第九話 作戦説明
【帝国統括軍本部A棟小規模ミーティングルーム】
「まず地図で確認してもらう。」
作戦についての説明をエーデルハイトが始める。室内天井の各所に設置されたレンズから光が放たれ、それは1箇所で形となる。
高度な立体ホログラム技術によりそれは地図の形を成していく。
本来ならばこの精巧な技術に感動の声をあげる所ではあるがクラリスタ達は静かにそれを眺めている。
それもそのはず、作戦説明に遅刻したことによりエーデルハイトから受けた酷く冷たい眼と舌打ちが精神的にキテいるためである。
地図上のやや大きめな島が点滅する。
「明日、〇八〇〇より本国を出航しアヌビス大陸へと向かう。」
島から南方に矢印が伸び、東側に緩く曲がる。矢印は大きな大陸で停まった。
「中立国であるカラビナの港に降り、まずはそこで現地での情報収集とする。」
不思議そうな顔でクラリスタが手を挙げる。
「あのよぉ、情報収集することが任務なのか?そんなのあたしら超兵がやることなのか?」
同じような疑問を抱いていたのかメリッサもコクコクと頷く。
「いや、違う。今回の任務の趣旨はその先にある。本来ならば機動部隊と偵察部隊に別れるが、今回は君らの小隊単体での任務となるので情報収集も君らでやる事となる。」
「え!?嘘でしょ!?」
予想外の事実が発覚し戸惑うメリッサ。
「虚偽や冗談等伝えることはしない。今説明している作戦は大規模攻勢のための布石だ。下準備と言ってもいい。連合側に気付かれぬ為にも信頼のおける最小規模で行わせてもらう。」
その言葉で新たな疑問が生まれたかメリッサは再度口 を開く。
「そもそもおかしくは無いでしょうか。大規模作戦の布石となるならば、人員全てに伝達できるよう作戦会議自体も大規模に行うべきでは?」
「当然、伝達済みだ。この作戦は君らが戦場に送り込まれた時と同時に練られたものであり、その際に作戦概要説明と各中隊への詳細伝達は行われている。」
即座に疑問は解決となる。
エーデルハイトの淀みなく毅然とした姿勢で答えていく様は、三者の作戦への不安を少しずつではあるが確実に和らげていた。
クラリスタ達にとってはこれが最初の任務であり、それぞれ生死をかけたものとなる。故にそれぞれ心の揺れがどうしてもあり、それを抑えるための自分なりの『心の落とし所』を探している状態であった。
問われればそれに適確に答えるエーデルハイトは、まさに今の状態に必要な存在であると言える。
「作戦の主題へと入る。本作戦の目的はカラビナから北東20km地点の制圧と占拠となる。」
地図が大陸の沿岸部を拡大していき、海沿いの地域が点滅する。
『カラビナ』と文字が映され、そこに更に矢印映され北東に伸び停る。
「以後の作戦にこの地点が不可欠となる。観測状況から察するに―――。」
「ま、待ってください!」
メリッサが食らいつく。
「いくら私たちが超兵と言えど無茶です!拠点の制圧って・・・。規模は!敵対者の規模や配置が分からないことには!!」
「一人だ。」
「はい?」
暴風のように噛み付くメリッサに対し、別段変わったこと等ないような素振りでエーデルハイトは答える。
「この拠点を守ってるのは東亜帝国の兵士、ただ一人だ。これは誤情報等ではなく明らかになっていることだ。」
「だ、だったら遠距離から砲撃などで・・・、もしかして・・・!!」
メリッサが解に辿り着き、それを代弁するかのようにエリックが口を開く。
「能力者、ですね。それも単騎で大隊レベルと張り合うくらいの。」
危機感を感じていないのか、いつものようにニコニコしている青年。一方でメリッサは生き血を見た乙女のように血色が薄れ、生気を失いつつあった。
クラリスタはと言うと、まだ見ぬ強敵との闘争に興奮する反面、作戦というものに対する緊張感も抱いていたため喜とも哀とも取れぬ顔をしていた。
「中隊以上を動かせば相手に感ずかれ、防衛の能力者によりこちらもタダでは済まない。航空戦力では落とせない。そのような地点である以上、君ら特別機動部隊が必要となる。」
地図の横に枠ができ、文字が映されていく。
―――東亜帝国―――
エイレ帝国の東側の大陸、『ユグドラド大陸』
その更に東の海洋に存在する小規模な列島国。
兵器規模、動員人数共に他の国よりも下回る。
しかし『綺侍』と呼ばれる超兵と
現在の科学の根幹を成したその技術力と想像力は、
どの列強国をも超える脅威とされる。
目で文字を追う三者を見ながらエーデルハイトは続ける。
「今回制圧する地点の防衛者はそこにある『綺侍』であると予測される。ルネッツア共和国等の敵対諸国の者を見られないことから、何らかの事情で東亜帝国のみでの防衛と思われる。」
ずっと口を閉ざしていたクラリスタが発言をする。
「本当に一人なのか?そもそもが誤情報で把握できない敵に今までやられたんじゃねぇのか?」
「その可能性も考慮し、幾度か攻撃に紛れ込ませ偵察を行った。その上で得られている結果が今話したことだ。」
クラリスタがつまらなそうに目を伏せる。
あたしらが持つ疑問なんか上は想定済みってか。
しかし、対地攻撃も通さない能力者って一体何者だ?人が一人でできることなのか?
防衛者に対し興味が深まるクラリスタ。
「次に装備についてだが―――。」
エーデルハイトが任務ついて話を続けるがクラリスタの耳はそれを素通りさせ、リソースの全てを謎の能力者に向けていた。上の空、心ここに在らず、身が入らず。まさにそのような状態だった。
作戦会議が終了し、各々部屋に戻り、着替え、就寝する。
早起きが義務付けられにも関わらず、クラリスタの眼はキラキラと期待に満ちていた。
この時、クラリスタは三点の思い違いをしていた。
一つ、自分は強いと言うこと。
特殊な状況とは言え、敵を退けたことと記憶にある暴挙の数々、それが自信となりクラリスタは自らの力を過大に評価していた。ギルデバード・アガルギドは実力であの地位に就いた訳でもなく、記憶については大きくない町での蛮行であり、広い世界では女一人の力など通じないことを彼女はまだ知らない。
二つ、能力のこと。
自身やそれ以外の超能力について脅威と感じておらず。人の命を容易く取る大きな力があることを未だ知らない。
三つ、世界のこと。
この戦争が、この世界が、どこまで歪なのかを彼女はまだ知らない。彼女の記憶にある世界は小さく、まだ世界の恐ろしさを知らない。
そして、クラリスタはこの後に、一つ目の思い違いを知ることとなる。
痛みと共に――――。