第七話 仲間
浮遊感と遠心力を同時に味わったことがあるだろうか。あたしは無い。人の二人分の経験が頭にあるが該当するものがない。・・・このまま未経験で終わりたかった。
クラリスタは浮いているような回転しているような未知の感覚を味わっていた。
肉体の全てがこの感覚に対して拒絶の抗議をしており嘔吐も目前というところで解放される。
「空間移動中は目を閉じろ。可能ならば三半規管も遮断もしろ。」
「あのなぁ・・・。」
やる前に言えよ殺すぞ。という念を視線に込めるがエーデルハイトはその視線を何食わぬ顔で逸らす。
たった一瞬であったであろう移動が、多くの不快感をクラリスタに与えた。深く呼吸をしながら感覚を戻しつつ周囲を見る。
さっきの廊下とは雰囲気が違う。清潔で無機質な感じではなく、人の往来や使用感があるな。さっきのが病棟だとすると別の建物か?そんで目の前の部屋。今度は何を見せる気だ?
「また病人でもいるのか?」
疑問を率直にぶつける。
「今後君と共に任務を行う者たちを中で待たせている。君だけ身柄を拘束されたせいで時間が掛かってな。」
「そもそも、なんであたしは捕まったんだよ。あたしが軍人なら敵を倒すのは問題無しだろ。」
鋭い眼が再度クラリスタを見下ろす。
「何事にも規則というのがある。君がそれに抵触した可能性があっただけだ。戦争はあくまで手段である以上、必要以上の殺戮は好まれない。」
「ほ~ん、めんどうだな。」
「君のいたところでは違ったようだな。」
「そうだな。やったもん勝ちよ。ルールなんか守ってたら数秒足らずでボロ雑巾だな、ってこの話信じないだろ。あたしは軍施設育ちなんだしよ。」
溜息混じりで応える。無意識ではあるがクラリスタも目を鋭く細めていた。
「融合した者の記憶が、自他の境界線まで浸食するほど作用しているの意外だがあり得なくは無い。実際に君の言うような粗野な地域も存在する。何より私は科学者であり研究者だ、如何なる可能性も考慮する。」
「頭が固いんだか柔らかいんだか。」
肩元に手を持っていき、わざとらしくヒラヒラと指を動かしながら首を横に振る。
エーデルハイトはそれに対し特に反応を示さず扉に手を掛け開く。
中は綺麗に机と椅子が数列並んでおりホワイトボードがあるところから作戦会議等で部屋であることが分かる。
扉の開く音に反応して中にいた者たちの視線がクラリスタに集まる。机に腰かける女は眉間の皺を更に増加させクラリスタをきつく睨みつける。それに対し男は椅子に座りながら微笑を向け人当たりの良さを匂わせていた。
「遅すぎでしょ!どんだけ待たせるのよ!!」
女は机から下り腕を組む。
「だいたい用ってその女なの?贔屓じゃないかしら。時間は全員厳守するものよ。どんなコネがあるか知らないけど遅刻よ遅刻。」
肩甲骨程度まで綺麗に伸びた桃色の髪を弄りながら不愉快そうな顔を向ける。
「あの五月蠅いそばかす女、あれもメンバーなのか?」
「彼女はメリッサ・ハイモールト一等兵。能力は―――――。」
「ストーーーップ!!」
真っすぐ手の平を向け話を止める女。
「エーデルハイト中尉殿、能力の勝手な開示は勘弁いただきたい!名も知れぬ相手に手の内全てを託すのは危険すぎるかと思います。」
エーデルハイトが鋭い目で見つめる。
「そうか、ならば自己紹介からするとしよう。ウェルハート、君からだ。」
「あー、クラリスタ・ウェルハート。階級は一等兵・・・だと思う。能力はモノが良く“視える”こと。はい、これでいいだろ、そばかす。」
状況に呆れ果てたクラリスタは近くの椅子に腰を下ろす。
「名前言われて、『はい信用します』ってなる訳ないじゃない。馬鹿じゃないの?」
メリッサの高圧的な態度が崩れるところを知らず、クラリスタは目を細める。
明らかな怒気を放つクラリスタ。空気が張り詰め一触即発となった雰囲気。
「ははは、おもしろい状況だ。」
朗らかな声が緊張の糸を緩める。椅子に座って遠目で眺めていた男が立ちあがりゆっくりと近づきながら続ける。
「自己紹介だっけ?僕の名前はエリック。二人と同じ一等兵さ。」
その澱みない笑顔により場が一度リセットされる――――
「あ、能力は金属の形を変えたり形を留めたりする力だから覚えといてね。それじゃよろしく、お馬鹿さん。」
はずだった。邪心無き笑顔で二人の憤怒を再点火する。
「馬鹿っつーのはそこのドピンク頭だよなぁ?」
「はぁ?あたしのどこが馬鹿なのよ!言ってみなさいよこの馬鹿チビ!」
「大して差がねぇのにぬかすなよお前ぇ。今すぐ退役させられてぇのか?」
「やってみなさいよ!だいたいあんたの喋り方、田舎のチンピラ臭いのよ。」
