていても急に足がつるんだ。

 お前も経験あるだろ? ぎゅっと肉の奥が突っ張ってさ、触ろうがじっとしようが、のたうとうが、待たねえ激痛がぐわっとくる。奥歯噛んであえぎかけてよ、ようやく引いたと思っても、「尾っぽ」がわずかに残るんだ。導火線の先みてえにさ。

 そいつを踏んだら、たちまちやけぼっくいに火がついて、元の痛みを引き寄せる。しばらくはおっかなびっくり、ご機嫌うかがいながら身体を動かすしかねえ。

 そんなのが、腰とか肩とか腕とかにもやってくるんだ。病院行っても異状なし。

 

 ――いよいよ、ムラサキカガミのリミットが近づいてきているんじゃ……。

 

 日に日にひどくなる痛みを懸命に隠しながら、俺は情報を得ようとしたんだ。

 


 灯台下暗しってのかな。ようやく得たとっかかりは、半年ぶりの帰省で話した兄貴から得られた。

 身内には知られたくねえって、これまで敬遠してたからな。意を決したら、だ。

 血のせいか兄貴も相当なビビり。小学生の時からムラサキカガミが忘れられなくて、内心ぶるぶるがたがた。

 以降もムラサキカガミを聞いたり、連想したりすると、動悸が激しくなる。

 早鐘を打つって感じじゃないな。イガだらけの栗小僧が、脈打つたびにイガを伸ばして、内側を突っついてくる。まさに同じ経験で、ついうなずいちまったよ、俺。



「向こうに帰ったらな。付箋でもメモ帳でも構わん。部屋の鏡に一晩貼りつけとけ」


 俺は言われた通りにする。大学生になってから買った手帳の、自由欄1ページを風呂場の鏡に貼った。さすがに隠れるのは全体の4分の1にも満たなかったが、兄貴はそれでいいという。


「朝になったら、お前もひげ剃んだろ? その時に紙をはがしてみろ。まじでムラサキカガミに狙われてんなら……」


 俺は電動シェーバーを走らせながら、ぴらりと手帳のページをめくってみる。


 本来ならそこに、無機質な風呂場の壁が映るはず。だが、ページの下にあったのは、かすかに赤みがかかった広い空と、それを背景にたたずむ一本の枯れた大きな木だったんだ。

 絵や静画じゃない。赤い空のところどころに浮かぶ、雲らしき影はわずかながら動いている。

 振り返った。やはりそこには風呂場の壁。

 向き直った。そこに映るも、風呂場の壁。

 先ほどまでの景色は、すっかりかき消えてしまっていた。でも、これは兄貴のいっていた通りでもある。

 このまま放っておけば、俺の命は次の誕生日に尽きる。

 

 

 兄貴の提示してくれた解決法は、シンプルかつ難易度が高いものだった。


「誕生日の夜。日付が変わるまでの間、とことん飯を食いまくれ。少なくとも3時間かな。

 腹いっぱいになってもやめんなよ? 入らねえ分は水で流し込め。いつ出てもいいように、便座に腰おろしとけ。口をできるだけ休めんな。

 そんで、踏ん張れよ。足りなかったら悔いることもできねえぞ。

 あとはそうだな。同じように紙で隠した鏡、できたら持ち込んでおけ。ちゃんと『しとげる』ことができたら、見られるものがあるだろうさ」

 

 

 俺は考えられる限りの飯を、トイレに持ち込んだ。ほとんどは菓子と、お湯切ったカップ焼きそばだったけどな。店に行く余裕はなくせって脅されたから、事前に買い込んどいた。

 そっからはバクバク食ったなあ。友達と飲みに行った時にも、こうはいかねえってハイペース。好きな物だけ集めたが、動かねえからたまるたまる。

 ズボンは終始ぬぎっぱだ。すぐに用を足しては流し、ジュースやゼリー飲料をとってくる。

 もう、目から麺を出せんじゃないかってくらいまで詰め込んださ。だが、ちょっと休もうと箸を休めたとたん、それはやってきた。

 

 きゅううう、とこれまで聞いたことがないほど、大きく腹の虫が鳴る。すると、みるみる突っ張っていた腹の皮が引っ込んでいったんだ。

 瞬く間にせり上がってくる胃液が、俺の喉奥を荒らす。空腹でゲップしたときの感覚とほぼ同じだ。遅れて、足も腕もつる兆候が見え始めた。

 

 そこからの俺は餓鬼だったね。食べても食べても腹は減り、立つこと動くことさえ、だるく感じ出す。持ち上げる腕もつり出して、最後は膝に乗せた器に顔を近づけて、犬食いする形になったさ。

 もう何人前になるかも分からず、戸をあけっぱなしにしたトイレどころか、他の場所までソースの匂いが沁み出すころ。ようやく、俺の飢餓感は止んだ。足や腕のつり具合も、うそのようにきっぱり消え去った。

 腕の時計は、日付が変わったことを指している。俺は自分の足の先。袋に入ったままのトイレットペーパー群の上に寝かせた、鏡をのぞきこむ。

 

 紙をめくった鏡の向こう。そこは変わらず赤い空が広がっていたが、立木は違う。

 木の枝は、数えきれないほどの紫の花たちに埋め尽くされていた。こちらの世界の桜と、ほぼ同じ形をしたそれらは、向こうで吹く風にそよぎ、その花弁を散らしていく。その景色も、俺が何度かまばたきすると、トイレの天井に変わっちまったけどな。

 

 兄貴が聞いた話だと、鏡の向こうのあの木は咲くために莫大な養分がいるらしい。

「ムラサキカガミ」はそれを吸い取る先の選定の言葉。これを聞いて忘れず、そのうえ身体の不調に見舞われるものは、あの木とつながってしまうのだそうだ。

 成人を迎えると死ぬというのは、そのタイミングで木に養分を吸われすぎるため。足りない分は、身体そのものさえも向こう側へ吸われて、補填されてしまうらしい。

 木にとっては、成人直前の養分がもっとも栄養があるそうだ。それも長年、ムラサキカガミにおびえればおびえるほど、効果が現れる。

 だが成人を境に、養分には汚れが混じって毒となるとのこと。木のほうから自然と縁を切るため、成人してより、ムラサキカガミの被害に遭う者は皆無なのだとか。


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