「んだとクソピンク!」
跳ねるようにクラリスタが立つ。そのままメリッサの胸倉に掴みかかろうと腕を伸ばす――――が、両者の間にエーデルハイトが煙のように現れクラリスタの手首を掴んだ。万力かのように強く締め上げ引くことすらもできない。
「君たちに『仲良くしろ』とは言わない。だが任務に支障を来さぬ程度の協調はしろ。これは命令だ。わかったな。」
「・・・・・はい。」
「・・・・・おう。」
猛禽類を思わせる鋭い目と低めの声。そして圧倒的な実力の圧によりクラリスタも一歩引きそうになる。
「クラリスタ・ウェルハート。後ほど伝えようとは思ったが、君は言葉遣いを極力直せ。私は気にも留めないが組織内ではどうしても目立つはずだ。」
「・・・・お、え、あ、分かりました。」
言葉を無理やりひねり出す様を見てメリッサがクスクスと笑う。
クラリスタから腕を離すと次にメリッサをきつく睨む。
「メリッサ・ハイモールト、君もだ。言葉は問題ないがへりくだるという事を学べ。相手より上であることが必ずしも優れているわけでは無い。」
「・・・・・わかりました。」
「そしてエリック・クローグアッシュ。先ほどの発言、わざとだな。」
「なんのことですか中尉?僕、何かしましたっけ?」
微笑のまま不思議そうに聞き返すエリック。
「そうか。分からないならそれでいい。ただ、和を意図的に乱すのは止めろ。陳腐な思想に人を巻き込んだところで思うようにはいかないぞ。」
「・・・・・。」
一瞬。ほんの一瞬ではあるがとてつもない殺気がエリックから放たれる。それはクラリスタでさえも筋肉が強張るほどの圧倒的な殺気であった。
エーデルハイトの言葉の後も微笑を保っているエリック。その表情からおよそ殺気のようなものは感じ取れないが稲光のようにほんの一瞬殺気漏れる。
気付いたのは、あたしだけか・・・。なんだこいつ。ただの優男じゃないな。こいつには警戒線を引いておかないとまずい。
クラリスタは現行の危険人物リストにエリックを入れる。
「以上だ。何か質問がある者は?」
「は、はい。」
先の事で少し恐れがあるようでメリッサが弱弱しく手を挙げる。
「なんだ。」
「私たちは分隊と聞きましたが数が足りないですよね?それに中尉殿が隊長ってわけでも無さそうですし・・・。」
「それについてだが残りの隊員と隊長は現在別の任務中で不在だ。明日、帰還する予定なので合流し任務のミーティングを行う。」
まだ人が増えるのか。
クラリスタは気が重くなっていた。
「他になければ顔合わせは終了とする。後、二〇三〇より再度ミーティングを行うのでこの部屋に集合するように。何かあれば科学局局長室か局内実験室Cに来れば私が対応する。以上。」
言い切るとエーデルハイトは比喩でもなんでも無く、言葉通りの意味で、煙のように消えた。
「毎回なんなんだ、アレ・・・。」
「んん・・・・・はぁ。あれ、能力よ。」
背中を伸ばしながら大きな溜息をし、メリッサが答える。
それに続き、エリックも答える。
「恐らく空間操作系の能力でしょうね。それも高度な。」
ふーん。と適当に流すクラリスタ。小難しいこと頻発してきているからか、小難しいと判断したら流す癖ができつつあった。
「やっぱ強いんだな、中尉。さっきのでほぼ分かったが。」
「あたしら見たいに二重持ちの能力者でも歯が立たないわよきっと。」
「だぶるす・・・?」
流さず引っかかる。自分に関わる内容と思いつい疑問形が口に出る。
「僕らみたいに平行した生涯記憶がある事です。」
「え!?お前らもダブってる記憶があるのか!?」
エリックの言葉に食い気味に反応するクラリスタ。
この情報はこれを盗み聞くもう一人にも意外であり、驚かざるを得なかった。
【帝国統括軍科学局 局長室】
「何・・・!?」
あまりの驚きに動きが静止するエーデルハイト。
手元に来た実験のレポートと資料では記憶に関して別段触れていない。脳機能のダメージの例として記憶障害があるがこれも一時的なもの・・・。クラリスタ・ウェルハートのみのレアケースという考えも今の発言で覆る。・・・やはり私の手元に来た物は全て改竄済みか。
エーデルハイトはデスクのPCで情報の再確認を始め、考えを巡らす。
帝国研究機関は何を隠している・・・。ヴェルダンディ計画とは異能研究ではないのか?人格の融合の詳細を何故我々にも開示しない?
しばらくしても有益な情報が三人の会話から聞こえてこず、「これ以上は無駄だ」と判断し能力を解除した。そうして考えに集中していく。
欺瞞と虚偽に塗れた帝国の裏を暴くために―――――。